121話 国王誕生祭
ラバン王国、大きなシャンデリアがいくつも連なっている会場ホール。
王の誕生祭を祝うために足を運んだ貴族たちで会場は埋め尽くされていた。
「皆の者、今宵の私の誕生祭、良く集まってくれた。堅苦しい事は無しだ。盛大に楽しんでもらいたい」
ケネス陛下の夜会の合図にその場にいた貴族たちは食事などを取りに動き出す。
ある者はワインを飲みながら、久しぶりに会えた友人と他愛もない世間話をして楽しむ。
夫人は夫に付き添い、挨拶回りをする者もいれば、知り合い同士で輪になって優雅におしゃべりをする。
当然と言えば当然だが、貴族の子供もそれなりにいる。
無邪気にテーブルに出された食べ物を皿いっぱいに盛り付けている。
さて、現在の俺の状況を説明しようか。
まさか翡翠の騎士として会場の護衛をするかと思ったかい?
残念、今回はハイゼット家の執事として夜会にいます。
セリア王国での出発前の騒動からこれからの事を考えてみてくださいよ。
目に見える地獄絵図をわざわざ引き受ける道理はない。
更に貴族が翡翠の騎士を取り込もうとするのは一目瞭然なので、陛下自ら騎士として出る事を禁止とした。
その代わりとは言っては何だが、会場全体を結界で覆い害の意思がある侵入者を入れさせないようにした。
尚、天使たちもステルスを使って護衛に回ってもらっている。
ある程度の把握は出来るが、ガブリエルの気配が一切つかめない。
ついにあいつは主にすら気配を掴ませないレベルにまで到達したのである。
「涼太さーん! 美味しいご飯が食べたいです」
「仰る意味が分かりません、お嬢様」
「むぅ……何ですかその話し方は」
いつもの親し気な話し方ではないことが鼻についたのか、クリスは顔をしかめる。
「ここは公の場。更に今の私はハイゼット家の執事です。お嬢様に敬意を付けるのは当然かと」
「ミセル、どう思う?」
「確かに道理ではありますが、正直に申しますと気持ち悪いです」
「だよねッ!」
なぜだろうか、俺の心には数十本の槍が同時に突き刺さったかのような衝撃が生まれる。
ストレート過ぎる言葉は時に相手を傷つける事を学んでほしい。
「では普段道理でもよろしくて?」
「むしろそっちでお願いします」
「はぁー、分かったよ」
「うんうん、やっぱりしっくりきます。それでご飯はどこですか?」
そこら中から漂わせる美味しそうな匂いを感じていないのだろうか。
それとも鼻でも詰まってるのか。
「そこら中に食い物はあるだろうが」
「なんか違うんですよねー。食べられるんですけど、あと一味……いや二味は足りません。なんていえばいいんでしょうね。とにかく微妙なんです!」
どうやら舌の肥えたお嬢様には王宮料理人が作った料理では物足りないようだ。
一応言っておくが、王宮料理人は国の中では最高峰の料理人。
地球で言うところの、最高級三ツ星レストランが出すであろう料理だ。
肥えらした俺が言うのも何だけど、それにケチをつけるなど烏滸がましいにもほどがある。
「一応、俺も作ってるんだけどね」
「どこですか!」
「いや、ほんの一品ね。デザートだから後に出てくるんじゃないか?」
「むぅぅぅぅぅぅ」
少し甘やかし過ぎたか?
