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てのひらに星雲を  作者: Q7/喜友名トト
シーズン2~期末テスト編~
37/70

そろそろ期末テストだろ

「はっ、奨学金でアカデミーに通っているような貧乏人の杢星人がどうしたって? 同じようなレベルの人種同士、仲が良くてなによりだな」

「うわ、オプティモくんストレートすぎじゃないですか? ふふふ」

「でもほんとのことだしなー。ははは」


オプティモの言葉とその友人たちの嘲笑を聞いたリッシュは、自分の耳が恥ずかしさと惨めさで熱くなっていくのを感じた。

 

奨学金でアカデミーに通っている貧乏人の杢星人。

吐き捨てるように言われたそれは、すくなくとも否定できることではない。


でも、とリッシュは思う


 ボクはお父さんやお母さんのことが大好きだし、生まれ育った杢星にも素敵な思い出がいっぱいある。だから、本当はオプティモくんに言われたことに傷ついたりしちゃいけないし、黙ってうつむいてちゃいけない。


 リッシュのそうした気持ちは本心だ。なのに面と向かって同級生の優等生に侮辱されて、しかもその場のたくさんの人に笑われてしまったことで、何も言えなくなってしまっていた。

 

「おいおいどうしたんだよ。落ち込むなよ。ただ本当のことを言っただけだろ?」

 

 さらに放たれるオプティモの言葉と笑い声。


「……ん」


成績だって不得意科目があるせいでいまひとつで、クラスメートには子どもっぽいと言われているリッシュはあまり自分に自信があるタイプではなく、嘲笑に立ち向かえるほど強くはなれなかった。


 だから、ただ肩を震えさせてうつむいていることしかできないでいて、そんな自分が情けなくて、恥ずかしくて、少しだけ、涙が出てしまいそうだった。


「りっちゃん」


 うつむいていたリッシュの肩に、ぽんと手が置かれた。その手は暖かくて、かけられた声は優しい。


「りっちゃんが素敵で健気で頑張り屋な美少女だってことは、いろんな人が、当然俺もだけど、知ってるよ。だから、バカボンの言うことは無視して顔あげて」


 隣にいたヒビキの指がリッシュの頬のあたりを撫でてくれて、溢してしまいそうだった涙は不思議と消えていた。


 普通だったら照れてしまいそうなセリフ。それをいつでもさらりと言って、こんなにも自分の気持ちを変えてしまうヒビキの言葉は、リッシュにとっては原理が解明されているサイキックスキルなんかよりよっぽど不思議な力に感じる。


「ヒビキくん……」

「ほら可愛い」


 顔を上げたリッシュに爽やかな笑顔を向けたヒビキは、次にオプティモのほうに視線を向けた。いつもの飄々とした雰囲気は変わらないけど、その目だけがリッシュが見たことのないものだった。


※※


「バカボン? どういう意味だそれは?」


 オプティモのマヌケな質問にため息を一つついてから響は答えた。


「馬鹿のボンボンだからバカボンってんだよ。はーっ……君がこんなにバカだとは思わなかったぜオプティモ」


 正直に言えば、響はオプティモに対して失望を感じていた。華星の名家の生まれで父親はオリオンアカデミーも加入する教育委員会の理事も務めているらしいオプティモは傲慢なところはあった。だが、プライドや向上心に見合った能力も持っていて、響もそんな彼に一目置いてすらいたのだが、無意味に女の子を傷つける輩だったとは予想外である。


 だからこそ、失望だ。もちろん響が彼に対して今抱いている最も大きな感情は別のものだが、それはあえて表には出さない。それではリッシュが怯えてしまうだろう。


 速攻で回し蹴りでもくれてやろうかとも思ったが、きっとリッシュはそれを喜びはしないはずだ。ならば、この場でやらなくてはいけないことはなにか?


