116話 《眷属》
テーブルには温められた緑茶と和菓子。
椅子には三人の人物が座っている。
「で、ここに連れてきたと」
「一応はこちら側から干渉した人物だし良いんじゃないのか?」
「涼太よ、お主は例外として普通はあり得ん」
「規約違反ではなかったはずだけど」
「前代未聞じゃ、地上で生まれたものがこちらへ来るなど想定しておるはずないじゃろ」
困り果てた表情で湯飲みをすする。
「あ、無くなった」
「お注ぎします」
「おっと、ガブちゃん。ありがとうのお」
両翼12枚の白銀の翼をもつ熾天使。
傍にいたガブリエルが急須に入ったお茶を無くなった湯飲みに淹れる。
その際に、エロ爺のごとくガブリエルのお尻を触ろうとし、硬化した足で踏まれ涙目になる。
自業自得だわな。
まったく懲りてない爺さんだ。
「のぅ、ちょっとだけはダメかのぉ」
「死ね、エロジジイ」
「おほっ、だが悪くないの」
まだ要求して来ようとする爺さんにゴミ虫でも見るかのような目で蔑む。
ついでに、踏んでいる足でグリグリとエグる。
まるでコントの様だな。
一応はお客様の前なのでそのような行為は慎んで欲しい。
後で爺さんには制裁が必要だろうか。
「あ、あの。あなたは」
恐る恐るソフィーアさんはオーディンの爺さんに尋ねる。
「ワシは神じゃよ。最高神をしておる」
「お初にお目にかかります。私は...」
「知っておる。紹介するまでもない」
完全に委縮しているその姿は、各国の重鎮が集まっていた会議とはまるで異なるものだった。
堂々とした態度が薄れると、印象が大きく変わることが分かる。
「もっと気楽でいいんじゃないかな」
「お主のぉ。これが普通じゃよ」
「それなら、もう少し神らしい態度で常日頃から過ごしてくれよ」
「嫌じゃよ、お主はすでに身内。面倒じゃろ」
ああ言えばこう言う。
俺が例外だという事は分っているが、もう少し自重して欲しい。
アテナたちに関しても、ヒャッハー状態でどう神として接しろと言うのだ。
「一つ、質問を」
「何じゃ?」
「この者...そう言えば名を聞いていなかったな」
「涼太ですよ」
「涼太とは何者なのだ?」
疑念をぶつける。
流石に神と対面しておきながら、一般人とは名乗れないよな。
爺さんは腕を組んで目を瞑り悩む。
「一言で言ってしまえば、イレギュラーじゃ」
「イレギュラー?」
「転生により神にも等しい力を付けた人間、と称すべきか。女神の気まぐれが折り重なった結果とも言える」
「なるほど、規格外も納得です」
「それよりも問題はお主じゃ。フィルフィーよ」
「はい」
ほのぼのとした空気から、真剣そのもの表情へと変わる。
フィルフィーも背筋を伸ばして姿勢を正す。
緊張しているのが見て取れる。
「結論から言うと、お主のスキルやステータスを変えることは出来ん」
「おいおい、爺さん。あんた最高神だろ」
「転生や転移前の体ならば可能じゃが、一度固定された数値を操作することは不可能だ」
「そんな...」
唯一の希望が消えた事により、フィルフィーの目から希望の光が薄れていく。
「ああ、もういいよ」
「話は最後まで聞け」
「何か方法でもあるのか」
「うむ、2つあるぞ」
俺とフィルフィーは立ち上がり、目を大きく開ける。
流石は最高神だ。
可能性は聞くだけ聞いてみるべきだよな。
「私はどうすれば」
「一つは転生じゃ。涼太の紹介として、特別に記憶はそのままにして地上に送り返そう」
「それって。つまり」
「全てリセットじゃな。その不幸体質も消えるが、お主が積み上げてきたものも全て消え失せる」
「....」
苦渋の決断なのだろう。
確かに称号も呪い子と言う変えられない運命からも解き放たれる。
しかし同時に自身と言う存在を居ない者として扱う事になる。
「もう一つの方法じゃが、涼太よ」
「何だよ」
「お主がスキルを植え付けてやれ」
「いやいや、無理だろ」
俺のスキル創造の事を言っているのだろう。
確かに天使たちにはスキルを与えることは出来たが、地上の人間には無理だった。
ソースはクリス。
付けようと思ったが、何も反応せずに終わった。
それ以来、無理だと思い込み避けていたのだ。
「天使と普通の人間。その違いは何じゃと思う?」
「種族としての差かな」
「同じ生命じゃ。論点はそこではない」
どういう事だ。
爺さんの口調からすると、そこには大した差はないと受け取れる。
神界に住んでいるか否か?
