113話 各国の重鎮
王城内部、とあるの間にて。
半径二メートルほどの大理石で造られた円卓のテーブルに空席を一つ残して四人の重鎮が、高級感のある装飾を施された椅子に腰を掛けて座っている。
中心には美しく添えられた生け花が、
各々の目の前には湯気が立ち上る紅茶と菓子が置かれている。
美味いものを用意したいという事なので俺が用意した。
すでに毒見はされているので問題はない。
さて、その場にいる人物たちについてだ。
一人はこの国の長でもあるラバン王国国王ケネス陛下。
そして毎度世話をかけては、かけられの繰り返しで友人とすら定義していいほどの関係にあるセリア王国ガウス陛下。
二人は紅茶を口に含み、優雅にその場にたたずむ。
「んん! 美味しいですわね。こんなに素晴らしい食べ物がこの国には普及しているのですか」
「全くですね、何より紅茶に合う。実に素晴らしい」
「それは何よりだ。しかし生憎これらは私の国の菓子ではないのでな」
「となると、セリア王国の物ですか。実に素晴らしいです」
おっとりとした雰囲気を醸し出す女性。その姿は聖職者が身にまとうであろう神官らしき白装束格好でのある。
髪は金髪ロングヘアー、透き通るほどに美しい肌がところどころ露出している。
胸には十字架をかけており、魔に一切を拒絶するかの様である。
歳は20代前半と言ったところだろうか。
「聖女殿の口にあったので何よりだ」
「ガイア様、これは王宮料理人が?」
「いや、それを作ったのは私の友人だ」
「素晴らしい、是非とも紹介して下さいませんか?」
「後日、そう伝えさせてもらおう」
「楽しみにしてますわ」
聖女は嬉々とした表情で皿に乗せられたケーキを頬張る。
「それで、私としては後ろにいる者が気になる。紹介をしてくれまいか?」
もう一人の席に座っている女性が興味ありげに後ろに待機する護衛たちに目を向ける。
各国の代表を護衛する猛者たち。
その女性の呼びかけにその場にいた猛者たちは体を強張らせる。
俺は驚かずにはいられなかった。
動きやすいルーズな恰好。
緑色と黄色がまじりあった色の髪を持つ女性だ。
歳は30代前半と言ったところだろうか、だが注目すべき点はそこではない。
長く伸び、尖った耳。
人族とは異なるその風格はまるでエルフだ。
ついでに言ううなれば、この場にいる誰よりも強い。
そんな風格を醸し出している。
あっ、俺は除いてだよ?
エルフの女性が果たして誰の事を指名してかの言葉かは分からなかった。
彼女を除いて、この場にいる誰もが自身を指名しているのか他人を指名しているのか。
「お初にお目にかかりま……」
一人の護衛が一歩前へ踏み入る。
高級な布地に身を包み、豪華な装飾の数々、指には宝石がはめられている。
貴族の出であり、自身に満ち溢れている男。
しかし男の言葉は紡がれる。
「貴様ではない。烏滸がましいぞ、小童」
その瞬間、和やかな場の空気は氷点下にまで冷え込む。
そう錯覚せざる得ないほどの空気。
言霊なのであろうか、男は地に這いつくばる。
圧倒的な圧により、クレーターが男の中心に刻まれる。
他の陛下たちですら冷や汗を流し、何かあれば助けろと言わんばかりの目をこちらに向けてくる。
一番焦っていたのは聖女であった。
先ほどの笑みは消えっており、フォークを皿に置く。
「申し訳ありません、フィルフィー様。私の護衛が不躾な行いをしました」
「護衛は人選するべきだぞ」
「はい、上に報告させていただきます。どうかお心をお沈め下さい」
「そうだな、すまない。どうも私は集団というものが苦手だ。頭を冷やそう。旅の疲れもあるようだ、後ほど別の場を用意してくれ。私は少し休ませてもらう」
そう言い、エルフの女性はその場から立ち上がり白銀と翡翠を身にまとった俺の方に近付いて来る。
数秒、甲冑を嘗め回すように凝視する。
そして無表情だった顔の口角が三日月に薄く裂ける。
「面白い、後ほどだ」
そう言い、部屋の扉から出て行った。
数秒後、その場にいた全員が大きなため息をつく。
最初に口を開けたのはガウス陛下だ。
「全く、守護者殿が来ているとは聞いていないぞ」
