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てのひらに星雲を  作者: Q7/喜友名トト
シーズン1~ 転入編~
4/70

win-winですね!

※※


 オリオン・アカデミー副学長室。ダルモア・マッケンジーは午前中のこの時間は大抵そこにいる。

 なぜかと言うと、ダルモアがオリオン・アカデミーの副学長だからだ。


 三次元モニタで今朝のニュースを確認しながら地球の嗜好品であるコーヒーの香りを嗜むのが日課だ。


 二十数年前に星雲連合の若手華星人官僚として地球との折衝を担当する一人だったダルモアは当時、相当に苦労したものだが、このコーヒーの風味をいち早く知ることができたことは自分にとって良いことだったと思っている。


 今のところコーヒー豆を栽培しているのは星雲連合のなかでも地球だけだ。星雲連合の中央からは程遠い地球圏内のタートルを職場としていることについての思いは色々とあるが、新鮮なコーヒー豆が定期的に手に入ることは数少ない利点の一つといえるだろう。


「……ふむ」

 三次元モニタの映すニュースでは、地球とは遠い銀河系の異星人が計画した連合からの独立運動についてキャスターが意見を述べている。

 

 ニュースキャスターは銀河に住む様々な人種の多様性の尊重という観点から意見を述べているが、ダルモアの意見はキャスターとは違う。


「なげかわしいものだな」


 ダルモアは自慢のあごひげを撫でつけ、コーヒーを一口すすった。

 と、そのときだった。副学長室内に訪問者を教える電子音が鳴り響いた。


「どうぞ」


 スピーカーをオンにしてそう伝えてロックを解除すると、一人の男子生徒が入室してきた。


「おはようございます。ダルモア先生」


 人当たりのよさそうな明るく爽やかな笑顔で挨拶を交わしてくる生徒が一人。

 ダルモアはその生徒が誰か、一目で理解する。長年気にかけていた少年なのだから当然だ。


濃い茶の髪、均整の取れたスタイルと涼やかな顔つきの彼は、間違いなく『彼』だろう。どこか、面影がある。


「君は、ヒビキ・ミヤシロくんだね?」

「ええ。お会いするのははじめてですね。いつもお世話になっております」


 やはり正解だったようだ。ヒビキは礼儀正しい銀河公用語を用いて挨拶をしてきた。


「大きくなったんだね。亡きお父上にそっくりだ」


 ヒビキの父、ヨイチ・ミヤシロは今日こんにちでは宇宙的な有名人であるといえるだろう。


 星雲連合が地球を発見した際に、地球側の外交官として連合と対話を進めた中心人物である彼は当時からそこそこ知られた存在であった。


 外宇宙へ進出しておらず、サイキックウェーブの存在を知らない地球と地球人は連合から見れば『発展途上星』『未開人』であったにもかかわらず、地球を平和的に連合入りさせたヨイチ・ミヤシロの功績は評価されている。


 だが、ヨイチが有名な理由はその後のことに起因する。


 彼は当時の銀河で着々と勢力を拡大していた秘密結社『華星人至上主義連盟』の存在に気付き、そしてその危険性についての警鐘を最初に鳴らした人物だったのだ。


 ヨイチは当初誰にも相手にされず世間に狂人だと思われたまま若くして世を去ったが、彼の死後その正当性は証明されている。


 連合内幹部にも広がり始めていた華星人至上主義者連盟、通称PPの存在が明るみになり、解体措置が取られたのはヨイチの死後わずか三年後のことだ。


 PPの規模、武装、そして主義。放置していれば全銀河レベルでの危機と混乱を招いたであろうそれは、未然に防がれたテロだとされており、ヨイチはその最大の功労者だったというのが今日の『一般的な認識』である。


「そうですか? 父の顔はあまり覚えていないんですよね。写真も残っていませんし」


 響はにっこりと笑ってみせた。父の早すぎる死を乗り越え、爽やかな少年に成長しているようだ。


「会えて嬉しいよヒビキくん。それで今日はなにか私に用かな?」


 ダルモアは、そしてヒビキも、先の『一般的な認識』が実は誤りであることを知っている。故に、ダルモアはヒビキを援助している。顔を合わせるのは初めてのことだが、ヨイチがヒビキに残したデータは非常に価値の高いものであるはずなのだ。


「ああ。そうですね。えっと、お小遣いください!」


 ヒビキのあっけらかんとした表情と物言いに、ダルモアはしばしポカン、としてしまった。


「援助、ということならもう君の口座のほうに……」

「だって一千万Cでしたよ。あれじゃバイクと車で消えます」


 ダルモアは星雲連合の官僚であり、現在はアカデミーに出向している身だ。またある事情からそれなりにリッチではあるし金にはまったく不自由していない。


学生への援助として一千万ものクレジットは多すぎるのでは、と思ったが彼の境遇を考えて奮発したつもりであった。


「ど、どのくらい欲しいんだい?」

「そうですね。5億Cくらい貰えますか?」


 5億。なんとも絶妙な額だ。ヒビキのしるはずのない、ダルモアが今すぐ動かせる限界の額。ダルモアは額から冷や汗が出ている自分に気が付いた。


お小遣い、という言葉とあまりにも乖離した印象を与える5億Cという額。学生がいったいそんな大金を何に使うというのだろう。そもそも、ヒビキは地球にいるときに為替や株の運用で自分の資産を持ってもいたはずだ。


「あのですね。僕は、全銀河人類の自由と権利のために宇宙に上がってきたのですよ! LOVE&peaceです! 安いもんだと思いませんか? いや、もちろん僕が目的を達成した暁にはダルモア先生の援助について公表しますし、それなりのお礼はします。5億なんて目じゃないほど得しますよ、多分」


