カッコつけた方がカッコいいのだ
我ながらうまくやった。鮮やかな手並みだった。さすが俺だ。
響はさきほど自分がした行動の結果のポジティブ面で脳内を満たそうとした。
が、やはり無理だった。
「……」
響は無表情で廊下を早足で歩き、人気のない一角を発見してそこに移動する。
そしてきょろきょろ、と周囲を見渡し誰もいないことを確認し、右手を押さえてしゃがみこんだ。
「痛い……! やっぱこれ痛いぞ……、ふぉー! ふぉう! あうっ……!」
妙な声が漏れる。本気で痛いときは案外そんなものだ。
ムーンウォークで有名な伝説の人のような声を上げ、響はひょこひょこと跳ねた。
「あぅっ!……ほぅっ!」
さすがに、サイキックウェーブが込められたボールはそれなりの威力だったようだ。キャッチした右手がかなり痛い。むしろ、あの場で座り込んでさめざめと泣き出さなかった自分にスタンディングオベーションである。
「はー……」
しゃがみこんで、右手を軽く振りながら、痛みが引くのを待つ。引かない。
そうこうしているうちに、人が近づいてきたのがわかった。だが、そのドタドタと大きな足音でそいつが誰かわかったので、響は立ち上がらなかった。
「ははは、やっぱり無理してただか。響どん」
浅黒い顔をニカッとさせたのは、後を追っかけてきたらしいカクだ。
「……痛いに決まってるっつーの。こっちは生身なんだぞ」
「そらそうだべ。手ださなけりゃ良かっただよ」
がはは、と笑うカク。そういえば昔もよくこんなことがあったような気がする。
手を出さなければ、というのがあの揉め事そのものに干渉しなければと言う意味なのか、ボールは避けるだけにしておけば、という意味なのかはあえて聞かない。
「ああしたほうがカッコイイだろうが」
響は痛む手をさすりつつ、断言した。
「響どんはホントにカッコつけだなぁ。命賭けすぎだべ」
「当たり前だろうが。カッコつけたほうがカッコイイのだ」
これは響の変わらない気持ちだ。なので響は基本的には年中無休でかっこつけながら生きている。
「そうだか。まあ、ええだよ。それで、保健室にいくだか? オラ案内するだよ」
カクはそんな響を理解しているので、ときたまこうしてフォローしてくれる。
まあ、この辺はお互い様なところもある。
「そうね。んじゃ……」
響はそう答えようとして口をつぐんだ。
今度は、トタトタ、と軽快な足音が近づいてきたのに気がついたからだ。音のした方向をみると、さきほど見かけた美少女がこっちへやってくるのが見えた。
「カク」
「わかっただよ」
短いやりとりをおえ、カクは響から離れた。
やってくる美少女の顔は明るい。そして、こっちへきたのは多分、自分のあとを追ってきたのだろう。ならば、
響は右手をポケットに入れて立ち上がった。
「ね、ねえ。キミ!」
やはりそうだった。駆け寄ってきた少女は響を顔を見るとなにやら嬉しそうに話しかけてきた。
「? どうかした?」
そこで響は爽やかに笑い、そう答える。
「あの、さっきは、その……」
小柄な体をもじもじとさせ、赤くなっているところが愛らしい。普段は快活な少女なんだろうな、ということを感じさせるサイドポニーテールや、ホットパンツ(体操服とは別の)もグッドである。
明瞭で朗らかな声も良い。目のぱっちりした童顔と健康的な肌もよい。トータル的に実に良い。
432パターンある響の好みの女の子像の一つにマッチしている。
「ん?」
たしかこの子は午前中に武道場で光の剣を振るっていた子で、カクによればリッシュという名前らしい。あとさきほどはカフェテリアで例の揉め事を止めようとしていたように見えた。
うーん。さすがは俺、記憶力抜群だぜ。響はそう思いながら少女の言葉を待った。
「あのね。さっきのキミ、すごいと思った……! ボク、なんだか感動しちゃったよ」
心なしか、彼女の瞳はキラキラしている。言葉通り、響に対しては良い感情をもったようだった。華麗に連中をやり込めたのがかなり効いているようだ。
どうやら、彼女がさきほどの揉め事をとめに入ろうとしたように見えたのは間違いじゃなかったらしい。
「さっきの? ああ。あれか」
「うん。ボク止めなきゃ、って思ってたんだけど、いつもちゃんとできなくて、それで……」
「そっか」
