表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
121/234

119話 誕生祭の朝



 一人の少女があっけに取られていた。

 寝巻き姿から着替え、学生としてではなく、今日の国王誕生祭の護衛として騎士の装束を纏った少女。

 涼太が知る限りの数少ない常識人。

 そんな彼女が手に持つ愛刀を床に落としてしまう。


「あっ、ミセル。おはよう」

「おはようございます。ってそうではなく、私は幻覚でも見ているのでしょうか」


 常識人だからこそ、目の前のあり得るはずのない人物がたたずんでいる光景を理解できないのだろう。


「何を言ってるの?」

「私の目にはシュテム帝国の代表者でもある聖人殿がお茶を啜っているように見えますが」

「なにそれ、代表者?」


 茶葉から淹れた緑茶をほっこりとした顔ですするフィルフィー。

 すっかりこの家にも馴染み、緊張もほぐれた。

 鼻歌交じりで抹茶シフォンケーキを頬張る。


「主がミセルか。話は聞いている。今の私はタダのフィルフィー、涼太の眷属であり仲間だ」

「眷属?」

「そうよ、私たちは仲間だもんねー」


 エリスがフィルフィーの背中に抱き着く。

 少し邪魔臭そうだが、抵抗は一切しないあたりは心を開いているのが分かる。


「そう言えば、皆さん同じ紋様がありますね」


 敏感なミセルはすぐに俺とみんなに刻まれてる紋様に気づく。

 そうだな、ミセルにも必要だよな。

 

「言ってしまえば、仲間の証です」

「仲間……」

 

 その言葉にピクリと体が動く。

 自身の体に目をやり、それがない事を自覚したのか顔を暗くする。

 しょんぼりミセルは珍しいな。


「涼太さん、ミセルにも必要ですよ」

「そうだな。ミセル……」

「私もお願いします」


 即決、一切の躊躇もない決断。

 俺の言葉を聞く前にそう告げる。


「分かった、腕を見せろ」

「はい」


 ミセルの左腕、肩よりも少し下に位置している部分に紋様を刻む。


「言っておくが、連続して使用したが本来は使わないはずだからな。俺に最も近い位置にいるみんなだからこそ使ったんだし」

「分かってるわよ」

「それならよろしい」


 ここにいる四人は深く頷く。

 

「よろしくお願いします。フィルフィー様」

「我々四人は同士だ。様付けは不要だ」

「分かりました、フィルフィー。よろしくお願いします」

「うむ、よろしく頼む」


 剣を握り続けていた猛者を象徴する手にフィルフィーは感嘆する。

 ミセルも何者か、そしてどの程度の実力を持つ人物か察する。


「というか、二人はフィルフィーの事を知らんのか?」

「どういうこと?」

「凄い人なんですか?」


 首を傾げ、問題の意図を理解できない様子の二人。

 やはり常識がなっていない。

 だからこそフィルフィーをタダの一般人として解釈することが出来たのだろう。

 

「ふふっ、私は気にしていないよ」

「ミセルも言ってただろ。シュテム帝国の代表者」

「ああ! 凄い人なんですね」

「ステータスで言えば、ミセルの八倍は強いな」

「それって最高峰レベルよね」

「そうだな、私からして見れば大抵の者は子供同然だ」


 ミセルと共に過ごしてきたゆえに、ミセルの実力を知っているクリスは口に手を当てて驚く。

 人族では二つ名を持っているミセルですら慄く実力。

 

「涼太さんはそれ以上なんですよね」

「こやつは例外だ。強い弱いと私たちと比べるべき存在ではない」

「傷つくなぁ」

「似たようなものだろう」

「まあな」


 そんな雑談を交わしているうちに、気が付けばもうすでに朝食を出すべき時間帯になっていた。

 シャルたちはまだお休み中かな。

 国王誕生祭という事もあって、学園は休み。

 更に誕生祭のパーティーは夜に行われる。

 訓練のない日はゆっくりとしても問題はないだろう。

 恐らく、ジグルさんが娘を迎えに来るはずだから、そのままにしておくべきだな。


「飯を食う前にミセルの隣の部屋にもう一人、お客様が泊まってるだろうから起こしてきてくれないか?」

「了解です!」

「承知しました」


 一番年少の二人は率先してその場から動き、聖女のハンナさんが泊まっている部屋へ向かう。

 

