102話 ラバン王国王城
「やぁ、待たせて悪いね」
レオンが爽やかなイケメン顔を周りに振りまきながら、こちらへやってくる。
女生徒はすれ違う度に顔を赤らめて振り返る。
100人いれば99人は振り返る存在とは間近で見ると凄いな。
しかし、その手には違和感のあるものが。
俺は顔をしかめずにはいられなかった。
「ロリコン?」
「ろりこん? 聞かない言葉だね」
その手には小さな女の子の手が繋がれている。
不釣り合いな大きさが、年の差を表している。
年齢からすると初等部だろう。
「いや、すまない。まさか小さな子供に手を出す変態だとは思わなかったんだ」
「いやいや、誤解だよ。この子は僕の妹のユミナだ」
おや、妹がいるのか。
そらなら安心だな。
もしそうでないのであれば、神界の変態共々裁きを下すのも惜しまないかと思ったよ。
ちらっと、女の子を見る。
すると、すぐさまレオンの後ろへ隠れる。
怯えた感じではない様だ。
「すまないね、ユミナは人見知りなんだ」
そういう事ならば、仕方がない。
俺は腰を下ろしてユミナちゃんに視線を合わせる。
「初めまして、俺はレオンの…なんだろうね。知り合いかな?」
「おいおい、そこは友達と言うべきだろう」
「まぁ、そういう事にしておこうか」
「兄様のお友達なのです?」
小さな声だが、何とも愛着のある声。
「そうだよ、よろしくね」
「みんなと違うのです?」
「みんな?」
すこし驚いた表情でこちらを向く。
あれ、なんか変な事を言ったのかな。
普通に挨拶をしたんだけど。
子供は身体的に自分とは大き過ぎる大人を怖がる。
だから目線を合わせて話す様に心がけているのに。
「ほら、僕たちって王族じゃないか」
「そうだな」
「学園では平民や貴族、王族であろうと平等に接するのが決まりだ。しかし僕も入学してから分かったが、そうはいかないものなんだよ」
なるほどな。
形だけではそうなっているが、王族というプレッシャーに近づけない者や、取り入ろうとするバカ貴族も多いのね。
クリスやジャッファルたちが、いつもの調子なら「私とその人、どっちが大切なんですか!」とか「んな事は無視して、とっとと訓練に行こうぜ!」と言いそう。
だが今回は大人しかった。
そういう事ね。
「めんどくさいな」
「君はそんな素振りが全くないからね」
「まぁ、色々と経験して感覚が麻痺したのかな」
陛下や四大公爵の付き合いが無かったら、恐らく俺も敬語を使っていただろう。
ユミナちゃんはソフィーアちゃんに似ているから同じ接し方になっているのかもしれない。
「えっと……ユミナは君の事を何て呼べば良いだろうか」
「んー、好きに呼んでくれ」
「じゃあ、お兄ちゃん?」
「それだと、レオンと被る気が……」
「良いんじゃないかい?」
「まぁ……レオンが良いのなら、それで良いか」
「それじゃあ、向かうとしようか」
と言うわけで王城へやって参りました。
長話をしながら、歩いている内にユミナちゃんとも随分と打ち解けることが出来た。
レオンと俺の手を握って空中ジャンプなどもする程である。
「お帰りなさいませ、レオン様、ユミナ様。それで、そちらの方はどなたでしょうか」
「彼は僕の友人だよ。今日は遊びに来たんだよ」
「ほぉ、ご友人でしたか。失礼しました、どうぞお通り下さい」
やっぱり、一緒について来て正解だったな。
何の手続きもなく入れたよ。
冒険者の依頼をしに来ましたと言っても良いが、それだと取り次や、荷物検査などを行われるから嫌だ。
後でレオンに案内でもして貰えば問題はない。
「さて、涼太とは色々と話したいからね。ユミナの部屋で午後のティータイムといこうか」
「そうだな、お菓子なら俺も作ってきたのを持ってるから出すよ」
「それは楽しみだね」
レオンは楽しげな表情をこちらに向けてくる。
王城の中は至って普通だ。
いや、一般人が王城に入る事自体がおかしいと思うんだけどね。
以前に俺の家へ陛下たちがやって来た時に見せたシャルの反応が普通なのだろう。
ユミナちゃんの部屋はお姫様ベッドに本がズラリと並んでいる。
こう言ってはなんだが、年頃の女の子の可愛さが無いよな。
中世に近いんだから仕方がない。
