腰抜け
ひさしぶりすぎて忘れたよ、という方はぜひ第4シーズンのはじめから
ペルセウスアカデミーからの短期交換留学生が主催するナイトプール・パーティは、華やかだった。
色とりどりのライトによって煌びやかに輝くプールはもちろん、プールサイドに並ぶチェアやテーブルまで瀟洒だ。カクテルスタンドにはバーテンダーがいて、フードコーナーではシェフが肉を焼いている。地球のSNSでもよく映えそうなパーティだ。
「金もってんなぁ。さすがはお坊ちゃん校のエリートくんたちだぜ」
響は会場を行き来しているウェイターからコスモソーダをもらい、一口飲むとそう呟いた。響の好みよりは甘口ではあるが、このソーダも悪くはない。
「ふーん」
少し遅れて到着した響だったので、ナイトプールはすでにホストであるペルセウスアカデミーからの留学生も、ゲストであるオリオンアカデミーの学生たちも多くいるようだ。彼らは思い思いにプールで水と戯れたり、ドリンクを片手に談笑していたりと賑わっているわけだが、どうも参加者に偏りがあるように見られた。
まず、圧倒的に女子が多い。ペルセウスアカデミーは男子校ということなので、ここにいる女子は全員オリオンの生徒ということになるわけだが、なんと全員が美少女である。
同級生の美少女は全員チェックしている響なのでそれは瞬時に分かった。来たばかりでまだ声をかけていないが、向こうのほうにはラスティの姿も見える。ラスティは、ホストである留学生たちにつかまっているようだった。
また、数少ない男子生徒のゲストにも偏りがある。ラフを始めとするSフットボールチームのレギュラー陣、オプティモとその取り巻きたる文科系の成績優秀者たち、大きく言えばこの二派閥がいるようだが、要するに、男子はスクールカースト上位者しか招かれていないようだ。
なんとなく、いけすかない。響は、留学生たちのリーダーであるクランに軽い反感を覚えた。これで二回目である。
「お、おまたせ……」
一人でコスモソーダを飲んでいた響に声をかけたのは、更衣室から出てきたばかりのアマレットだった。住まいが隣同士という関係上、響とアマレットは一緒にきたわけだが、女の子の着替えは、時間がかかるものだ。
「お。可愛いじゃん! 似合うよ、その水着! パーカーも取ったら? そのほうがセクシーかもよ?」
響は純白のビキニ姿―の上からパーカーを羽織ったアマレットをみて、ニッコリと微笑みかけた。華奢なようでいて、ちょうどよい胸のサイズ、きゅっとしまった腰のあたり、白くてすべすべしていそうな眩しい肌。
そんなアマレットの姿は、ドレスコードを水着にしたのはあの留学生たちだったな。やっぱイイヤツかもな。と響に思わせた。
「!? またそんなこと言って……!」
そう言って体をよじって色んなところを隠そうと照れるアマレット。前なら怒鳴られていたかもしれないことを思うと、多少はアマレットとの距離も縮まったような気がする。
「あ、貴方だって上着を着てるじゃない!」
「いやー、俺だってこの鍛え抜かれたナイスバディを晒したいとこでもあるんだけどさ、まあ、ほら、目の毒かもしれないじゃん?」
さらりとかわす響。本当は地球での鍛錬、そして宇宙に上がってからの戦いによって出来た無数の古傷を隠すためだ。別に恥ずかしいとは思っていないし、むしろ誇りですらあるのだが、人によっては反応に困ることだろうから。
「アマちゃんにだったら、あとでベッドで全部見せてもいいけど」
「……」
アマレットが顔を真っ赤にして黙り込むと、ぷるぷると震えだした。これは、怒りをこらえようとしているのだとわかる。でもその試みは失敗することも響は知っている。
「バカじゃないの!?」
彼女は顔を真っ赤にしてそう叫ぶと、ぷいと横を向いてしまった。こういう反応も彼女の可愛いところだ。
「そ、そういう冗談はやめなさい!」
「いや本気なんだけど」
「知らないわよ! ……私は、ホストのクランさんたちに挨拶をしてくるわ!」
響としては本当に本気なのだが、アマレットにはどうも通じにくい。亜麻色の髪の怒った美少女は、怒った猫のように向こうに行ってしまった。ちょっとは反省してみる。
それにしても、来て早々、パーティのホストに挨拶に行くというのは、さすがは礼儀正しいアマレットだなあ、と妙な感心をしつつ、響は別の方向へ向かった。挨拶とやらはあとでいい。まずは適当にパーティを楽しむとしよう。
