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てのひらに星雲を  作者: Q7/喜友名トト
シーズン2~期末テスト編~
44/70

要は勝てばいいのである

だれ場

まだ早朝、というべき時間に響を迎えにきたのは、二人の男だった。いや『男』というのは、多分そうであろう、という響の認識である。


 毛むくじゃらの大型犬のような人物と、大型の爬虫類のような人物。外見からは性別がわかりにくい彼らは、いずれもスーツを着ており二足歩行をしている。もちろん、本当に犬やトカゲというわけでない二人は、ダルモアの使いの者だった。


「すぐにダルモア先生がいらっしゃるから、少し待っててね。ミヤシロくん」


「はぁ。参考までに聞きたいんですけど、お二人はどこの星の出身なんですか? あとダルモア先生とのご関係は?」


 副学長ダルモアのオフィスに通された響はそんなことを聞いてみた。アカデミーの学生にもヒト型以外の異星人もいることはいるが、数が少ないためほとんど接したことがなかったのだ。


さらに言えば『ちょっと尻尾とか触らせてもらえます?』とお願いしたいところだったのだが、それはさすがに失礼というものだろう。彼らは単に人型ではない、というだけで人権を持った知的生物なのだ。彼らの星では彼らこそが普通で、人型の生物のほうが奇妙だった時代があったに違いない。


「二人とも弩星どせいだよ。星雲地理で習うと思うけど、あそこはいろんな種族が住んでいるからね。僕はカティ、こっちはサーク。僕らは君の先輩だよ。ダルモア先生がスピカアカデミーにいたころの教え子さ」


 犬っぽい方の人あらためカティが穏やかな口調で答えた。トカゲっぽい方は無言のままだ。


「すまないね。サークは無口なやつなんだ。でもこうみえても学生時代はPクリスタルを授与されたこともある優等生だったんだよ」


 響にも彼の言ったことの意味はわかる。

Pクリスタルというのはサイキックウェーブを増幅する効果のある結晶体で、星雲連合で使用しているデバイスの核となるものだ。昨日の朝、カクから聞いた話によれば、宇宙にいくつか存在するサイキックアカデミーでは賞状だのトロフィーだのの代わりにこれが学生に授与されたりするそうだ。


ちなみにオリオンアカデミーでは伝統的に学期末テストの最優秀成績保持者に与えることにしているらしい。


「すごいんですね」

 響はそんな事実を踏まえ、相槌を打った。


トカゲっぽい人あらためサークはテストで首席を取るほど優秀な人物らしい。そして多分、そんなサークと対等に見えるカティの方もだ。


 ダルモアが現在の状況で響の自宅に送る優秀な人間、ということは……


「ひょっとして、二人は別のアカデミーの卒業生で、星雲騎士団の団員ですか?」


「あれ? どうしてわかったのかな。うん。新人だけど一応ね。今日は非番なんだけど、ダルモア先生の頼み事だから」


 予想通りだったとはいえ、カティの爽やかな自己紹介は響を驚かせた。


宇宙に存在するサイキッカーのための学校がオリオンアカデミーだけではないことは当然なので、ポイントはそこではない。


「へー。初めて団員の人に会いましたよ」 


 星雲騎士団。響もその存在と名称だけは知っている。

星雲連合加盟惑星の治安維持や未開星域探査時の護衛、危険な宇宙生物の捕獲などあらゆる任務を請け負う『宇宙の戦力』。それが彼らだ。オリオンアカデミーにも入団を希望している者もおり、星雲連合の子どもたちの憧れの職業でもある。


「そうか。君はまだ宇宙に上がってきてから日が浅いんだったね」


 そう答えるカティの尻尾はフサフサで可愛いとさえ思えてしまうのだが、彼はこう見えても凄腕の航宙機パイロットだったり、超剣術サイキックソードアーツの達人だったりするのだろう。