いや、もっと根本的な問題だろう。
となると種族という結論に至るが、それではない。
全ての生命とは人族も魔族も、はたまた魔物だろうと同じ起点に置いて考えるべき。
何が違う。
数秒、数十秒の間、目を瞑り頭をフル回転させて回答を探す。
ある、そうだ!
根本的に違う部分が天使たちと地上の生命にはある。
「どうやら分かったようじゃの」
「俺が創造した生命。つまり血肉を与えた同胞」
「うむ、いわゆる眷属じゃ」
正しく導き出した結論に、満足そうな笑みを浮かべる。
「しかし生命の創造は使えないぞ」
「そのための力じゃろう」
「出来るのか?」
「それを決めるのも成すのもお主次第じゃ」
なるほど、全ては俺の技量次第という事か。
果たして俺に出来るか?
アバウトなスキルは創れるが、限定して無効とするスキルやステータスを上げるスキルを創って与えても、その相手が耐えゆる範囲のスキルでなといけない。
下手をすれば、以前の死線で倒れた俺のようになる可能性も出てくる。
「フィルフィーさん」
「フィルフィーで良い。こんなものを見せられて、敬称はやめてくれ」
「では、フィルフィー。俺は君の意見を尊重する」
「分からない。私はそうすれば良いか分からない」
突然、自身の理解を超える事態にあったのだろう。
混乱しても無理はないか。
「涼太よ、こやつの結論は出ているだろう」
「そうだな……悪い」
俺は横を向き、小刻みに震えている手を握る。
「フィルフィー、俺の元に来い。眷属として、仲間として君を迎える」
「いいのか? こんな私を、不幸の象徴を」
「勘違いするな、蔑むな。今一度言う、俺が君を救う」
一言一句、噛みしめる様に、思いを深く届ける様にゆっくりと、
辛い思いはこれで終わりだ。
その思いが届いたのか、無表情のまま再び溢れ出てくる涙。
「お願いします。私をあなたの仲間にして下さい」
「分かった」
さて始めようか。
俺は己の内に精神を集中させる。
まずは眷属化だ。
俺の魔力を何らかの形で物理的に刻み込むか、組織そのものを俺の創造した何かに置き換えれば触媒にはなるはずだ。
となると紋様を身体に綴るのが効果的だな。
とりあえず、スキルの創造だ。
【スキル眷属化を創造しました】
よし創り終える事が出来た。
一応は内容を確認してみる。
【眷属化:両者の承認のもと使用可能。マスターが紋様を眷属の体に刻み、魔力を流すことにより完了】
「今から君を俺の眷属にする」
「頼む」
俺の手の甲に紋様が浮かび上がり、暖かな輝きが発せられる。
フィルフィーの右肩に手をやると光が彼女を包み込む。
「あたたかい……」
強張った表情は消え失せ、穏やかな表情になる。
手を放すと、光は徐々に収まり紅い紋様が白い肌に刻まれていた。
とりあえず、眷属化は完了だ。
あー、やちゃった感が半端ないな。
知らずのうちに徐々に女性の身内が増えてきている気がする。
エリスが知ったら首でも絞められそうだな。
でも、やってしまった事を後悔しても遅いだろう。
後で言い訳でも考えよう。
と、その間に必要だろうスキルを若干の無理やり感はあるが創り終える。
『フィルフィーは【マイナス反転化】【不幸の拒絶】を得ました。称号、【最高神の加護】【不幸を乗り越えし者】【眷属】【超えし者】【超人】【不屈の精神】を得ました。これによりマイナスのステータスは全てプラスに変わり、マイナスの影響化を持つ称号は消滅しました』
えらく長い解説だったな。
今までで一番頑張ったんじゃないだろうか。
だがこれで全ての問題は解決した。
「自分のステータスを見てみろ」
言われるがままに自身のステータスを見る。
すると驚きと共に両手で目をふさぎ、その場に倒れこんで嗚咽する。
「良かったな」
「ありがとう、本当にありがとう。私の人生は無駄ではなかった」