少ししてからメイドが数人やって来て、テーブルに紅茶を用意する。
香りはジャスミンかな。
セリア王国ではダージリンが主体として売られていたので、これは欲しい。
出されたのであれば、次はこちらの番だ。
アイテムボックスから作り立てのバームクーヘンを台ごと出す。
ゆっくりと時間をかけて作り上げた新作だ。
香ばしくほのかな甘さが部屋に充満していく。
「いやいや、どこから出したんだい!?」
「わぁ、大っきい!」
2人は勿論の事、メイドの皆さんも驚かずにはいられない様だ。
作った物を棒に突き刺さった状態で持って来たので、軽く数十人分はある。
因みに、これがあと3本あるので試作料理のおそそわけにするつもりだ。
「毒味は必要か?」
「いや、いらないよ。そんな事より早く食べたいな」
確かにその通りだな。
ユミナちゃんもキラキラした目で物欲しそうだ。
ついでにメイドさんも耐えているが、未知だが間違いなく美味い物だと確信しているのか、食べたいと欲が現れている。
毒味を断られて残念そうだ。
俺は生地に包丁を差し込み棒を回す。
すると綺麗な切れ目が刈り込まれていく。
棒から切った部分を取り、大皿に乗せて三等分にする。
「本当は持ち帰り用に、冷やして提供するつもりだがどうせだから出来立てをどうぞ」
「君は店か何かを持っているのかい?」
「あぁ、セリア王国に近々開店する予定だ」
「それは凄いね」
「お兄ちゃん、食べていい?」
思わずレオンと無駄話をしてします。
ユミナちゃんは待ち切れない様子。
目の前のご馳走を待たせるのも悪いだろう。
「いいよ」
ユミナちゃんは自分用のフォークで切り、大口でバームクーヘンを頬張る。
口に含んだ瞬間に期待の表情が天使の微笑みへと変わる。
口元はニヤケて至福の時間を味わっている。
「なんて……濃厚なんだ。しっとりした生地だが全くパサつきがない。外をコーティングしているのは砂糖か。これがより味を引き立てているね」
食レポがお上手なレオンだ。
一口一口噛み締めて食べている。
やめなさい。
そんな美味しそうな表現をするから、後ろのメイドさん方が物欲しそうに視線をこちらへ向けるじゃないか。
「本当に美味しいな。姉上にも食べさせてあげたい」
「お姉さんがいるのか?」
「うん、原因が分からない病に侵されているんだけどね」
「医者には見せたのか?」
「当然だよ、でも原因が不明でね」
不治の病ってか。
何とも不吉だな。
レオンもユミナちゃんも超絶に反則的な顔立ちだ。
きっとお姉さんも絶世の美女に違いないんだがな。
「何やら良い香りがするな」
1人の男性が部屋の扉を開けて入って来た。
メイドさんたちは後ろに下がり一礼をする。
どこかで見た事のある雰囲気だな。
「父上、お仕事は大丈夫なのですか」
「仕事はまとめて一昨日に終えた……むっ」
うわ、国王陛下かよ。
普通に椅子に座って口をモグモグさせてたよ。
どこからどう見ても不快じゃん。
俺は立ち上がって一礼する。
「お初にお目にかかります陛下」
「いやはや、お主であったか。以前にも出会ったぞ」
「はい?」
「ほれ、商業ギルドでの文房具じゃ」
「あぁ!」
どこかで見た事のある雰囲気かと思えば、あの時にフードを被っていたおっさんか!
高貴な雰囲気を醸し出していたのは分かったが、まさか陛下だとは思わなかったよ。
「それで何やら良い香りだな」
「涼太が作って来た物を食べているんです」
「ほぅ、私も食べてみよう」
陛下も席に着く。
はい、切れって事ですよね。
「しかし、お主が例の者だったとはな。誕生祭宛てに届いたガイアやグリムからの手紙でようやく分かったぞ」
「陛下、それは……」
「分かっておる。仕事の件だろう。後で私の部屋に来い」
良かった。その辺はわきまえてくれたんだ。
陛下からの手紙という事は、国王誕生祭の護衛の件だろうか。
それをこの場で口走って貰うのは大変困る。
「無くなっちゃった……」
いつの間にか、ユミナちゃんの皿に乗っていたバームクーヘンは綺麗に無くなっていた。
物足りないのかフォークをパクリと咥える。
「悪いが、ユミナの分も取ってやってくれ。ユミナ、これで終わりだぞ」
「はいです! 兄様!」
「ではどうぞ」




