118話 繋がり
85話で魔法聖祭は国王誕生祭の前日に行われると書いておりましたが、物語の都合上5日後に勝手ながら変更させていただきました。
前日→5日後
アテナたちに止められていた事もあって、地上に帰るのは太陽の日差しが一日の始まりを告げるであろう時間帯になった。
「朝帰り? 本当に何様かしら」
「ふふふっ、昨日は全く連絡がなくて寂しかったですよ」
案の定というか、玄関の前にはクリスとエリスが仁王立ちで居座っていた。
眉をひそめ、ほほを大きくふくらましている。
かなりのご立腹だという事は言わずとも察せる。
「しかも女の人ですか」
「私と言うものがありながら、本当にいい度胸ね」
「落ち着け、事情を説明する」
「しかも美人ですねぇ。ねぇ!」
「いや、待ちなさい、クリス。きっとお客様よ」
「そうですね、それしかありませんね」
何もこちらからは発言していないのに、どうやら邸の良い解釈を自分たちで作り上げ納得したみたいだ。
いや、何も解決していないんだけどね。
むしろ今の状況は爆発寸前の時限爆弾が一時停止したに過ぎないかと思う。
悪い予感しかしない。
「初めましてだな。私はそうだな……涼太と深いつながりを持った人物だ」
フィルフィーさんよ、間違ってないぞ。
確かに眷属化という途切れることは無い物理的な深いつながりを持った者同士だ。
現時点では、この中で本当の俺を知っている人物でもある。
だけど、言い方よ。
誤解しか生まない発言は控えて下さいな。
目の前の二人はニコニコと笑顔を向けているが、半開きした目には喜びの感情とは正反対の濁った感情が写し出されている。
「ほほほっ、冗談を言わないでよ。舐めてんの?」
「ふひひっ、面白い冗談ですね」
「ふむ、すまない。私の言い方が悪かった。先ほどアディ様に言われたことを言ってみるか」
え、何そのトラブルしか呼び込まないと素人でも察せる言葉は。
俺が別室で爺さんらと話していた時に、女神にでも悪知恵を教えられたのかな。
しかも恋愛大好きのアディに教えてもらった事によると、俺へ矛先が向きそうな予感。
「言ってみてください」
「メインヒロインの座は私が貰う。モブはご退場願おう」
真顔でとんでもない事をおっしゃられた。
それって禁句にも等しい言葉だよ。
二人の方を向くと、こめかみに血管が浮かび上がっている。
体を脱力させ、腕が振り子のように揺れ動く。
「まぁ、あれね」
「はい、あれですね」
「あれとは何だ?」
そしてフィルフィーさん、あなたは自分がしでかした事態を明確にして理解するべきだ。
恐らく、自身では分かっていないのだろう。
ハイエルフは天然属性でも入っているのか。
「「取り敢えず、ぶっ殺す!」」
二人の体から暴風にも等しい魔力が玄関前で吹き荒れる。
クリスの体からは冷気が発せられ、蜷局を描くように氷のドレスが展開される。
反対にエリスの体からは燃え盛る炎が具現化し、傍にあった観賞用植物を一瞬にして灰へと返す。
近距離に関わらず、放とうとするのは中級魔法。
通常ならばオーバーキルは間違いない。
しかしフィルフィーは涼しい顔で二人を観察する。
「人族にしてはなかなかだ。だが相手が悪いな」
二人の攻撃が放たれる寸前に掻き消える。
驚愕の顔を向ける。
「本当に落ち着け」
「そうね、その方がよさそうだわ」
♢♦♢
円卓のテーブルを囲むように座る。
「なるほど、そういう事ですか」
「あなたらしいわね。それならそうと言いなさいよ」
「聞く耳を持たずに攻撃してきたのはどこのどいつだよ」
首をかすかに横に向け、視線を逸らすあたり、思い当たる節があるのだろう。
二人そろって短期なので止める係的存在がいないと実に面倒だ。
ミセルくらいの良心を持って欲しいな。
「すまないな、私はどうも上手く事情が説明できない」
「いいわよ、私はむしろ親近感が湧いたわ」
事情は大まかに説明した。
フィルフィーが何者か、どのような人生を送ってきたのか。
そして俺がその理由から手を差し伸べた事。
ただし、神の事情は除いてだ。
神界で爺さんにも言われた事。
地上の生命体が神に干渉する事は禁足事項ではないが、それと同時にあり得るはずのない事象行為。
俺というイレギュラーを返して会う事は仕方ないと許容されたが、この世界の人間が直接関与することは極力避けるべきだろう。
クリスとエリスには悪いが、このことに関してはまだ期ではない。
そう判断した。
フィルフィーにもそれは念を押して伝える。
「それで、その眷属化ってのが涼太の右手にあるやつよね」
