98話 ファルネ村
クリス視点です。
「涼太さん、大丈夫かな」
「あの涼太様ですよ。あの人に倒せない敵が近くにいるのなら、世界が滅んでいます」
確かにそうだ。
涼太さんに勝てる人物なんて神様でもない限り考えられない。
人類で最強だと確信出来る。
でも、先日は10日も何も連絡がなかった。
また……いいえ、信じて待つのも女の仕事よね。
「そうね、涼太さんの事だからすぐ来るわよね」
「見えてきたよ!」
涼太さんの馬のレイニーが山を軽々と超え、頂上に着く。
シャルは大きな村のある方向を指差す。
下には集落の様な開拓された土地が広がっている。
所々に牛や羊が放たれている。
凄くのどかな所だ。
「あれが、シャルの村ですの」
「結構な大きさですね」
「うわぁ、懐かしいなぁ。みんな元気かなぁ。お馬さん、麓までお願いします」
シャルの言葉が分かるのか、ヒヒーンと鳴き大きくジャンプをする。
大き過ぎる巨大なだけに、土煙が盛大に舞い上がり、動物たちはパニックに陥る。
「な、何事だ!?」
地震の様な揺れと動物たちの鳴き声に村の人たちが次々に出て来る。
中には桑などの道具を持ち、警戒している人物もいる。
これはやってしまったわ。
敵だと思われても仕方のない登場だ。
ミセルも気まずそうである。
しかし、そんな事は頭にないのかシャルは扉から出て行き、十数メートルはあるであろう高さから飛び降りる。
「みんなー! ボクだよ!」
「んぁ? お前シャルか! 久しぶりじゃねぇか!」
「こんにちは、おじさん」
懐かしの人物に会い、シャルは村の人たちに揉みくちゃにされる。
「凄い活気ですわね」
「本当ですね」
「私たちはどうしよう」
正直に言うと出て来づらい。
すると、シャルは何やら村の人と話し、こちらを向き下から手招きをする。
今しかないと私たちは外に出て飛び降りる。
「紹介するよ、ボクの友達のクリスちゃんとミセルちゃんとロゼッタちゃん」
「クリスと言います」
「ミセルです」
「ロゼッタですわ」
私たちは自己紹介をする。
「そうかぁ、シャルの友達か。こんな田舎だがゆっくりして行ってくれ」
「それともう1人、この馬で運んできてくれた人が後からくるよ」
村の人たちはフサフサの毛で生い茂ったレイニーの足から胴体へゆっくりと視線を上げる。
「これはスレイプニルというやつか」
「うん、そうだよ」
「初めて見ただな。そのもう1人って神様か何かか?」
「違うよ、冒険者で月宮涼太さんって言うんだ。私たちがお世話になってる人」
「そうかぁ、早く親御さんに顔を見せてやんな」
「うん、分かったよ、おじさん。お馬さんも、ありがとう!」
大きな声でシャルは言う。
するとレイニーはノソノソと村の外に歩いて行き、少し離れた距離で腰を下ろして目を瞑って動かなくなった。
疲れたのかな。
ずっと走りっぱなしだったから、ゆっくりと休んでほしい。
「それじゃあ、案内するね」
「うん、お願い」
私たちはシャルについて行く。
道中で羊たちが私たちを歓迎するかの様に鳴く。
試しに触ってみたらモフモフだ。
何とも心地の良い触り心地。
この羊で寝れば、天然の枕になり快眠は間違い。
「キャッ!」
いつの間には囲まれている。
私の顔を舐められた。
「人懐っこいですね」
「みんないい子だからね」
シャルも羊の頭を撫でる。
すると何とも気持ちよさそうに目を細めてシャルに擦り寄る。
名残惜しいが、私たちは羊と別れて歩く。
すると少し離れた所に小さな家が建っていた。
周りには馬小屋が置かれており、柵の内側を何匹もの馬が身を寄せ合って日向ぼっこをしている。
「ただいまー!」
「シャル!?」
「あー、お姉ちゃんだ!」
中からシャルのお母さんであろう人と5歳くらいの女の子が出て来た。
「帰って来たよ!」
「あなた、学園はどうしたの。まさか……」
「違うって! 三連休だから帰郷しに来たんだよ」
「でも学園までの道のりは……」
「あの大きな馬に運んで来て貰ったんだよ」
ここからでも見えるほど巨大な影を指差す。
本当に大きいわね。
生えている木が草の様にも思えてくる。
今更だけど、涼太さんって何者なんだろ。
「あれって……凄いわね。あら、そちらの人たちはシャルの友達かしら?」
「うん、学園の友達だよ。遊びに来たんだよ」