「ええ、まあ。……ところで」


 二人に色々聞いてみたいこともある響だったが、今はそれよりも優先させなければいけないことがある、と思い直した。

 と、同時に副学長室のドアがスライドし、ダルモアが姿を見せる。


「おはようヒビキくん。カティ、サーク。二人とも休日にすまなかったな。もう帰宅してかまわない」


「いえいえ。オリオンの副学長に貸しが作れるなら喜んで。それじゃあ、ミヤシロくん。またね」


 カティは軽くウインクをして、サークは相変わらず無言のままで副学長室を去っていった。どうやらこの三人はそれなりの信頼関係があるらしい。教師と生徒、というよりは年の離れた友人同士のように見えた。この状況で響と接触させたのだから、ダルモアはよほど彼らを信頼しているのだろう。


「おはようございますダルモア先生。えーっと……」

「ああ、彼らのことなら心配いらないよ。とても信頼できる二人だ」


「でしょうね。それはいいです。一限目が数学なので、早く本題に入りましょう」


「そうか。君は講義をサボってばかりだと聞いていたが、改心したならなによりだ」

「いや数学はちょっと理由があってサボれないんですよ」

「……? コーヒーでも淹れようと思ったのだが。地球産のいい豆だよ」

「それはいただきます」


 ダルモアと響はそんな会話を交わしつつテーブルを挟んでソファに腰かけた。


「……どこから話したものかな……」

「シャルトリューズってヤツについて教えてください。今やってることも」


 コーヒーを二人分注いだダルモアは思案顔を見せたが、響は端的な質問で説明を促す。


「……わかった」


 ダルモアは一口コーヒーを啜ると、言葉を慎重に選びつつ考えを話しはじめた。


 ダルモアはもともと星雲連合の外交官であり、今ではオリオンアカデミーの副学長を務めるほどの男だ。当然頭は切れるのだろうし、知識も深い。彼の推測は、響にとって現状ではもっとも信頼できる情報だ。



「たしかに、シャルトリューズは死んでいた。だが死の間際に洗脳感応オーパーテレパスを使用したのだろう」


「オーバーテレパス?」


術者ユーザーの意識を別の対象に完璧に入り込ませるサイキックスキルだよ。これが使えるのは今ではシャルトリューズ一人だろうね」


 それは響の予想通りだった。やはり、感覚的には『憑依』に近い。


「それは、本人が死んでいても効果が継続するものなんですか?」


「……発動時のサイキックウェーブが切れない限りはね。だが、普通ならすぐに効果が切れてしまうはずだ。……おそらくヤツは監獄プリズンコロニーのなかで十年以上もかけてサイキックウェーブを高め続けていたんだろう」


 ダルモアの言葉に響は背筋が冷たくなったのを感じた。宇宙の果てにある監獄用のタートルで、十年以上もサイキックウェーブを高めるなんてことが、果たして人間に可能なのだろうか? そう思わされる。


「……監獄プリズンタートルからの脱獄を試みたものはいない。仮にエネルギーウェーブの牢屋を破っても、周りは宇宙空間だし、機械化された施設では人質にとれるような看守もいないからね」


「だから、誰もシャルトリューズの異常行動を気にしなかった、ってことですか」


 脱獄不可能な監獄のなかで囚人が十年以上もサイキックウェーブを高め続ける。それは異常な行動だ。狂った、と捕らえられてもおかしくはない。だが、あえて止める必要もないことだったのかもしれない。


 だが、シャルトリューズの力が判明してもまだ一つ問題が残る。

 宇宙の果てにいたはずの彼が、何故オリオンアカデミーの学生を洗脳できたのか、ということだ。当然、テレパシーにも射程距離というものがある。何光年も離れた地球圏まで届くはずがない。

 

