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115話 孤独



 00:00


 街中の灯りが消えゆく。

 国の住民は自宅で睡眠に入る。

 空いている店にいる者と言えば、仕事を終わり仲間同士で朝まで飲んでいる男衆だ。


 人通りも少なくなっている路地では、いかにもガラの悪そうな連中がたむろっている。

 この時間は見回りの衛兵の数も激減しているので、行く場所に行けば一種の無法地帯と化している。

 

「おい兄ちゃん、金くれねぇか?」

「ひひっ、痛い目に遭いたくねえなら通行料だ」

「駄目ならボコらせな」


 人数は全員で八名、

 歳は二十代だろか。

 全員タンクトップ姿に、刺青をしている者もいれば、ピアスを付けている者もいる。

 至ってどこにでもいるチンピラ連中だ。

 俺の事をカモだと判断したのか、逃がさないように囲い込む。


「ほらよ、好きに使いな。出入りする事もあるだろう。その時はよろしくな」


 俺は金貨一枚をリーダーらしき男に渡す。


「お、おう。分かってんじゃねえか」

「またな、何か情報があればよろしく」

「わ、分かった」


 あっけなく道を譲る。

 こういう場合は普通ならば成敗するのがセオリーだろう。

 しかし、このような連中は意外と裏の事情やらに精通していることも多々あると聞いた。

 こいつらじゃないとしても、いくつかのグループに顔を出していればそれなりの組織にご対面できるかもしれない。

 どこの国にも地球で言うヤクザやギャングと言った組織が存在する。

 正義のヒーローとして殴り込むよりは、こいつらのルールにのっとり探す方がローリスクハイリターンだろう。


 まぁ、今回の目的は裏の組織にかかわる事ではないんだけどね。

 俺を呼び出した人物に会いに行く為。


【透過】を使い国を囲う壁から出ていく。

 目指すは数十キロ離れている『死の樹海』。

 見える範囲を視野に入れ、連続転移して先へ進む。


 森の中は月夜の光がうっすらと差し込む。

 魔力の波動を追っていくと一つの樹木の下に出る。

 ひときわ大きな樹木は樹齢数千年は生きているであろう雰囲気を醸し出している。


「来たか」


 片手に煙管。

 木の枝に腰かけ、満月を眺める姿。

 月夜に照らされる一輪の花。


「初対面のはずですが?」

「疎い、主が鎧の人物など見れば分かる」

「ふぅん」

 

 魔力は漏らしてはいないはず、

 ならば気配に似た第六感で判断したという事か。

 試しにステータスを覗く。



 *


 フィルフィー LV.1630


 種族:ハイエルフ(半精霊)

 性別:女

 年齢:970歳


 攻撃:39000

 魔力:360000

 俊敏:10900

 知力:150000

 防御:98000

 運:-500


 スキル

【元素魔法LV.78】

【結界魔法LV.49】

【毒魔法LV.43】

【暗黒魔法LV.67】

【回復魔法LV.50】

【絶望LV.26】

【槍術LV.78】

【限界突破LV.45】

【気配察知LV.89】

【神眼LV.--】


 称号

【不幸に生まれし者】

【呪い子】

【半精霊】

【災厄】

【最強】

【孤立無縁】

【元魔王軍幹部】

【裏切者】

【守護者】

【英雄】

【女神の慈愛】

【----】



 *



 ギリッ!


 思わず歯同士がきしみ合う。

 憤怒のオーラが辺り一帯に広がり、森全体がざわめつき弱い魔物は悲鳴を上げてその場から立ち去る。


「ふふっ」

「あなたは自身の事を分かっているのですか」

「ああ、そして分かっているからこそ主を呼び出した。普通ではない主を」


 神眼というスキルか。

 何が見えているかは分からないが。


「いくつか質問します。俺の事はどう見えますか?」

「私は主に対して敬意を称するべき立場にあると言えば分かるか」

「その眼はいつから?」

「そうだな、太古の戦争。人族と魔族の全面戦争があった。その時に知らんが得た」

「シュテム帝国を守るために、軍を裏切ってですか」


 俺の言葉に目を大きく見開く。


 そんなに驚くことでもない。

 これだけの称号があれば、昔に何が起こったかなど容易に推測できる。

 恐らく、魔王軍を裏切り、人族の側に付いた。

 それなら守護者と言う二つ名も辻褄が合う。


「全て分かっているか」

「推測ですよ」

「だとしてもだ」

「戻ります。あなたは何故この場所に?」

「私はな、親の顔もどこで生まれたかも知らない。物心ついた時にはこの森が私の住処になっていた」


 推測するに……。

 いや、それは失礼だな。

 行き過ぎた詮索はお互いにとってデメリットになり得るやもしれない。


「ではその名前は?」

「戦争が終わった際に、名を聞かれた。青二才の小僧だった。その男が私に名をくれた。国を造り、大業をなした。なかなかに肝の据わったやつだったな」


 フィルフィーさんはどこか遠い目を向ける。

 無感情をよそったその目には、どこか悲し気な表情が浮かんでいた。


 つまりその男が初代シュテム帝国皇帝か。

 つながりはそこから生まれたのか。


「シュテム帝国に属し、この森に住んでいる理由は恩ですか」

「四分の一が正解だな」

「少ないですね」

「私のステータスと称号を見れば分かるだろう」

 

