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てのひらに星雲を  作者: Q7/喜友名トト
シーズン2~期末テスト編~
40/70

俺、天才!

 痛い。指の骨をへし折ったのだから当たり前だが、思ったよりも痛い。地球で小学生をやっていたころ、過激な政治団体に監禁されて踏みつけられたときも指の骨は折れたが、自分でやった今回の方が痛みは上だった。


「……っ……!」


 だが、響は叫び声をあげない。右膝をついてうずくまり、顔を伏せ、息を殺す。

 

痛い痛い痛い痛い。激痛に対する悲鳴が響の脳内を駆け巡り、同時に、さきほどまで自身を侵食しようとしていた何者かの意志が薄れていくのがわかる。


 強力なテレパシーによる洗脳を防ぐ手段は大きくわけて二つしかない。より強いサイキックウェーブで身を守るか、強い感情で心を満たすことだ。響には後者の選択肢を取るしかなかった。


「……あれぇ? もしかして失神しちゃったのかな? 君はすぐに動けるかと思ったんだけど。期待外れかな?」


 前方からはこちらを小馬鹿にするマニエの呑気な声と足音が近づいてきた。彼は、どうやら響がさきほど倒れた男子学生と同じように昏倒したと思い込んでいるらしい。


「……」


あと三歩、あと二歩。

響は、持ち主に強く抗議してくる人差し指の声を聴きつつ、無視し。そのときを正確に数える。


「ねぇ、ミヤシロくん?」


 今だ。

響は、うずくまった体勢から素早く立ち上がり、同時に左の拳を声の方向に向けて全力で振りぬいた。空気を切り裂く音が小さく鳴り、拳がマニエの顔面のすぐ近くまで迫り……


「!?」


 だが、響の左フックは何にも命中しなかった。ガードされたわけでも、テレキネシスで妨害されたわけでもない。ただ、振りぬいた拳の先にいたはずの相手が、忽然と消えていたのだ。


「! くっ……!」


 視界のどこにも敵がいない。それはどういうことか? 響は二秒程度で現状の危険性を認識すると、瞬時に前方に転がり込んで移動し、そしてさきほどまで自分がいた場所に振り返った。


「あはははは。危ないなぁ」


 そこには、平然とした顔のままで笑い声をあげるマニエがいた。


「……瞬間移動テレポート、か」


 あの体勢から、響のパンチを避けられるはずがない。まして、マニエは一瞬のうちに背後に移動していた。それ以外考えられない。距離的な限界や、実行前後の行動不能時間を考慮しなければ学生のなかにもテレポートを使える者はいる。だが、マニエはそれほどまでに優秀な男だっただろうか?


「そんなことも出来たのか? 驚いたな」

「出来るようになったんだよ」


 そう答えるマニエは、耳や目から血を流している。それは明らかに、サイキックスキルの過剰使用による弊害だ。


「……お前……?」


こいつは、やはりどこかおかしい。


「僕のほうこそ驚いたよ、ミヤシロくん。テレパシーに耐えられるとは思わなかった。普通、指を折る暇なんてないくらい一瞬なんだけど、ずいぶん意志が強いんだね」


「そりゃどうも」


「もしかして、地球人の特性なのかな? 君の父親にも通じなかったんだよ。懐かしいなぁ」


 マニエの言葉は不可思議だった。響の父である余市は10年前に殺されている。響と同世代の学生であるマニエが襲えるわけがない。


 もうはっきりした。こいつは、敵だ。どういう理屈なのかは知らないが、それだけはたしかだ。そう判断した響の動きは速かった。


「あーうん。どうだろ? そんなことより……あ」


 言葉を途中で切り、視線を逸らす。それにつられたマニエがわずかな一瞬だけ注意をそらした瞬間に、響は弱いテレキネシスを放った。駐車場に植わっている人口の樹木、その葉を数枚浮遊させ、マニエの顔に叩きつける。


「あはは、なにこれ?」


当然、威力などないが、目くらましには十分だ。


「せあぁぁっ!」


 響が放ったのは、ステップインからの左ストレート。が、当然これは躱された。さきほどとまったく同じように、空間からマニエの姿が消える。テレポートだ。


 だが、ここからは違う。


「じゃあな!!」


 響は、消えたマニエが別の地点に出現する姿を横目で確認しつつ、そのまま走った。


「……」

「言っただろ。俺は先生にチクる!!」


 沈黙しているマニエに対して捨て台詞を吐いてさらに加速。


 そうだ。この場は、逃げ切れば勝利だ。マニエは明らかにおかしいし、アカデミーで起きた事件の当事者だ。ここを無事にやり過ごし、副学長のダルモアあたりに話せば調査が入ることは間違いない。マニエが何者なのか、あるいはマニエの背後に何があるのかはわからないが、正体を隠しておきたかったはずだ。