「ミヤシロくん! 来てたんだ?」
「ヒビキ! こっちで飲まない?」
「一緒に泳ごうよー!」
少し歩けば水着姿が眩しいナイトプール中の美少女たちから次々に声をかけられるので、それぞれ楽しく話しつつ、ケータリングの食事にパクつく。味もなかなかだ。
ただ、この場には響と友好的な男子学生はいなかった。体育会系上位陣と文科系上位陣の男子学生、アカデミー内で高い地位にいる彼らは、編入してすぐに目立ちまくったうえに女子にはモテている響に微妙な感情を持っているものが多いのだ。
なかには、それでも普段は普通に話せる者もいるのだが、両グループのリーダーたるラフとオプティモもここにいる以上、二人と仲が悪い響に話しかけてくることはない。
多数の惑星出身者の集う、実力主義のアカデミー。そこでは選民思想や派閥意識とは無関係ではいられないものもいる、ということだ。
もちろん響には関係ないので、ちらちらと男子学生に視線をうけつつも堂々と女の子たちと遊ぶし、話しかけたくなれば自分からどっちの派閥の男子にも話しかけるわけだが。
と、そんなわけで、水着の美少女たちと戯れたり、コスモソーダでカンパイをしたり、盛り上がっているところに混ざってみたり、わざとぶつかってきたSフットボールクラブのヤツをプールに叩き落したりと楽しんでいた響だったが、ふいに右腕に柔らかい感触が当たる。
「ハァイ! ヒビキ! もう、どうしてすぐに私のところに来てくれないんですの?」
瑞々しく柔らかな胸を押し付ける様にして、腕を組んできたのはラスティだった。
「あー、ごめん。ちょっとモテてたから。それにラスティはあの留学生たちと」
話してるみたいだったし、と続けようとした響は言葉を止めた。ラスティに続くようにして、その彼らが響のほうにやってきたからだ。
「やあ、響くん。来てくれてうれしいよ」
よく通る声で話しかけてきたのは、留学生たちのなかでもひときわ目立つ、クランだった。成績首位にしてプロのギャラクシーアタック選手、そして首相の息子の貴族。そのプロフィールに恥じない威風堂々かつ眉目秀麗な立ち振る舞いだ。
気になったのはクランの仲間たち、彼らが響を見る目には不快さ、あるいは敵意が隠れている気がした。
「そいつはどーも。すごいパーティじゃん。お誘いありがと」
響は軽くそう返す。にっこりと微笑み合う二人。その二人に、会場であるナイトプール中からの視線が集まったのが響にはわかった。
『あの』クラン・エンシェントが、わざわざ自分から腰を上げて挨拶したのが、『あの』ヒビキ・ミヤシロである。という事実が皆の興味を誘ったのだろう。視線には、好奇の色がついていた。
その視線に気づいていないのか、否そんなはずはない。注目を集めていることを承知しているであろうクランは、あえて優雅な笑みを浮かべたまま黙した。ナイトプールから、話し声が消え、水音だけが響く。
どんな話をするのだろう? きっと、皆がそう思って言葉を顰めているのだ。
クランは、絶妙な間をあけたあと、ゆっくりと口にした。
「――ところで、今年の代表戦で僕らと戦う一人は君なんだって? 響くん」
とたんに、ざわめきと歓声が起こる。
このタイミングで話題にされる『代表戦』というのが、二大アカデミー合同の体育祭後に行われるギャラクシーアタック、すなわち代表者による両校の直接対決であることは明白だ。
創立以来、一度たりともオリオンアカデミーが勝利したことのない、ペルセウスアカデミーとの代表戦。今年に至っては、ペルセウス側にクランというプロ選手がいることでも注目を集めている試合だ。
たた、一方で、ほぼ全員が『今年もオリオンアカデミーはおそらく負けるだろう。しかも歴史上一番の大差をつけられて』と感じてもいる。
そこで上げられたヒビキ・ミヤシロの名前。英雄の息子にして、宇宙に上がってわずか半年でアカデミーの首席を修めた地球人。周囲から上がった声には興味半分と野次馬根性、それに一抹の期待が見える気がした。見れば、隣のものと何やら耳打ちをしあっている生徒もいる。
「まぁ! そうなんですの? ヒビキ!」
最初に問いかけてきたのは、響の右腕に抱きついたままのラスティだ。キラキラとした瞳で見つめてくるその視線には、期待の色しかない。さすがはラスティだと苦笑してしまう。
「え……? み、ミヤシロくん……?」