 ヒビキはニコヤカな顔のまま続けた。たしかに、彼がやろうとしていることが完遂され、その協力者として名が上げられればそれは間違いなく5億なんて目じゃないほどの社会的価値があるだろう。


「……いや、だから。データと『ミンタカ』のほうを私に渡してくれれば、君がそんな危険を負うこともないんだよ」


 ヨイチの残したデータはヒビキが持っているはずだ。それをもらうことが出来ればダルモアにとっても非常に都合が良い。『ミンタカ』もまた同様である。


「ダメですよー。だって、ダルモア先生もPPの一員じゃないという保証はありませんから。データ外なだけかも。だから僕は誰にも渡しません」


 このやりとりはこれまでなんどもダルモアとヒビキが通信で行ってきたものだが、やはりヒビキは少しも譲るつもりはないらしい。ヒビキは言葉遣いは丁寧であるし、こちらに好感を抱かせるような快活な雰囲気をもっているが、その実言っている内容はあくまでも自己中心的なものだ。


「だ、だが君はそれでどうするつもりだ? しかるべき発言力と影響力を持った者でなければそのデータや『ミンタカ』を活かすことはできないぞ」


 ダルモアの言葉にヒビキはやれやれ、と言うように首を振った。


「だから、僕がそうなります。『しかるべき発言力と影響力をもった人間』!」


 この少年はまったく物怖じしていない。それどころか、こちらを飲み込むほどに余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)だ。傲慢、とすら言えるかもしれない。楽観的にもほどがある。


父に似ている、とは思ったがその部分はあきらかに違う。この自信はいったいどこからくるのだろう。どんな育ち方をすれば16歳でこんな性格になるのだろう。


ダルモアは初めてあったヒビキの予想外すぎる言動に面食らったが、彼の言っていることは容易にはいそうですか、といえるような類のことではない。


「それまでずっと君は危険に身をさらされ続けるんだぞ!?」


 ダルモアは決定的なことを告げた。これは事実だ。彼の存在と父との繋がりを知るものはダルモアだけではない。彼は確実に狙われるだろう。それも強力なサイキックスキルをもつ連中にだ。


普通の少年であるはずのヒビキが、そんな状態で何年も生きられるはずがない。


「大丈夫ですよ。学校ならそれなりに安全ですし。いざとなれば自分で切り抜けます。ぼく実はケッコー器用なほうなので! それに、たった三年です。そのあとアカデミーを首席で卒業して、即座にキャリア組として騎士団に入ります。あ、官僚のほうがモテますかね!?」


 唖然とする。この少年は本気でそんなことを言っているのだろうか。

 地球は一番最近連合に加盟した星だ。その圏内に建てられたオリオン・アカデミーは当然最新の設備を持っているし、優れたカリキュラムで学生を指導している。故に、オリオン・アカデミーには全銀河の名門の子女が通っているのだ。

 

 たしかにリッチな家庭環境と開放的な生活環境のために風紀が乱れることは多いが、それでも学生たちはみな英才教育を受けてきた優秀な者たちなのだ。ゆえに首席で卒業した学生は特例的に星雲連合の幹部候補として登用されることが決まっている。


 そんななか、最近まで地球にいたサイキックパワーも使えない少年が首席で卒業するなど、できるわけがない。


「君は、いったい……」


「いいと思いませんか? アカデミー首席の若き政治家。銀河を揺るがす真実を告げたその男はあのヨイチ・ミヤシロの息子の地球人だった!! うーん。かっけー。モテモテ確実。そんなわけで僕ほどの適任者がいるとは思えませんね」


 ヒビキはあくまで自信たっぷりだ。まるでいたずらっ子のようでもある。


 この子は、もしかしてバカなのか。ダルモアは真剣に心配になってきた。


「ダルモア先生が僕に乗らないんならそれでもいいですよ。貰った一千万Cもお返ししますし、今後一切の援助は要りません。1、全部なかったことにする。2、僕とWIN-WINな関係を作っておく、というニ択です。おすすめは2です!」


 ダルモアの心配をよそに、ヒビキはまたしても自分の考えを一方的に伝えてきた。

 

ヒビキに関係を切られるのはダルモアとしても困る。こっちはこっちで公開していない事情があり、ヒビキはそれを知らない。彼とのパイプは残しておかなければならないのだ。


「ま、待ちたまえ。少し落ち着いてだね」

 厚顔不遜極まりない少年をいさめようとしたダルモアだったが、それは間髪いれずに遮られた。


「ビタ一文まかりません! 生活費100万C、教育訓練費200万C、遊興費4億9千700万C!!」

「遊興費……?」

 

 もう彼が何を言っているのかよくわからない。


 そこから問答すること十数分。結局ダルモアはやってきた少年の予想の斜め上を行く言動に押し負けてしまった。


「win-winですね! 先生!」

「あ、ああ。そうだね」


 とりあえず分割で定期的に支払うという形で今日は納得してもらい時間を稼いだが、今後も彼を説得することは難しいだろう。なにか手をうたなければならない。


あの様子ではヒビキ「も」まだなにかしら隠していることがありそうだ。


「……はぁ」


 ヒビキの去った副学長室で一人、ダルモアは冷めたコーヒーを啜った。

 ヨイチは清廉潔白で真面目な男だった。私欲を捨てて公のために尽くす男だった。


 あの親子が似ているなんて、とんでもない話だ。

 ダルモアはそんなことを思いつつ、二杯目のコーヒーを注ぐのであった。





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