117話 《女神と眷属》
「お帰りなさい、あなた」
「おいコラ、なに人妻気取ってんのよ。ねぇ、ダーリン」
「お前らなぁ。マジで今くらいは神様らしくしてくれよ。あと夫でも恋人でもない」
爺さんとの会話が済み、どうせなので俺の本拠地を案内することになった。
当然と言えば当然だったのだろうが、こいつらのハイテンションさを考慮していなかったのは迂闊だった。
因みに【最高神の加護】については、爺さんからのプレゼントだそうだ。
と、ここまでは良いのだが、問題は今現在の状況だ。
久しぶりの再会で舞い上がってるのは仕方ないとは思うが、地上の住民がいる中でぐらいは自重して欲しい。
手を額に当て、頭痛に似た錯覚の痛みを感じながら呆れる。
遠い目をしていると、何やら腰のあたりに違和感。
何かが巻き付いている。
視線を下げると、フリフリのワンピースを着たパンドラが抱き着いて、上目遣いで俺を見上げている。
「おかえり」
「ただいま、なかなか顔を見せられなくてごめんね」
「いい……会えてうれしい」
なんという事だろう。
俺はこんなにも純粋に可愛い少女を待たせてしまっていたのか。
なんと愚かな事をしてしまっていたのだろう。
ポンコツ女神もこの程度の愛嬌があっても良いと実感する。
腰を下ろして笑顔で頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細める。
やはり俺には癒しが足りなかったんだと思う。
知らないうちに愛でる気持ちを忘れていたようだ。
「私たちと対応が違うんですけどー!」
「憎ら……うらやましいわぁ」
声を張り上げて抗議する二人。
その声に傍にいたフィルフィーはビクッと体を強張らせる。
「ほら、怖がっているじゃん」
「そう言えばその子は……確かパラスが言っていた子だったかしら。なぜここに居るんですか?」
「連れてきた。俺の仲間としてこれから過ごす予定だ」
そう言うと、アテナの表情が複雑なものに変わっていく。
「知ってるんですよ。最近、新しい子がりょう君にベタ惚れだって」
「個人情報保護法って言葉を知ってるか?」
「神に法律など無意味です」
くっ、確かに神は人ではないから、この場合はアテナが正論だ。
言い返そうにも言葉が出ない。
「というか、アディは機嫌良さそうだな」
「私はぁ、ハーレム大好きだしぃ」
「さいですか」
真面目に聞いた俺がバカだったよ。
どうやら美の女神の美はビッチの美らしい。
考え方も恋愛が拡大する方面の思考をお持ちの様だ。
「自己紹介をしましょう。私はアテナ、りょう君の妻で……キュッ!」
先ほど否定したのに、全く懲りてない様子。
傍にあったスリッパでフルスイングする。
「こいつはアテナ。駄女神だ」
「ちょっ! 駄って何ですか!」
「んぁ?堕女神だったか」
「その女神、悪の道に進んでますよ」
「とまぁ、こんなのだが女神だ。幻滅しただろう」
「ひどっ!」
若干の涙目になりながら抗議する女神様。
こいつらと一緒にいると、本当にボケとツッコミのオンパレードだな。
悪くはないが、無駄に疲れる。
「わ、私はフィルフィーと申します。アテナ様」
「うんうん、素直な子ですね。ようこそ」
女神らしく神々しいオーラを放ちながらフィルフィーの手を握る。
しかしその目には一人の女としての闘志が燃え上がっているのが分かる。
神とだけあって、地上での傲慢な姿の彼女はそこにいない。
「はぁ、お前なぁ。マジで怒るぞ」
「うぅ、すいません」
「それで、パラスとテミスはどこへ行ったんだ?」
周りを見回すが、いつものメンバーの二人がこの場から欠如している。
「二人は仕事ですね」
「こんな時間にか?」
「ほら、例の聖女さんですよ。泣きながらお告げを求めてきたそうです」
あー、なんか心当たりしかない気がする。
今日の数々のトラブルが目に浮かぶ。
部下の二度にわたっての大きな失態の尻拭いに、幼女二人からの罵倒。
普段、ちやほやされている聖女の身からすると、大きすぎる外傷になり得たのかな。
「涼太、聖女とはあれか」
「うん、あの残念聖女だね」
「私も言い過ぎたか」
「いや、原因は主に馬鹿貴族なんだけど」
やはり、少しはやりすぎた感はあったのか。
「はぁ、疲れました」
「お疲れっすね。およっ、りょうっちが来てるじゃないですか!」
「おう、ひさしぶり」
噂をすればなんとやらだな。
首を大きく回してお疲れの様子だ。
「なぜ涼太さんの家に呼ばれたのでしょうね」
「すまん、今回は俺も無関係じゃない」
「別にいいですよ。もう愚痴みたいなものでしたから、適当にあしらっておきました」
聖女の扱いが本当にひどい件について。
向こうは本気で思っているのだろうが、実際には適当にあしらわれている事実。
そう思うと、涙腺が緩んでいく。
