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103話 眠れる王女



 バームクーヘンを美味しく頂いた後に、レオンとユミナちゃんには悪いが、陛下の用事を先に済ませる事にした。

 俺は陛下の自室に来ており、客用の椅子に腰掛ける。


「お主に頼みたい事があるが、それは後回しにして仕事を終わらせよう」


 陛下は部屋に居たメイドに目配せをする。

 それを察したのか、メイドは扉から出て行く。


「ではこちらがハイゼット家並びにライアット家の誕生祭の送る品です。それとグリムさんからの重要書類です」

「うむ、確かに受け取ったぞ。悪いが今ここで読ませて貰う」


 陛下は封筒に魔力を流す。

 するとプツンッと封が切れた。

 防犯防止の魔道具か何かだろうか、初めて見たな。


 陛下は書かれている内容を目で追う。

 読んでいくうちに神妙な顔つきになっていく事が分かる。

 こめかみにはシワが寄り、苦渋の表情で舌打ちをする。

 見ただけで分かる。

 間違いなく、よろしくない情報だ。


「まさか…いや、今までなかった事がおかしかったのか」

「良くない内容ですか」

「最悪とも言っていいな」


 あー、面倒ごとだわ。

 それも飛びっきりの。

 今まで数々のトラブルはあったが、国や貴族絡みのものは血なまぐさい。

 出来れば、関わりたくない案件ばかりだ。


「それで、俺は関係ありませんよね?」

「場合によってはあり得る」


 帰って良いですか?

 もう要件も済んだし帰りたい。

 ふと最悪の可能性が頭を過ぎる。

 以前の大侵攻で陛下が口に出していた内容だ。



「まさか……」

「あぁ、戦争だ」


 頭を抱えずにはいられない。


「どことですか」

「グロテウス帝国だ」

「いつですか?」

「あくまで可能性だ。その様な動きがあると書かれている」

「つまり、起きる訳ではないんですね」

「今はな……」


 陛下は大きなため息をつき、椅子にもたれかかる。

 その気持ちは分からなくもない。

 戦争は人員を裂き、物資や資源も使う為にデメリットしかない。

 実に面倒だ。


「お主が関係している理由は分かるか?」

「正直なところ、道具として使われるのは気が引けますね」

「だろうな…」

「一応聞きますが、グロテウス帝国がラバン王国に対しての戦争ですか?」

「うむ、グロテウス帝国とは隣国であるからな。セリア王国は反対側だからあり得まい」


 なら話が早い。

 多くの学生がいるラバン王国に喧嘩を売ろうって事だろ。

 子供を危険に晒す様な真似は許容出来ない。

 完膚なきまでに潰す。


「ほぅ、顔つきが変わったな」

「うちの生徒が危険に晒されているんだ。倒す理由はそれで十分です」

「話には聞いたが、その圧倒的な自信は見事だ。では戦争になった場合はどうする?」


 どうするかと尋ねられれば、正直な話だが悩む。

 戦争とは国家総力戦だ。

 俺がどう対処して良いか分からない。


「…………」

「言い方を変えよう。お主1人で勝てるか?」

「勝てない理由はありません。俺は笑えない状況の冗談は嫌いですから」


 一切の躊躇なく答えた事がおかしかったのか、下を向いて笑いを堪える。


「では陣形はどうする?」

「全ての兵を国の側に置いてくれて構いません。形だけの配置です」

「ふむ、お主に全てを預けよという事か。しかし、もし失敗すれば……」


 陛下の声は最後まで続かない。

 ゴクリと息を飲む。



「あまり……俺の事を舐めないで貰いたい」




 この日、俺は久々に苛立ちを覚えた。





 ♢♦︎♢



 地震にも取れる振動が国全体を覆った。

 鳥は鳴き、人は突然の事態に身を低くする。

 その揺れはケイオス学園の中に居た人物にも影響を及ぼす。


「な、何ですの……胸が締め付けられる様な辛さですわ」

「なに……これ……」


 シャルとロゼッタは自身の胸を押さえてその場に倒れこむ。

 何が起こったかは理解が追いつかない。

 しかし、2人は違った。

 涼太と長い時を過ごし、魔力を感じ取ることが出来る2人には。


「ミセル……これって……」

「ええ、そうですね」


 何なのよ! 誰が涼太さんを怒らしたのよ!

