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てのひらに星雲を  作者: Q7/喜友名トト
シーズン3~夏休み編~
55/70

素敵なお名前ですね

 カクとは別行動をとることにした響は華星の中心地であるジェネヴァの街にやってきていた。この星で行きたい場所は色々あるのだが、とりあえず女の子と出会いたいという観点から言うと、一番適した場所であるように思われた。


 ジェネヴァは賑やかな観光地でありつつも古都の香りが漂う美しい街であり、一人でうろうろするだけでもそれなりに楽しめたが、中央広場にやってきた響はあたりを見渡した。


 それはもちろん、可愛い子がいないか確認するためだったのだが、そこで一人の女の子が目についた。


 可愛かったから、というのではない。いや可愛いことは間違いないのだが、それは彼女に注目してから気が付いたことだった。


 その女の子は、響が名前を知らない一輪の花を髪にさして、とても楽しそうに街を歩いていた。目に映るものすべてに感動するように瞳を輝かせていた。だからつい視線を奪われたのだ。


 白を基調としたポンチョのようなものを着ていて、他の華星の女の子とは違う雰囲気。

 しかし服や靴の質感やよく手入れされボブに切り揃えられた黒髪は、彼女の気品を伝えてくる。


 陶器のような白く美しい肌と、整った顔立ちがみせる無邪気な感動の表情は、百合の花のようだった。


 そんな彼女は次に誰かを探しているようなそぶりをみせ、そのあと表情を少しだけ曇らせた。


 なんだか少し、寂しそうだ。


 と、思った瞬間、すでに響は彼女に声をかけていた。不安そうな女の子に声をかけるのに特別な理由はいらない。ましてその子が可愛ければなおさらである。


「ねー君、どうしたの?」


 街の中央広場にいた女の子は、ちょっとだけ遅れてこちらに振り返った。


「あ……!」


 彼女がこちらを見た瞳は、響の予想とは違うものに変わっていった。何故か、いきなり瞳の輝きが増して、春風を思わせる笑顔を浮かべている。


 女の子は笑顔が一番。と常々思っている響なので、彼女のそうした表情と雰囲気は響の心に直撃した。


月並みな表現でいえば『ドキッとした』というのが一番ぴったりで、胸が弾む。

 心地よい出会いの緊張と高揚を感じていた響に対し、少女は我慢できない、という風に口を開いた。


「あなたは……!」


「え?」


まったくわからない。何故初対面の女の子にこんなに嬉しそうな反応をされるのだろう。

 もしかして、前に会ったことがあるのか? と一瞬だけ思った響だったが、その考えはすぐに打ち消す。宮城響このおれが、一度会った女の子を忘れるわけがないのである。



「あ、あなたは……初めてお会いしたお方ですね。はじめまして! ごきげんよう!」

「ご、ごきげんよう」


 女の子はややクラシカルな銀河公用語を使った。つられて、響も変な言葉遣いになってしまう。


「えっと……」

「はい! 私に御用ですか?」


 やや食い気味に響の言葉に答える彼女。やはり目はキラキラしており、顔を近づけてくる。


「あ、いや。用ってわけじゃ……」


 そこまで言いかけた響は一度言葉を切った。なにやら不安そうだったから声をかけてみた女の子だったが、どうやらそれは自分の気のせいだったらしい。じゃあどうしよう?


 そういえば俺は女の子をナンパするつもりだった。ということを思い出す。

 じゃあ、この子ダメ元でいってみよう。ナンパというのは(たとえ響であっても)100発100中で成功するようなものではないが、物は試しだ。


「な、なんでも仰ってください」

「俺と遊びません?」


「はい! 遊びたいです!」

「えっ」

「えっ」


 即答だった。思わず、聞き返してしまったが、それにさらに聞き返されてしまった。

 実はこれは、響の人生において初めての経験である。つまり、女の子のほうに驚かされた、という意味で。


 みれば彼女は大粒の宝石のような瞳に期待の色を浮かべ、響の言葉を待っているようだった。


 あれ? まじでこの子どうしたんだろう? 反応がよすぎる、初対面のはずなのに好感度メーターがいきなり上昇している。まだ、なにもしていないのに?


