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てのひらに星雲を  作者: Q7/喜友名トト
シーズン1~ 転入編~
5/70

なんで俺が喧嘩しなきゃいけないんだよ

※※


副学長室での用事を済ませた響はしばらく校内をぶらつくことにした。授業選択やガイダンスなどは午後に担当教官の指導のもと行うことになっているので、それまでは少し暇なのだ。


 もう授業が始まっているのか、さきほどまでとはうってかわって廊下を歩いている学生の数が少ない。どこか適当な教室に入って講義を聴いてみようかとも思ったが、せっかくの自由時間なので隅々まで校内を見学することのほうを優先することにした。


 教室があり、廊下があり、スポーツコートがありクラブハウスがある。やっぱり学校というものはたとえそれが異星人によって建造されたものであろうとも、基本的には同じような作りをしているものらしい。


 ただ、細かいところはだいぶ違うようだ。


廊下に設置されている学生用と思われるロッカーには鍵穴がなく、タッチパネルのようなものがついている。


除いてみた教室では黒板の変わりに3Dモニタが使用されており、学生はノートの変わりに空中に浮かぶホログラフにメモを取っている。


グラウンドのコートで行われているスポーツはアメリカンフットボールのようにもみえるが、選手が異常なスピードで動いているし、ボールがおよそ物理を無視した軌道で飛んでいる。選手の体やボールからが放っている青色の光から察するにサイキックウェーブの使用が前提とされている競技なのだろう。


 少し歩くと武道場のようなものもある。近くを通ると中からは黄色い声が聞こえてきた。


 なにか室内スポーツでもしているのだろうか? 女の子のものと思われる掛け声や、ざわめきが響の興味を引く。


「あっ……ダメ……!」

「センセー、痛いです……!」

「キャッ……! そんな……! 怖い」


 ほう。面白そうではないか。ふむ、ちょっと見学してみるか。


響は、下心9割5分くらいの気持ちで、背伸びをして、武道場の窓に顔を近づけた。


室内には、刃にあたる部分が光っている刀状の物体を用いて剣道のようなスポーツを行っている女子生徒たちが沢山いた。もしかしたら星雲騎士団養成課程の女子クラスなのかもしれない。


試合をしているわけではなく、素振りをしているようだ。だからなのか、特にプロテクターの類は着用しておらず、みんな体操服を着ている。


体操服。である。しかも下はホットパンツである、

みな健康的な太ももを惜しげもなく晒し、上半身のある部分を揺らしていた。


「ほう……」


 響は顎に手を当て、声を洩らした。

体操服というのは、体のラインが出る。さらに生地の柔らかさがなんとも素敵だ。


 宇宙に無数に存在する都市型居住区・タートルにはある決まりがある。すなわち、もっとも近隣の惑星の文化を取りいれる、ということだ。だからショートパンツではなくホットパンツという服装は地球の文化を採用したものだと考えられるが、微妙に時代がずれているように思える。


 どうやら、このタートルを建造したときの責任者の誰かがなにか勘違いしたのだろう。いや、そいつがゴリゴリのロリコンで意図的にホットパンツを採用したという可能性もある。


誰かは知らんが、なかなかいい働きをしたではないか。俺が例の目的を達成した暁には、褒めてやる。


 響はそんなことを思いつつ、少女たちを一通り眺めることにした。


「えい! えい!」


 そんななか、一人の女の子が響の目につく。


 黒髪のサイドポニーテールというヘアスタイルや、純情そうな童顔が愛らしい。ホットパンツから覗く太もももはほどよくキュッとしていて非常にさわり心地がよさそうだ。


が、響がその少女で視線を止めたのは、彼女が美少女だったからではない。


「えい! やあ!」


 懸命な掛け声とともに振るうサイドポニーテールの彼女の剣は、他の少女と比べて際立って鋭かった。よく見れば、刃の面の輝きもやや強い。

 


 響自身、ある事情から『それなり』には剣や武道の心得がある。もちろんサイキックウエーブを用いて行うこちらの格闘術とは違うし、多分勝負にもならないのだろうが、彼女の剣がほかと違うということくらいは理解できた。


 また、腕そのものに加えて、やたら一生懸命だな、という印象も受ける。淳で真っ直ぐな瞳と爽やかや汗が眩しい


 やっぱりここはあくまでも学校なわけで、格闘技やスポーツだって授業の一環に過ぎない。だから他の女生徒はどこかお気楽そうに見える。が、彼女は違う。まっすぐに前を見て、綺麗な雫を額に浮かべていた。

