本気じゃなかったことなんて
響の一日は忙しい。
サイキックAの講義を時間内だけで理解できるよう集中して聞き、物理の講義はサボって星雲史のテキストデータを読み込む。昼休みは自分の航宙機を整備課に持ちこみ、誑し込んでおいさた整備専攻の上級生女史に依頼してメンテナンスをしてもらう。その間、自分はシミュレーションルームにこもって操縦訓練。短い時間をみつけては保健室で昼寝。狙っている女子生徒たちへのコンタクトも欠かさない。
動き回っているだけあって、傍から見ると逆にフラフラ遊んでいるようにしかみえないかもしれないほどだ。そして、放課後にはアカデミーの講義時間が終了すると響は宇宙に出る。
「今日もよろしくね。ヒビキくん。……でも、毎日なんて、ほんとうにいいのかな?」
「おっけー。俺も暇だし、こうして毎日りっちゃんと過ごせて楽しいから問題ナッシン」
航宙機の後部席に座るリッシュに手をひらひらと振って見せる響。今となっては、この放課後の特訓は別の意味も持っている。
「よし、じゃあ今日はまずBブロックの障害物ゾーンを抜けようか。ナビよろしく」
「うん。ボク精一杯やるね!」
耳に心地よい快活な声を背後に聞きつつ、響は航宙機のコントロールレバーを握り、操縦系統を切り替えた。今では当たり前のようにモード『サイキック』で操縦が可能だった。
「ヒビキくん。右斜め前、距離3、大きさは、な、7だよ!」
「りょーかいりょかーかい! ほいっ!」
「わぁっ!!」
「サービスでスクリュー入れてみた。びっくりした?」
「もー。やる前に言ってよ。ボク、ちょっとびっくりしちゃった」
巡航速度で宇宙を行くグラスパー。響は、煌めく星々や青い地球を背景に飛ぶのが好きだった。純情健気な美少女と一緒ならそれはなおさらで、さながらドライブでもしているようでもある。
「りっちゃん、ちょっと慣れてきたね。この分なら例のアレの練習も結構時間とれそう」
言葉をかけつつ後部席を振り返ると、リッシュは星々の光にも負けないほど明るい表情をみせた。素朴に喜んでいることがありありとわかる。
「そ、そうかな? えへへ。良かった!」
素直なところがこの子のたくさんある美点の一つだよなぁ、と思わされる。
例のアレも彼女とでなければ出来ないことなので、ある意味では響とリッシュの相性は抜群だ。
期末テストの最終科目である宙間機動試験は宇宙を飛ぶレース形式のものだが、他機への攻撃も安全な範囲で許可されている。未知の危険生物や海賊と遭遇することもある宇宙飛行に必要な能力を身に着けるアカデミーならではの試験と言えよう。
例のアレ、必殺技。それをマスターすることは響にとって勝利の条件であり、さらにリッシュとの仲を進展させる重要なピースだった。
「あれ? ヒビキくん。アカデミーから四年次の学生全員あてにメッセージがきてるみたいだよ」
小首をかしげ、不思議そうにしているリッシュ。たしかに学年全員への一斉メッセージはなかなか珍しいことだ。だが、響は内容を知っている。わざわざコクピットの通信機で確認する必要もない。
「たいしたことじゃないよ。一部の人以外にはあんまりカンケーないから」
このメッセージは、期末テスト首位の者に授与する予定のPクリスタルを画像で紹介するものだ。もちろんそれは、本当はただのPクリスタルなどではなく、響の持っていた『ミンタカ』である。ほとんどの学生は気が付かないだろうが、シャルトリューズは間違いなく気が付くはずだ。そして、その意味も。
「うん? そっか。じゃあ、下に戻ってから見るね」
リッシュはあまり気にせず、空間把握を用いたナビに再び集中した。その瞬間である。
「!? ヒビキくん! 後ろ!!」
焦りを帯びたリッシュの声に響は振り返り、事態を確認した。だが、あえて何もしない。
直後、響たちの航宙機を別の機体が追い越していった。あえて機体をギリギリまで接近させ、振動を伝え、こちらを煽るようにだ。
「な、なんだろう……?」
リッシュはおろおろとしているが、予想はつく。
「おっと、ミヤシロとクライヌだったか。すまないな。あまりにそっちが遅いから、相対速度の計算を間違えたようだ」
通信機から聞こえる声は、鼻にかかった嫌味なもので、誰のものなのか丸わかりだ。機体のほうもわざわざ減速して、響たちの前につけている。
「よおオプティモ。君もトレーニング? 案外真面目なんだな」
前を行く高価そうな航宙機はオプティモのものだった。
「トレーニング? おいおいさっきのアレが、君たちのトレーニングなのか? 遅すぎてそうは見えなかったが?」
オプティモは皮肉っぽく嗤うと、響たちの航宙機の周囲を目障りに回った。
「あの程度で僕に勝てる気でいたとは驚きだな。地球人や杢星人は程度が低くて困る。アカデミーのレベルが疑われてしまうだろう?」
「ヒビキくんは、ボクにあわせてくれてるから……!」
嫌味たっぷりなオプティモの言葉にリッシュが反論しようとしたが、響はそれを止めた。
「いやいや。そりゃ悪かったなオプティモ。俺たち端っこのほうで飛ぶからほっといてくんね?」
「ふん。なんだ。もう僕との勝負は諦めたのか?」
「いやー、どうかなぁ、君はやっぱりすごいからね。とりあえずやるだけやってみるよ」