「……ミヤシロくん。逃げられると思うのかい?」


 テレポートのあと、しばらく黙ったまま動かなかったマニエが口を開いた。同時に、敵意を持って響を追ってくる。走って、である。この間、およそ三秒。


「惜しい。もう俺の勝ちは確定だよマニエくん。君こそもう諦めてさっさと逃げた方がいいよ。捕まるまでの時間が延びるから」


 マニエに近づかれる前に、響はすでに目指した地点にたどり着いていた。その地点には『ある物』が存在する。


 響は軽く跳躍し、それに飛び乗った。


「駐車場には人気ひとけはないけど、車はあるんだよね。で、俺は人差し指が一本折れてるくらいなら、問題ないぜ」


 響が飛び乗ったもの、それは通学に使用しているホバーバイクだった。右手の人差し指は折れているが、運転ができないほどではない。


「イグニション!」


 サイキックウェーブによる本人認証を行い、ホバーバイクを起動。同時にアクセルターンを行い、進路を確保。


「また明日」


 アクセルを回し、ギアを入れ替えて加速。サイキックも悪くないが、咄嗟のときは慣れている『マニュアル操作』に限る。


「逃げられないよ。そこからじゃね」


 マニエは冷静だ。たしかに満車の駐車場内では走行ルートが限られる。響が逃走するのなら、マニエのすぐ横を抜けなくてはならない。


 普通に考えれば、である。


 満車の駐車場という環境下だが、響は最初から全開でエンジンを回した。順路に沿うこともなく、駐車場に面している棟の壁に斜めに向かって全速でバイクを駆る。


「なっ……!?」


 マニエは驚きの声をあげた。このまま行けば高速でクラッシュすることは間違いない。それは地球にいたころ、トライアルバイクを乗り回していた響でも同じだ。


 だが、今の響は違う。


 地球にいたころは出来なかった。だが、今は出来る。思えば、転入初日にやってみて失敗した技だ。だが、それを、そのままになどするものか。


「……行くぜ」


 響は意識を集中させた。使うサイキックスキルは、空間把握パーセプションだ。航宙機の操縦でもこのスキルは、響の得意技だった。


 壁までの距離、適切な進入角度、ホバーバイクの重量、必要な速度、そのすべてを感知し、的確な一点に向けて走る。


「うらあああああっ!!」

 

壁に衝突する直前、響は全身のバネにテレキネシスも併用し、バイクの前部を強引に持ち上げた。トライアルバイクの世界ではウィリーと呼ばれる技術の応用である。


上を向いた角度で斜めに壁に突き当たったホバーバイクは、クラッシュすることはなかった。


「っしゃ! 俺、天才!!」


 次の瞬間、響の乗るホバーバイクは、そのままの速度で壁を走っていた。速度によるダウンフォースと加速度により、壁から車体が離れることはない。


このまま弧を描くようにして壁を走り抜け着地すれば駐車場の出口だ。逃げ切れる。

はずだった。


「あははは。ほんとにすごいね君は。でも、僕がテレポートも使えるって、忘れたのかな?」

「!」


その言葉を受け、壁走りを続けつつもマニエのほうに顔を向けた響だったが、すでにそこに彼はいなかった。

消えている。あくまでも響の進路を妨害するつもりなのだ。


 例えば、ホバーバイクに乗っている状態でマニエが近くに出現し、さっきのテレパシーをもう一度受たれたら終わりだ。


 だが、そうはならない。


「大人しく逃がしてくれれば、怪我しないで済んだのに」


 響は、マニエが消えた直後、別の地点に出現する彼を確認することもなく、ホバーバイクをさらに加速させた上で手を離し、バイクから飛び降りていた。


「あー。これすげぇ痛そうだよな……」


「……なっ!?」


 落下しながらの視界には、予想通りの光景が映っている。加速しつつも乗り手を失ったバイクは、高速のまま弧を描いて壁を走り切り着地。着地地点に突如進路に出現したマニエに迫っていた。

 

 マニエは絶句し、驚愕した表情を浮かべていた。


 響の狙い通りに、である。


 響は、マニエがテレポートで追ってくる可能性は考えていた。そして、彼のテレポートの特性についても理解していた。


 最初のパンチのときも、その次のときも、マニエは響の攻撃をテレポートでかわしておきながら、すぐに追撃をしてこなかった。


 このことから、マニエのテレポートは実行後に硬直時間が発生するものだということがわかる。


 では次に、そのようなテレポート能力を持った者が逃げる相手を妨害するとき、移動する場所はどこか? と考える。


 答えは『硬直時間を考慮し、そのうえで相手の足を止められる場所』だ。


つまり、逃走する相手よりも先の地点に待ちかまえるように出現し、硬直している間には攻撃を受けないような位置取りをしなくてはならない。少し離れた位置に余裕を持って出現しなければならないのだ。


マニエは、テレポートのあとの硬直時間を終えたあとで響を倒し、バイクは避けるつもりだったのだろう。壁を走る不安定な相手ということもあり、二秒もあれば出来ることだ。


だから、響は最後の一瞬にバイクを加速させ、飛び降りた。

そのアクセルワークは、マニエが持っているはずだった二秒の余裕を奪ったのだった。


「うわあああああっ!!」


叫び声と衝突音が駐車場内に響き渡る。乗り手のいないホバーバイクは、マニエに激突し、その体を吹き飛ばしていた。死にはしないだろうが、病院直行即入院間違いなしだ。


逃げ切れば勝利。響はそう言った。そして、それは響がマニエの特性を見抜き、ホバーバイクに乗った瞬間に確定していたのだ。


逃げ切れば勝利。では、逃げたら追ってきた相手を倒したら?


「うーん……」


完全勝利、と言いたいところだけどそれは無理があるな、と響は言葉を詰まらせた。

なにしろ、響はまだ空中にいて、加速度を伴って落下中だ。テレキネシスや身体強化(バイタルブースト)による受け身でダメージは減らせるだろうけど、間違いなく……


「すごく痛いだろうなぁ……」

 

 マニエを保健室に連れて行って治療して、ダルモア副学長にこの件を伝えて、対応を考えて、それからテスト勉強に戻って、りっちゃんとメシ食って。そもそもコイツなんだったんだ? バイク修理しないと。


 響は、そんなことを考えながら地面に激突した。予想通り、ものすごく痛かった。


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