 

「響どんはあのが好みだか? たしか同じ学年のリッシュなんたらっちゅう子だ」


 急に背後から聞こえた声。その接近に気がつかなかったことは響としては不覚だが、それでも慌てず騒がず振り向くことにした。


「……お前」


 響は声の主に視線をやった。大柄で筋肉質な体と浅黒い肌、太い眉毛。そのわりには穏やかな声色。


 ずいぶん成長していたが、それでも、それが誰かと言うことを響は即座に理解した。


「おー…! カク! お前、カクだろ? でかくなったな」


 その大男は、響にとっては幼馴染ともいえる人物、カク・サトンリーであった。


「ひさりぶりだべ。響どん」


 見上げるカクは、本当に大きくなっていた。物理的な意味でだ。

響の身長は179センチだが、カクはそれよりも頭二つは大きい。しかも体脂肪率が少なそうなマッチョ体型である。さすがは体格と戦闘能力に優れた翠星人すいせいじんである。


「なんだよお前、今授業中じゃないのか? サボリ?」


「人聞きがわりぃべ。オラは二限は最初から授業いれてねぇだけだ」


 カクは後頭部を掻きつつ、ニカっと笑う。その笑顔は、昔から変わらない。だが本当に逞しくなっている。


 カク・サトンリー。この少年というには大きすぎる男は、昔は地球に住んでいた。


正式に星雲連合が地球にコンタクトを取る以前、騎士団に所属する彼の父親は地球の調査を命じられ日本に潜入していたのだ。


当時は異星人の存在は認識されていなかったので、カクの父親はごく普通の中年男性を装っており、その息子であるカクもまた、普通の日本の子どもとして生活していた。響とで出会ったのはそのときだ。


あとから聞いた話だが、カク自身、自分が異星人であることを知ったのは9歳のときだったそうだ。


だからなのか、カクの公用語は少しおかしく、なまっている。アカデミーに通う学生のはずなのに、


「響どんが、今日からこっちに来るって聞いてたから、オラ探してただよ。けども、やっぱり女子おなごのところにいただ」


「なんだよ。お前こそ、覗ききたんじゃねーの?」


 響はしゃがみこみつつ、久しぶりに再会した幼馴染に小声で質問した。さすがに、この目立ちすぎる男と一緒では、武道場の中にいる女生徒たちに不審に思われかねないからだ。


「なに言ってるだよ響どん。オラは同級生なんかには興味ねぇだよ。二次性徴始まってるようなババァには興味ねぇだよ」


「お、おう」


 カクは自信満々にそんなことを言う。そういえば、こいつは昔からそうだった。あのときは彼自身が子どもだったこともあり、ギリだったが、今では完全にアウトだ。


 カクは穏やかで優しい常識人で、思いやりに溢れた男だが、この部分だけは猛烈にイカれている。


「そ、そうか。まあ、ひさしぶりだな」


「ホントだべ!」

「だな! よし! 今日は夜遊びしようぜ! なーに、軍資金は俺に任しとけ!! なのでこう……ポールダンス的ななにかが行われているところをだな」


 思わぬ旧友との再会で、響も少しテンションが上がってしまっていた。

 覗いていた武道場の女生徒たちは、そんな響たちの声に気がついたようで、不思議そうにあたりを見渡している。おそらくすぐに響たちが覗いている小窓に気がつくだろう。


「……響どん、もう昼だよ。とりあえずメシでも食いに行こうと思うんだが、どうだべ?」

「……そうね。爽やかナイスガイな俺としては、もう少し別の形で顔を売りたいところ」


 響とカクはすみやかに意思疎通を果たすと、その場を後にした。声を殺してすみやかに去っていくカクを見て、響は少し頼もしい気持ちになった。


※※


カクの話によれば、オリオン・アカデミーの学食は非常に人気があるそうだ。なるほど、様々な

星の名物メニューを豊富に取り揃えたラインナップは非常に魅力的に思える。

 

 カリカリに焼かれた巨大すぎるベーコン、オレンジ色のスクランブルエッグ、不可思議なほど柔らかなパン、注ぐと色が変わるオレンジジュース。なんとも形容しがたいシチューのような皿にはゴロゴロと大きな肉が入っている。まるで一流ホテルのバイキングのようでもある。


