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てのひらに星雲を  作者: Q7/喜友名トト
シーズン2~期末テスト編~
38/70

ジュニアアイドル水着写真集な。11歳らしいぞ

 学長とか校長とかいう立場にある人物は、学生からするといまいち日々何をやっているかわからない。直接講義を担当しているわけではないし、クラブを受け持っているわけでもないからだ。

ややもすると暇なのではと思われがちなポジションだとも言えるのだが、実際には方針の策定やら人事評価やら学外の関係者対応など、いろいろとやることがあり、忙しかったりする。


オリオンアカデミーの副学長であるダルモア・マッケンジーもその例に漏れない。しかも、ダルモアには教育者としての顔のほかにもう一つの顔がある、


すなわち、華星人至上主義連盟(PP)の健在を知ったうえでその動向を追いかけ、星雲連合の秩序と安定を守るメンバーの一人である、ということだ。


そんなわけでダルモア・マッケンジーは多忙であり、この場所に来るのははじめてだった。


〈Mr.マッケンジー、まもなく面会終了の時間です。退出のご用意を〉


 ダルモアの横に立つアンドロイドが無機質な音声で伝えた。


アカデミーや地球からは離れた銀河に建設されたPP構成員専用のプリズン・コロニーにはほとんど人間の看守がおらず、囚人たちはみな、サイキックウェーブを定期的にチャージされるだけの機械に管理された生活を行っている。それはダルモアも知っていたことだが、冷たいその声は気持ちの良いものではない


「じゃあ、私はもう行くよ、グレン。君のことは本当に残念だった」

「…………」


 エネルギーフィールドという破壊不可能な檻の向こう側では、つい最近までアカデミーの熱血教官であった男、グレンが憔悴しきった顔で横たわっていた。もはや廃人同様であり、話すことも出来ないらしい。


 これは、異常なことだ。


 グレンはヒビキ・ミヤシロによってPPの構成員だったという正体を暴かれ、プリズンタートルに収監された。だが、彼がこうなったのは監獄内の環境のせいではない。人権意識が確立された星雲連合では収監された政治犯であろうとも不当に扱われることはないし、そもそも彼は、正常な状態で監獄での生活を送ることは一日もなかったのだから。


「……一体なにがあったというんだ……」


 報告によれば、グレンはプリズンタートルに護送されると同時にこのような状態になってしまったとのことだ。しかも、それだけではない。このプリズンタートルにはPP構成員が76名収監されていたのだが、同じ日に75名が意識不明となり1名が死亡した。グレンを護送した星雲騎士団員の目撃証言では、あっという間の出来事だったらしい。



 にわかには信じられない出来事だったので、ダルモアはこうして自分の目で現場を確かめにきたのだが、たしかにプリズンタートルの囚人たちはみな廃人のようになっており、生命維持装置によってかろうじて生きている状態だった。


 そして、死んだ1名についても確認済みだ。


 シャルトリューズ・ヴェール。PPの指導者であったシーバス・パスティスの側近だったその男の遺体は、冷凍保存されてはいたが、たしかに生命活動を停止していた。


「シャルトリューズ……あの男が簡単に死ぬとは思えないが……」


 ダルモアがそう呟いたのは、シャルトリューズという人物をよく知っていたからだ。シャルトリューズは桁外れのサイキックウェーブを操る強力な精神感応能力者テレパシストだった。全宇宙に広がるPP構成員たちの統制を取っていた男にしては、あっけなさすぎる最期ではないだろうか?


〈Mr.マッケンジー、お時間です。速やかに退出してください。繰り返します〉


 再び響いた冷たい音声を受けダルモアは席を立った。あえてこの空気の悪いタートルに長居したいと思うはずもなく、足早に航宙機発着場へ向けて歩き始める。


 何か、嫌な予感がしていた。ぞわぞわとした感触がダルモアの胸をよぎる。

 環境設定システムは正常に作動しているはずなのに、寒気がする。


 このプリズンタートルはPP構成員たちのなかでも特に危険な者を収監するための施設だ。だからPPが表立った活動をしていなかった間は外部との接触は限られており、収監人数も変わっていなかった。


そんな場所で、16年ぶりに犯罪者が護送された日に起きた、奇妙な事件。


 星雲騎士団による調査はすでに始まっているが、理由はまだわかっていない。

 この事態をあの地球人の少年に教えておくべきか否か、ダルモアは帰りの便に乗っている間に決めておくことにした。


※※


 カク・サトンリーの朝は早い。オリオンタートルの環境は地球に準じて設定されているため1日は24時間で、アカデミーの始業は9時だが、カクは朝の五時には起床している。


 翠星に古来より伝わる戦士の家系に生まれ、星雲騎士団幹部である父を持つカクにとって早朝は鍛錬の時間だ。


「どっせい!!」

 

 今朝もまた、カクは自宅の庭に出て大木に向けて打ち込みを行っていた。

 樹齢850年、高さ15メートル。わざわざ翠星の実家から輸送して植えてあるその大木は、代々サトンリー家の男子の修業の相手を務めてきた神木である。


「196……おいしょぉ!!」


 カクはやや離れた位置に立ち、大木にむけてテレキネシスを絡める、同時に背負い投げの体勢を取り、ひっこぬいて投げ飛ばすべく力をかける。それを一日200回行うのがカクの日課だった。これは大型の宇宙生物すら投げ飛ばし絞め落とす翠星格闘術の伝統的な鍛錬法だ。