「僕が馬鹿だと? 劣っているものを劣っていると言っただけだが、間違っているか?」

 オプティモの視線が鋭くなり、取り巻きたちは不穏な気配を感じ取ったのか押し黙った。


自分は他人を侮辱するが、他人に自分が侮辱されるのは許せないというわけだ。この特権階級の選民思想まみれのお坊ちゃまくんが。響は内心でそう思いつつも口からは別の言葉を出して対応した


「……あれ? 君って俺に勝ったことあったっけ?」


 ヘラヘラと笑って見せる響。オプティモと直接勝負をしたのは一度だけ、航宙機グラスパーのレースのときだけだが、その時は引き分けだった。しかもその直後の惑星探査実習では裏工作のおかげで響は学年一位の成績を取っている。


「それで俺やりっちゃんをレベルの低い人種だって言うのはねー。ぷっ。ああ、いやゴメンゴメン。悪気はないんだよ。オプティモ君は別にたいしたことないけどパパンやママンがすごいんだもんね。だから偉そうなんだよね!……ぷっ」


 響は別に大人ではない。だからこちらが理不尽に不快な思いをしたからには相手をより不愉快にさせてやろうという気持ちがある。さらに言えば、狙う展開につなげるためのファーストステップとしての煽りだった。


「……もう一度言ってみろ」


 オプティモの声がワントーン低くなり、同時に響の胸元が見えない力によって掴まれた。かなり強いテレキネシスがかけられているようだ。だが、響は口を閉じない。


「婉曲的な言い方だとわかりにくかったかな。君程度に見下される筋合いはないって言いたかったんだけど」


「……僕を舐めるなよ、ミヤシロ」


 瞬間、響の胸倉をつかんでいたテレキネシスが熱を帯びた。響の着ていたシャツの胸元が燃え落ちていく。これは能力性質変換エネルギーチェンジ、サイキックパワーを電気や熱といった別のエネルギーに変える技術であり、アカデミー四年次の響たちにとっては高等技術だ。


 しかも、オプティモの行ったそれは変換速度も速く、服の胸元だけを燃やすという精密なコントロールもされており、彼の実力が見て取れた。響のテレキネシスでは振り払うことすらできない。おそらく、普通に戦っては今の響ではオプティモには勝てないだろう。


 だが、響にはそんなことは関係ない。


「へえ、こりゃバーベキューに便利だな」


 高熱は響の肌の一部にも及んでいたが、それでも響は表情を歪めなかった。


「!? ひ、ヒビキくん!? だめ、オプティモくん、やめて!!」


 慌てふためき、必死に火を消そうとするリッシュの声に、ビーチ中の視線が集まる。さすがにこれほど強いサイキックスキルが発現すれば、レジャーでここを訪れた客のかなにもそれを感じ取れる者もいたらしい。


「力の差を理解したか?」


 注目が集まったことを察知し、オプティモはサイキックウェーブを弱めていく。


「さあね」

「……ほう」


 ここで響は、オプティモの目が奇妙な光を放っていることに気が付いた。オプティモはわずかな一瞬だけだが、あらわになった響の胸元にあった『物』をたしかに見ていた。


それは響が父である余市から譲り受けた大事な物。一見すれば小さなPクリスタルで作ったペンダントにしか見えないものだ。


星雲連合に加盟する多くの星々では人間のサイキックウェーブの増幅材であるPクリスタルを組み込んだサイキックマシンやデバイスを活用しており、響の持っているこれも一応はそれらと同じように利用できる。


だが『これ』の本来の用途は他のPクリスタルとは異なり、それこそ全宇宙に影響を及ぼす可能性がある危険物だ。


けっして誰も渡すわけにはいかないもの、だからこそ響はそれを肌身離さず持ち歩きつつも、服の中に隠していた。


「……お前……」


「ふん、もういい。行くぞ」


 オプティモの視線に違和感を覚えた響だったが、オプティモは取り巻きに一声かけると、背を向け歩き出した。が、響は彼をこのまま行かせるつもりはない。


「待てよオプティモ。もうメンドクサイから、ケリをつけることにしない?」


「……ここでやりあおうとでも? 野蛮人はこれだから困るな」


「勘違いするなよ。俺も君も、停学にはなりたくないだろ」

 