「おや、あなたは。なぜ彼女がここに?」
「あの、もしかしてあなたが」
フィルフィーは声を震え上がらせて、パラスに自身の疑問に思っていた内容を問いかける。
「私の渡したスキルは健在の様ですね」
ザザッ、っと擦れる音が聞こえる。
片膝を地に着けて、片手を胸にかざし首を垂れる。
「本当に、本当に感謝します」
「気にしないでください。あなたはそれだけの事を成したのです」
「はい」
「でも、ごめんなさいね。あなたの不幸は私じゃ手に負えなかったわ」
「いいえ、このスキルがあったからこそ涼太と出会い、呪縛から解放されました」
「ふふっ、流石は涼太さんね」
まるで全てを察するかのような笑み。
パラスはフィルフィーの頭に手を置くと彼女は気持ちよさそうに目を細める。
「うわぁ、何ですか? のけ者感が半端じゃないんですけど」
「そうねぇ、無視はよろしくないわねぇ」
「はぁ……俺は関係なさそうだし、ヘファイストスのところにでも行ってくるよ」
「えー、可愛い女の子を放っておいて、むさ苦しい男どものところに行くなんてナンセンスですよー!」
「……どういうことだ?」
俺が去ろうとした途端に、アテナは逃がすまいと腕を掴んできた。
いつもと違うような違和感、なんていうか……アテナの力が異常に強いような気がする。
いつもならば掴んだ腕ごと振るって投げ飛ばしていたんだが、そうすることが出来る気配が全くない。
むしろ、俺の方が抑え込まれているような感覚。
「どうしたんですか」
「アテナ、もしかして強くなってる?」
「ふふふっ、ステータスを見ても良いんですよ」
悪だくみでも考えている様な笑みを浮かべるアテナ。
*
アテナ LV.37800
種族:女神
性別:女
年齢:####
攻撃:4.78E6
魔力:2.64E6
俊敏:4,07E6
知力:9.11E6
防御:4.74E6
運:100
特殊スキル
【輝く光は我にありLV.--】
【常闇の梟は我が臣下LV.--】
技能スキル
【神軍指揮LV.94】
【叡智LV.MAX】
【天地無双LV.MAX】
【天空無双LV.MAX】
【神威LV.78】
【狂神化LV.28】
【超回復LV.57】
【剛力LV.49】
【状態異常無効LV.76】
【剣神LV.21】
*
イッタイナニガオコッタンダ。
いや、真面目におかしいだろ。
俺が地上に転移する以前のアテナのレベルは3500だ。
それに加えて、つい最近までは何の変りもなかったはず。
なのに急激な成長をみせたアテナ。
10倍以上のレベルに加えて、明らかにヤバそうなスキルをお持ちになっている。
俺のステータスを軽く超えてらっしゃるよ。
「お前……何したのよ」
「えー、少し頑張って神界の魔物を倒していただけですよー?」
「いやいや、上がり方が異常って言ってるのよ」
あまりのショックに両膝を地に着けて脱力してしまう。
アテナは俺と同じ目線にするように腰をかがめて口を開く。
「りょう君、良い事を教えてあげます」
「なんだよ」
「私は神ですよ」
全ての摂理であり、どうしようとも覆すことの出来ない。
全てその一言で片付いてしまう言葉。
それをアテナは口に出しやがった。
「ちなみに、もう一つの要因はオー爺が私たちに制限していた力の限定を解除したからッスね」
「そうなのか?」
「いやー、最近やたらと強い魔物が出てくるんッス」
「それで私たちもぉ、駆り出されているのよぉ」
「あの……魔物とは神界にも存在するのですか?」
疑問に思ったフィルフィーは挙手をし質問をする。
「そうだな、簡単に言えば地上の魔物の100倍程度の強さかな」
「いやいや、りょう君。それに加えて、しつこい、スキルが面倒、ゲロ強いのがいますよ」
「そんなに……」
「だからぁ!」
アテナは俺の背中に飛びつき、胸を押し当てる。
やわらかいマシュマロに背中を押され、突然の不意打ちに心臓の鼓動が速くなる。
「今日はりょう君にいっぱい甘えさせて貰います!りょう君エネルギーのチャージです」
「ちょっ、そんなの聞いてないぞ!」
「ふふっ、今日は朝まで寝かせないわよぉ」
「いやぁ!おい、どこ触ってやがる!アディ、服に手を入れんなっ……ちょ……ごめんなさい、ダメだって! R-18だぞ……」
「あなたの弱い部分はすでに掌握済み……キュッ!」
パラスのボディーブローがアディのみぞおちに直撃。
「まったく、あなたは本当に凝りませんね。それじゃあ、涼太さん。行きますよ」
「あれぇ!?パラスさん、えらい積極的じゃないですか?」
「あー! ずるいです!私も一緒に行きますー!」
「……わたしも」
「フィルフィー、あなたも来なさい。あなたとも話したいわ」
「はい、パラス様」
勝手に話が進んで遺憾だが、動くに動けない俺。
ズルズルと引っ張られて、どこかに連れていかれるのだった。




