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てのひらに星雲を  作者: Q7/喜友名トト
シーズン1~ 転入編~
6/70

もう一度言ってみろよ。地球人

Sはスーパーとかソニックとかスラッシュの略です。

 二時間目、『サイキックソードアーツ』の授業をを終えたリッシュ・クライヌはまずはロッカールームでシャワーを浴びた。


 汗だくのまま午後の授業を受けるのはさすがに16歳の女の子としてはいかがなものか、と思っているのでいつもそうしている。


が、シャワールームでのひとときはリッシュを少しだけ落ち込ませた。

 シャワールームは共用なので、クラスメートの女子たちの裸が見えたからだ。


 みんなとてもスタイルがよくオトナっぽい。せくしーである。


 そんな光景はいつものようにリッシュにこう思わせた。


 あーあ、どうしてボクはこんななのかなぁ……。

 

 リッシュは同級生に比べるとかなり小柄だ。体の凹凸もそんなにない。杢星人もくせいじんは年より若く見られがちな人種ではあるが、それにしてもちょっと切ない。


同級生に『可愛い!』といわれて抱きつかれたり、ほっぺたをつつかれたりするのはイヤというわけじゃないけど、ちょっと恥ずかしい。

なので、リッシュはそのたびに『もっと牛乳を飲んだほうがいいのかな』なんて、思ったりもしていた。あるいは今はサイドポニーテールにしている黒髪をもっとこう、派手な感じにしてみたりもいいかもしれない。


そんなことを考えつつもシャワーを済ませたリッシュは、ランチを取るべくカフェテリアに移動した。

一緒にいる友達には内緒にカルシウム多めのメニューを頼もうとしたそのときだった。


「もったいねぇだろ、食えよ」


 少しだけざわついていたカフェテリアの中心に目を向けたリッシュは、悲しい光景を目にした。何人かのSフットの選手が、一人の男の子に絡んでいて、その頭を床に押し付けながら笑っている。その仲間たちは、ボールを片手にもてあそびつつ、ニヤニヤとそれを見ている。

 

 また、だ。


 あの男の子たちは、しょっちゅうあんなことをしている。

「……ひどいよ……」


 リッシュは胸に手をあて、気がつくとそう口にしていた。どうしてあんなひどいことができるのかわからない。どうして意味無く人に意地悪なことをするんだろう。

 

 リッシュは過去に何度もそういった光景を止めに入ったことがある。

 そのたびに、嫌味なことを言われれからかわれたり、ちょっとエッチなことをされたり、それで恥ずかしがったりするところ笑われたりしていた。


 リッシュが女の子だからなのか、直接殴られたりするわけじゃないけど、やっぱりいい気持ちはしない。


 奨学生のリッシュちゃんは、いい子ちゃんだね。

 あー、怖い怖い! サイキックソード使うのはやめてくれる? だってこれふざけてるだけだぜ?


 ニヤニヤしながらみんなの前でそんな風に言われると、なんだが自分が惨めな気持ちになる。


 リッシュは少しだけ悩んだ。とてもひどいことをしているけど止めに入ったらきっとまた嫌なことをされるんだろう。それが怖い。


 でも。


 やっぱり、ボクはあんなのイヤだ!


 そう思いなおしたリッシュは一度自分のほっぺたをつねり、気合を入れた

そして、ちょっぴり脚が震えているのに気がつきつつも彼らのほうへ近づいく。


息を吸い込み大きな声で。


「やめ」

 なよ!!

 

 そう言おうとしたリッシュだったが、いきなり目の前で予想外の事態が起きたので、固まってしまった。


「てめぇ!! 今なんて言った!?」


 Sフットボール部の男子、たしか名前はラフだったと思う。

ラフは、大声を上げつつ、近くにいた別の男の子の胸元に掴みかかっていた。


リッシュは、掴みかかられた男の子に見覚えが無かった。


手足の長いすらりとした体格に整った顔立ちのその男の子は印象に残りそうな容姿をしていたのだが、本当にまったく記憶にない。


「……?」

 男の子は、胸元を掴みあげられているのに、怯えているようにも慌てているようにも見えない。きょとん、とした表情を浮かべていた。


 もちろん、カフェテリアの真ん中で突如出された大声と、暴力的な光景によって周りのみんなの視線は彼らに集まっている。


「誰だあれ?」

「あー、あれだよ。地球人」

「マジで? 何言ったんだアイツ。いきなり歯向かうとかイカれてるだろ」

「あーあ、ちょっと可愛かったのに」


 そんな囁きが聞こえてきた。


 どうしよう、大変なことになっちゃった。

 リッシュはその見知らぬ男の子をかばおうと思い、口を開こうとしたが。男の子はそんなリッシュをちらりと見て、笑った。


※※


 わー、怖い。ほんとに暴力的だな。

 響はマッチョに胸倉をつかまれ、爪先立ちになっていた。

すれ違いながら小声でいくつか話しかけただけで、こんな風にされるとは、とてもありがたい。


響はただ、こう言っただけだ。

その男以外には聞こえないほど小さな声で、さわやかな笑顔を浮かべながら。


「うるさいぞ」


 最初、何を言われたのか判断しかねるようにマッチョはぽかんとしていた。顔を押さえつけられていたほうの少年は怯えきってこっちを見ている。


だから、響はさらに続けた。


「意味わからなかった? やっぱりちょっと頭おかしいんじゃないの? 食事場所では静かにしなきゃダメだってことくらい子どもでも知ってるよ。残念な子なの? 掛け算九九とか出来る?」