「それで……私たちは今日はどうしようかしら」

「エリスは王城に行くだろう?」

「私はゆっくりしたいのだがな」

「シュテム帝国の代表者が何を言ってるんだ」

「私はもう聖人でも何でもない。涼太の仲間だ」

 

 実際は行くのが面倒くさいのだろう。

 大勢の空間が苦手なフィルフィーだ、誕生祭のパーティーには多くの貴族が来るはずだ。

 聖人となれば絡んでくる連中も少なからずいる。

 過去にもそのような経験があったのかな。


「フィルフィー、あなたは一応・・は現状でシュテム帝国に属しているのよ」

「面倒な役職を受けたものだ」

「そのおかげで涼太に出会えたのでしょう」

「確かにそうだな」

「今回の事が終われば解放されるのだし、今回は涼太と出会えたきっかけを作ってくれた恩という意味合いでも受けるべきよ」

「むう……返す言葉もない」

「頑張ってね」

「うむ、引き受けた」


 


 そして、数分もたたずに部屋の外から何やら騒がしい物音が聞こえる。

 頭痛でもあるのか、頭を押さえながらミセルが入ってくる。

 

「涼太様、話が違います」

「何がだよ」

「なぜ二国の代表者がこの家にいるのですか。聖女殿の護衛はどうしたのですか」

 

 ああ、そう言えば話していなかったな。

 昨夜は問題を起こしてから、ずっと部屋に引きこもっていたから知らなかったのか。

 

「護衛はトラブルを起こして送還だよ」

「なぜ聖女殿がこちらに?」

「陛下の勧めで俺の家に泊まることになったんだよ」

「涼太さん、本当にこの家は凄いです!神殿でもないのに、昨夜に女神様にお告げを貰えました」

 

 無駄にハイテンションなハンナさん。

 昨晩の青ざめ不健康そうな顔は、ツルツルのお肌に変わっている。

 どうやら疲れはすっかり吹き飛んだようだ。


「よく眠れましたか?」

「はい、これほどの快眠は久しぶりです」

「それは良かった」

「聞いてください、昨日の護衛の処断について女神様に褒められました」


 それは子供が親に功績を褒められるかのように、

 無邪気にうれしさを身体で表現する。

 しかし、事情を実際に知っている俺をフィルフィーは察する。

 生暖かい目しか向けられない。

 

「そうですか、それは凄いですね」

「この家は神殿として機能しています。是非ミルス聖国の聖書などを設置するべきです」


 そう来たかぁ。


「いえ、必要ないです」

「いいえ、このような事は生涯ありません。神々に選ばれたのです。今ならば無償で私が引き受けます」


 まるで宗教勧誘だ。

 普通に考えるのならば凄い事なんだろうな。

 この残念聖女様は一応、聖女という代表者にも選ばれるほどの地位を持っている。

 ありがたい事ではあるのは分かる。

 だが悲しいかな、井の中の蛙とはこの事を言うのだろう。

 

「おい、娘。そんな下らん勧誘をするな。涼太が困っているだろう」

「はぁ?くだらないって、神のご加護を……うけ……てぇ」


 猫に睨まれたネズミ。

 いや、ドラゴンに睨まれた兎と表現するべきか。

 口に運んでいたフォークを皿に置き、揺らめく陽炎を背に、

 敵を排除する狂犬の如くの畏怖を示しながら。


 予想外も予想外。

 まさか、昨日に怒りを買った人物がこの部屋にいることを想定していなかったのだろう。

 見る見るうちに蒼白な顔になっていく。

 腰を抜かし、その場にヘタリと倒れこむ。


「フィルフィー、やめろ」

 

 俺の声に反応してか、オーラは収まっていく。

 

「すいません、勧誘とかはお断りしています」

「わ、私の方こそ申し訳ありませんでした。気を緩め過ぎていた様です」

「フィルフィーもやり過ぎだ」

「すまない」


 あら、珍しく言う事を聞くじゃないの。

 てっきり、無視して攻撃でもするのかと思ったよ。

 

「あら、ちゃんと言えるじゃない」

「エリス、私を子ども扱いするな」

「ふふっ、ごめんなさいね」


 じゃれつく猫を鬱陶しいとは思うが嫌だと拒否はしない。

 この短時間で本当に丸くなったと言わざる得ないだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