彼女がカフェテラスに来たのは響たちよりあとだったし、さっきの件は最初からみていたわけじゃなさそうだ。そういえば、アマレットもあの場にいなかった。
全員が全員、あれを普通のことと思っているわけではないらしい。が、連中は本当に偉そうだったし、なかなか止められるものでもない、ということなのだろうか。
「だから、ボク。キミにお礼が言いたくて」
お礼とはまた異なことを。とは思いつつも響は答えた。
「お礼なんていいよ。俺も止めなきゃって思ったんだ。だって俺たちは同じ銀河に住む仲間だからね!」
ここでもポイントなのはまったく照れずに、涼やかな顔つきのままで言うことである。あざとい、と感じる隙もあたえず堂々きっぱりだ。
素直に文脈だけで考えれば、誰からみてもイイヤツの言葉だろう。
やられていたほうの子は少数しかいないとされている琴星人という話だったし、あれはスクールカーストに差別意識がプラスされたものなのだから。
「……」
少女は少し黙った。あれ? と一瞬だけ思ったが響だったが、少し遅れて訪れた少女の反応は予想以上だった。
「……うん! そうだね! でもボク、嬉しかったから、ありがとう! キミってカッコイイね!」
響は思わず、お、おう……と言いそうになってしまった。それくらい彼女のリアクションは純粋そのものだったのだ。少し黙っていたのは、本当に胸がいっぱいで喋れなかった、という感じだったようだ。
心から嬉しそうな笑顔で、こちらの言葉をまっすぐに受け止め、そのうえで自分の正直な気持ちをストレートに表現している。
「あ、……。カッコイイって、あの、言うのは、その……あの……」
そして自分の言ったことに今更照れて耳まで真っ赤になっている。つい思ったままを口にしちゃった、というところだろうか。これほど純情可憐な少女など、いまや地球ではフィクションの世界ですら絶滅危惧種だ。
宇宙は色んな人がいるなぁ、この人どんな育ち方してきたんだろう、と響は思った。
「え、カッコ悪い?」
「そんなことないよ!!」
少女はこれまたムキになって否定してくれた。やっぱり顔が真っ赤だ。少なくとも好意的に思われているのは間違いなさそうだった。
「うん。ありがとう」
「あ……う、うん……」
はぁ、可愛い。
響はおもわず叫びそうになった。が、それは止めておいて代わりに自己紹介をすることにした。
「そうだ。俺、宮城響、地球から来たよ」
将来的には全銀河を救う予定。とは続けない。
「ヒビキくんかぁ……! ボク、リッシュ・クライヌ。よろしくね」
うん、知ってた。とは答えない。
「良かった。こっちに全然知り合いいないからさ、友達になってよ」
「うん! ボクで良かったら!」
元気なリッシュの返事が心地よい。響はありがとう、じゃあまた、と別れることにした。最初はこんなものだ。
「ばいばい!」
そう言って手を振るリッシュが嬉しそうなのをほほえましく思う一方、響は待ったく別のことも考えていた。
友達。結構結構。今の世の中、色んな友達の形があるらしい。なんとかフレンズってシリーズだ。時と場合によっては、様々な関係性に進展可能だろう。
「……よくやるだよ。響どん」
一人になった響に、再びカクが寄ってきて話しかけた。保健室まで付き添ってくれるつもりらしい。
「んあ? なにが?」
そりゃ、俺はお前みたいなハードロリじゃないからな、と言外に含みを持たせ響はそう答えた。
「俺たちは同じ銀河に住む仲間だからね! だなんて、よくもまぁ、あんなこっ恥ずかしいこと真顔で言えるだなぁ」
カクの言葉に、ちっちっ、と指を振ってみせる。
「だって本心だからな。さっきの揉め事を止めに入った理由の13%くらいはこれだぞ? 俺は人類愛に溢れた男なのだ。イジメ、カッコ悪い」
響はカッコつけだが、本心でないことはそんなに言わない。
「残りの87%はなんだべ?」
何を当たり前のことを聞くのか、と前置きしてから響は答えた。
「目立ちたいなーと思ってたところで、ちょうどムカつくやつらがいたから」
「だと思っただよ。ははは響どんらしいだ」
「だろ? それにラッキーなことにさっきの娘、りっちゃんも多分俺に惚れたぜ。やったね!」
軽口を叩き、飄々と口笛を吹く響。
カクはそんな響を見て、子どものころと同じように笑った。
ちなみに響は、さっきから痛みを我慢し続けているせいで、気が遠くなりはじめていた。