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てのひらに星雲を  作者: Q7/喜友名トト
シーズン4~二大アカデミー対抗体育祭編~
68/70

俺は本気だよ。本気でいい加減なだけで

後期の講義が始まって、響は選択科目を一つ増やしていた。そこそこ宇宙とアカデミーにも慣れてきたし、不必要な必修科目のサボり方も覚えたので、空いた時間でより有用な能力を習得しよう、というわけだ。


 新たに選んだ科目は瞬間移動テレポーテーション。身に付ければ非常に便利なスキルではあるが、他のサイキックスキルと比べて習得が非常に難しく、また仮に習得しても実用できるレベルに達するものはごくわずか、という科目である。


 とはいえ習得したい。習得したら使えそうな応用技も思いついている。まぁ、俺なら多分、大丈夫だろ、と思っていた響だったが、どうやらそれは間違いだったらしい。


……ヤバいな……。これ、実用レベルどころか、今学期中に基礎を習得できるかも怪しいぜ……


 内心で弱音を吐いてみる。


 テレポーテーションの講義の一発目を受け終えた響は、少しだけフラフラしつつ、しかしそれを周囲には悟られない様に学食カフェテリアの注文カウンターに並んでいた。


 疲れた。かなり疲れた。サイキックパワーの消耗が激しい。しかしなにも成果は得られていないからなおさら疲れる。そして滅茶苦茶腹減った。


 大体、あの瞬間移動テレポーテーションの教官はちょっとおかしいのではなかろうか、とも思う。


 『ほら、こうね。あれだよ。体中にサイキックパワーをぶわーん! と満たして、グイーッと引っ張る感じで、ほらシュバーッと感じてきたのを目標地点にシュパッと!! うーん。ダメだねぇ君たち。ノーグッド! なんでわかんないのかなぁ。フィーリングだ!! バイブスだ!!』


 わかるかっての。


 天才肌の人物と言うのは、あれだから困る。しかしそんな教官ですら、テレポーテーションの有効距離は数キロメートル程度というのだから、イメージより使い勝手が悪いスキルなのかもしれない。


どうすっかな……科目変えたほうがいいかも。


 差し迫った危機があるわけでもないので、難易度が高く、すぐに使い道のないスキル習得に時間をかけるのはいかがなものだろうか。


 と、いうようなことを考えつつ注文した『大盛りランチプレート・地球食MIXデラックス(3500クレジット)』を受け取った響は、微妙に曇っていた表情を瞬時に涼やかなものに切り替えた。と、いうのも、カフェテリアの窓際の席に知り合いの姿が見えたからだ。


「アマちゃん。やっほう、今ランチ?」


 響が窓際の席に移動してそう声をかけると、彼女は、つまりは響の隣人であり生徒会役員でもある美少女のアマレットはぴくん!と反応した。


「! ……ミヤシロくん。カフェテリアでランチなんて珍しいわね」


 なんとなく、ドギマギしているというか、慌てているというか。最近のアマレットは急に話しかけるとそういうそぶりを見せる気がする。


「あー。まあ、今日ちょっと腹減ったから、色々食いたくて」


「あ、ミヤシロくんだー。すごい量だね。なんでそんなに食べてるのに太らないの? ずるーい。私ダイエットしてるのにー」


 アマレットと一緒にランチを取っていた彼女の友人、ミードが話しかけてくれた。

ミードは能天気な印象を受けるが、人懐っこくて明るい子だ。二人が親友同士なのは案外性格が正反対だからなのかもしれない。


「え? ミードちゃんはダイエットなんて必要ないじゃん」

「そう!? そうかなー。やったー」

「あ、ここ座っていい?」

「うん。いーよー」

「さんきゅー。じゃあ失礼」

「ちょっとミード!! なにを勝手なこと……!」


 と、言う流れで自然にアマレットの隣に着席する響。アマレットは肩をすくめて少しだけ不満そうにしていたが、ふう、と息を吐くだけでそれ以上何も言わなかった。


響からは顔をそらしているが、ちらちらと視線を向けてきたりもするアマレットの様子は、撫でると逃げるくせに寄ってくる猫を思い出させた


「……ぷっ」

「!? なに!? ミヤシロくん今はなんか私見て笑ったわね!?」

「あはは。うん。だってアマちゃん、可愛いから」

「!……な、なんなのよそれ、……貴方って本当に適当なんだから……」


 顔を赤くしつつ、消え入りそうな声で怒って見せるアマレット。彼女を見ていると本当に撫でたくなるが、そうすると今度はシャレにならないレベルで怒られてランチプレートを頭からぶちまけられそうなのでそれは自粛しておく。


「じゃあ、俺も食おうっと。いただきます」


 手をあわせてそう言って、食事を始める。腹は減っているが、礼儀作法は大事だ。今月のカフェテリアは地球フェアをやっているのでメニューには焼き魚もあり、それを箸で丁寧に食べていく。