 おそらく、そのマッチョは今までの人生で同世代の人間にそんなことを言われたことはなかったのだろう。少し遅れて自分が罵倒されていることに気がつくと、息を荒くし始めた。


が、響はニコニコしながら畳み掛けた。


「あー、今理解したのか。ごめんな。もうちょっとゆっくり話せばよかったね。頭の悪い人への優しさが不足してたよ」


 そのあとマッチョは怒りを爆発させ、今こういう状態になっている。


「もう一度言ってみろよ!? 地球人アースマン


 鼻息が荒い。そしてうっすらと手から青い光が漏れ出している。


響は冷静に分析した。

なるほど、これがサイキックウェーブか、道理で軽々と持ち上げられたはずだ。


 いやー、この力で殴られたら、俺一発で終わりだわー。


 続いて周囲を確認してみる。誰も彼も一体なにがあったのか気がついていない。

 ざわめきのあるカフェテラスと下品な笑い声を上げていた彼らのおかげで、さきほど響が言った言葉はかなり近くにいた生徒にしか聞こえていなかったようだ。


 つまり、よくわからないけどいきなり大声をあげられて掴みかかられている転校生、という構図なわけだ。


「もう一度? え、ホントに言っていいの? みんなに聞こえちゃいけないと思ったんだけど……」


 響は慌てず騒がず、今度は誰の耳にも聞こえるくらいのボリュームで話し始めた。

この転校生が何を言ったのか、誰もが静まり返って待っている。

響は、その場の全員の視線が集まったのを確認した上で、優しく言葉を続けた。


「君、鼻毛出てるよ」


 カフェテリアが静寂に包まれた。

 ショッキングでハラハラするような、あるいは日常を賑やかにするような暴力的な騒ぎの光景から一点して訪れた静寂。


 状況を理解したマッチョは慌てて響の胸元を離した


「ぶふっ……!」


 どこからか、息を押し殺すような音が聞こえた。よし、もう一押しだ。


マッチョの顔が赤くなっていく。だが、もう少しすればまた怒鳴ってくるだろう。そうすれば最初の状況に逆戻りだ。そうはさせない。


「あ、そっか! もしかして宇宙ではそれが流行ってるの? 長ければ長いほどイケてる、みたいな感じか! ……ゴメン、田舎者の地球人アースマンだから、知らなかった。いやー、文化って多様だね!」

 

 人当たりのいい笑顔のまま、響は焦ったように口にした。


「……ぷっ……!」

「鼻毛……!」

「ダメだよ……笑っちゃ……!

「……でも……!」

「カッコ悪いだよ!! ワハハハハッ!!」

「ぷー、くすくす!」


 一部友人のナイスアシストもあり、カフェテリアは一斉に笑いに包まれた。人は沈黙のなか急にはさまれた滑稽さに弱い。葬式の坊主のカツラが取れたときに笑いそうになってしまうあの現象だ。


