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神様へのいたずら  作者: 川本 流華
2/8

エスカレート

あなたがたとえ氷のように潔癖で

雪のように潔白であろうとも、

世の悪口からはまぬがれまい。

―ウィリアム・シェイクスピア


 奇怪な数字が見えるようになってからひと月ほどが経った。鏡で見ても自分の数字は見ることができず、疑い半分ではあったが気にせずにはいられなかった。

(1分間にだいたいこれくらい減っている。ってことは……)

朝陽は減っていく数値を計算し、周りにいる人の大体の寿命を調べていた。

 あがり症の女子生徒は授業で当てられるたびに、残りの回数を勢いよく減らしていた。

(数字が減っていく……)

朝陽は時折このような場面に遭遇しては目を伏せた。

「朝陽、どうかした?」

母が亡くなって以来、昼休みになると決まって夕海が声をかけてきた。もう大丈夫と言っても自分がそうしたいと言って聞かなかった。

「いや、何でもないよ」

朝陽が答えると、夕海はいつものように優しく微笑んだ。

「よっ、幼馴染カップル」

クラスの男子が冷やかすように言うと、夕海は子供をあやすように、はいはい、となだめた。朝陽は思わず夕海の数字に目をやったが、数字は一定のリズムを刻んでいた。一方でなだめられた男子のカウントが加速していた。

 朝陽は笑った。

「何だよ、朝陽」

「いや、何でもないよ」

加速するといってもたかが知れている、この数字が見えることはたいして気にすることもないのかもしれないと思うようにした。

 夕海は笑顔の朝陽を見て、安心するように再度微笑んだ。

 放課後、帰り道の途中にその男は立っていた。立ち姿は紳士的な姿だったが、道路の真ん中で堂々と立っている光景は異様なものだった。他の人には見えていないのか、誰も怪しむことなく通り過ぎて行った。