少し離れた位置でこちらを見守っていたアマレットは、心配そうに口元を押さえている。
様々な思いが交差する中心にいる響は、少し考えてからゆっくりと答えた。
「違うよ。たしかに副学長には出てくれって言われたけど、もう断ったからね」
聴こえ続けていたざわめきに、溜息が混ざっていく。
「何故? 君となら、いい戦いが出来るかもしれないと期待させてもらっていたのに」
「んー。君に勝つのは、ちょっと難しそうだしね。それに俺は後夜祭のほうに出たいんだよ。汗臭く戦うよりは、女の子と踊りたいかなーって」
射貫くような瞳で寄せられた質問に、響はおどけて見せた。おちゃらけた言い回しに、あちこちから笑い声があがる。『らしい』という声も聞こえた。
クランはそんな様子に微笑んでいる。その微笑みは一見するとあくまで優美だが、その目は笑っていない。
「……それは残念だよ。じゃあ、誰が出るんだい? ラフ・ロイグ、オプティモ・マキシモ、カク・サトンリーの名前も聞いてはいるよ」
響はあえてカクたち三人の名前は出さなかったが、クランから言ってきたのなら仕方がない。
「情報通だなぁ。でも残念。俺ら四人は全員断ったよ。誰が出るかは知らね」
響の回答に、オリオンアカデミーの学生たちは明らかに落胆と取れる声を上げた。その理由はなんとなくわかる。
普通に考えれば、代表に選ばれる四人はまさに響を含む四人だからだ。全員が断ったという事実は『もしかしたら』という奇跡を期待する思いを否定するものに違いない。
「四人とも辞退したのかい? ひょっとしてオリオンの男たちは、僕たちを……ふっ。いや、失礼」
クランはあくまでも優雅に笑った。だが、途中で止めた言葉の続きは想像できる。
僕たちを怖がっているのかい?
戦うこともせず勝てないと悟っているのかい?
それで情けないと思わないのかい?
クランの物言いには気品があり、その高貴な立ち振る舞いと笑顔は魅力的だ。しかもそれは実力に裏打ちされている。ゆえに今も、女子生徒たちは彼に熱い視線を向けている。
だが、男ならわかる。今の言葉は侮辱であり嘲笑だ。
この場にカクはいないが、ラフとオプティモはそれぞれに注目を集めた。あれやこれやと言われているのが響の耳にも聞こえてくる。
「あの野郎……」
「ラフ、なんで辞退なんか」
「オプティモさん、気にすることはないですよ……」
およそ、そのようなものだ。見れば、ラフもオプティモもすさまじい表情をしていた。アレは、普段彼らが響に向けるものだ。
響は考えていた。何故、クランはこのような物言いをするのだろうか? 彼が響たちを挑発して、代表戦に出るよう仕向けているのはわかる。だが、なんのために?」
何か狙いがあるような気がしたが、それがなんなのかわからない。
「では、代わりに出場したい者はいないかい? よければ僕が推薦するよ。この場に来ているのはみな優秀な生徒だと思うから、良ければ名乗りをあげほしい。君は? 君は?」
クランはそう言って周囲を見渡した。だが、誰もその呼びかけに応じない。男たちは全員、目を伏せて俯いていた。下手に選ばれたら、たまったものじゃない、と思っているのだ。
これがごく一般的な男子学生なら違ったかもしれない。だが今日ここにいるのは、皆優秀な成績を納め、アカデミーでも一定の地位を持っている者ばかりだ。端的に言えば、いつも偉そうにしている、ともいえる。
だからこそ、プライドが高い。ゆえに、銀河ネットワークで中継され全宇宙から観戦される試合で無様に大敗する姿などさらしたくないのだ。
映像にも残り、何年も笑われる。卒業後の進路にすら影響を及ぼしかねない。事実はさておき、そうした不安があるのは事実だろう。
誰も応えないまま数秒が過ぎた。黙ったままの男たちと、そんな様子にヒソヒソと何事かを話す少女たち。クランは肩をすくませた。
「……仕方ない、か。でもこれじゃあ女子が可哀想だし、しらけさせてしまったかな。そうだな……。少し早いけど、もう発表してしまおうか」
そう呟いたクランが視線を向けたのは、アマレットだった。当の彼女は、何故か慌てた様子を見せ、クランに駆け寄っていく。
「クランさん……! あのことは、まだ……!」
アマレットはクランの傍らまでやってくると、そう言って彼をおさめた。生徒会のメンバーであり、留学生のアマレットにだけは知らされている何かがあるのだろうか?
