誰にでもそういうこと言うのよね、貴方は
夕暮れ時。正確に言えば、夕暮れにみえるように環境設定がなされている時間がオリオンタートルにやってきた。
もう間もなくタートル外壁に映る太陽は人口の海へと消えていく。夏休み最終日であることを考えればその夕日は少しだけ切ないのだが、響にとっての今日のメインイベントは今からだ
「ご、ごめんください」
インターフォンの音に従い、自宅の門までお出迎えに行くと、ちょうど透き通った耳に心地よい声が聞こえてきた。それにしても古風な銀河公用語を使う女子高生である。さすがお嬢様だ。
「はーい。っていうか、アマレット。別に勝手に入ってきてもいいのに」
インターフォン越しにそう言葉をかけると、門の向こうからは妙に緊張している様子の声が返ってきた。
「そ、そんなわけにはいかないでしょ? 男の子の部屋に勝手になんて……!」
「けど、ここってもともとアマちゃんちの別荘じゃん。あ、スーズちゃんも一緒?」
「はい! ヒビキ様! スーズも一緒におります。本日はお招きいただき誠にありがとうございます!」
スーズはまだオリオンタートルに慣れていない。なので、別に自分がお願いしなくてもきっとアマレットはスーズをここまで案内してくれるだろうな、と響は思っていたが予想は的中していたようだ。
夏の最後の夜を、自宅であるプールハウスで、浴衣姿の美少女二人と、花火を見て過ごす。
最高すぎるぜ。
響ははやる気持ちを抑えることはせず、門をあけた。
「こ、こんばんは」
「こんばんは!」
そこに立っていたのは、まるで花のような二人だった。
アマレットに送った浴衣は白い生地に牡丹の柄。予想通り彼女の亜麻色の髪や陶器のような白い肌にとてもよく似合っているし、凛とした可憐さが匂いたつようだ。腰のあたりまであるサラサラの髪を結っているところも実に素晴らしい。
アマレットの父親であるアードベックさんからは、彼女の亡くなった母親も浴衣が似合う女性だったと聞いていた。アマレット自身は知らないことであろうが、この可憐さは母親からの遺伝なのかもしれない。
スーズのほうには薄桃色に撫子の柄。こちらも彼女のボブの髪ややや小柄な体系にベストマッチしていて、純朴さや可愛らしさが引き立っている。彼女自身がその浴衣を着てとても嬉しそうにしているのも微笑ましい。
響はあえて最近地球で流行っている丈の短いものや胸元がほどける花魁のようなタイプの浴衣をチョイスしなかった。この二人には、クラシカルなこういうやつのほうが絶対いいのだ。
「ありがとう」
響の第一声は感謝の言葉だった。
「え?……な、なに……?」
「あ! どうですか! ヒビキ様! こちらがヒビキ様の故郷の服なのですよね。スーズはこの服、とてもかわいいと思います!」
アマレットは恥ずかしそうに小さくなり、もじもじとしているが、スーズはニコニコと楽しそうにしている。浴衣の裾を摘まんで、くるりと回ってくれた。
「うん。可愛いよ。スーズちゃん! 実に! 実にね!」
「嬉しいです!」
そこまで素直にリアクションされると、なんだかこっちも満たされた気持ちになる。
「と、ごめんごめん。立ち話もあれだし。じゃあ、中にどうぞ」
いつまでも門のところにいても仕方ないので、響は二人を招き入れた。といっても、室内には入らないという話になっているので、案内するのは庭のプールサイドである。
一応、チェアやらなんやらの準備もしてあるので、そこでも十分快適に過ごせるはずだ。
「はい! お邪魔します!」
「おじゃま、します……」
足取り軽くついてくるスーズとは対照的に、アマレットはまるで借りてきた猫のように落ち着かない様子だった。
「そういえばアマレット、着つけは大丈夫だった?」
「え、そうね。わざわざ着方のマニュアルまであったのだし、帯?はちょっと難しかったけど、テレキネシスを使ったから」
「だよね。さすが。スーズちゃんは夏休み楽しかった? アマレットと何回か遊んだんでしょ?」
「はい。アマレット様には街や学校を案内していただきました。スーズはとても楽しかったです」