「……ん? 何、二人とも。俺の顔なんかついてる?」


 不意にアマレットとミードの視線を感じて顔を上げてみる。


「え、あ、その、別になんでもないけど……」

「ミヤシロくん、食べ方綺麗だねー。なんか、意外」


 女の子二人にそう言われると、なんとなくムズムズする。食に敬意を持つのは大事だと思っているし、別に恥ずかしいわけではないのだが、普段の素行がよろしくない自信があるので、キャラとは違うのかもしれない。


「そ、そうかなー。まあほら、俺って意外とお坊ちゃんだからさ。ギャップがあっていいでしょ。……それはさておき、二人は何話してたの?」


 そういうわけで、響は話をそらしてみた。


「それは……その、別にたいした話は……」


アマレットの方は何故だか答えに詰まったが、ミードはペラペラと答えてくれる。


「そうそう。昨日さー、ペルセウスアカデミーの人たち来たじゃない?」

「あー、なんというか『いかにも!』って集団だったよね」

「あはは。ちょっとわかるかも。でね。あの人たちに今夜、パーティに誘われたんだー」

「……ほー……」


 響としては意外な話だった。前情報によると、ペルセウスアカデミーの生徒は質実貢献眉目秀麗文武両道のスーパーエリートの集団だということだ。到着二日目にして女の子をパーティに誘うとは、驚きである。


「アマちゃんとミードちゃんと誘うとはお目が高い」


 響はおちゃらけて言うが、別におだてているわけではない。本心だ。だが、アマレットはきまりが悪そうに黙って、何故か下を向いていた


「パーティねー……。どこでやんの?」

「えっとねー……」


 ミードが答えようとしたそのとき、響たちのテーブルにやってきた誰かが会話に割り込んできた。


「ボクたちのクラブハウスさ。こっちにいる間借りることにした寮みたいなものだよ」


 甘く、しかし良く通る美声。聞きなれない声に響が視線を上げると、そこには、昨日見かけた彼がいた。近くで見ても整った顔立ちをしており、少女漫画の王子様を思わせる彼。響は彼の名前がクラン・エンシェントだったということを思い出した。


「あ……」


 急に現れたクランに、アマレットは小さく声を上げた。そういえばアマレットは生徒会役員として彼らのアテンド係を務めているわけなので、すでに顔見知りではあるのだろう。その証拠に、クランはアマレットに小さくウインクをして見せた。


 ちなみに、同じことを響がアマレットにやったら無視されるか怒られるわけだが、今のアマレットは困ったようにしているだけである。


「……えっと……。ペルセウスアカデミーの人だよね?」


 しかし狙ったかのようなナイスタイミングで現れる男だ。そう思いつつ響が話しかけてみると、クランは端正な顔立ちで微笑んで見せた。


「ああ、ごめん。急に割り込んじゃったね。ボクはクラン、クラン・エンシェント。君は?」

「俺は宮城響」

「ああ……。君が宮城くんか。こんなに早く出会えるとは思わなかったよ。こちらこそ、よろしく」



 クランが意味ありげな言葉と共に手を差し出してきた。


「俺のこと知ってんの?」

「もちろん。君のことは、『よく』知っているよ」


 クランの態度はあくまでも友好的だ。そうなると、あえて拒む理由はない。響はクランの手を取った。そうするとわかるのだが、彼の手は見た目の印象よりゴツゴツとしており、鍛え抜かれていることがわかる。


「俺も君のことは知ってるぜ。有名人だもんな。って言っても昨日聞いただけだけど」

「ははは。とにかく、会えて光栄だよ。よろしく」

「おー。よろしく」


 響がそう答えた瞬間、握ったクランの手から微弱なサイキックパワーの流れを感じた。わずかに痺れが走るという程度のものだが、そこには威嚇の印象があった。クランが浮かべている笑顔も、芝居がかっている。


「……で、なにパーティすんの?」


 とはいえ、今この場で揉めようとは響も思わない。女の子もいるわけだし、クールに受け流して滞りなく会話すべきだ。


「そうなんだ! アマレット、さっきの話、考えてくれたかな? パーティ来てくれるかい?」


 響との握手を終えたクランは、すぐにアマレットのほうに視線を向けた。その瞳は、やはり自信に満ちている。たいして、見つめられた方のアマレットはまごついている。


「ええと……それなんだけど……。その……」

「いいだろう? 女の子たちもたくさん来るし、きっと楽しませてあげるよ」


 言葉に詰まり俯いたアマレットは、一瞬だけ響を見た。これは気のせいなのかもしれないが、なんだかいつもの彼女より弱々しいというか、困っている様に見えた。


 だから響は口を挟む。


「なあ、それって俺も行っていい?」


 響の発言に、アマレットは俯いていた顔を上げて口をポカンとあけた。驚いて目を丸くしている彼女は、普段より幼く見える。


 一方、クランは余裕綽々な様子で薄く笑い、前髪をかきあげた。


「……もちろんさ。そういえばまだ女の子しか誘ってなかったから、君さえよければぜひ」


「速攻で女の子だけパーティに誘うとかなかなかスゴイな。ちょっと親近感わくぜクラン……って呼んでいい?」


「もちろん。じゃあボクも響くん、って呼ぶことにするよ。……ええと、会場の位置情報なんかはあとで送っておくよ。じゃあ、ボクはこれで失礼。また、夜に。チャオ」


 クランは銀河公用語ではない、つまりは華星言語による別れの挨拶を歌うように告げた。響はさっきから思っていたことだが、かなりのキザ野郎である。が、ルックスが王子様で実力に裏打ちされた自信があるからか、それが妙に似合っていて華やかささえ感じさせる。