 響は人からは美少年だのイケメンだの言われることもあるし、初めての女の子にも良い印象をもたれることもある。しかしさすがにここまでのリアクションは想定外だった。



「あの、どうかしたのですか?」


 小首をかしげ、無邪気な表情をみせる少女。

 そこで響は気を取り直す。

ちょっとびっくりしたけど、まあ結果オーライだ。もしかしたら、俺がこの子の好みのタイプにどストライクだったのかもしれないし、たまたまこの子がメチャクチャ暇していたのかもしれない。あるいは、たんに物凄い純粋な子なのかもしれない。


それに、せっかくナンパに応じてくれたのだ。しっかり楽しんでもらわなければ宮城響の名がすたるというものだ。


なので爽やかに微笑みかけ、いつもの調子で言葉を返す。


「なんでもないよ。君が可愛いからびっくりしただけ」

「し、知りませんでした。私、可愛かったのですか……! 驚きです……ありがとうございます!」


 驚きつつも、にっこりと嬉しそうに笑う少女の言葉はかなり不思議なものだった。


 やはり独特な少女らしい。しかし響はもういちいち戸惑わない。これはこれで新鮮で楽しいし、魅力的だ。


「うん。えっと、俺、旅行者なんだけど、君は?」

「はい。私はスーズ・パス……、スーズと申します」


 響は『君はこの辺の人?』と聞いたつもりだったが、彼女は名前を名乗った。スーズという名前ファーストネームらしい。パス……と言いかけたのは多分名字ファミリーネームなのだろう。


「よろしく、スーズちゃん。俺は響」

「ヒビキ様、ですね! ヒビキ、とはどういう意味の言葉なのですか?」


 様。という銀河公用語の尊称を使われたのは始めてなので多少驚いた響だったが、やはり気にしないことにした。


「俺の故郷では、音とか声が伝って広がる、みたいな意味だよ」


 答えつつ思い出したが、カク・サトンリーの『カク』は翠星の古い言葉で『幼き者を守る武人』という意味である。ハードロリな彼の名前としてはなかなかエッジが利いている。


 などと、関係ないことを響が考えている間、スーズは小声で何度か響の名前を呟いていた。

 瞳を閉じて、まるでオルゴールでも聞くような表情で、『ヒビキ』という音を心にしみこませているように見える。

 

「素敵なお名前ですね」


「さんきゅー。スーズさて、じゃあ、どこいこうか? お腹は空いてる?」

「お腹……? むむ……うーん。……はい! すいてるみたいです」


 スーズは童顔にむつかしい表情を浮かべつつ自分のお腹に手を当てたあとで、元気よくそう答えた。仕草の一つ一つがまるで子どもみたいで、ほほえましい気持ちにさせられる。


「そっか。じゃあまず昼飯にしようか。名物料理を食べながら今日の予定を立てたり、お互いのことを話したりしよう」

「な、なるほど。……ではお話をしながらお食事をする、ということですね。……とても素敵です!」


「? えっと、じゃあ行こうか」

「はい! 行きます!」


 誰かと話しながら食事をとるのがそんなに珍しいのだろうか。華星でも何件かレストランに入ったが、別に普通の光景だったように思う。もしかしたら、彼女はすごい厳格の家庭で育ったりしたのかな? 