「でも、どうやってソイツは……」


 ダルモアは響の言葉を受け、話を続けた。


「グレンを覚えているかい?」

「もちろん、熱血先生でした」


「彼は君に倒された後、プリズンコロニーに護送された。護送を担当したのはオリオンタートルのガードポリスだ」


 ダルモアの言わんとしていることを響は理解した。それは衝撃的なことだったが、可能性はそれしかありえない。


「……シャルトリューズは、オリオンアカデミーの人間が監獄プリズンタートルに来るのを、待っていた」


 ぽつりと呟いた響に、ダルモアが重い表情で頷いた。


 信じがたいことだ。

シャルトリューズは、護送で訪れたガードポリスに洗脳感応オーバーテレパスを仕掛け、『憑依』し、オリオンアカデミーまでやってきたのだ。まるで、貿易船の乗組員を媒介として伝わる伝染病のように。


「……しかも、そのタイミングでプリズンタートルの囚人、PPの構成員たちはすべて意識不明となっている。これはおそらく、サイキックウェーブをすべてシャルトリューズに捧げた結果だろう」


 再び響は絶句した。冷や汗が背中を伝わる感触が、不快だった。手にしたコーヒーカップの中の液体が、とたんにぬるくなってしまったような錯覚さえも覚える。


 シャルトリューズという男は、恐ろしい人間だ。さしもの響であってもそう感じざるをえない。


 オリオンアカデミーから誰かがやってくる、それは確実な未来ではなかったはずだ。それなのに、来るか来ないかわからないチャンスのために、ひたすらサイキックウェーブを高めていた。それも、冷たい宇宙の監獄のなかで。


 たった一度のチャンスにかけて。同胞とされる人間たちの生命力を犠牲にして。

 すべては地球圏のタートルにたどり着き『オリオンの星』を手に入れるために。

 なんという執念だろう。


 選民思想を掲げた過激派政治組織PP、その幹部だった男の抱える妄執は、響の想像を超えていた。


「俺は昨日、シャルトリューズのオーバーテレパスとやらを受けたやつを何人か見ました。洗脳させる対象の数に制限とか解除する方法はご存知ですか?」


 響はコーヒーを少しだけ飲み、唇の渇きを潤すと次の質問をした。たしかにシャルトリューズは恐ろしい相手だが、ただ怯えているわけにはいかない。このままアカデミー内に敵が増殖し続ければ確実に対処は不可能になり、響のキークリスタルは奪われる。『オリオンの星』の守りも突破されてしまうかもしれない。


 そしてそれは、響の夢のためには絶対に止めなければならないことだ。


「……洗脳可能対象数はわからない。だが『メイン』となっている人間を抑えれば、オーバーテレパスの解除は可能だ」


 ダルモアはすでに空になった自身のコーヒーカップを見つめつつ答えた。


「メイン? 洗脳元、ってことですか? シャルトリューズはもう死んでいるのに?」


 フィクションでは、この手の洗脳系は大本を倒せば全部もとに戻る、というのはお約束だ。だが、この場合はどうなるのだろう?


 響の疑問に、ダルモアは低い声で答えた。


洗脳感応オーバーテレパスはネットワーク維持のために他の端末より強いサイキックウェーブを宿した『親機』となるメイン端末が必要だ。普通なら術者ユーザー本人だが、今回のケースではおそらくすでに洗脳された学生の中の誰かをメインとして使っていると考えられる。端末となってしまった人間同士ならメインは自由に移動できるからね」


 響は、ダルモアの答えを聞き終わると立ち上がり、二杯目のコーヒーを勝手に自分で注ぎ始めた。


 同時に、考えをまとめる。

 

 おそらく、最初の段階での『親機』はプリズンタートルへの護送任務を行ったガードポリスの人間だったはずだ。だが、今ではアカデミーの学生の多くがオーバーテレパスの影響下にある。この状況で真っ先に疑われるガードポリスを親機にしたままのわけがない。すでに誰かに移動したはずだ。当然、昨日倒したマニエではない。


「……でも、メインを端末間で変更可能なら、結局倒すのは無理なんじゃないですか? だってもしメインになってるヤツを追い詰めることが出来ても、中身が移動したら意味がない」


 響はダルモアに問いかけたが、これは純粋な質問ではない。答えは予想がつくので、確認のためだ。


「オーバーテレパスには射程距離がある。専用のデバイスを使わなければ、せいぜい数メートルというところだろう。だから、メイン端末を隔離することが出来れば……あるいは」