「おっけー。アマレットは俺が連れていくよ。んじゃ、サヨナラ」


 なんとなく、響も久しぶりに日本語を使ってみた。ここでは誰も知らない言葉ではあるが、対抗心というやつなのかもしれない。


 クランは優雅に手を振ると、フェテリア中の視線を集めつつ離れていき、一度振り返った。


「そうだ響くん。君の他の男子三人にも声をかけておくよ」

「? あー。了解」


 クランの姿が見えなくなると、不意にミードが口を開いた。この子は、さきほどから妙にワクワクした表情で、目を輝かせてもいる。


「おお!! これは、あれですな!? 本格的イケメンライバル登場の巻ですな? アマレットをめぐる恋のアレコレ的な!? アマレット両手にイケメンじゃん!! きゃーー!!」


「ちょ……!! なに言ってるのよ!! そんなわけないじゃない!! もう……!!」


 両手を頬に当て、体をクネクネさせてはしゃぐミード。と、彼女の言葉に耳まで赤くして、ムキになって否定するアマレット。


「え? いや俺は普通にアマレット狙ってるけど。もしかして気づいてなかった?」

 

 そこに軽口を挟む響。だが、別に嘘はついていない。


「!? あ、貴方は誰にでもそういうこと言ってるんでしょう!? いい加減なのよ! ミヤシロくんは!!」


「いやー。俺は本気だよ。本気でいい加減なだけで」

「そういうところが……!」


「もしかして、俺とパーティ行くのイヤ? 余計なお世話だったかな……」

「ちがっ……!」


 響が声のトーンを低くして落ち込んだそぶりを見せると、アマレットは勢いよく椅子から立ち上がった。無意識に立ち上がってしまったことに気づいて、しおしおとまた腰かけるアマレット。彼女のこういうところも、素直で可愛いと響は思っている。


「……ごめんなさい。その、本当は、あの人強引で……でも断るわけにもいかないし……ちょっと困ってたから。……ありがとう」


「ひひひ」


「……なにがおかしいのかしら?」

「いや別に。どういたしまして。さて、続き食べようっと」


 響は少し冷めてしまったランチプレートに再び取り掛かった。

 笑ってしまったのは、嬉しかったからだ。


お堅い優等生であるアマレットは、初対面に近い男から夜のパーティに誘われて困っていた。それは少なからず、女の子として不安を覚えたからだ。でも生徒会役員として留学生たちのアテンド係を任せられている彼女は断れない。


そこで響が一緒に行くことになって、アマレットは安心した様子でお礼を言ってくれた。


それはつまり、彼女は普段のツンとした態度とは裏腹に、響を少しは信頼しているということになるわけだ。


しかしアマレット自身はそれに気がついていないし、無意識に頼ってくれている。彼女にそう指摘すると顔を真っ赤にして否定されるだろうけど、だから嬉しい。


「ねえってば。何がそんなに面白いのよ?」

「生きてるって素晴らしいよね、アマちゃん」

「なにそれ!?」


 はぐらかしつつ箸を進め、全然関係のないお喋りをする。和やかなランチタイムは楽しいし、きっと夜のパーティも楽しくなるだろう。


――そう思いつつ、アマレットたちと談笑しつつも、響の脳裏にはかすかな違和感がよぎっていた。


本当に些細なことだが、クランの言動には一つ、明確におかしな点があった。


アイツは華星の首相の息子で、当然出生地は華星だ。昨日まではここから遠く離れたペルセウスタートルで生活をしていたのだろうし、地球に行ったことなどないはずだ。


『それなのに何故?』


 ランチを終えた響はアマレットたちと別れ、午後の授業に向かうことにした。午後一の授業は操縦マシンコントロールなので、スカイエレベーターを使って宇宙空間にある格納庫へと向かう。


 その途中。携帯端末を通してクランからメッセージが着信した。内容を確認してみる。


「……やっぱ、ただ超優秀なだけで、単なる女好きのパーティ野郎なのかもしれないな……」


 エレベーター内でそう口にしてみる。今夜のパーティは彼らの寮で行われるらしいが、より具体的に言うと、その屋上のプールサイドで行われるらしく、ドレスコードが水着である。


 ご丁寧に映像まで添付されている。広いジェット付きのプールが様々なライトで照らされて輝いていて、色とりどりのカクテルが並び、まるでどこかのホテルのナイトプールイベントだ。


 握手の際に威嚇されたような気がしたのも、笑顔に含みがあるような気がするのも、なんかいけ好かない気がするのも、同族嫌悪ってやつなのかもしれない。


『超優秀な』『女好き』というあたりをナチュラルに同族だと捉えている響だった。



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[良い点] 定期的に読み返すとやっぱり面白い… 自分に自身のある主人公が好きすぎる…
[一言] 続きまってます!
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