などと、短い会話をしつつガレージの横を通って庭に。プールハウスから出入りも出来る大きな窓一枚だけで隔てられたそこは、アウトドアイベントをこなせるほどの広さもある。
「お、カク、今来たのか?」
「んだ。誰もいねぇからどうしたかと思ったべ」
そこには、響の友人であるカク・サトンリーがすでに到着していた。響とカクはお互いの家に出入りするときにいちいちインターフォンを鳴らしたりせず、庭や窓から勝手に入るのである。(もっとも、響が女の子を部屋に連れ込んでいるときはその限りではない)
「こんばんは。サトンリー君」
「えぇっと……このお方がヒビキ様のご友人の?」
「カクだべ。よろしくだよ。お二人さん、そこに座るといいだよ。食うだか?」
カクはガチガチのハードロリなので、逆に同年代の女子には紳士的だ。
彼はその野太い筋肉質な腕で女性二人にビーチチェアへの着席を促し、サイキックパワーで作動する熱源加速装置入りの鉄板を温め始めた。
「俺はタコ焼きな。二人はどうする? 甘いものもあるけど」
本日は焼きそばやタコ焼きのほかに、かき氷やリンゴ飴といった鉄板お祭りメニューも準備していた。
様々な星々のものが手に入るオリオンアカデミーではさほど入手困難な材料はないが、調理されたそれらが食べられるところはあまりない。なので女子二人にとっては新鮮で楽しめそう、という理由が半分。残りの半分は単に響が食べたかっただけだ。
「これはなんですか!? ヒビキ様!」
スーズは見知らぬ道具や食材が並んでいる様子に目に見えてはしゃいでいた。世間知らずな彼女ではなくても、地球のものはまだ珍しい時代なのでそれも無理のないことだ。
「それはカキ氷を作る機械。でも手で削るのメンドクサイから軽いテレキネシスで動かせるようにしてあるよ」
「カキ氷ってなんですか!?」
「あー。氷をさぁ……。食べたらわかるよ。ちょっと待ってて。アマちゃんも食べる?」
「え? ミヤシロくんが作るのかしら?」
「作るってほどでもないよ。お客様はまあ座ってて」
「そう。ええっと……ありがと」
緊張している様子だったアマレットも、少しずつ表情が和らいできた。よい傾向である。
「オラも客だべ?」
「お前はいいんだよ。あ、その前に飲み物持ってくる。アマちゃんとスーズちゃんはなにがいい?」
「スーズはコスモソーダが飲みたいです!」
「私も同じものをいただければ……」
「はは、アマレット、なんでそんなにかしこまってんの?」
「そ、そんなことはありませんけど」
「響どん、オラは日本酒。純米大吟醸がええだよ」
「いきなりかよ」
「ジュンマイダイギンジョー? それはなにかしら? 未成年が飲んでもいいものよね?」
「地球のミネラルウォーターだよアマちゃん。ほら、透明でしょ? 俺は、バーボンーソーダにしよっかな」
「バーボンっていうのは?」
「地球のソフトドリンクだよ」
宇宙に浮かぶ居住空間での夕暮れ時は賑やかに過ぎていった。
※※
四人がプールサイドで過ごし始めてから一時間後、海のあたりの照明が一斉に消えていき、空の一角が星空だけの暗闇となった。
「もうすぐ始まるみたいね。……あっ」
響の隣のビーチチェアに座るアマレットが空を見つめて小さく呟いたその瞬間、星だけが映っていた空に光の花が咲いた。
うるさ過ぎない効果音と色とりどりの輝きが夜を照らしていく。
「わぁ……」
アマレットが感嘆の声を上げたように、もちろん、その花火は美しかった。
『花火』という文化が地球以外にもあり、それを宇宙に出る時代になっても再現しているということは、文化的な意味でも美しいことだと思う。
しかし、響の心を今一番震えさせたのはそういう美しさではなかった。
「綺麗……」
夜空を見上げて無意識のように口にしたアマレットはいつもよりずっと素直に見えた。でも子どもっぽくはなくて、どこか色っぽくて。光に照らされたその横顔をずっと見ていたくなる。
君の方が綺麗だぜ、なんてベタな台詞が頭によぎってしまう。
つい、じっと見つめてしまう。
「……ミヤシロくん? どうかした?」
視線に気づかれたようで、アマレットが響のほうに向きなおった。問いかけてくる大きな瞳や小首をかしげた様子に、響はらしくもなく戸惑ってしまった。