 大木はびくともしないものの、重く響く音と地面を伝わる振動は、カクの調子のパロメーターでもあった。


「197ぁ!!……ふん!!」


 騒音と雄たけびを伴うこの鍛錬のせいで、オリオンタートルでのカクの家は郊外にあり、同居している祖母と母は耳栓をして眠りについているが、カクは鍛錬をやめるつもりはない。


「198ぃ!!」


 もう、これを初めて13年になる。年々大木に込められるサイキックウェーブは高まっているように思えているし、引っこ抜いて投げ飛ばす日も見えてきた。


「199ぅっ!!」


 打ち込みを行っているカクは、時々まだ小さな子どもだったころを思い出す。

 

当時、カクは星雲連合への加盟手続きが進行中だった地球に住んでいた。未開惑星だった地球を調査する任を帯びた父親の『転勤』に付き合わされる形だ。



 カクは地球人を装い通っていた学校で毎日のように小学校の同級生にイジメを受け、よく泣きべそをかいていた。もともと異星人であるため地球の習慣や文化に慣れておらず、また同世代に比べて大きすぎる体も同級生たちにとっては十分な攻撃動機となっていたのだ。そして優しい性格のカクは、理不尽な悪意に対してなんの抵抗力もなかった。

 

そんなある日、うずくまって泣いているカクに『彼』は言った。


『ひくっ……ひっく……』

『どうして、泣いてんの? その怪我どうしたの?』


 彼は、当時からカクの正体を知っていたし友達だった。その時点ではすでに亡くなっていた彼の父親が地球側の外交官だったからだ。


『……みんな、オラのこと体がデカいから邪魔だって…、それに変だって……』


『ぶっとばせよ。そんなやつら』


『だども……オラたちの家のもんは、自分のために力をつかっちゃなんねぇって、父ちゃんが』


『知るか。ぶっとばせ。お前は強いだろ。それはお前が毎日鍛えてるからだ。だから、わけもねーのにお前を殴ったりするやつは片っ端からぶっとばせ。それはお前の権利だ。好きにするほうが楽しいんだぞ』


 彼は、そんなことを言った。今考えるととても極端な意見だし、道徳的な意味で正しくはなかったとカクも思う。実際、本当にぶっとばしたらそれがきっかけで大変なことになって、その後二年間ほどは彼とともに近隣の年上の不良学生と喧嘩ばかりする羽目になってしまった。あのころはカクも彼も今よりずっと弱かったし、よく二人でボコボコにされたものだ。でもどんなに多くの相手に囲まれても、一度も謝らなかった。


 彼の父親が政治犯扱いされたせいで、もっと危険な目にあったこともある。でも一度も謝らなかった。


 久しぶりに再会した今の彼なら、きっともっとスマートに解決する方法を取るのだろうとも思う。彼は荒っぽかった子供のころとはだいぶ違う。


でも、根っこのところでは彼は変わっていないように思えた。そしてそれが、カクには嬉しかった。毎朝の鍛錬も気合が入ろうというものだ。


「200!! ぬるぁっ……!!」


 最後の背負い投げを放つ。大木が振動し、地響きが鳴る。どうやら今日も調子は悪くないようだ。

 カクがそんなことを思いながら一息つき、汗を拭っていると庭の塀のあたりから声が聞こえてきた。


「よー、カク。おつかれ」


 声の主は、『彼』、カクの幼馴染のヒビキだった。響は塀の上で胡坐をかき、小さく拍手を送っている。徹夜でもしたのか、彼にしてはどこかくたびれた様子だった。髪もボサボサで、多分カク以外の、特に女子生徒には彼が絶対にみせないであろう姿だ。


「響どん? おはようさん」


「おはよ。それにしてもいつ見てもいい庭だな。日本庭園みたい。タートル内でこんなの見れるとは思わなかった。これなんでだ?」



「ああ、それは母ちゃんが地球に住んでた時に好きになったからだぁ。それよりどうしただ? こんな朝早くに」


「ちょっとアカデミーのテストについて聞こうと思ってさ。いいか?」


「かまわねぇだよ。オラこれから風呂入って朝飯食うけど、一緒にどうだべ?」

 

響が自分に頼み事をするということは、よほどの理由があるのだとカクは知っている。それに二人で誓った夢と、それぞれが叶えたい野望のためなら協力は惜しまないつもりだ。


「いいね。お前んちの風呂、もはや温泉付き大浴場みてーだもんな。ごちそうになるわ」


 響はそう言うと、座っていた塀から庭に飛び降りた。軽やかな身のこなしで猫のように着地した響は、懐から旧世代の情報媒体である『本』を取り出した。


カクは知っている。それは地球では普通に売られている写真集というやつで、表紙には……


「ああ、これお礼の先渡し。ジュニアアイドル水着写真集な。なんかこの子11歳らしいぞ」


 さすがは、古く深い付き合いだけのことはある。

 カクは今月一番の笑みを浮かべて答えた。


「わかんねぇことはなんでもオラに聞くといいだよ! あと朝飯はなにかリクエストあるだか!?」




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