 それにしても何て魔力……。

 原点は王城から……まるで王城から洪水が起きて国全体を飲み込もうとする感覚。

 どれだけの魔力を持っているのよ。

 魔力を感じられない人は大丈夫だろうけど、これは本当に異常だわ。

 でも何だろう。

 これって涼太さんに包まれて……。


「お嬢様?」

「わっ、ヒャァ! 何でもないよ!」

「いえ、もう収まりましたよ」

「あ、本当だ」


 起こった事は数秒間。

 だが、本当に長い数秒だったわ。



 ♢♦︎♢



「わ、分かった。すまない」

「分かってくれて何よりです」


 俺は流れ出る魔力を消す。


「ふぅ、肝が冷えたわい」

「不快でしたね。申し訳ありません」

「いや、お陰で確信した。この事態はお前に任せよう」

「そうさせて貰います」


 出された紅茶を口に含む。

 少し冷めてしまったかな。


「さて、用もすんだし頼みに移りたい。これは完全に私的な事だ」

「内容にもよります」

「私の娘、ユミナは第1王女なのだ」

「あれ、お姉さんがいるんじゃないですか?」

「どこで……ユミナか」

「先ほど聞きました」


 まずい事なのだろうか、陛下は少し呆れた表情になる。


「つまり、事情は聞いているな?」

「はい」


 長い間、寝たきりになって過ごしているのだろう。


「お主に見て貰いたい」

「医学には精通していませんよ」


 怪我なら回復魔法で治す事は可能だ。

 部位欠損も高位の魔法を使えば、治るだろうが人前で使えば、面倒ごとになる事は試さずとも分かる。

 癌やよく分からない病気なら治せる保証はない。


「というか、なぜ第1王女ではないのですか?」

「名をエリスと言ってな。昔は元気な子だった。しかし、10年前に夜中に苦しみ始めたのだ。医者は手を尽くしたが不治の病だと判断した。それ以来、エリスは王城の外へは出ずに過ごしていた」

「それで?」

「その5年……当時15歳の頃に急にベッドから目覚める事はなくなった。医者はもう目覚めないと言ったのだよ」



 つまり、王女として生きていく事が出来ないために王権から外したという事か。

 何とも不憫な話だな。


「ですが、それだけで我が子を王族という枠から外したのですか?」

「それだけではない。お前は呪い子という存在を知っているか」

「まさか……」

「ああ、その通りだ」


 この世界では呪い子という存在がいる。

 オッドアイ、両目で色が違う存在。

 地球では医学的に稀に現れる事だと証明されている。

 俺は見た事がないが、災いを伴う存在だと忌み嫌われている。


 それ以外にも、「先天性白皮病」、通称アルビノ。

 人族と獣人など違う種族同士が交じり合っても遺伝子上では適合せずに生まれるはずのない子供。 

 ごく稀に生まれてくるハーフを呪い子とされている。

 簡潔に言ってしまえば、普通ならざる異形を何らかの形で生まれ持った者だ。


 それが、王族から生まれたと知られてみろ。

 即刻、反乱が起こるかもしれない。


 あまりにも不幸な現実に涙腺が緩む。


「不条理ですね……」

「あの子は生きていくとしても苦しい人生を歩む。ならばと思い、眠りについたと同時に世間には、不治の病で死んだと知らせた」

「目覚めたらどうするんですか」

「その時は王城で過ごす事になるだろう。私の子だ。何があろうと守る」


 陛下からは決心の熱意が感じ取れる。

 当然だろう。我が子を切り捨てようなら、俺がここで殴り飛ばしているかもしれない。

 しかし、同時に陛下が大切にしている事も分かった。

 軽い気持ちで会いたいと思っていた自分を殴りたい。



「父上! 何事か!」


 あ、レオンが形相を変えて入ってきた。

 ひたいには汗がびっしょりである。


「問題ない、姉の事を涼太に話していたところだ」

「そ、そうですか。良かった」

「そんなに凄かったか?」

「ユミナは幼いから分からない様だったが、心臓が握られている感覚だったぞ!」


 それは悪い事をしたな。

 全力ではなったにしろ、予想以上の影響があったのか。

 もしかして、王城だけでなく国全体に影響があったか?

 それならクリス辺りが気づいてそうだ。

 帰って質問責めに合いそう。


「ではエリスの元へ行こうか」

「ユミナも呼んできます」


 レオンは小走りでユミナちゃんの部屋へ向かう。


 全員が集まったので陛下に着いて行く。

 王城から出て、庭へ向かう。

 そこには1つの塔が建っていた。

 1つだけ孤立した場所だ。周りには花が咲いている。


「ここに眠っておる」


 螺旋階段を登り扉を開ける。


「あら、どうしたのみんな揃って」

「母様! お兄ちゃんを呼んできたよ! お姉ちゃんを治してくれるって!」

「あら、こんにちは」

「どうも」


 痩せこけた人が出迎えてくれた。

 見るからに睡眠不足と体調不良が見受けられる。

 この人が王妃か。


「こやつがガイアの手紙にあった者だ」

「そう、あなたが……どうかお願い。この子を助けて」

「保証はありません。期待はしないで下さい」

「いいえ、手を伸ばせる可能性には下がるしかないのよ。もう私は神様にお願いするくらいしか出来ないの……ゴホッ」


 王妃が咳き込み、その場に倒れる。


「……これは呪いか。【解呪ディスペル】【リライブ】」

「あ、あれ? 急に楽に……」

「母様、元気になった!」

「ええ、ありがとう。でもどうしてかしら。医者にも原因不明と言われたのに」


 そういう事か!

 この人たちに起こっている状態が、俺の推測通りだと非常に危険な状態だ。


 俺は慌てて閉ざされたカーテンを開けて王女の姿を見る。

 本当に呑まれそうなほど綺麗な人だ。

 腕は前に組まれて、仰向けになり眠っている。

 薄い桃色の長髪が川の流れでも描く様にベッドの上で乱れている。

 長年の眠りによって、痩せ細っているが間違いなく素体としては超一級品。

 レオンと同じく、異性が声をかけない事などあり得ないほどの美しさを持っている。


「チッ……」


 俺はその姿を見た途端に手を王女の胸に突き刺した。



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