114話 子供の喧嘩
両陛下と聖女のハンナさんを俺の家に案内することになった。
「やぁ! 私のなの」
「わたしもさわりたい!」
「マシュマロは私の!」
聖女様を俺の家に案内しようと、護衛ともども王城の中から扉を介して移動すると何やら二人の可愛らしい声が聞こえる。
その内容は聞こえている限りでは揉めている様だ。
何事だと小走りでリビングに行くと、ソフィーアちゃんとユミナちゃんがマシュマロウサギ、通称マシュマロを両側から掴み、引っ張り合っている。
マシュマロウサギに関しては、うっすらと涙目を浮かべてこちらに助けを求めているようにも見える。
傍ではメイドらしき人物がどうすればいいのかとあたふたしている。
「あらあら、二人とも。ケンカは駄目ですよ。仲良くするのです」
ハンナさんが二人の前にしゃがみ込み、慈愛の籠った目で慰めを試みる。
「うるさいのです、おばさん」
「邪魔なのです!」
「グハッ……おばさん……」
可愛らしい口から出るであろうはずのない言葉に、ハンナさんは渾身の一撃を受け倒れこむ。
ショックだろうな、罪がないのに罵倒されるって。
俺でも傷ついちゃうよ。
両陛下もお困りの様だ。
やはりここは俺が出るべきだよな。
「ソフィーアちゃん、ユミルちゃん。どうしたんだい」
「おにいちゃん!」
「お兄ちゃん!」
二人は俺の存在に気が付き、マシュマロウサギを放してこちらにやってくる。
「あのね! フワフワをさわらせてくれないの」
「私のだもん!」
あー、なるほど。
よくある子供のお人形の取り合いか。
自分は持ってないけどうらやましいから欲しがる。
これは想定していなかったな。
「ソフィーアちゃん、ユミルちゃん。あのマシュマロウサギを見てごらん」
俺はぐったりしている愛玩動物の方を指さす。
レベル的には災害級のクラスの強さを持つマシュマロウサギ。
悪魔だろうと容易に屠れる。
小さな女の子に引っ張られた程度で疲弊するはずはないが、どうやら俺の意思が分かっているのか自作自演をする。
「乱暴に扱っちゃだめだよ」
「「ごめんなさい」」
「仲直り出来る?」
二人はコクリッとうなずき、お互いの方を向く。
「マシュマロとろうとしてごめんなしゃい」
「うんうん、一緒に遊ぼ?」
「よろしい、では仲直りのご褒美にソフィーアちゃん」
「なに?」
「両手を出してごらん」
俺の言葉にソフィーアちゃんは良く分からず、小さな手を手前に差し出す。
次の瞬間、眩い光が手を包みこむ。
「「わあ!」」
その手には、傍にいる愛玩動物と同じ大きさのモフモフした存在。
色は白に対して、区別をつけるためにクリーム色にした。
もぞもぞと動き、ソフィーアちゃんの頭の上に乗っかる。
空気を読めるマシュマロウサギ(白)は同じくユミナちゃんの頭の上に乗る。
二人は両手で頭に乗るものを自分の胸に追いやって抱きしめる。
同じものを共有しあった事により、先ほどのギスギスした雰囲気はどこか消えていった。
「名前はどうしようか」
「おにいちゃんがつけて?」
ソフィーアちゃんが上目使いで頼み込む。
何か良い名前はないかな。
「カイザー・真マキシマムデストロイヤ……」
言い終わる前に、マシュマロウサギ(クリーム)が息絶えるのであろうかと思わせる声で鳴く。
そちらを向くと、この世の終わりでも告げるかのような表情だ。
やっぱ、こいつら俺の言葉が分かってるよな。
「冗談だ、スフレなんてどうだ?」
「それがいい! よろしくね、スフレ」
「キュキュー!」
気に入ったのか、甲高い鳴き声を天空めがけて放つ。
二人は頭にマシュマロウサギを再び乗せて、手をつないで仲良く部屋から飛び出していった。
どこに行くかは分からないが、この家のどこかだろう。
放っておいても問題はないはずだ。
メイドたちは二人の後を追うように駈足でその場から立ち去る。
「うちの娘が迷惑をかけた、ケネス」
「いや、こちらすまないな」
「もう仲直りしたから、良いでしょう」
「「うむ」」
お互い深く頷く。
「それでは案内しますね、いつまで倒れているんですか」
生きる屍と化し、地べたに倒れこんでいるハンナさんに声をかける。
薄っすらと涙目を浮かべてる。
「す、すいません。いつもと違ったので」
「聖女だからと言って別に特別な力があるわけでもないですしね」
「グハッ! ……ありますもん!」
「貴様!先ほどから我らが聖女様に対して不敬であるぞ!」
先ほど、ハイエルフのフィルフィーさんにボコボコにされた貴族の野郎が手をかざして俺に攻撃を放とうとする。
「やめなさい!」
「下等人種がしゃしゃり出るなよ。貴族である私が成敗してやる」