「どうかな、その能力は?」

男が尋ねると、朝陽は立ち止ることなく横を通り過ぎた。

「別に、悪くはないよ」

「そうかい、それはよかった」

男は朝陽の横に並ぶと、歩幅を合わせて歩いた。

「そもそも、これって本当なの?」

朝陽が尋ねると、男は少し考えるようなポーズをとった。そして、わざとらしく何かを思いついたように手を叩いた。

 男は右手で筒を作ると、朝陽に覗くよう促した。

「これはこの国で有名な政治家だね。見てごらん、もうすぐ彼はその生涯を終える」

朝陽が覗いた筒の先には自宅のベッドで眠る、国民なら一度は見たことのある人物の姿があった。

 カウントは数えるほどにわずかだった。そして、深い呼吸を最後にカウントが無くなった。

「今晩あたりのニュースで確認してみるといい」

男はニコリと笑顔を作って見せた。そして、一度筒を潰すと、また作って見せた。

 筒の向こうには道を歩く男性がいた。そのカウントはまだ多く、死とは縁遠いように思われた。

「彼は不運にもこのあと亡くなることになる」

男が言い終わるより前にその男性は目だし帽を被った者に襲われていた。ナイフで刺され、財布を抜き取られる様子が筒の中に映し出されていた。

 カウントは一度に大幅に減り、五分と持たない程の数字になっていた。

「うそ? 助けないと……」

朝陽が顔を上げると、男は首を横に振った。

「何で?」

「キリがない」

男は呆れるように笑った。そうこうしている間に男性の数字はゼロになり、動かなくなっていた。

 朝陽の首筋に冷汗が伝った。

「あんた…… 他の人からは見えていないの?」

朝陽は何かを言いかけたが、無理やり話の流れを変えた。

「ああ、他の人には見えていないよ。正確には見えているけれど視認されていないってところかな」

「どういうこと?」

「そこにモノがあっても脳が『そこにモノがある』って認めない限りは、無いのと同じなんだよ」

「何で俺には見えているの?」

朝陽の言葉に男は笑顔を作った。

「私が呼びかけ、君が応えたからだよ。意識ってものはお互いに向き合って初めてリンクするんだ」

男の言葉はわかるような、わからないようなものだった。

「ともあれ、その能力が嫌がられなくてよかった。では、またそのうちに会いに来るよ」

「ずっと見ているわけではないんだね」

「ああ、神様は忙しくてね」

男はピタリと立ち止った。

 朝陽が振り返ると、そこに男の姿はなかった。朝陽は男の頭上に数字がなかったことを思い出した。

「忙しい? 見殺しにしたくせに……」

怪訝な顔をしながら、朝陽はため息を一つついた。そして、先ほど見た映像を払拭するように頭を何度も振った。

 気分が悪くなるものを目の当たりにして、朝陽が呆然と歩いていた。すると、アパートの前で夕海が待っているのが見えてきた。

「また、ママがおかず持って行けって」

「ああ、いつもありがとう」

「私の家で食べてもいいんだよ」

夕海は五分ほど歩いた先に住んでいた。もっと朝陽が小さかった頃、母が仕事で忙しいときは夕海の家でご飯を食べることもよくあった。

「うん、でもしばらくは家で食べたいんだ」

朝陽は静かに答えた。母親と一緒に、母親が寂しくない様に、そんな思いが感じられ、夕海は、そう、とおかずを手渡した。

「じゃあ、私がこっちで食べて行ってもいいかな?」

「えっ?」

夕海の提案に驚いていると、夕海は有無を言わさず渡したおかずを手に取り、部屋に向かった。

「おばさんに線香上げさせてね」

夕海の優しい言葉に朝陽はうなずいた。

「夕海、ありがとう」

「いえいえ」

夕海はニッコリと笑顔を向けた。

(夕暮れでよかった)

朝陽は赤らむ頬を隠すようにうつむくと、深呼吸をして高鳴る鼓動を落ち着かせた。


 日常が繰り返し、母の死から半年が過ぎた。朝陽は一人で過ごす生活にも慣れ始めた。生活費は父からの仕送りで工面できていたが、大学に行くために朝陽はアルバイトを続けていた。

 夏の日差しが強くなる中、休みの日は朝から晩まで働いた。夕海は朝陽が家に帰る頃を見計らって晩御飯を持ってきた。

「自分で作るからいいよ」

そう言っても夕海は気にしないでいいと持ってき続けた。

「一緒に食べる人がいた方がいいでしょ」

夕海は頻繁に朝陽の家で晩御飯を食べた。

 夕海と過ごす時間が当たり前のようになり、以前よりも家族のような存在になっていった。これは恋心なのだろうかと自分に問うこともあった。しかし、それを認めると今まで通りにはいかなくなる気がして、そこだけは心の中で自分に言い聞かせるように否定した。

 日曜日の夜、夕海はいつものように晩御飯を持ってきて一緒に食事をとった。

「片づけやっておくから、お風呂入っていいよ」

「ああ、ありがとう」

朝陽は部屋着を手に持つと、浴室に向かった。

「覗くなよ」

「あー、はいはい」

軽くあしらう夕海を見て、朝陽は安心したように笑った。

 ドアが閉まる音がすると、夕海は食器を洗い始めた。

「バーカ」

夕海は呟くように言うと、朝陽と同じように笑った。居間に置かれている朝陽の母親もまた同じように温かく微笑んでいるような気がした。肉親を亡くし、独りになった朝陽だが、家庭の温かさを失うことはなかった。

 食器を洗い終えると、夕海はソファに座り、朝陽の母親と会話をするように写真を見つめた。

 朝陽が風呂から上がると、部屋が静かになっていた。

(夕海、帰ったかな)

頭を拭きながらソファに目を移すと眠っている夕海の姿があった。

 朝陽は一つ笑うと、夕海の肩を揺すった。

「夕海、帰って寝てくれよ」

声をかけても夕海は起きる気配がなかった。

(こいつ、一度寝ると起きないんだよな)

