120話 シャルの選択
既に太陽は一日の中で最も高い位置にたたずんでいる。
冷えた空気は温められ、薄着で外を歩く人物も少なくない。
かく言う俺も動きやすいジャージで過ごしている。
「シャルも一緒に行きますわよ」
「ヤダよ。平民のボクが行くなんて場違も甚だしいよ」
「私の連れとしてなら問題ありませんわ。ねぇ、お父様。シャルだけ留守番は嫌ですわ」
既に俺の家の敷地には二台の馬車が止まっている。
ハイゼット家とアルマス家。
グリムさんとジグルさんが娘を迎えに来たのだ。
「うむ、娘の親友ならば問題もないぞ」
「公爵様の護衛なんてボクには出来ないよぉ」
「強情ですわよ。いい加減諦めなさい」
家の玄関に張り付いて一向に動こうとしない。
ロゼッタが引きはがそうとしようにも、今日に限っては無駄に力が強いシャル。
まあ言いたいことも分かる。
今、俺の家にいるメンバーで国王誕生祭に行かない者はいない。
クリスとロゼッタは公爵家令嬢として、ミセルは護衛、エリスは父親の誕生祭なので王城の別室で待機、フィルフィーとハンナさんは他国の代表者として、俺は料理の準備と両陛下の護衛として行く。
ハンナさんに関しては、すでに王城に送還済み。
メイドたちを除いて今回の誕生祭の無関係者はシャルのみとなった。
一人で留守番よりもみんなと一緒に行く方が良いだろう。
何より、ロゼッタは親友のシャルを置いてきぼりではなく、一緒に国王誕生祭に行きたいのだろう。
「シャル、何事も経験だ」
「ツッキーまで……」
「俺も平民なんだから、シャルと同じく緊張しているんだよ」
周りがざわめく。
俺と付き合いのある人物の約9割が疑いの目を向けてくる。
首を横に振り、否定を示す者もいるくらいだ。
なんだよ、毎度毎度と同じ反応をしやがって。
何度も言うが、俺の立ち位置は平民。
貴族でもなければ、大商人でもないからな。
「うぅ、本当?」
「その俺が大丈夫と言ってるんだ。何かあれば、ジグルさんが助けてくれる」
「うむ、シャルと言ったな。君に手を出そうとする馬鹿貴族がいれば私直々に処断しよう」
「安心していい。俺の知り合いとでも言えば、セリア王国とラバン王国のトップが守ってくれる。嫌でも俺が動かす」
「ツッキー、その発言がすでに一般人じゃないことに気づこうよ」
シャルの言葉に、その場にいた全員が頷く。
何か変なことを言ったのか理解できない。
使えるものは使う、ジグルさんにも陛下たちにも恩を売っているから、その時は無理にでも動いてもらう。
「と言うか、シャルなら護衛として普通に強いと思うんだけど」
「そうかな」
「だから自信を持て。シャルは自信さえあれば、宮廷魔導士にすら匹敵する実力を持っている」
「それは誠か、涼太よ」
一歩前へより、シャルをマジマジと見つめる。
厳ついおっさんに間近で見つめられた事により、より一層委縮する。
「事実です。以前にクリスが倒した家庭教師の貴族とは比較にならない強さを既にロゼッタ共々持っています」
まあ、以前の自称宮廷魔導師は金をつぎ込んで地位を得た雑魚に過ぎないから何とも言えないけど。
「それならば……いや……まだ早いか。しかし、それに越したことは無いな」
「どうしたんですか」
顎に手を置き、何やらブツブツと独り言を言っている。
「シャルロットよ」
「は、はい」
「お主は将来どうしたい?」
「ボ、ボクは村のためにお金を稼ぎに来ました」
「その件に関してだ。少し早いが、私の家で雇われないか?ロゼッタの専属護衛として」
「お父様、そえは本当ですか!」
当人を含め、ジグルさんの発言に耳を傾けていた人物たちは目を見開き驚く。
それもそうだろう、それまでに今の発言は常軌を逸している。
この世界での魔力の素質は一種の才能によって決められる。
過去に俺は魔法を使えれば、誰でも強くなれると言ったが、それはあくまで一定の基準の魔力ステータスを持った人物に限る。
その素質は貴族に優遇される傾向にあり、統計的に見れば平民が魔法を使い、そのつぼみを開花させるにはその上での才能と努力が必要だ、とされてきた。
学生の段階でスカウトをされるには、数日後に行われる魔法聖祭の個人種目で貴族のお眼鏡にかなうほどの演技をしなくてはならない。
それだけでも全世界の同学年を基準に考えると確率は0.001パーセント以下。
貴族に使えるという事、それも公爵家につかえるという事は平民からすると夢のまた夢。
それが現時点で叶うなど普通はあり得ない。