「よく遠い所から来てくれたわね。大した物は出せないけど上がってちょうだい」
「「「お邪魔します」」」
私たちは中へ入る。
こぢんまりとした家だが、私は雰囲気が好きかもしれない。
貴族なだけあって、新鮮味を感じる。
「それで、その涼太さんにお世話になっているのね」
「うん、そうだよ。魔法もツッキーのおかげで上達したんだよ。ほら」
シャルは無詠唱で手のひらにスイカほどの大きさの水の球を生成する。
「お姉ちゃん、凄い!」
シャルの妹のシェリちゃんはツンツンと宙に浮く水を面白がって突く。
「本当に凄いわね」
「まぁ、クリスちゃんたちとは比べられないくらい弱いけどね」
「シャル、それは違うわよ。出来ている事が重要なのよ。それに涼太さん曰く、シャルなら宮廷魔道師にもなれるって言っていたじゃない」
「大げさだよ、クリスちゃん」
いいや、大げさではない。
無詠唱が使える時点で魔法使いとしては一流だ。
それに私は以前に宮廷魔道師と戦ったが、想像以上の弱さだった。
あれで宮廷魔道師になれるんだったら、今の私でもなれる。
「村のみんなで学園に通わした甲斐があったってものね」
「それなんだけど、私が帰って来たのはお金を渡しに来たのが理由なんだよ」
「ん? どう言う事かしら」
「えっと……」
シャルは自身のアイテムボックスへ探る様に手を入れ、小包した袋を出す。
それを置いた机からジャラジャラとかなりの量の硬貨が置かれる音が聞こえる。
結んだ紐を外すと1枚の金色に輝く硬貨と大量の銀貨が姿を現わす。
シャルのお母さんは大きく目を見開く。
「シャル……これは……」
驚きと共に、疑いの目を向ける。
もしかしたら、犯罪を犯して手に入れたお金だと思われたのかもしれない。
それはマズい。
「話を割らせて貰いますが、それは私たち4人で分けたお金です。道中に拾った宝石を売ったお金です」
「良かったわ……実の娘が犯罪を犯したのかと思ったわ」
「酷いよ、ボクにそんな度胸なんて無いよ」
「残りはツッキーが持ってるから、ツッキーが来たら村のみんなで使って欲しいんだよ」
「えっ……これだけじゃないの?」
驚かれて当然だよね。
机にある金額は普通の家庭で節制すれば、一年は過ごせる金額だもの。
「えっとね……」
シャルがその金額を話した途端に頭を抱えられた。
本当に深刻そうな表情だ。
「その月宮さんはいつ来るのかしら。話を聞く限り、その人は大恩人よ」
「だから最初から言ってるじゃん」
「本当に返すお礼がいくらあっても足りないわ。シャルをお嫁さんに出しても返せないわね」
「あれ…ボクの価値観が低い?」
「「ダメです(わ)!」」
私とロゼッタの声がハモる。
何で反応していまったんだろう。
自分の犯した痴態に頬がドンドン赤くなっていく。
違うのよ!
涼太さんは、家族みたいなものだから他の人にあげたくないだけ…って何を考えているのよ、私!
「あらあら、月宮さんは好かれているのねぇ」
「うぅ……」
「違うんですの、そう! 涼太さんはヒーローだから人気なのですわ!」
「ふふっ、そう言う事にしておくわね。もう数刻も経てば、日が暮れるわ。ゆっくりしてちょうだい」
「はい、お世話になります」
私は家に上がり、大の字で寝転ぶ。
家は土足ではなくて良かった。
涼太さんの家に慣れすぎたせいか、自分の部屋も土足で過ごすのは抵抗がある。
「涼太さん、遅いなぁ」
「もしかしたら、その人たちを送り届けているのかもしれませんわね」
「あー、それあるかも。ツッキーって文句言いながらも最後は助けてくれるもんね」
「明日には来るでしょうし、待つとしましょう」
「ですわね」
こんなにものんびりしてるけど、帰ったら魔法聖祭まで1週間を切ってしまうのよね。
私は演舞枠。
何をしようかしら。
「ご飯が出来たわよー」
いい匂いが漂ってくる。
「チーズフォンデュですわね」
「あら、知っていたの?」
「カビの生えた食べ物と認知していましたが、涼太さんの料理で好きになりました!」
「あらあら、嬉しいわ。街に持って行っても、それが理由で中々売れないのよ」
「勿体無いですね」
「仕方ないわ、食材を買うのに第1に目がつくのが見た目だもの」
確かに見た目は大切だ。
見た目が悪ければ、それだけで食欲が削がれる。
「では、頂きましょうか」