もちろん響には、なんのことなのかわからない。
だが、クランは困っている様子のアマレット特に意に介した様子もなく、まるで当然そうであるべきことのように、彼女の肩を抱いて言った。
「次年度から、ペルセウスアカデミーは女子の編入を受け付けることになっている。教育水準、卒業後の進路、あらゆる意味でオリオンアカデミーに引けを取ることはないと思うよ」
またしても、ナイトプールのあちこちから声があがった。驚き、そして一部の歓喜。
宇宙一の名門校であるペルセウスアカデミーは現在男子校である。つまり、女子はこれまで、たとえ望んだとしても、その環境に行くことは出来なかった。
それは伝統に歴史に基づくことだ。それが変わる。宇宙に上がって日の浅い響にはぴんとこないこともあるが、それはとても大きいことなのだろう。
クランは、騒ぎ立てる生徒たちを手でなだめて、続けた。困った様子のアマレットの肩は、まだ抱いたままだ。
「『もっとも勇敢な学友、もっとも優秀な学友たちと過ごす場所』、これがペルセウスアカデミーの理念の一つだ。オリオンアカデミーの男子諸君も、それにふさわしいと思っていたんだけどね……」
クランは、あえてそこで言葉を切った。身をよじって離れようとするアマレットの肩においた手に力を込めたのが、それによってアマレットが苦痛の声を押し殺したのが響には分かった。
今のクランの言葉の続きはわかる。だが反論出来る者はいない。オリオンアカデミーの男たちは、彼らとの対決を避けているのだ。
そして、たしかにペルセウスアカデミーのほうが優れているというのは、客観的な事実なのかもしれない。
成績、伝統、学内で作り上げられる人脈や、進路における有利さ、そのすべてにおいて。
それでも実力では、という根拠のない矜持は、まさに今砕かれのだ。。
「やめ、やめてください!」
アマレットが、クランの手を払いのけて彼から離れた。響と視線があった彼女の瞳は、ほんの少しだけ濡れていた。
響がさきほどから黙っているのは、堪えるためである。響は自分を良く知っている。クランに対して、さきほどからある感情を抱いているため、何か話せばそれをストレートに表出してしまうだろう。それは戦略的に良くない。クランの本当の狙いがわかっていないなか、アクションを起こすのは得策ではないのだ。
クランには、初対面のときから感じていた違和感がある。彼は響のことを『響くん』と呼ぶのだ。リッシュたちが言うような『ヒビキくん』ではない。地球の、イントネーションで。
それが気になっていたし、なにかあるなら、それを見切ったうえで対応しなくてはならないと思っていた。
だが。
今隣に住んでいる少女の、宝石のような瞳を潤した液体は、響の戦略的判断を簡単に超えた。
それは響が17歳の少年だから。彼女のことを大切に思っているから。
そして、宮城響だから。
俺は、勝てないなんて言ってない。勝つのは難しいと言っただけだ。
――相手がペルセウスアカデミーの首席だろうが、ギャラクシーアタックのプロだろうが、首相の息子だろうが、知ったことか――
クランは、やれやれと首をすくめ、響のほうへ歩き出した。
「この辺でお開きにしようか。また明日」
皆に聞こえるようにそう嘯き、すれ違いざまの響の耳元では別のセリフを告げる。今度は響にだけ、聴こえるように。
「腰抜け」
響は小さく笑い、振り向かずに答えた。もちろん、決意は固まっている。
「待てよ」
――俺は宮城響だ。――