 よし、予想通り。


 響は新しく入れたコーヒーの香りを嗅ぎつつ、自身の思いついた作戦の成功率が上がったことを確信した。あのとき、マニエはわざわざ響を駐車場まで誘導し、さらに踏み込んでからオーバーテレパスを仕掛けてきた。それは射程距離があるからだ。


「……だが、現状ではメインとなっている者が誰なのか特定する方法はない」


 ダルモアは唇を噛むようにして呟いた。教育者たる彼は、自分の学校の生徒が次々と洗脳されている現状を嘆き、それに対抗する手段をまだ思いついていないことに心を痛めているのだろう。


 学生全員を一斉に監禁して確認する? 

そんなこと出来るわけがない。そんなことをすればまず理由を求められるし、PPがいまだに存在することを公にしてしまう。そうなれば星雲連合は荒れる。今は表に出ていないPP信望者が何をしてくるかもわからない。


では、一人ひとり順番に秘密裏に調べる?

論外だ。偶然一人目でメインに当たればいい。だが、そうじゃなければ端末間でメインを変えられてしまう。


 だが、響の考えはそういった種類のことではない。


 だから、響はあっけらかんと言い放った。

「いや? ありますよ。特定する方法も、そいつを他の端末から引き離す方法も」


 ガタン、とテーブルの音を立ててダルモアが立ち上がった。彼のコーヒーが空でなければ零れていたところだ。


「本当かい!?」


 響は自分のコーヒーをさらに一口すすり、笑顔で答える。

「まあいくつか必要なことがあるんですけどね。えっと、まず期末テストなんですけど」

 とたんにダルモアの顔が『はぁ?』とばかりに崩れる、突如振られた日常的な話題に思考が追いついていないようだった。


「オリオンアカデミーでは、期末テストで首席だった学生に毎年Pクリスタルを授与してるんですよね。カクから聞きました」


「……? たしかに、そうだが。それがどうかしたのかい?」


 「今回は四年次の期末テストで授与するPクリスタルを、これに変えましょう」


 響はにっこりと笑って、自身の胸元からペンダントを取り出した。それは一見すると高純度のPクリスタル以外の何物でもない。


「き、君は何を言っているんだ? そんな大事なものを……。それよりもさっき君の言ったことは本当かい? どうやってメインとなっている学生を!?」


「あれ? わかりませんか? いや、もちろんダルモア先生が保管してるほうもセットですよ。あと、テストの科目の順番だけ少し変えてください」


「!!??」


 ダルモアはわかってないようだった。たしかに、響のアイディアは教師の立場からは思いつきにくいものだから無理はない。


 『オリオンの星』を手に入れるための三つの鍵たるミンタカ、アルニラム、アルニタク。


一つ一つでも強い力を持つそれらのうち二つは今この場にいる二人がそれぞれ所有している。だからこそ打てる策だった。響にしてみれば、個人的な都合のこともあってちょうどよい。


 敵は恐ろしい相手なのかもしれない。だが要は勝てばいいのである。いつもと同じだ。


 いまだに困惑しているダルモアにたいし、響は残っていたコーヒーを一息に飲み干し爽やかな口調で告げた。


「全宇宙の運命がかかった期末テストになりますね!」


アカデミーの期末テストで一位を取り、リッシュにも好成績をとらせて自信をつけてもらった上で完璧に落とし、しかもその過程でシャルトリューズも倒す。


敵の手駒は多くどれだけ妨害されるかわからない、そもそもアカデミーのテストはレベルが非常に高い、響自身はサイキッカーとしての経験が浅い、強力なライバルもいる。


困難だらけだが、やると決めたら弱気を見せないのがこの少年の特徴だった。たとえそれが限界に挑むものの、無理な強がりだったとしても。

 




 



ここわかりにくいかな……回が進めばもっと明確になるのでご容赦いただければ幸いです


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