「つい今朝方に到着されたのだ。来たときは私も肝が冷えた」
「守護者、聖人、暴虐、最強、短期。あの方の二つ名は伊達ではありませんでしたわね」
「かの御仁が代表としてくるとは想定外だな」
「シュテム帝国も呼び出すのに苦労しただろうな」
焦りに自身のカップが空なのだと忘れていたのだろうか、聖女は中身のないカップを口に付け赤面になる。
「すまないが少しばかり護衛の皆は下がっておいてくれ」
ケネス陛下はそう言うと、護衛の者たちは次々に退場していく。
俺もノリで退場することにした。
「待て、翡翠の騎士のみは残ってもらう」
ガウス陛下から待てとの指示を受けたので足を止める。
そうしてその場には、三人の代表者と俺のみが存在する空間となった。
「涼太よ、もうよいぞ。元に戻ってくれ」
「宜しいので?」
「聖女殿、こやつの存在については厳守してもらう」
「承知しました」
俺は魔法を解き、身にまとっていた甲冑を空気中に霧散させる。
「あー、やっと楽になった」
窮屈な鎧を脱いだ俺は、凝り固まった体を念入りに伸ばし空いた席に座る。
隣を見ると、聖女様が驚愕の表情でこちらを見る。
「驚きです。こんなにお若いなんて」
「こやつを軽視するなよ。実力は先ほどの御仁にも劣らん。むしろ上だ」
「ッッ!」
聖女は体を硬直させる。
「俺としては一般人のつもりですよ。気を楽にしてください。それよりも自己紹介をしましょう」
「そうでしたね、失礼しました。私はミルス聖国の聖女として活動しております、ハンナと申します。以後お見知りおきを」
「ご丁寧にどうも。俺は月宮涼太です。見ての通りの一般人です。職業は冒険者でケイオス学園で臨時講師をしています」
「「はっ?」」
二人の陛下は息をそろえて疑念を俺にぶつける。
おい、何か問題でもあるのか。あるなら聞こうじゃないか。
「えっ?」
「いやいや、お前ほどの人外が今更一般人と名乗ってもな。なあ、ガイアよ」
「うむ、一般人ではなく逸般人と言うのであれば正しいかもな」
「ハハ八ッ、上手いこと言うじゃないか」
「だろう、ガハハハッ……ハフッ!」
三人は体を強張らせる。
超濃密な魔力を瞬間的に放ち、一時的なスタン効果を与えた。
感覚的には虫が体中を這いずり、穴から侵入してくる感覚があるそうだ。
効果はてきめんだね。
静かになったことだし、俺は空になったカップに新しい紅茶を注ぎ、イチゴが乗ったショートケーキをその場に用意し、毒見用に一口食べてハンナさんの元に置く
「あ、ありがとうございます」
「おい、ワシらにもくれ」
「分かってますよ、それで先ほどの人は誰か教えてくれませんか?」
「そうだな、話しておくか」
ガウス陛下は神妙な顔つきになって、肘をテーブルの上に置く。
「かの御仁はフィルフィー殿だ。古の時代から生きておられるハイエルフだな。シュテム帝国の初代国王の誕生前から付近に住まわれていたらしい」
「それって何歳ですか?」
「さあな、今の皇帝が11代目だから軽く800年は生きておられるのではないか」
「凄いですね」
800年で見た目があの若さか。
となると、エルフの寿命は千年単位と見るべきなのかな。
「亜人は差別されているはずでは?」
「あの方は例外だ。それだけの実績と実力がある」
「要は弱肉強食ですか」
「そういう事だ。皮肉なものだな」
「それで、俺はどうすれば?後ほどと言ってましたが」
後ほどという事は、また遭遇する可能性は大と言うか確実に会う。
俺に異常な執着を持たれていたのは何だったのだろうか。
「その時はお前の家を使わせてもらう。その方が私たちとしても安全だ」
「あの、どういう事でしょうか」
「聖女殿は知らなんだな。簡単に言えば未知だ」
「未知……ですか」
ガウス陛下の言葉がいまいちピンとこないのか、首をかしげる。
「後に案内しよう」
「ちょっ、俺の家ですよ!」
「もしかすると、聖女殿の宿泊の場となるやもしれん。見せておくのもいいだろう」
「だからって」
「もしもの時はお前の好きにしろ。礼もはずむ」
「まぁ、他にも住民はいるので検討だけします」