響はあえてヘラヘラと笑い、オプティモの挑発を受け流す。
「情けない男だなぁミヤシロ? 女の前で恰好をつけたが、やっぱり自信はないってわけか? 僕なら恥ずかしくて退学するよ。これに懲りたら、今後は分相応にしていろ」
「ははは。そうかもしれないね」
次々と見下した発言をしてくるオプティモに対して、響はただ力なく笑って答えた。
響の性格をある程度知っているリッシュは、意外そうに響を見つめていた。
「はっ、それじゃあなミヤシロ。言っておくが賭けの件は覚えておけよ」
オプティモは最後まで侮蔑的な態度を崩さず、はるか前方まで飛んで行った。多分、彼もトレーニングに来ていたのだが、見かけたので絡んできた、というところなのだろう。
「……あの、ヒビキ、くん……?」
鼻歌を歌いつつ上機嫌で操縦を続ける響に、リッシュが話しかけた。
「ん? どうしたのりっちゃん」
「んー。その、ちょっといつもと違うなぁ、って思って」
リッシュの言いたいことはわかる。彼女のことだからこんなことで響に幻滅したりすることはないが、不思議に思ったのかもしれない。だが響からするとこの態度は当たり前だった。
「今はムキになるより、言いたい放題させてたほうがあとで楽しいし、カッコイイからね! あー、期末テスト楽しみだなー」
航宙機でアクロバット飛行を繰り返しつつ、響は笑う。
「だって、どうせ俺たちが勝つから。でしょ?」
響は自分のことも、そしてリッシュのことも信じている。
再び後部席を振り返り親指を立ててみせる響に、リッシュは一瞬見惚れたような顔を見せ、元気よく答えた。きっと、響の気持ちが伝わったのだろう。
「うん! ヒビキくんと一緒なら、きっと!」
※※
宇宙でのトレーニングを終え、スペースエレベーターのロビーに戻った響たちを待っていたのは、17人の学生だった。
顔は違うのに、全員表情や立ち振る舞いは同じ。中身は全員執念深い老人なのだから当たり前だが、不気味な集団だ。
「えっ……? な、なんだろう……?」
エレベーターから降りた直後そのような集団に囲まれたリッシュは怯えた声をあげた。だから響は彼女の肩を抱き寄せ、しーっと、口元に手を当てた。
「ヒビキ・ミヤシロ。貴様の差し金か、あれは」
どうやら、わざわざ確認に来たらしい、意外とマメな奴だ。
「ああそうだよ。シャルトリューズ、だろ? お前ら」
特定の人物だろう、という確認を多人数に行う。それは異常なことだかこの場合は正しい。
「……気が付いていたのか」
学生の一人が声をあげた。どうせこいつもメインではない端末なのだろう。
「そっちは? 俺からのメッセージには気が付いた?」
リッシュには響たちの言葉の意味はわからない。だから、困ったようにしているが、それでも響を庇うようにして離れなかった。地味に嬉しいアクションである。
「正気とは思えないな」
今度は17人が同時に同じセリフを吐いた。異なる声色が重なり、奇妙な音となって聞えた。どうやら、そういうことも出来るらしい。
「面白いだろ? 宇宙を手に入れようとした連中の幹部が大真面目にガッコーの期末テストで勝負するなんて。それとも学生時代が懐かしいか? お爺さん」
「ダルモアを通じて不正をさせるつもりなら……」
それは不可能だぞ、とシャルトリューズは言いたかったのだろう。だがそんなことは百も承知だ。響は状況がわからず戸惑っているリッシュの肩を抱いたまま、歩き始めた。
17人の集団、その中心を悠然と通りながら、答える。
「不正なんて必要ないね。俺は、この子と一緒なら絶対に勝てる」
響を取り囲むようにしているシャルトリューズ『達』の視線が一斉に響を見た。まるで射貫くような鋭いその視線が集まるが、響は気にも留めず、前だけをみつめ、歩みも止めない。
「正々堂々勝負してやる、って言ってんだよ」
「私に勝てるつもりか?」
シャルトリューズはあくまでも余裕の態度だが、それは響も同じだ。
表情を崩さず、歩む方向の先にいた『シャルトリューズの一人』に向けて涼やかに語り掛ける。
「お前は自信があるんだろ? なら期末テストまで大人しくしてな。もし、俺や俺の周囲に何か仕掛けてみろ。俺はテストを待たずに『ミンタカ』を宇宙の彼方に捨ててやる。何億光年も離れた宇宙に探しにいく時間はお前にはないはずだ」
オーバーテレパスには制限時間がある。どれだけなのかはわからないが、シャルトリューズからすれば今最善なのは、期末テストで首位を取ることだ。笑えるが、事実だ
それを理解しているからこそ、シャルトリューズは集団で響を取り囲みつつも攻撃してこないのである。そして、これでアマレットやラスティの安全も保障された。
テスト中はその限りではないし、武装したグラスパーで宇宙を飛ぶ宙間機動テストなどでの危険は残っているが、今はそれで充分だ。
「……本気のようだな。地球の子ども風情が」
響は左手でリッシュの肩を抱き、右手はポケットに入れたままシャルトリューズとすれ違った。両者が放つ微弱なサイキックウェーブが交錯し、比喩的な意味ではない火花が散る。
「ああ。俺はな、シャルトリューズ。本気じゃなかったことなんて、一度もないぜ」
宣戦布告の言葉を背中越しに放った響は、振り返りもせずその場をあとにしたのだった。
あと6話くらいで終わりですー