何度も言うが、俺は例外だけどね。
「決めるのは君だ。涼太の言う事だ、嘘ではなかろう。私は娘の友人であり、それに見合った実力を持った君を雇いたい」
「ボ、ボクに出来るでしょうか」
「シャル、私の護衛になってくれない?」
「ボクはドジだし迷惑も掛けるかもしれないよ」
「いいわよ、私はあなたになら背中をあずけられるわ。だから、ね?」
「うん、分かった。ボクはロゼッタちゃんの護衛として生きていく。ボクを雇ってください」
「ならば此度の誕生祭。早速ロゼッタの護衛として使おう。おい!」
「「はっ!」」
傍にいたアルマス家の護衛数名が前に出てる。
「一度屋敷に戻る。メイドたちにこの者の服を作るように言え。誕生祭の夜会までには完成させろ」
「「承知しました」」
「それでは……どっこいしょっと」
「わ、キャア!」
護衛は急いでアルマス家の屋敷の方へ走って行き、ジグルさんはドアに張り付いていたが手を緩めたシャルを担ぎ馬車に乗せる。
ロゼッタもそれに続いて乗る。
勧誘と言うよりは、誘拐と表現する方が正しい絵面だ。
「良かったですね、シャルもロゼッタも仲良しですから」
「クリス、楽しそうだな」
「ええ、でもそれ以上に嬉しいんですよ。学園を卒業したら、そこからは自立し自分で動かなくてはなりません。シャルはそういうの苦手そうでしょ」
「あー、なんとなく分かる」
「それが今現在で終わったんです。なんやかんやで最高の形だと思いますよ」
クリスはクリスでしっかりと考えているんだな。
それにしても中学生が考えるようなことではない思うんだけど。
「クリス、お前はどうするよ」
「私は涼太さんに付いていきますし、仮に一人になっても生きていけますし」
「俺はその自信がどこから出てくるのか疑念を浮かばずに得られないよ」
「ふふっ、涼太さんのおかげですから」
「クリス、私たちも行くぞ。涼太、後ほどだ」
「はい、後ほど」
その場からハイゼット家の馬車も消え去り、先ほどまでの賑わいと打って変わり静けさが肌を撫でる。
「涼太、私たちはどうする」
「そうね、先に王城に向かいましょう。お父様の部屋に移動できる?」
「ああ、分かった」
俺は二人の手を握り、その場から転移する。
場所は無論、エリスに指定された通りにケネス陛下の自室だ。
「むおっ! 驚かすな」
そんなに驚くもんなのかねぇ。
毎度毎度同じ登場だから、いい加減慣れても良いころ合いだと思うんだけど。
「お父様、お誕生日おめでとう」
「おおっ、エリス。ありがとう。ずいぶんと綺麗になったではないか。男なら見惚れるな」
「有象無象には興味が無いわ。あるのは涼太だけ」
後ろから抱き着き、仲の良さを父親に見せつける。
うん、普通なら俺って殴られてもおかしくないシチュエーションだね。
と言うか、本当に元気になったよね。
今ではみんなと同じ食事も取れ、体も健康体に近付きつつある。
胸も……成長してるし。
「エリス、ずるいぞ」
それに対抗するかのようにフィルフィーも俺の右腕に抱き着く。
豊満な胸が直接当たる感触は何とも言えない。
「はっ……え……何が……」
目を押すリ、目の前の幻覚から目を覚まそうとしているのか。
擦っても擦っても冷めない幻覚に、終いには自身の右手で平手打ちをするケネス陛下。
破裂音と共にその場に数秒蹲る。
「国の長が何をしておるか」
甘えた声から、周りを畏怖させる強者のオーラを放つ。
「おお、その声はフィルフィー殿か。となると、今までのは幻覚か」
「お父様、何を言っているのよ」
「いやはや、すまない。あのフィルフィー殿が涼太に甘えている幻覚がな」
「幻覚じゃないわよ。フィルフィーは私の仲間」
「こら! 呼び捨てとは不敬だぞ。うちの娘が申し訳ありません」
明らかに目の前の現実を受け入れようとしないケネス陛下。
こんな慌ただしい陛下は初めて見た。
「私はこの国王誕生祭が終われば、涼太と共に過ごすつもりだ」
「それは一時的な?」
「永続的だ」
きっぱりと言い切る。
守護者とではなく、聖人とでもなく、一人の女として。
瞳には虚無でも怠惰でもない、燃えさかる炎が。
それを察した陛下を嘲笑する。
笑わずにはいられない。
規格外の懐の深さ、それを射止める何かを持つ涼太に。
「本当に、本当にどこまで規格外なのだ。まさか、これは予想外だ」
「お父様、それが涼太なんだから」
「そうだな、涼太よ」
「はい」
「女は怒らせるなよ。私から言えるのはそれだけだ」
「実感してますよ」