 響はオプティモに背を見せリッシュのほうに向きなおった。


「ヒビキくん……? ど、どうしたの?」


 先ほどからの一触即発の空気にアタフタとしているリッシュ。彼女は優しくて純粋な人なので、先ほど傷つけられたことに対して悲しんではいても怒りはないだろう。でも響はそれでは気が済まない。


 そう。二度とリッシュを傷つけさせたりしない。そして必ず謝罪させる。それが響の決めたこの場でやるべきことだった。


「ならばどうしろと?」

「そうだなー。ああ、そろそろ期末テストだろ。それの総合成績で白黒つけるってのはどう?」 


 響は最初からそうするつもりだった内容を今思いついたように提案した。


「はっ、本気か? 地球いなかの学校ではどうだったか知らないが、アカデミーのテストはお前が思っているほど簡単でも安全でもないぞ」


 オプティモが長い前髪を気障にかきあげながら言ったことは当然響も理解している。宇宙空間をグラウンドにし、サイキックスキルと高度な学力を養うエリート校であるオリオンアカデミーのテストだ。どんな内容なのかはわからないが、そのレベルは宇宙規模でみても高いだろう。


「ああ本気だ。君は自信があるんだろ?」

「当然な。初歩のサイキックスキルしか使えないお前たちとは違う」


「じゃあいいだろ。勝負がつくまでりっちゃんに話しかけるな。で、お前が負けたらさっきの言葉を謝れ。……あー、あと俺にはアカデミーの学食利用券ランチカード半年分でいいぞ。服の弁償代はチャラにしてやる」


 ヘラヘラ笑いながらペラペラ喋る。こういうことは自分のペースに巻き込んだほうが有利なのだということを、響はよく知っていた。


だが、オプティモのほうもただ流されはしなかった。


「それで? 僕がお前に勝ったらお前は何をしてくれるんだ? 対等だと言うのなら当然リスクを負うつもりはあるんだろうなミヤシロ」


 オプティモの皮肉っぽい言葉を受け、響はペンダントを外した。革の紐を指にかけ、くるくると回して見せる。


「これ、やるよ。純度の高いPクリスタルだし、宮城余市オヤジの形見だ。多分結構価値があると思うぜ」


 本当はPクリスタルとは違う。もっと価値のあるもの。だが響はそれをチップにするのを躊躇わない。


「だ、ダメだよ! ヒビキくん! ……おとうさんの形見なんて、そんな大事なものを……!ボ、ボク……むぎゅっ!?」


 響の腕にきゅっとつかまり、慌てた声を上げるリッシュは多分『ボクなんかのために』と続けようとしたのかもしれない。響はリッシュの口元に手をやって制止した。


「ははは! これはいい! いいだろう。僕は普通にテストを受けるだけだが、特典がついたようなものだ!! ミヤシロ、お前ごときに僕が負けるわけはないからな!」


 心底愉しそうな、だが不快な笑い声をあげるオプティモ。響は意趣返しとばかりに皮肉っぽく微笑んだ。


「やだなー、勘違いしないでよオプティモくん。俺が君に勝つのは当たり前でしょ。だって俺はトップ取るんだから。それは決定事項なの。今言ってる勝負は、りっちゃんと君のことだよ」


 一瞬の沈黙。最初に声をあげたのはリッシュだった。


「え、え、えーー!? ボク……!?」


 いつもとは違い、、やや舌ったらずになった驚きの声が可愛らしい。


オプティモとその取り巻きたちが唖然とし、沈黙し、その後爆笑した。


「ははは。冗談きついぜミヤシロ」

「その杢星人の女がオプティモさんに勝てるわけないじゃない? それに貴方がトップなんて……ぷぷっ、本気で取れると思ってるの? 探査実習みたいに運ではどうにもならなのよ?」