「お嬢様、涼太様にご迷惑ですよ」
「うぅぅぅぅぅぅ」
クリスよ、お前さんは犬か何かですか。
唸り声をあげてもどうにもならない事があるんだよ。
「そう言えば、お父様はどこにいるか知りませんか?」
「いや、知らんぞ?」
貴族だけでなく、その護衛も含めて数百はいるであろう巨大なホールではどこにいるかなど見当もつかない……という事も無かった。
こちらに進んでくる影。
グリムさんとジグルさんを先頭にした親族一行様だ。
両国の公爵でもある二人を知らない存在はこの場にはいない。
それが二人そろってのそのそと歩いていれば、一介の貴族は道を譲るだろう。
よく見れば、ジグルさんの後ろには慣れない恰好におどおどしている少女が付き添っている。
「涼太よ、ここにおったか」
「どうされたんですか、グリムさん」
「いくつかお前に言わなければならないことがある。一つは陛下……というか王宮料理人からの要望なんだが、うまい飯を作ってほしいらしい」
「なぜに王宮料理人から?」
普通に作る分には何の問題もないはずなんだけど。
「唐突に思いついたらしいが、何か貴族たちの度肝を抜くような催しがしたいらしい。あとソフィーア様とユミナ様の料理に悪戦苦闘してる様だ」
「ソフィーアちゃんとユミナちゃんが?」
「以前に食べた……お子様プレートと言ったか。それを食べたいらしいが上手く作れんそうだ」
「なるほど」
よっぽどお子様ランチが気に入っていたのかな。
ユミナちゃんにその事を話したら食べたいとか言い出したくちだろう。
それにラバン王国の王宮料理人はお子様プレートの存在を知らない。
知らない料理を作れというのは流石に無理がある。
「それとプリシラ様からの伝言で、シャンプー類の準備をしてくれると助かるとの事だ」
「グリムさん、パシリっすか」
「全く、なぜ私がこのような役に回らなければならないのだろうか」
「分かりましたよ、報酬は割増でお願いします」
「胃が痛いが了解だ」
今回の件で報酬はそれなりに貰っているが、追加で働かされるのであれば報酬も割増なのが当然。
仕事だし働くとしますか。
「ツッキー、どこか行っちゃうの?」
「無下に断ることも出来ないだろう。行ってくるわ。あとその服似合ってるぞ」
自信なさげなシャルには、一応誉め言葉を送っておく。
♢♦♢
「月宮殿、助かりますぞ」
「まぁ、仕方ないですからね」
「お子様プレートとは何でしょうか。ソフィーア様からの要望で、「いっぱい乗って、可愛いの!」と言われたのですが見当もつかなくて」
「まぁ、見ていてください」
俺はアイテムボックスからお子様用のプレートと材料を用意し、超速で作っていく。
内容は以前にソフィーアちゃんに出したのを少しアレンジしたものである。
「いつ見ても月宮殿は速いですなぁ。それに何より正確です」
「どうも、それでどこに運べばいいですか」
「それに関しては問題ございません」
料理長が厨房の隅を指さす。
目を向けるとそこには二匹のフワフワした物体が。
俺が気が付いたのを察して挨拶をしているのか、キューキューと鳴いている。
「お前らが運ぶのか?」
「「キュッ!」」
なんとも元気の良い挨拶だこと。
「ありがとさん。ほれ、まかないだ」
懐から金平糖を出して二匹のマシュマロウサギの前に置く。
すると二匹は一粒一粒、器用に加えては口に運んで行く。
なんというか……可愛い。
料理人の人たちもその愛くるしさで作業をしていた手を止めてしまう。
「よし、それじゃあ頼んだぞ」
俺は二匹の頭の上にプレートを乗せる。
モフモフなだけあって、プレートは沈み安定する。
役目を果たすべく、のそのそと二匹の毛玉はドアから消えていった。
さて、要望の一つは終わった。シャンプー類は後ほどと考えて、もう一つの要件を済ませようか。
何か人の目を引くことねー、つまり予想を上回る美味しさ、もしくは迫力が必要だろう。
