次は殺す
右手人差し指骨折、全身の打撲、擦過傷多数。控えめに言っても大怪我をした響だったが、さほど深刻な事態に陥ることはなかった。
「はい。これで処置は終わりです。細胞活性化包帯はしばらく取らないように」
いつも淡々としていて感情が読み取れないことで有名なアカデミーの美人養護教諭エレンが、冷静な口調で告げた。
「どうだべ? 響どん。治っただか?」
「まだちょっと痛ぇ」
痛いことは痛いのだが、響の傷は8割方治っていた。柔らかな光で傷口を包み込み、細胞が活性化させることで行われるサイキックヒールは初体験だったこともあり感動した。
さすがは宇宙レベルの医療技術である。もっとも、それを期待していなければ響はあんなことはしなかったわけだが。
「当たり前です。サイキックウェーブによる回復は万能ではありません。保健室は専門の病院でもありませんしね」
駐車場でのマニエとの一件のあと、響はすぐにカクを呼び、意識不明となっているマニエともども保健室に運んでもらった。同時に、ダルモア副学長に連絡を取り、事態の収拾を依頼。さすがに、あれだけのことがキャンパス内で起こったのが知られてはマズイ。結局、駐車場内での交通事故、という形にしてもらった。
ちなみに、ダルモアは学外にいたため、まだこの場にはいないが今向かってもらっている。
「……先生、マニエはどうです?」
さすがに、ホバーバイクとクラッシュしたのだから、彼のダメージは響の比ではなかった。一瞬程度防御する時間を与えはしたので、一応『怪我』で済んでいる、という状況である。
「八か所も骨折していますが、頭や臓器は無事なようです。とっさにテレキネシスで身を守ったのでしょう。……それよりも、本当にただの事故なのですか?」
「嘘じゃないですよ。ダルモア先生もそう言ってたでしょ?」
「何故構内にいない副学長がそのようなことをおっしゃったのか、私にはわかりかねますが。……まあいいでしょう。では、私はマニエくんの入院手続きを取ってきます。貴方がたはここにいなさい」
通信で行われたダルモアの指示を不審に思うそぶりをみせつつ、エレンは保健室をあとにした。同時に、響はベッドから立ち上がり、隣のベッドに寝かされているマニエに近づく。
「マニエくん」
マニエの頬を軽く叩く。話を聞き出すのなら今が最良のタイミングだ。頭に損傷はないということだし、起こしてしまってもかまわないだろう。
「……う、ううん……」
少しして、マニエが目を開けた。彼は、戸惑いと怯えの表情を見せている。
「おはよ。じゃあさっそくだけど質問にだけ答えて。あ、念のため言っとくけど、変な動きをしたら力づくでもう一回眠らせるから。カクがね」
「んだ。投げ飛ばして絞め落とすだよ」
怪我をして立ち上がれない状態で身長2メートルのカクに見下ろされるのはかなり恐ろしいだろう、ということで、響は出来るだけ優しい声で脅しておいた。少しだけ、昔を思い出す。
「……ひ、ひぃ……わかった……!」
マニエの顔つきはさっき駐車場でみたときとだいぶ違うようにみえる。声色大人しく、全身から立ち込めていた靄のようなサイキックウェーブも消えている。
まるで別人のようだった。いや、どちらかといえば、今のほうがいつものマニエの雰囲気だと言えるのかもしれない。
「なんであんなことをしたの?」
あんな、というのはつまり男子学生を昏倒させ、そのあと響を襲った、ということだ。
「……あ、あ……」
見れば、マニエはシーツを掴んでガタガタ震えていた。唇を噛み、表情は貧血の女子高生のように青い。
今の彼を見ているとても危険な人物には見えなかった。
「まさか、覚えてないの?」
「……覚えているよ。自分が、どんなことをしてしまったのか……」
消え入りそうな声には同情してしまいそうになるが、あくまでも追及はやめない。
「そっか。じゃあ答えてくれる? なんのためにやったの?」
「……それは……わからないんだ……」
「は?」
「む?」
絞り出すようなマニエの言葉に、響とカクは疑問の声をあげ、ベッドに詰め寄った。
「違う! 本当だ! 本当なんだ……!」
「……やったことは覚えている。でもなんでやったかはわからない、ってなに? どういう意味?」
響は軽いテレキネシスを放ち、骨折して動かなくなっているマニエの足を持ち上げた。そのままストンと落とせば激痛必至である。
「そ、そのままの意味だよ……! なんだか、体が自分のものじゃなくなったみたいな……。わかっていたのに止められなくて、それで、それで……!!」