「や、べ、別に?」
「変なの」
アマレットにはみせたことのない表情だったからか、彼女は不思議そうにしている。
なので、響は改めて言い直すことにした。こういうのは真面目に言うのが一番なのだ
「アマレットが、き、綺麗だなー、と思って」
「はいはい。誰にでもそういうこと言うのよね、あなたは」
しかし、響の本音は彼女にはうまく伝わらなかった。日頃の行いのせいなのかスーズから自分の話をいろいろ聞いているせいなのか、それとも少し照れが入ってしまったからか。
え? 照れ? この俺が? まさか。
「すごいです! あんなたにたくさん光ってます!!」
「たまやぁぁぁっ!!!」
プールの向こう側では、スーズが踊るようにハシャいでいて、カクは地球にいたときに覚えたであろう叫び声をあげている。どうでもいいがカクは飲みすぎである。
「えーっと……」
子どものように大騒ぎして喜んでいる二人をよそに、響は隣に座る少女との間に流れる不思議な時間を感じていた。
「今日、来てくれてありがと」
夜を彩る光を見上げつつ、響は小さく感謝を告げた。
「約束だもの。無理やりに近かったですけど」
つんと澄ました声が隣から聞こえてくる。声の様子でアマレットも同じように空を見ているのが分かった。こうして同じところをみて会話が出来ることが無性に嬉しい。
「でも、嬉しかったよ。浴衣もめちゃくちゃく似合ってる。ほんとだ」
小さく、囁くようにしてそう告げたが、返事は帰ってこなかった。
もしかしてまた怒ってんのかな? と心配することしばらく。たっぷり10秒ほどがたったころ。
「バカじゃないの」
消え入りそうな声で、拗ねたような、でもどこか切なげな声が聞こえた。
それはやっぱり響の好きな彼女らしい声だったし、彼女の耳は赤かった。
きっとこれも忘れられない思い出になる。17歳になったばかりの少年は、そんなことを思った。
※※
花火の時間が終わると響はスーズとアマレットをアードベック邸まで送った。今日は二人でお泊りとのことだ。
よほどそっちに混ざりたくなった響だが、さすがに後見人でもあるうえにアマレットの父親でもあるアードベック氏の家でことに及ぶわけにもいかないので、おとなしく帰宅するしかない。
家に戻った響がカクが二人で飲んでいると、携帯端末にメッセージの着信があった。それも、二人同時にである。
「あれ、カク、お前もか?」
「んだ。……ダルモア先生からだべ。響どんは?」
「俺もだ」
メッセージの主はオリオンアカデミーの副学長であり、響やPPの事情にも詳しい『頼りになる大人』枠の一人、ダルモア・マッケンジーだった。
今はスーズの養父ともなっている彼なので、もしかして今日のパーティのことを心配した連絡だろうか。そう思ってメッセージを開いた響だったが、空中にホログラム表示されていく内容はそれではなかった。
「……なんだこれ?」
アカデミーの後期課程が始まる明日、放課後に副学長室まで来てほしい、と書いてある。
なんでも後期の行事に関して話があるとのことで、現時点では四人の男子生徒に声をかけているそうだ。
「四人? オラと、響どんと……誰だべ?」
「っていうか、行事ってなんだ?」
「知らねぇだ」
なんだかわからないが、後期初日から副学長室に呼び出しなどあまり嬉しいものではない。
「断っていいもんかな」
と、響が返信を入力しようとすると、再度着信があった。今度は響だけだ。
〈ヒビキくん、欠席はやめてくれ。頼むから〉
どうやらサボろうとするのを見透かされていたようだ。半年程度の付き合いだが、なかなか理解してくれているらしい。
「んー……?」
響はダルモアを好意的に思っているし、スーズを引き取ってもらった件もある。これまでの宇宙の戦いのなかでは色々助けてもらったし、父親の親友でもあった人だ。
それに、彼がここまで言うからにはなにか事情があるのだろう。
「どうするだ?」
「まあ、なんか知らないけど行くだけは行くか」
宇宙でまた、なにかが始まるらしい。
アマレットの母親が浴衣の似合う人だった、という部分は間違いじゃないです。
でも、浴衣は異星の文化圏には存在しません。