 それが豚肉なのかも知らないし、何の卵なのかもしらない、そもそもパンといっていいのかどうかもわからない。


 でも、どれも非常に旨そうで食欲をそそる。

 やっぱり、ある程度は地球の食文化を考慮して作られたメニューらしく



「あ、それは大盛りでください。お姉さん」


 響は、40代後半と思われる女性にそう伝えた。別にお世辞ではない。響は基本的に女性が好きなのだ。


 言われた彼女は、あらあら、仕方ないわねぇ、とマッシュポテトのようなものをガッツリとさらに盛ってくれた。彼女が照れたように笑ってくれたのは多分気のせいではないだろう。


「響どんは、よく食うだなぁ」

「俺は頭使って生きてるからな。つか、お前のほうこそそれ取りすぎだろ。それはなんだ?カツ丼か?」

「オラは騎士課程取ってるから。これくらい普通だべ」



 そんなことを言いつつ、響とカクは学生がたくさんいるカフェテラスの一角に席を見つけて座った。


「待ってただよ。響どん。……で、なんだべ。その、本気で首席で卒業する気だか? 殺される確率のほうがはるかに高いと思うだよ」


 カクはどんぶりメシをかきこみながら、そんなことを言ってきた。久しぶりに会ったこともあり、カクは響の本音を聞きたいようだった。


ちなみに、幼いときに別れたカクには、あのときに正直に目標を告げている。カクは少しだけ、不安そうな表情に見えた。


「当たり前だろ。俺は負けるのが大嫌いなんだぜ。でも、ガリ勉はしない。今日ブラブラしただけでも、可愛い子を45人も見つけたらからな! まあ見ていたまえカクくん。来週末までにはベッドをともにする女子の一人や二人……お? これ旨いな」


 響は次々と色を変えるジュースを飲みつつそう答えた。なにも迷うことはない。


「ははっ。響どんはかわらねぇだな」


 カクは、少し嬉しそうにも見えた。



「変わったからこーなったんだよ。……知ってるだろ? 勇者ヒビキと呼んでくれてもいいんだぜ」


 響はカクがイメージしている時点より過去の自分について思い出し、そんなことを言った。

 カクは響の父親である余市が存命だったころからの友人でもある。


「いやー、響どんは多分生まれつきだべ。ただ表に出てきただけだぁ」

「そう? まあ別にどっちでもいいけどさ」


 幼馴染同士が昔話に花を咲かせているそのときだった。

 

 カァン!!


 多くの学生が食事をとっているカフェテラス内の一角から、なにやら衝撃音が聞こえた。


「……?」


 やや離れた位置から聞こえたそれに、響は視線をやる。


 視線の先にいたのは、お揃いのジャージの上を着たマッチョな学生数人と、それに囲まれてビクビクと青くなっている一人の少年だった。さきほど聞こえた金属音は、少年の座っていたテーブルにマッチョが手を叩き付けた音だったようだ。


「おいオマエ、なんでここでランチとってんだ?」


 マッチョメンの一人が、必要以上に大きな声で言い放った。

その言葉に萎縮し、完全に小さくなっている生徒は、もごもごと頭を下げ、なにか話そうとしている。だが、その声は小さくて聞こえない。そんな様を見て、マッチョメンの一団はなにが面白のか下品な笑い声を上げた。


「なぁ、聞こえねーのか? ああ?」


 マッチョはヘラヘラと少年をあざ笑い、手にしていたハンドボールくらいの大きさのボールを少年の頭に軽くぶつけ、彼の頭部でバウンドしたボールをキャッチする。

 随分ボールの扱いに手馴れている。スポーツ選手なのかもしれない。



 少年は力なく笑い、彼らに詫びているように見えた。



「おまえさぁ、ちょっと最近調子に乗ってるよな?」

 

 マッチョは、ニヤニヤと笑いつつ、少年のテーブルに置かれていたスプーンを手に持ち、プレートに置かれていたマッシュポテトをスプーンにすくうと。


 それを彼の顔面にぶちまけた。


「ご、ごめん……」


 少年は、自分の顔にたっぷりとかかったソースやポテトについては何も言わず、ただ力なく彼らに謝罪した。


 驚くべきことに、そんな光景をみて、マッチョたちはニヤニヤと笑っていた。


 心底楽しいと言うように、だ。


 そして、カフェテラスにいる学生たちは、それを眺めつつも、至って無反応だ。いや、中途半端な笑みを浮かべるものや、マッチョたちを称えるように歓声をあげるものすらいる。数人ほどは、居心地が悪そうに俯いている。



