続けて、どうぞ
ちょっと説明的な回です。
痛みをなんとかするために保健室に向かったはずの響だったが、結局保健室の先生(美人だそうだ)には診てもらえなかった。
と、いうのは保健室へ向かう途中で別の教師に捕まったからだ。
「おお!! 君はミヤシロくんだな!!」
「え、はい」
「私が君のクラス担当教官のグレン・タレットだ!! よろしくな!!」
「はいよろしくお願いします」
「む!? 怪我をしているようだね!! 先生が診てあげよう!!」
「保健室に行くので……」
「いやいや!! このくらいなら私でも問題ないよ!!」
そんな会話のあと響はグレンの教官室に連れて行かれた。ちなみに一緒だったカクはさっさとどこかに行ってしまった。
「そうだ!! せっかくだ、治療を施しながらガイダンスをしようじゃないか」
響を椅子に座らせ、グレンはそんなことを言った。
そういえば、午後はアカデミーについてのガイダンスを担当教官から受けることにもなっていた。
つまりグレンは本当に響の担当教官だということになる。顔には出さないが、正直言うとガッカリである
「じゃあお願いします」
そう答えつつも響はグレンを観察してみた。
ジャージ姿の40代くらいの男性教諭だ。言葉の多くにエクスクラメーションマークが入るような大声で喋る筋肉質の彼は、一昔前の熱血先生のようだった。あと髭が濃い。
この学校、マッチョ多すぎだろ。響は少し先行きが不安になった。
「どれ、手を見せてごらん」
言われるがままに右手を見せてみる。さっき気がついたのが、なんと中指の骨が折れていた。
「うむ! このくらいならすぐに治るぞ!!」
グレンはそういうと両手でしっかりと響の右手を包んだ。妙に手つきが優しい。毛深い筋肉質の男性教諭に手を握られるのは、それほど気持ちのよいものではなかった。
転入生のクラスの担任は、美人で若い女性と相場が決まっているのではないのか。咥えタバコで暴力的、またはむしろ年下に見えるくらいの見た目かつドジ、どっちかではないのか。
そう思いたくもなった響だったが、まあ善意で治療すると言ってくれているわけだし、グレンがいい先生っぽく思えたのでとりあえずなすがままになってみた。
「……ふんっ!」
小さく声をあげたグレンの手が光りを放ちはじめ、その光が響の右手を包んでいく。
どうやら、サイキックウェーブでの治療を施してくれるらしい。
「おー……」
響は少し感心しつつその光景を眺めていた。回復などにも使えるというのは知ってはいたが実際目にするのは初めてだ。グレンは保健教諭ではないはずだが、さすがはオリオンアカデミーの教師であるというべきだろうか。
「て!? 痛てててて!!」
急に激痛が走った。右手の骨がミシミシと音を立てている。まったく身構えていなかったので、つい声をあげてしまった。
「ははは。我慢するんだミヤシロ。今骨が再生しているからね!! 私は回復は苦手でね。でも身体強化の教科を担当しているから、大丈夫だ!!」
何を言っているのか意味がわからない。が、激痛にしばらく耐え抜くと、すっかり右手は良くなっていた。どうやら、骨が伸びてくっついたらしい。なんか強引な治療法だ。
「……ありがとうございました。先生」
「お礼なんていいさ!! 私の可愛い生徒だからな!! しかし思ったより短時間で治ったなミヤシロ。君は結構体を鍛えているとみたぞ」
「やー、カルシウムをたくさんとってるだけですよ」
「いいことだ! 健全な精神は健全な肉体に宿ると言うからな!!」
熱血教師は満足しているようだったので、響は気になったことを聞いてみることにした。
「グレン先生、回復と身体強化ってのはどう違うんですか?」
響はオリオンアカデミーの四年次に編入してきた。だから一応は三年次までで習う教科はなんとなくは理解している。そうじゃなければ編入試験に通らなかった。
サイキックスキルについても基本的な知識くらいはもっているはずの響だったが、今日一日でもだいぶ知らないことがあった。あの光の剣術や、Sフットボールとかいう競技、身体強化という単語。
なお、オリオンアカデミーではサイキックの実技系科目の授業は四年次から行われている。多分、響が知らないことは四年次よりあとの知識なのだろう。
「焦るなミヤシロ。君も履修科目を選ばないといけないし、ガイダンスをしてから説明しよう。四年次から実技科目の授業が始まるのは知っているね?」
頷く響に、グレンは丁寧に説明してくれた。
オリオン・アカデミーは星雲連合幹部及び騎士団を輩出するエリート校なので、サイキックスキルの習得には他校より力を割いている。
輸送、未開惑星調査、治安維持、情報発信、あらゆる面でサイキックスキルは必要になるからだ。
なので、アカデミーには数学やら物理やら歴史やらといった教科も存在するが、それ以上にサイキックコントロール関連の授業が多い。
三年次までは座学が行われる。サイキックウェーブのエネルギー源理論についてだとか、運用の種類だとか、使用制限についての法律だとか、そういうものだ。
四年次からはいよいよ実技が入ってくる。
生徒全員の共通履修科目としては二つ。サイキックAとサイキックⅠがある。どっちも年次が進むとB→C、Ⅱ→Ⅲと続いていくらしい。
アルファベットのほうはいわゆるESP(超感覚的知覚)を養うもの。この授業で培った直感のようなものはテレパシーや超空間把握能力を養う下地となり、予知や遠隔視などと言った高等技術を習得する上でも欠かせないらしい。つまりはサイキックウェーブを利用して情報を把握する技術だと言えるだろう。