 運の圧倒的な低さに加えて、呪い子と言う称号か。


「私に好意を持ち接触しようとする人物は幾度となく現れた。だが全て数か月のうちに命を落とす」

「なぜ魔王軍に?」

「バカバカしい理由だ。道具として、無感情ならとな……」

 

 腕をだらりと垂らし、脱力した手から煙管が離れる。

 数秒の滞空した長い時間が流れる。

 フィルフィーさんの目には何の感情も感じられない。

 俺が感じられたのは、虚無と怠惰。


 エリスもそうだが、あまりにも不条理すぎる。

 同情も憐みの感情も浮かばない。

 ただあるのは、この不条理に対する憤怒。

 この人は……ただ……ただ……孤独なだけじゃないか。

 近づきたい距離を殺して耐えて苦しんで自身を犠牲にして耐えてきた。

 恐怖心を相手に与えることにより、自身に興味を持たせないために。


「少し話し過ぎたな。次はこちらからの質問だ」

「どうぞ」

「主は何だ」

「アバウト過ぎますよ」

「主は……神に順ずる者か?」

「神眼ですか」

「称号だ」


 なるほどな。

 確かに俺の称号には【神々の舎監】【神々の料理人】という称号がある。

 いや、もっと女神の慈愛的な称号が欲しかったんですけどね。

 それにしても、不幸な称号の中に一つだけ気になる称号がある。

 

【女神の慈愛】


 明らかにアテナたちが付けたと分かる。

 その慈愛の特典として、【神眼】というスキルを与えたのかな。


「本当に感謝している。神は私を見捨てなかった。それだけが私の心の支えとなった」

「なるほど」

「否定しないのだな」

「…………」


 ザワッ!


 突如として、あたりの空気が変わる。

 気が付けば、闇夜に月の反射で光る目。

 それも複数の気配が俺たちを囲っている。

 一人の男がその場に現れる。


「おいおい、偵察に来て見ればヤバいのが居るじゃねえか」


 容姿は人族に似ているが、決定的に違う部分がある。

 体に竜のような鱗が纏わりついている。

 二メートル以上の巨体に、燃えるように赤い鱗。

 手には身の丈ほどの大剣が。


 間違いなく魔族だ。


「私のことかな?」

 

 つまらなそうな目を下の魔族に向ける。


「知ってるぜ、大叛逆者。亜人のくせに人族に味方した裏切者」

「私利私欲に搾取する貴様らとは気が合わん」

「力こそ全てだ。強者が弱者から搾取して何が悪い?」

「どうやら会話にすらならないらしいな。去れ。今なら見逃してやる」

「はっ! てめぇ程の手土産を持って帰れば魔王様も大喜びだろう。おとなしく捕まりな」

「今一度言う。ここから立ち去れ(・・・・・・・・)


 フィルフィーさんの怒号が辺り一帯に響き渡る。

 荒れ狂う魔力の波動が辺り一帯を包み込む。

 眩くも悍ましいオーラが具現化し、漆黒の嵐が俺たちを包み込む。


「くはっ! 噂通りの化け物かよ。仕方ない、これを使わせて貰おう」

「それは、ちっ!」


 魔族の男は懐から何やら結晶らしき物を取り出す。

 それを見たフィルフィーさんは血相を変えて魔族の男に迫る。


「遅せぇよ」


 結晶を指で砕くと、紅い電流らしきものが辺り一帯に広がる。

 気のせいか、力を制限されているような感覚。


「おらぁ!」

「ぐっ」


 魔族の男の拳が届き、フィルフィーさんは大きな樹木まで吹き飛ぶ。


「どうだ?うちの技術班が作ったもんの力は。ステータスを四分の一まで低下させるんだぜ。一個の生成に半年かかり、持続時間は40分って事を除けば最強よ」

「貴様は……」

「あぁん?うちで作ったんだから、俺に効果があったら意味がないだろ」

「ちっ」

「まあいい。とりあえず回収だ。四十分もあれば動けなくなるまで甚振れるだろう」


 魔族の男は下卑た笑みでフィルフィーさんに近付き、手を伸ばそうとする。

 その瞳を見れば、女を犯そうとするクズらしい発想なのが一目瞭然だ。


 その手で美しい肌に触れるまで数センチ。

 