朝陽は困ったように頭を掻くと、夕海の携帯電話を開いた。

「家に電話するだけだから怒るなよ」

朝陽は許可を取るように眠っている夕海に声をかけた。

 夕海から返事がないことを確認すると、夕海の母親に電話をかけた。

「朝陽ですけど、夕海が寝てしまって……」

「あら、ごめんなさいね。あの子、一度寝ると起きないのよね…… パパも出張中で帰らないし……」

しばらく考えるような間が空き、夕海の母親はため息をついた。

「朝ちゃん、ごめんね。そのまま寝かせておいてもらえる?」

「いや、それはちょっと…… 俺がおぶって運びますよ」

「別にそこまでしなくていいわよ」

信頼されているのか、電話の向こうではクスクス笑っている声がした。

「その子、シャワー浴びてなかったら襲っちゃだめよ」

「襲いませんよ!」

朝陽は照れながら答えた。いつもより大きな声が出たことが自分でも意外で恥ずかしくなった。

「じゃあ、よろしくね」

夕海の母親は随分と簡単な口調で電話を切った。

(シャワーとかそういう問題かよ)

朝陽は夕海の寝顔を見て、変に意識してしまった。

 朝陽は自分の部屋から枕と毛布を持ってくると、夕海の頭を枕に乗せて毛布を掛けた。

「早いけど、もう寝よ」

朝陽は自分の部屋に戻ろうとして一瞬立ち止った。そして、自分の携帯を開くと夕海の寝顔を一枚写した。

「まぁ、折角だから……」

よくわからない理由をつけ、逃げるように部屋に戻った。

 恋心、頭では否定している言葉だったが、夕海といるとどうしようもなく心拍数の上がる自分がいた。

(寿命が縮むなぁ)

朝陽は夜の窓に映る自分の姿、見えない自分の数字を眺めながら高まる鼓動を落ち着かせた。

 翌朝、珍しく玄関のドアを叩く音がした。

「誰だろう?」

朝陽が目をこすりながら玄関に向かうと、ドアを開ける夕海の姿があった。

「何で勝手に開けてるの」

朝陽は笑いながら夕海の頭に手を置いた。

 玄関の外を覗くと、夕海に好意を持つクラスメイトが呆然と立っていた。

「あ、いや、これはそうじゃなくて……」

「ごめん、昨日学生手帳拾ったから…… うちの学校、抜き打ちで持ち物検査があるじゃん。ないと困ると思って……」

クラスメイトはあたふためいている夕海の姿を見ると、学生手帳を朝陽に押し付けるように渡して走り去った。

「どうしよう……」

夕海は泣き出しそうな顔をしていた。

 朝陽は頭に置いた手を横に動かすと、とりあえず中に入ろうと促した。

「学校でちゃんと説明するよ。とりあえず、夕海は家に帰りな」

「うん」

朝陽はすぐに制服に着替えた。その途中、無言でドアが閉まる音がした。

「そんなにショックだったのかな?」

朝陽はそれほど事態を重く見ていなかった。

 きちんと説明すればわかってくれる。これからは気を付けよう。その程度に考えていた。

 その日、そのクラスメイトは学校を休んだ。登校中に見かけた人がおり、クラスから数人が見舞いに行った。そして、そこから話が広まるのはあっという間だった。

 半月もすれば、噂は学年中に広まっていた。朝陽と夕海、夕海の母親はそれぞれ学校で事情を聞かれた。

 夕海は体調を崩すことが増え、学校を休むこともしばしばあった。朝陽は見舞いに行くことができず、家で一人ため息をつくことが増えていった。

 教室では度の過ぎた言葉を耳にすることもしばしあった。

「あー、俺も一人暮らししたいな。そうしたら女の子連れ込めるのに」

「お前、連れ込む女いないじゃん」

「親が死んだらできるのかな?」

「ああ、あるかもな。同情を勘違いした女が晩飯届けて、うっかり家で寝てくれるかもな」

笑いながら話す連中に目を向けると、連中は嬉しそうにいっそう笑った。その中には夕海に好意を持つクラスメイトも交じっていた。

「男子、最低」

「夕海は気にすることないよ」

多くの女子は夕海を励まし、傍にいた。朝陽は教室でも迂闊に傍に近づくこともできず、一人でやり過ごすようにしていた。

「親が死んだらなんて、よくそんな酷いことが言えるね」

夕海は耐え切れずに立ち上がった。このままでは朝陽が独りになってしまう気がして、そうなったら朝陽の母親が大切にしてきた空気のようなものが壊れてしまう気がして、これ以上は我慢が出来なかった。