中級魔法、術式を読み取れば、風魔法のエアカッターか。
こいつのレベルからすると最も強い魔法に位置してな。
加減も知らない、人の話を聞かない、魔術師として未熟、
全く、ミルス聖国の上の人たちは何をしているのだろうか。
何より、この場にいる人物の存在を全く考慮していない。
「なっ!」
術式を完成する前に干渉して抗生している魔術を破壊する。
突然ガラスが割れたかのように砕かれた自身の魔法陣に驚く。
あー、そういえば、こいつは俺が翡翠の騎士だという事を知らなかったな。
となると服装と作法から一般市民と判断したのだろうか。
「頭を下げなさい!」
「なぜ私が……」
「国家反逆罪です!申し訳ありませんでした、お二方。それに涼太さん」
再び冷や汗をかきながら護衛の頭を掴み強制的に地に付けさせる。
後ろに控えていたもう二人の護衛もそれに倣って土下座をする。
なぜこんなにも焦っているのかと言うと、当然眉をひそめている両陛下の目の前で起ころうとした出来事だからだ。
場合によっては、ミルス聖国がセリア王国とラバン王国の両陛下を暗殺しようと行動を起こしたと解釈されてもおかしくない。
戦争を始める火種となるやもえないとハンナさんは解釈したのだろう。
いやまぁ、俺も言い過ぎたけどね。
「フィルフィー殿の時は少しばかり理不尽かと思ったが訂正しよう。聖女殿、人選はするべきだぞ?」
「はい、返す言葉もございません」
「二度はない。気を付けよ」
「はい、この者は即刻、国へ送還させていただきます」
「なっ!」
護衛の貴族は驚いているようだが、打倒な判断だろうな。
もうすでに、この短い間に二回の危機的状況を作った。
これ以上の問題を起こす前に護衛を切り捨てるのが一番の解決策だろう。
「この者を送り返しなさい、王に進言するのです。この男の口車に乗せられ、虚偽の報告をすれば後ほど私が裁きます。いいですか」
「はっ! しかし護衛の方は……」
「今はこれが最優先事項です」
「承知しました」
護衛の者たちは貴族の男を縛り上げて担ぎ、扉から出ていく。
「本当に申し訳ありません」
「過ぎた事だ、気にするな」
「適切な処置だ、流石だ」
「それよりも、聖女って何か特別な力でもあるんですか?」
「はい、聖女とは簡単に言えば神からのお告げを授かることの出来るのです!」
「へぇ」
腰に手を当てて胸を張る。
俺は即座に神界と自身のパスを繋ぐ。
(おい、アテナ。そうなのか?)
(あー、パラスがそんな事やってましたね。可哀そうだから定期的に答えているそうです。特に言う事も無いから考えるのに苦労してるとも言ってましたね)
(なるほどな)
(それよりも、りょう君。早くこっちに帰ってきてくださいよ)
(仕方ないだろ、魔法聖祭やら忙しいんだ。区切りがついたらそっち行くわ)
(了解です)
確認も取れた事なので、俺は神界とのパスを切る。
数秒間、無言のまま硬直していたのがおかしかったのだろうか、三人は心配そうに俺の方を向いている。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい。確認は取れました」
「はい?」
「気にしないでください、それよりも部屋を案内しますね」
「私たちは帰るとしよう。明日の準備もあるだろうしな。あと明日の誕生祭のパーティーに出す料理を一品作っておいてくれ」
「そんな事だろうと思って、すでに作ってますよ」
「流石だ、助かる」
もう二人が何を言ってくるかなんて大体の予想は把握できる。
特にガウス陛下とは親密な付き合いだからな。
以前の店の料理を提供する試食会の時に、ついでに作っておいた。
二人は満足そうにその場から出ていく。
最終的に残されたのは俺とハンナさんだ。
「それじゃあ、案内しますね」
まず案内したのが、風呂場だ。
今の時間帯は誰も使っていないので、女湯の方に入る。
「こ、こんなにお湯が」
「聖女ってくらいだからよい環境なのでは?」
「いえ、むしろ質素です」
次といつか、特に案内する場所もないので部屋へと案内する。
「あの、何やらプレートが掛けられているようですが」
溶質エリアの入り口付近の四つの部屋にかけられたプレートを見る。
そこにはクリスたちが自作した自分の部屋を主張するための名前プレート。
「ここに学生が住んでいるんです」
「一緒にですか?」
「寮みたいなもんですよ。俺がいないときはメイド用意するか、自炊するかをしてますね」
「なるほど」
「どうされますか?」
「今日は疲れたので、ここの空いている部屋を使わせてもらいます」
「食事は後で運びます」
「ありがとうございます」