「君は俺の親父のことを知ってる口ぶりだったよね?」
「わからないんだ! 本当だ!! 勝手に言葉が出ただけで、それで……!! ど、どうなるんだ!? 僕は退学になるのか!? それとも逮捕されるのか!? 違うんだ、僕は……、僕は……」
取り乱して泣き叫ぶマニエの姿は響を混乱させた。意味がわからない。
「精神感応能力者に依頼すれば、嘘は見抜けるんだぜマニエくん。もし、君が嘘を言ってたとわかったらボコボコにするよ? カクがね」
「さっきからちょっと他力本願すぎじゃねぇべか?」
「俺は喧嘩が嫌いなんだよ」
軽口を叩き合う響とカクを横目に、マニエはひたすらに怯えていた。たしかにことが公になれば彼の人生はかなりマズイことになるだろう。
「嘘なんかいってない。僕は嘘なんか言ってない……」
呪文のようにそれだけと呟くマニエ。響はひとまず彼を落ち着かせることにした。
「心配しないでいいよ。今のところ俺とカクしかこのことは知らないし、別にみんなに言うつもりもないから。それより、もう少し詳しく教えてくれない?」
「ほ、ほんとかい!?」
それから、エレン養護教諭が戻るまでの20分ほどの時間で、響たちはこの哀れな男子学生の話を聞いて過ごした。
だが、わかったことは少ない。まず、マニエは今朝、時間に友人に呼び出されていつもより早く登校したらしい。だがそこで友人と会ったかは覚えていない。落ち合う予定だった教室で気を失ってしまったからだ。
そして短い気絶から覚めたあと、マニエはすでに『自分ではなくなっていた』、という。
「どう思う?」
保健室から出た響は、隣を歩くカクに問いかけた。
「わかるわけねぇだよ」
「だよな。二重人格とか洗脳とかそんな感じか? マニエを呼び出した友人、ってのがちょっと怪しいかな。まずそこを……あれ? アイツ……」
響が言葉を止めたのは、ランチタイムのキャンパスを行きかう学生たちのなかに、見覚えのある人物を見つけたからだ。
さきほど、マニエにやられてロビーで倒れていた男子学生だ。彼は頭に細胞活性化包帯を巻いてはいるものの、平然とした様子でアカデミーの廊下を歩いている。どうやら、たいした怪我はなかったらしく、もう目が覚めたようだ。
「こんちは」
響は、すれ違うその男子学生に声をかけた。が、彼は響に一瞥もくれない。
ただ、背中越しにこう呟いた。
「さっきはすごく痛かったよミヤシロくん。バイクをぶつけるなんて、ひどい子だ」
冷たく、ひどく不気味な声で。だがはっきりと。
響にわかった。コイツだ。さっき自分が戦っていたのはマニエなんかじゃない。コイツだ。
「あはははははは」
狂ったような、乾いた笑い声。背後に感じる不快な気配に振り返った響だったが、すでに彼の背中は見えなかった。遠くに離れたからではない。
「あははははははは」
彼の背後には、まるで彼に付き従うようにして歩く学生たちが何人もおり、壁となっていた。全員が、同じ方向に、同じ速度で歩いている。誰一人よそ見をすることもなく、会話をすることもなく、まるで兵隊が行進をするように。
「……おいおい。なんだそりゃ」
響は、その集団の中にクラスメートを数名発見した。いずれも、午前中の授業は病欠していた者たちだ。
数秒後、彼らは普通の学生のように思い思いに歩き出し、再びキャンパスに溶け込んでいた。操り人形のようだったさきほどまでの面影はない。
〈次は、殺す。オリオンの星は我々のものだ〉
不意に、響の脳内に憎しみのこもった声が聞こえた。
オリオンの星。響は知っている。その言葉が指すものは、アカデミーに眠る『ある物』だ。PPが血眼になって求めるそれは、宇宙全体に影響を与えるほどの力を持つ。
もう、間違いない。
「カク」
「ああ、オラも聞こえた。こいつはちょっと、厄介かもしんねぇだな」
響は理解した。アカデミーに現れた敵は、これまで戦ってきた相手とは違う。
特異で、狡猾で、強い。いつから動き始めていたのかすらわからない。どんな能力なのかも、どれだけの数の手駒がいるのかもわからない。
だが、確実にアカデミーの喉元まで迫っている。この学校に眠る例のクリスタルを手に入れるべく暗躍している。それは、宇宙規模での危機だと言えるだろう。
だが響はふう、と息をつき不敵に笑った。
「ほんと、退屈しないな。このガッコーは」
ストーリー全体や結末にかかわる部分の謎についての処理って難しいですね。
響は知っていても、読んでいる人は知らねぇ、ってところを明かしていく過程が……