「……カク。あいつら、なんだ?」

 

 響は、対面に座っている幼馴染の大男に問いかけた。


「ああ。Sフットボールのレギュラーで、たしか全員、華星人かせいじんだったと思うだよ。で、あっちのヤツは琴星人きんせいじんの子だ」


「ふーん……」


 Sフットボールという競技は知らない。さっきグラウンドでやっていたスポーツだろうか。

 多分あれは授業でやっていたものだから、それとは別に部活動クラブチームがあるのかもしれない。



「なるほど」


 響は、それでなんとなく理解した。

 多分、あのマッチョたちは、女子にモテるのだろう。そしてサイキックパワーの使用を前提としたスポーツの選手であるということは、肉体的にも能力的にも優れているということだ。オリオン・アカデミーがエリート校であることを踏まえれば、標準的な連合加盟星の星人よりも能力は上だろう。


そして、発言力も強い。また、そういう者が集団でいるが故に、無敵だ。ありていに言えば、カースト上位者である、とも推測できる。


 一般的に学校という社会にはそうした序列があるものだ。が、響の知る限り、これほど目に見える形で、はっきりと存在しているものは少ない。

 

 なるほどな。


 響はなんとなく理解した。多分、ポイントは、人種、いや『星種』だ。ただでさえこのような人間関係が生まれやすい学校という環境で、そこにさらに別の要素が加わることは、今目にしている現象を生むのかもしれない。


 普通の学生同士でもそうなのだ。


「はっ、まぁいいや。もったいねぇだろ。食えよ」


 マッチョの一人が、青くなっている少年にそう告げた。床を指している。

今、自分がぶちまけたマッシュポテトは一部床に落ちている。はいつくばってそれを食えと言っているようだ。


ウヒャウヒャと笑うその表情がとても印象的だった。


「……許してよ……」


 絡まれていたほうの生徒は、涙声でそういったが、マッチョたちはまったく意に介さない。それどころか、満足そうに微笑んでいる。



「なんだよ。食えないのか? ああ!?」


 固まっていたマッチョの一人が、固まっていた少年の髪を掴んだ。


「……ぅ……」


 痛そうな、そして悔しそうな、でもそれを隠すような声を上げる少年。その頭は押さえつけ、床に近づけていくマッチョ。


「ほら、舐めろよ」


 まるでゲームでもしているかのようなマッチョたち。

涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしていく少年は、それでも舌を出そうとした。そして、カフェテリアの誰も、それを止めない。


 少年の屈辱的な姿を横目で見る者、マッチョたちに歓声を送る者、色々だ。マッチョたちは、まるでこの世界の支配者のようにしている。



「お前、あれ、どう思ってんの?」


 響はオムレツを食べつつ、素朴な問いかけをした。


「オラは普段はあまりこっちのカフェテリアにはこねぇだよ。あいつらもオラがいるとは気がついてねぇだ。で、今はブチのめそうかと思ってるだよ。でも、響どんがいるから、しねぇだ」


 カクは冷静に、ごく当たり前のことのようにそう答えた。そして、響の反応を待っている。


「ふむ。あいつらは……五人か」

「あいつら結構ケンカ強いから、加勢するだよ」


 カクはカツレツを一切れ口に放り込み、咀嚼しながらそう答えた。こいつはこいつで泣き虫だった昔とは違うようだ。



「加勢? なんで俺がケンカしなきゃいけないんだよ」

 


響は平和主義者なのだ。自分の命が危ないならいざしらず、何故こんなアホみたいなことでケンカをしなくてはならない? それにサイキックスキルを使うマッチョ五人を相手にして無傷で勝てる気がしない。


「やらねぇだか?」


 カクはそんな響に、少し意外そうな顔をした。


「ああ。ケンカはしない。俺は疲れるのも痛いのも嫌いなんだよ。ダルい。汗は女の子と流すもんだ」


軽口を叩きつつ、ジュースを一気に飲み干す。そうしながらカフェテリア中を見渡し、必要なことを確認した。


そして今から起こす行動を決めた。


「でもまあ、せっかくだからな」


 響はプレートに乗っていたランチをすべて食べ終え、立ち上がった


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