 そう思った響は、一瞬『自分は彼女によくないことを教えているのでは?』と感じたりもした。しかし彼女をみるとそんなことはない、と自信が持てる。


 スーズは本当に嬉しそうで、早く早く! と言っているかのように足取りも軽やかだ。

 あんなに素直で素敵な女の子が無邪気に喜んでいるのだから、それが悪いことのはずがない。


 響は華星旅行がさらに楽しいものになる予感を覚えつつ、スーズと一緒に歩き出した。


※※


「ローゼス、あの女が逃げたというのは本当か?」


 ローゼス・フォアの優雅なティータイムにやってきたエライジャ・クレイグの言葉は相変わらず粗野なものだった。数秒前にはその光景が予知できていたとはいえ、やはりあまり気分のよいものではない。


 役にたつから置いてやっているだけのクレイグは『あのお方』に対する敬意の念が足りないようだ。


「クレイグ、口を慎みたまえ。スーズ様は、君とは比べ物にならないほど高貴であり、尊重すべき方なのだよ」


 華星の旧家の生まれであり、現在はとても大事な役割を任せられているローゼスからすれば、クレイグの言動は目に余る。


 だが、クレイグはたしなめる言葉に対して鼻をならし、言葉遣いを改めることはなかった。


「はっ、あの女が? よく言うぜ。あれが尊重している人間に対する扱いかよ。……で、どうなんだ? 出て行ったというのは本当か? それなら何故お前はそんなに落ち着いている?」


 クレイグはたしかに有用な人物だが、厳密な意味ではローゼスの同士とはいえない。だからこの件についてはすべてを懇切丁寧に語る必要はないのだが、この男は存外にしつこい。


 そう考えたローゼスは一杯目の紅茶を飲み干し、答えた。


「スーズ様がここを出られるよう手配したのは私だよ。もちろん、すでにお戻りいただくよう人を出しているがね」


「なんのためにそんなことをした?」

「スーズ様は先日、『力』を発動された。だが、その中身を私にはお話くださらなかった」


 スーズは監視下に置かれている。本人は知らないが、彼女が『力』を発動すれば、ローゼスに伝わるようになっている。


たが、彼女がみたビジョンまでは話してくれなければわからない。


「ああ? なんでだ?」


「理由はわからない。この重要なときに気まぐれをされるとは、困ったものだ」


 こんなことは初めてだった。ローゼスがスーズを任されてから十数年、彼女はいつでもローゼスや同志たちの希望に答えてくれていた。それが何故『あの方』の復活が近い今になって口を閉ざすのか理解できなかった。せっかくこれまで丹念に『教育』してきたというのに。



「拷問でもして吐かせればいいだろう。今更それくらいなんだってんだ」


 クレイグの言葉はある意味ではもっともだと言える。実際ローゼスもそれは考えたし、その場面を想像して興奮もした。


だが冷静に考えれば、あまり効率的とは言えない。今後に差しさわりがあるかもしれないし、もし勢い余って殺してしまったら取り返しがつかない。


「……口を慎めといったはずだぞクレイグ……そんな必要はない。スーズ様は幼い。自由を与えられれば、ご自身の行動で我々に未来を教えてくださるだろう……くくっ。もっとも、恐ろしい外の世界に怯えて、ご自身で戻られるかもしれないがね」


 スーズの力はまずビジョンとして発現するようだが、あの手のサイキッカーは大抵の場合優れた直感を持っている。ならば、泳がせれば自然と運命に近づくはずだ。ローゼスはそう確信している。


「スーズ様をここに戻すのはそれを確認してからで十分だ。もちろん、外でスーズ様と接触したものは殺す。そしてその後は、これからも変わらない生活をしていただく」


「……恐ろしい外の世界、か。……ローゼス。お前、本当はあの女のことをどう思っているんだ? 」


 なにやら含みのあるクレイグの言葉にローゼスはため息をついた。

 やれやれ、何もわかっていないようだ。


「決まっているだろう? クレイグ、私はね。スーズ様のためなら、なんでもするよ」

 

 私はいずれ尊きあの方の後を継ぎ、王子プリンスとなるのだから。自分はスーズとは違い、ごく近い未来しか読めないが、それでもこれは確定的な未来のはずだ。


「なんでも、か」

「ああ。……くくくっ」


 ローゼスは薄く嗤い、ティータイムを終えた。


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