 そして、人は人が笑っていると笑う。集団のなかで個が見えにくくなるので、マッチョを恐れる気持ちも薄れる。


「……てめぇ!!」

「ごめんって! 知らなかったんだよ!!」


 真っ赤になったマッチョは大声を上げたが、もう意味はない。ただ可笑しいだけだ。みんなが彼を笑った。


鼻毛が出ていることを指摘されそれをムキになって否定する男。しかも普段はふんぞりかえって偉そうにしている体育会系。


 これはかなり滑稽なものがある。また、彼はこのように他人に笑われるのに慣れていないため、どうすればいいかわからず動けないでいる。


 そして、ここからがスタートだ。


「……と、さて。それはさておき皆さん」


 響は制するように両手をかざし、笑い声をあげる生徒たちの声が静まるのを待った。

 今、この場を支配しているのは響である。くだらないきっかけではあってもそれに間違いはない。


「このマッチョ、乱暴でひどいヤツだよな?」


 たっぷり注目を集めた上で、いきなり核心に触れた。カフェテリアに集まっていた生徒たちが、再びざわめくのを感じる。


「……っ!」


 マッチョたちは、怒りからか恥ずかしさからか息を荒くし肩を揺らしながら、だが黙っている。


「俺さー、良くないと思うね、そういうのは。なんでそんな攻撃的なの? 欲求不満? 思春期は大変だなぁ」


 響はさきほどまで押さえつけられていた少年を助けおこし、飄々と述べた。その言葉に、また何人かがクスクスと笑う声がした。



 彼らが学校やパーティの場で権力を持っているのは恵まれた運動能力や容姿、そしてそれによって生じる自信のためだ。


自分たちは優秀である、自分たちは美しい。だから偉いし正しい。ゆえに図々しく傲慢になる。

一方でそうでもない人たちは、自分たちは劣っている。だから彼らには逆らわない、そう思い込む。


 だが、それは間違っているし、響には関係がない。そして今、みんなの前で笑い者にしてやったことで一時的に彼らの権力は衰えている。


 しかも、なにせ今日転校してきたばかりなので、誰も響がどんな人間なのかを知らない。ヒエラルキーの『外』にいる。だから言いたい放題だ。


 響はゆっくりとマッチョ及びその仲間たちの周りを歩き、周囲に視線をやる。

そして、まるで芝居を演じるように続けた。


「みんなそう思ってるけど、言ってないだけだ。だろ?」


 実際他のみんながどう思っていたかは知らない。人は慣れるものだから、当たり前のものだと思っている人もいただろう。


だが、今このような発言を聞いたことで、こう考える者も出てくる『そういえば、結構ひどくないかあいつら。別にいたぶられてヤツみても面白くないし。だってみんなそう思ってる、って言ってたじゃないか』


そして彼ら自身もまた、バツが悪くてやりづらくなる。

少なくともしばらくの間は彼らの傲慢な振る舞いは抑制されるだろう。


「そんなわけで、えっと、名前なんだっけ? ……あ、うんわかった。反省するといいよ。ラフ君」


「……このっ……」


 言い放つ。ポイントは少しも照れずに恥じずに堂々と言い切ることだ。これが少しでもぶれると、こっちが正義感ぶっておかしなことを言っているやつだと思われてしまう。


 響はマッチョとその仲間たちに近づき、その横をすれ違った。そのときについでとして、再び小声に戻り、耳元で告げる。


「よく手入れされた鼻だね」


 気にしていたらかわいそうなので、本当のことを教えてあげた。少し飛び出た鼻毛なんて、遠くからみえるわけがない。別にきっかけはなんでも良かったのだ。


 そしてそのまま彼らに背を向けて、カフェテリアの出口へスタスタと歩いていく。

 何気ないふりをして、前方の席に座りこちらに注目している女子生徒の顔を確認しながら、だ。


「……ふーっ……! ふーっ……っ! この……!」


 響が五歩ほど歩いたところで、背後から唸るような声と何かを掴む音が聞こえてきた。どうやら今やっと自分がおちょくられていたことに気がついたらしい。


 そのうなり声はやや遠い。飛び掛ってくるわけではなさそうだ。

 だが少しして、さきほどから注目していた女子生徒の顔が『ひっ』と歪み、両手で顔を覆うのが見えた。このために彼女を見ていたのだ。ちなみにさきほど聞こえた何かを掴む音だが、『何』を掴んだのか大体わかっている。


「!」


 即座に響は左にサイドステップをする。同時に右腕を広げ、手のひらを後ろに向ける。

 

響が昨日アマレットに『俺わりとなんでも出来る』と言ったのは嘘ではない。タイミングと方向がわかれば、不可能ではない。


バシン!!!


乾いた音が鳴り響いた。


「危ないな」



「なっ……!?

 響は背後から飛んできたボールを、彼が投げつけてきたSフットボールとかいう球体を片手でキャッチしていた。周囲の生徒たちはそれをみて歓声をあげた。


 

 サイキックウェーブが込められていたと思われる青く光るボールはなかなかの衝撃であり、かなり手が痛い。でもその程度だ。


彼らだって殺人者にはなりたくないだろうから新入りの地球人に投げつける球なんてタカが知れている。要は背中に当ててそれなりのダメージにはなればいい程度だ。


 ついでに言えば、正直キャッチできたのは運が良かった。五回に一回くらいしか成功しないだろう。

仮に取れなかったとしても左にサイドステップをしたことで当たりはしなかったのでそれはそれでいい。でもせっかく取れたので余裕たっぷりに振舞ってみせる。


「このに当たったらどうするつもりだ?」

「……おまえ……!!」


 響は一番近くにいた女子生徒に笑いかける。

彼女は照れたようなはにかみをみせてくれた。


続いて、驚いているマッチョにボールを軽く投げ返す。右手が痛いし痣が出来ているようなので、ポケットにいれてそれを誤魔化す。


「感知スキルか……?」

「すげぇ。サイコメトリーじゃねぇかな」


 そんな声が周りから聞こえてきた。好意的な勘違いは大いに結構なので、あえて否定はしない。


「じゃあな」


 響は軽く左手を振り、呆然としている一同を背にカフェテラスを後にした。


「……あー、痛い!! 痛い!! 痛すぎる!!」


 廊下で一人になると右手を押さえ、声を殺して叫ぶ。だが、一方で響はこうも考えていた。


 これくらいやっておけば十分だ。多分、食いついただろう。

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