エリスがカップを握る右手の甲に刻まれた紅い紋様を指さす。
「んぁぁ、そうだ」
「フィルフィーさんにもあるんですよね」
「これだ」
「ちょっ、何してるんですか!」
フィルフィーは豊満な胸を包み込んでいた、服のボタンを一つ一つ外す。
サラシを巻いた胸が上下に揺れ、外へと零れ落ちる。
初々しいクリスは反射的に俺の後ろへ回り、両手で俺の視界をふさぐ。
俺としては別に気にするほどの事ではないのだが、クリスにとっては刺激的だったのかな。
エリスに関しては、それが当たり前かのようにもの動じ一つせずにじっくりとフィルフィーの肢体を眺める。
そしてある一点を凝視する。
肩から内側に十数センチのあたり、そこに紅い紋様が刻まれている。
「それが印ねー」
「そうだ」
「涼太のと少し違うくない?」
確かに少しの誤差がある。
紋様自体は、十字架に二匹の蛇が蜷局を描くような絵。
唯一違うのが、俺の紋様の蛇に翼が生えていること程度だ。
「あれだろ、マスターと眷属を見分ける的なやつ」
「まぁ、それが妥当でしょうね」
「そうですね、それが妥当でしょう」
二人は納得したように頷く。
そうやら事態は解決した様だ。
そう判断した俺はその場から立ち上がり、朝食の準備をしようかと思う。
が、それで事が終わるはずもない。
「さて、問題は私たちにそれがないって事よね」
「純粋にずるいです。私も欲しいです」
二人の目に映る心情は、強欲でもなければ憤怒でもない。
ただただ純粋に嫉妬の感情。
自分にはない物が他の者にはあるという熱せられた嫉妬であった。
本当に女って面倒くさい。
そう思わざる得ない。
これで無視すれば、芽生えた親近感が遠ざかる可能性も無きにしも非ず。
気まずい空気で過ごすのは嫌だ。
「一応言っておくぞ。俺のスキルだからと言って、ステータス上昇とかいう特典はないからな」
「「そういう問題じゃない!」」
「お、おう」
怒られちゃったよ。
すごく息の合ったコンビネーションだな。
だがキチンと条件程度は説明しておくべきだな。
これに関しては、真面目な話になる。
「クリスもエリスも自分の人生がある。これは楔だ。今後の人生を変える分岐点になるやもしれない。フィルフィーは俺の仲間として、眷属として生きていくことを決めた。言い方を変えれば、奴隷紋と同じカテゴリーに入る」
その言葉に二人はポカンとあっけに取られた顔になる。
何をこいつは馬鹿なことを言っているのだと書いている顔だ。
「涼太、すでに私は言ってるわよ?今後の人生はあなたと共に生きると。世界をこの目で見ると」
「私も涼太さんについていきますよ」
「いや、お前は特にダメだろ。貴族令嬢、グリムさんにも迷惑を掛ける」
「すでにお父様にも盛大に迷惑を掛けろと言われています」
二人が言っている内容を思い返す。
うん、どちらも一言一句、以前に発言した内容と全く同じだ。
虚偽内容を介入させる余地もないほどにストレートな言葉だったよな。
「その発言だと、俺が旅に出たらついていくと取れるぞ」
「その通りですね」
「ミセルはどうするよ。学校も友達もいるだろう」
「ミセルは連れていきます。私の護衛ですし、彼女もそれを望んでいます。学園は辞めますよ」
あっさりとそう発言する。
「シャルとロゼッタはどうする」
「ガールズトークの話題に出てましたね」
つまり、そういう場合もあるとすでに考慮していたのか。
策士と言うか、そういう事に関しては本当に鋭いよな。
唯我独尊という言葉が似あうほどまでに、迷いのない瞳をしている。
どうするか迷えば、こちらにも説得する余地はあったが無理だな。
「分かった、俺の負けだ」
両手を上げて降参の意を示す。
すると二人は、両手でハイタッチして喜びを分かち合う。
「それじゃあ、どこに紋様を入れたい?」
「私は右肩が良いです!」
「私は胸と鎖骨の間」
「了解」
俺は二人に言われた部分に手を当てる。
紅く温かいオーラが二人を包み込み、紅く光る紋様が浮かび上がる。
光は数秒後には収まる。
「これで終わりだ」
手を放し、二人を見ると何とも幸せそうな表情を浮かべている。
刻まれた紋様を両手で掬うように囲う。
「フィルフィーさん、これで私たちは同士ですね」
「身分も種族も年齢も関係ないタダの仲間よ」
「ありがとう、迷惑を掛けるかもしれないがよろしく頼む」
そこに咲き誇った笑みは、どれだけの価値があるのだろうか。
決して魔法でも金でも等価交換しえないほどの価値があるのだろう。