「あ?」


 思わず疑念の声を上げる。

 確実に触れているはずの距離にあるのに自身の手が触れていない。

 さし伸ばした手がいつの間にか、手首からスッパリと無くなっている。


「な、なんじゃコリャァァァァァァッ!」


 魔族の男は数秒遅れて、自身に起こった出来事を理解し大きな悲鳴を上げる。

 

「おい、てめぇ。なに俺のことを無視してくれてやがんだ」


 完全にすっぽかされた俺は激おこ状態である。

 マジで居ない者として扱われるって悲しいよ。

 おしゃべりしましょうよ。


「クソがぁ!」


 男の拳が俺へめがけて振るわれる。

 そのスピードは軽く音速を超えており、あたり一帯の空気を纏いながら放たれる。


 破裂音が響き渡る。

 俺は平手で受け止めた拳を軽くねじる。

 鈍い音と共に、関節が外れる音が聞こえる。


「人族ごときが、クソッ!」

「まあ、あれだ。消滅しろ」

「はっ……あ……アァァァァァァァァッ!」


 足から胴へ、胴から腕へ光が広がり、数秒も待たないうちに男は光の粒子へと変わり消滅する。


「自分の身が惜しくば、失せろ」


 辺りにいる敵に警告する。

 すると俺の意思が伝わったのか、光に反射する目は消え失せ、数分後には気配そのものが消え失せた。

 再び訪れる静けさ。


「くはっ、凄まじいな」

「回復する」

「不要だ」


 フィルフィーさんの体を暖かな光が包み込み、目に見える傷が消えていく。

 そのまま樹木の幹に体をあずける。


 さて、どうしたものかな。

 これは俺にとっても面倒な事態だ。

 迂闊に放置していく訳にもいかないな。

 何より、このまま捨て置くなど俺にはできない。


「フィルフィーさん、あなたが望む事は何だ」

「別に……何もない」


 まただ。

 また……全てを諦めた目を向ける。


 俺はフィルフィーさんの前に歩み寄り、その場に腰を下ろす。

 以前にも見たことがある、自分自身の何かに怯えて。

 

「嘘だな」

「しつこいぞ」

「あなたは自分自身を殺しているだけだ」

「黙れ」

「あなたが望んでいるものは...」

「うるさい、うるさい」

「正直になれ。あなたは孤独に苦しんでいるだけだろ」

「ダマレェェーーーーーーッ!」


 己を抱きしめて悲痛の叫びを上げる。

 彼女の内なる心に反応するかのように、あたり一帯の木々もざわめきを起こす。

 どす黒い魔力が彼女からあふれ出してくる。

 コントロールしていた自分自身の魔力が制御を離れ暴走という形になった。


 フィルフィーさんは立ち上がり、俺を見上げる。

 その目からは今まで堪えてきたであろう感情が形になってあふれ出している。


「貴様に何が分かる! 同種にも蔑まれ、決して仲間を作る事すら許されない我が生涯を! 不幸を生まれながらにして体現したこの身体を! 愛することも出来ないこのジレンマ! 努力したさ! でも駄目なんだよ。どんなに足掻いても、どんなに泣き叫んでも無意味なんだ! こんな私に貴様はどうしろと言うのだ!」


 俺は彼女をその場に押し倒し、膝をつき、手を顔の傍に付ける。

 何をされたかも分からず硬直する。

 しかしその涙だけは止まることを知らずに流れ出て。


「俺があなたを救おう」

「一度、主と同じことを言われた。直ぐに死んだがな」

 

 俺はほんの……ほんの少しだけ神気を放つ。

 魔力でも気力の具現化でもない、そんな言葉では表せない何か。

 周りにいた生命体が反応してか、俺へ敬意を払うように鎮まる。


 以前の神化で少しだけなら通常モードでも使える、人から逸脱した力。

 一般人には感じられないだろうが、神の名に順ずるスキルをもつ彼女になら感じられるはず。

 

「そうか……やはり主は」

「今一度、問う。あなたが欲しいものは何だ」

「わ、私は……」


 鼻水をすすり、目は赤く腫れあがる。

 綺麗に整えられた髪は乱れ、舞い落ちた若葉や土で薄汚れ。

 それでも気にした様子はなく、

 両腕を交差させ、自身の顔を覆い隠す。


「私は……家族が欲しい……もう……一人は嫌だよぉ」


 震え上がる声には確かに彼女の思いが乗せられていた。

 掠れ、弱弱しい本音。

 今まで誰にも打ち明けられなかった自分自身。

 それをようやく打ち明けた。


「あなたには明日の誕生祭まで俺に付き合ってもらう」

「……主に任せる」




 

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