「デザートにだが、スフレを作るのも悪くないな。あとは切り分ける用のローストビーフがアイテムボックスにあったな。となると、ソースを作ればいいだけか」
「どうされたのですか、月宮殿?」
「料理長、以前に言ったメレンゲを作ってくれませんか。大量に必要です」
「ふむっ、となると料理人総出の方がよろしいですかな?」
「いいんですか? 作業中の方もいるのでは」
「何を仰いますか、低下直々の指名なのでしょう。ならば月宮殿が最優先です。お前ら! 総員、メレンゲ作りに取り掛かれ!」
「「「「「はッ!」」」」」
料理長の掛け声とともに、料理人たちは俺が出した卵を黄身と白身に分けて混ぜていく。
一番面倒なメレンゲ作りも数十人の手を借りれば百人力だ。
さて、ソース作りをしようか。
とは言ってもソースだから楽だよね。
フライパンに赤ワインを入れ、アルコールを飛ばす。
次にペース状にした玉ねぎとショウガを混ぜて醤油や水、砂糖などの万能調味料を入れて完成だ。
後はローストビーフを切り分け、そのうえにソースをかける。
完璧である。
我ながら、計画的すぎる料理に感動すら覚えるな。
とまぁ、自分の内で悶々とそんな事を考えているうちにメレンゲも完成し、あとは砂糖やらを混ぜてオーブンで焼くのみ。
最後に粉砂糖を上から降り落ちる雪のように塗せば完成である。
「凄い物が完成しましたな。まさかこんな物がデザートとは……私には雲か何かにしか見えません」
料理長は直径、1メートルはあるであろう大皿に乗り、山のように盛り上がっているスフレを見上げてそう告げる。
確かに想像以上の大きさになった。
これならば迫力も満点であり、陛下の要望道理になる。
「さぁ、残りの料理も手伝います。一気に作り上げましょう」
♢♦♢
「はぁ……涼太さん、お遅いなぁ」
「お嬢様、料理とはそう簡単に作れるものではございません。夜会に出す料理なのですから、時間が掛かって当然かと」
ミセルの慰めの言葉にクリスは不満げな表情を顔に出す。
「でも涼太さんよ? いつも五分くらいで美味しいご飯を出すのに」
「それがおかしいんですよ」
「クリスちゃん、気長に待つしかないよ」
「そうですわね、でもお料理が少なくなってきたのも事実ですわね」
ロゼッタは会場に並べられた料理の空き皿を見てそう呟く。
普通ならば、定期的に出来たての料理が出されるのだが、ここ数十分は一切の料理が運ばれてこない。
ウェイターに苦情を言いに来る貴族もちらほらいる。
陛下も落ち着かない表情だ。
「ん……?」
「どうしたの、クリスちゃん」
「なにか、香ばしい香りが漂ってくるような気が……」
「という事は、完成したんだ!」
会場全体も、次々に香ばしい香りに魅了されていくのが分かる。
そして厨房に繋がる扉が開かれたかと思うと、食べずとも舌を喜ばせるかのような見た目を香りを放つ料理が出てくる。
「間違いないわね。全て涼太さんの手が加わってるわ」
「お嬢様、何で分かるんですか」
「直感よ。ご飯が私を呼んでいるわ」
クリスの手にはいつの間にか皿が二枚、獲物を狩る狩人の目でそれらを見つめる。
しかし、それはとある料理の登場でかき消される。
「何だあれは」
「おかあさま! 大きいのきた!」
「触れているぞ」
「食べ物なのか?」
「バカな!? 美食の私が見た事すらない料理だと……」
老若男女を含め、突如として現れた謎の物体に会場の視線はスフレにくぎ付けだ。
そして料理長が前に出て一礼する。
「皆さま、大変長らくお待たせしました。スフレにございます。甘味たる味に、口の中で溶けゆく雲のごとき料理。デザートとしてお召し上がりください。なお、様々な料理も追加しました。お好きなものをお取りください」
その合図に、多くの子供たちを先頭に貴族もスフレの列に並んでいく。
「お嬢様も行かれますか?」
「フフッ、甘いわねミセル。確かに魅力的だわ。しかし、私はあえて他の料理を堪能する!」
「本音は?」
「後で涼太さんに作ってもらって、死ぬほど食べるわ!」