「何だよ、もとはといえば……」

「今回の件と朝陽のお母さんの件は別でしょう。変な想像ばかりして、馬鹿みたい」

珍しく怒鳴りつけるように言う夕海の姿にたじろぎ、連中は目を逸らした。そして、睨み付けるように見ていた朝陽に話の矛先を変えた。

「なんだよ、朝陽。言いたいことがあるなら言えよ」

一人が朝陽を挑発するように嘲笑った。

「お前、夕海が好きなんだろ。勘違いだって、何もなかったって何度も言っているのに、何でそんなことが言えるんだよ」

朝陽が呆れるように言うと、連中はその一人に目を向けた。

「何、お前。委員長のこと好きなの?」

一人が冷やかすように言うとクラスメイトは焦ったように首を横に振った。

「そんなわけないだろ」

「だよな。誰にでも色目を使う女。体目的以外で構う奴はいな……」

言い終わる前に朝陽は立ち上がり勢いよく拳を振るった。

「痛ぇな、この……」

「夕海は優しいんだよ。お前らみたいな奴らに一度の勘違いで執拗に傷つけられていい奴じゃないんだ」

「何、本気になってんだよ。どうせお前も体目的だろう? あいつスタイルだけはいいもんな」

「この……」

朝陽は周りの静止を振り切り、言葉をつづける男子生徒を殴り続けた。

(許せない、こんな奴いなくなればいい……)

殴るたびに頭上のカウントが大きく減るのが視え、朝陽はゼロになってしまえと強く思いながら拳を振り下ろした。

「おい、ヤバくないか?」

「誰か止めろよ」

クラス内がざわめく中、朝陽は腕を引き止められた。力は振り払えるほど弱々しいものだったが、その温もりが朝陽の動きを止めた。

 息を切らし振り返ると、全身で腕をつかむ夕海の姿があった。

「これ以上は死んじゃうよ」

涙ぐむ夕海の言葉で、姿で少し落ち着いた朝陽は、息を切らせながら殴りつけたクラスメイトを見た。

「ごめん、許して……」

怯えながら呟くその姿を見て、朝陽は落ち込むように俯いた。

「朝陽?」

夕海は両手で朝陽の顔を上げると優しく微笑んだ。母親が子供をあやすかのような表情に朝陽は心を落ち着かせた。

 ふと目線を上げると、夕海の数字の変動が異常なことに気が付いた。カウントの減りが速くなっていた。倍速というよりは10ずつ、20ずつと数値が飛び飛びで減っていた。

「何で?」

朝陽は教室中を見渡し、周りの生徒の数字を確認した。騒ぎのせいで心拍数が速くなっている生徒もいたが、夕海のような減り方をしている人はいなかった。

「俺のせい?」

朝陽は立ち上がり、たじろいだ。

「朝陽?」

「来るな」

夕海が歩み寄ろうとした瞬間、数字が一度に大きく減ったのを見て朝陽は距離を置いた。思わず強い口調になり、教室中は変な空気に包まれた。

「どうして?」

夕海の目からは遂に涙が零れた。

「ちがっ……」

「何してる!!」

騒ぎを聞きつけた教師が教室に入ってくると、重い空気の中で生徒一人一人を窺った。

「お前か、橘」

教師は朝陽の手を掴むと、血の付いた拳を目の高さまで上げた。

「はい」

朝陽が素直に答えると、教師は深くため息をついた。

「ちょっと来なさい」

「はい」

朝陽は教師に連れられると、教室を出て行った。

 教室に残された夕海は呆然とその背中を見つめていた。

 数名の女子が夕海を囲み、そっと抱きしめた。

 騒動を起こした男子生徒は侮蔑するように睨まれ、教室の隅で萎縮していた。

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