騎士団所属や民間航宙会社のパイロットの間では超空間把握や予知のスキルはかなり重要視されるそうだし、星雲ネットワークはテレパシーによる補佐を行うことによって数光年を超える情報交換を可能にしていると言う話だ。なるほど、必修なのも頷ける。
数字のほうはいわゆるPK(念力)を養うもの。テレキネシスを基本的に学ぶらしい。単純に物を持ち上げる、動いているものを停止させる、意のままに操る、爆発させる、とより高度になっていくらしい。
こっちは要するにサイキックウェーブをより用いて世界に物理的な影響を与える力の基礎、ということだ。この力が弱ければサイキックマシンの操縦に支障をきたし、各種アイテムを作動効率も落ちるそうなので、まあ重要だろう。
サイキックA、サイキックⅠ、必修科目については理解した。
これはかなり面白そうである。学校という場において、そんなミラクルなことを学ぶというのはなかなかワクワクさせられるものがあった。なんといっても超能力だ。覚えれば色々便利そうだし、そもそも使ったらどんな感じなのかも興味深い。
「ここまではいいか!? ミヤシロ」
「大丈夫です。続けて、どうぞ」
「次に実技系の選択科目だが」
この部分のグレンの説明は長かった。だが要するにこういうことだろう。
必修科目は基礎的な力をつけるもの、選択科目はそれで養ったサイキックパワーを様々な形で利用するための専門科目のようなものらしい。
学生は自分の興味や進路に応じて、他の単位と都合をつけつつ履修科目を三つから四つ程度選ぶことになっている。
ちなみに、四年次で履修可能な選択科目だけでもかなりの数があった。
サイキックA系科目
精神感応
接触感応
情報解析
簡易予知
発生予知
空間把握
遠隔視
他者感応障壁
攻撃的思念操作
サイキックⅠ系科目
超剣術
操能力
身体強化
回復
空間移動
能力性質変換
攻撃的念力
力場形成
超能競技各種
「多いですね。これみんな全部すぐ覚えられるんですか?」
各科目の概要を説明し終わったグレンに対し、響はそう答えた。
「いやそんなことはないさ。資料は図書室のデータモニタで閲覧可能だから、よく調べてみるといい。すぐにとは言わないが、なるべく早く選択科目を決めて授業に参加したほうがいいぞ!!」
やはりグレンはいい教師だった。ちゃんとこちらのことを考えている。が、響きはもうとっくに履修科目を決めている。と、いうか実は途中で決定していたので後半は聞いていなかった。
「超剣術と操能力と身体強化にします」
「む? いいのか? 随分偏った選択のようだが……」
「大丈夫です」
「……うむ!! 自分がやりたいことが決まっているようだな!! いいことだぞう!! そうか! わかったぞミヤシロ!! 君は惑星調査員志望だな!! ロマンがあるなぁ!!」
グレンは的外れなことを言ってきたが響は本当の理由は答えず、ただ笑顔で礼を言うに留めた。
「色々ありがとうございましたグレン先生。じゃあ登録を済ませに学生課に行ってきます」
「頑張れよミヤシロ!」
「はい!!」
まるで熱血青春ドラマだな、と思いつつ響は教官室をあとにした。
ちなみに、響は惑星調査員とやらになるつもりはない。
三つの科目を選んだ理由はほかにある。
まずは身体強化。サイキックウェーブを自分や他人の体に流して性能を強化する、という単純なものだ。これは結構便利なような気がする。さっき強引に骨を直されたのは痛かったが。回復もできるという点は魅力的だ。単純に自分の運動能力をあげるという技は役にたつ局面が多いだろう。それに体育は出来たほうがカッコイイ。
次に操能力。今星雲連合加盟星では高性能な乗り物は大体サイキックコントロールが必要とされている。今日響きが乗ってきたバイクにようにマニュアル切り替えタイプもあることはあるようだが性能は落ちるだろう。マシンを乗り回すのは気持ちがよいし、いい車に乗っているほうがカッコイイ。
最後に超剣術。これは一言でいえば、サイキックスキルをなんでも使っていい剣術だ。
テレパシーで相手の剣筋を読んで避けるのも可、相手の体勢をテレキネシスで崩して切りかかっても可、能力性質変化でサイキックウェーブを熱エネルギーに変えて燃える剣を形成してもいいそうだ。武器が剣なのは、単に騎士団の伝統を踏襲しているかららしい。
これは要するにサイキッカーによる総合格闘技のようなものだといえるだろう。
響のこれからの学生生活では戦闘が避けられない場面は出てくるし、そもそも強いほうがカッコイイので、これは外せない。それにさっきの美少女、りっちゃんもやっていた、ということもある。
どうせ響はアカデミーを首席で卒業するつもりなので、最終的には多くの科目で好成績を修める予定だ。なら最初は面白そうですぐに役立つのを選ぶ、というだけだ。
そしてもう一つ、最大の理由として選んだ三つの科目は他の者と比べると『誤魔化し』がきく、というのもあった。
そんなわけで響はさっさと授業の履修登録を済ませてしまうことにした。
いずれも、これから授業でそんなことをやるのかと思うと楽しみなものばかりである。
ちなみに今の響はまったくサイキックスキルが使えないが、それが逆にいいと思っていた。
なにせ、学校で勉強すれば身につく能力としてこれほど魅力的なものはそんなにない。
授業についていけないかも、勉強大変かも、俺の選択これでよかったのかな、などということはまったく思わないのが、宮城響という少年の特徴の一つなのであった。