 響はそんな彼らににっこりと笑いかけ、言葉を続けた。


「俺は当然トップ成績。りっちゃんも君より上の成績。それでいいよね?」


「はっ、おいおいミヤシロ、僕は構わないが、本気か?」


「もちろん。りっちゃんはすごいんだぜ。まあ、結果が出ればわかるさ。あー楽しみ。土下座って文化知ってるか? まあいいや。んじゃ俺たちはデート中だからこれで。りっちゃん、行こっか。明日から勉強しないといけないし、今日はとことん遊ぼう!」


「え? え? あの、これは……その……えぇっ!?」


 事態を飲み込めずアタフタとしたままのリッシュの小さな手を取り、人工の砂浜を駆け出す。


「だ、ダメだよヒビキくん! あんな大事なものを賭けちゃうなんて……! 戻って謝って、無しにしてもらおうよ……!」


「やだ」


「えぇ!?」


「もちろん俺も協力するし!」


「もー……どうしてあんなこと……」


「だってムカついんだんだもん。仕方ないよね! あと食費の節約!」



 響は当然本気であるし負けるつもりはサラサラない。そして勝負事にリッシュを巻き込んだのは正解だとも思っている。


 オプティモのような手合いの鼻っ柱をへし折ってやるのは気持ちがよいものだが、今回の狙いはそれだけではない。


 リッシュはあんなに頑張り屋なのに、一生懸命で健気なのに、どこか引け目を感じているようなところがある。響はリッシュに笑顔でいてほしいから、いつも幸せでいてほしいから、くだらないコンプレックスは吹き飛ばしてしまいたい。


 ゆえに、これは響のエゴである。リッシュの幸せのためではない。リッシュが幸せになることが自分にとって嬉しいからだ。


響はそれでいいと思っている。なにしろ、『宇宙は自分を中心に回っている』と信じているのだから。


「ちょ、ちょっとヒビキくんってば!」


 後ろをパタパタと走っているリッシュは、もし負けたら責任を感じてしまうだろう。だからこそ、絶対に勝つ。要は勝てばいいのである。


「……それに」


 ふと、オプティモのことが響の脳裏によぎった。

 あいつは、あんなヤツだっただろうか? クリスタルを見る目がどこかおかしくはなかっただろうか。


 この違和感も確かめなければいけないことだ。そして裏に何かがあるのなら、打ち砕いておかなければならない。


「よし! りっちゃん! 俺と一緒に楽しくテスト対策しようぜ。絶対勝てるから大丈夫」


 波打ち際で足を止め、響はリッシュに呑気な言葉をかけた。


そういえば、こうなったことで明日からはリッシュとの時間が合法的に増える。それに一緒にテスト勉強なんて親密度大幅向上のイベントだ。どうせ戦うなら楽しいのが一番である。そもそも響は最初から主席で卒業するつもりなので期末テストもトップを目指すのは決まっていた。


オプティモの鼻を明かす、リッシュの笑顔をもっと良いものにする、近づく怪しい気配は確かめておく、リッシュと楽しく勉強する。一石四鳥のナイスプランだ。宇宙で初めての期末テスト、高い関門であると思われるそれだ。このくらいのモチベ―ションでちょうどいい。


「う、うー……。もう、ホントにヒビキくんの言葉は不思議だなぁ」

「え? なに?」



「う、ううん! なんでもないよ!……もー、仕方ないなぁ……」


 リッシュは何故か顔を赤くしたあとで大きく深呼吸をした。どこか、観念したようにも見える。


「ボク、頑張るから、よ、よろしくね! ヒビキくん」


 彼女ならではの朗らかな声で告げられた前向きなその言葉と、童顔に浮かび上がるまっすぐな表情。それだけで、響はちょっと幸せな気持ちになれた。



 


かなり間が空いてしまったので、今話に出たクリスタル云々の話。なんだっけそれ。と思われた方は17話、22話あたりを読み返していただければ幸いです

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[一言] オプティモがPPの構成員なのか、それとも洗脳されたのか?
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