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てのひらに星雲を  作者: Q7/喜友名トト
シーズン2~期末テスト編~
35/70

ボク、頑張るよ!

オリオン・アカデミーの学生は昼食事情に恵まれている。

 いくつかある学食カフェテリアでは様々な星のメニューが格安で食べられるし、売店スタンドで購入できるランチボックスもバラエティに飛んでおり飽きるということはほとんどない。


 そんななか、響の最近のお気に入りは噴水ホログラムがある広場の売店『杢星バーガー』だ。

牧畜が盛んなことでも有名な杢星から直輸入された特級の肉とチーズ、これを地球風のパンで挟むというシンプルな創作料理なのだが、思いのほかジューシーで旨い。

 

今日も響は杢星バーガーに訪れていた。


「はい。おにいちゃんイケメンだし、いつも買ってくれるから今日はおまけにオーロラベーコンを挟んどいたよ!」


「やった。ありがとうございます」


オーロラベーコンというものは食べたことのない響だったが、お礼は大事だ。爽やかな笑顔で嬉しそうに言うのがポイントである。

「……あれ?」


 バーガーとコスモソーダの代金を支払った響は、噴水のあたりに見知った人物がいることに気がつき、買い物を追加した。


「あ、すいませんお姉さん。コスモソーダあと一つ追加お願いします。色はアクアスプラッシュ、甘さは+4で」

「あいよ! おや、彼女でも見かけたのかい?」

「んー。彼女ではないですけど、好きな子ですね」

「あらまぁ、若いっていいわねー」


 店員の女性とのやりとりを済ませた響が向かったのは、噴水ホログラム近くのベンチだった。そこにいた彼女はなにやら小型モニタを見つめて難しい顔をしている。


「えっと、あ、あれ? うーん。むむ……これがこうなって、それから……」


 ペン型のデバイスを片手に一人呟いている彼女は普段と少し様子が違い、いつも朗らかで元気な声も少しだけトーンが暗かった。純情そうなきらきらした瞳が印象的な愛らしい童顔は変わらないが、彼女のトレードマークであるサイドポニーテールもどこかシュンとしているように見える。


「うぅ……ダメだ。全然わかんないや。はぁ、ボクって、才能ないのかな……」


 彼女、リッシュ・クライヌは響が近くに来ていることに気付いていないらしく、大きくため息をついてテーブルに顔を突っ伏し、目を閉じた。座ったまま足をブラブラさせているところが少し可愛らしい。


「ほっ!」


 少しイタズラ心が沸いた響はさっき買ったばかりで冷え冷えのコスモソーダのカップをリッシュの頬に軽く押し当てた。


「ひゃあっ!……あ、あれ? あ!」

「ははは。ごめん、つい」


 子どものような声を発して顔を上げたリッシュだったが、イタズラを仕掛けてきた相手が響だと気がつくと、嬉しそうに微笑んでくれた。


「こんにちは! ヒビキくん。えへへ。もー、ボク、びっくりしちゃったよー」


 学生同士では普通『こんにちは』なんていうちゃんとした挨拶はしない。だけどリッシュが口にするそれは、とても自然で気持ちがいい。響はリッシュのそういうところも好きだった。そのあとはにかんでいるところもポイントが高い。


「やっほー。あ、これあげる」

「わぁ! ありがとう!」


 そう答えてソーダを両手で受け取るリッシュがなんとも愛らしかった。

 この、素直なお礼の言い方もとても良い。コスモソーダの一つでこんなに嬉しそうな声が聞けるなら安いものだと響は思っている。


 響はベンチに座ることはせず、リッシュとの会話を続けた。もし彼女の邪魔になるようならすぐ立ち去れるようにだ。


「なんか悲しいことでもあった?」

「え? ううん。どうして?」

「や、さっきなんかため息ついてたから」


「えっと。うぅ……それは、その」

「? 俺で聞けることなら聞くよ」


「あ、全然たいしたことじゃないよ? ちょっと勉強がわからなかっただけだから」


 昼休みにまで自主学習とはアカデミーの教諭陣が聞いたら感心しそうなことだが、リッシュは叱られた子犬のようにしぼんでいた。


「勉強? さすがりっちゃん。偉い」

「そ、そんなことないよ! その、もうすぐ期末テストだから、ボク、ちょっと心配で」


 リッシュはやはり少し落ち込んでいるようで、響はなんとなく事情を察した。

リッシュは奨学金を貰ってアカデミーに通っている。アカデミーの奨学金制度はかなり厳しく、高い成績をキープしていないと打ち切られたりすることもあるらしいので、リッシュにとって期末テストは重大な悩み事なのだろう。


「そっか。でもりっちゃん、成績いいじゃん。なんかダメなのあったっけ」

「ボク、空間把握パーセプションが、苦手で……」

 空間把握、というのは空間内の位置情報やベクトルを直感的に理解するサイキックスキルのことであり、授業科目でもある。航宙機の操縦や宇宙空間での作業には不可欠なものといえるだろう。


「あー、そっか。りっちゃんは念力系のほうが得意だもんね」


サイキックスキルは大別すると物理的なエネルギーや効果を生み出す念動力系と、知覚を拡大する超感覚系の二つがあるのだが、空間把握パーセプションは後者だ。そしてリッシュの得意科目は回復ヒール能力性質変換チェンジ超剣術サイキックソードアーツ。いずれも、直接手で触れてエネルギーを発動する種類の念力系だ。


「うん。でも、苦手だからって逃げちゃダメだもんね! ボク、頑張るよ!」


 リッシュは小さな両手の拳をぎゅっと握って明るい声で言った。その様子は響の心にぐっとくるものがあり、あることを思いつかせた。


「俺、結構得意だよ、空間把握パーセプション。いや授業は取ってないけど、操縦マシンコントロールで必要だから身についた感じ。あれってさ、実践しながら理論覚えたほうがわかりやすいかも」


「そうなんだ。さすがヒビキくんだね」

「と、いうわけでさ。明日土曜日だし、俺と一緒にアネックスに行かない?」


 響は善意20パーセント、下心80パーセントの提案をした。アネックスというのは、アカデミーがあるタートルから少し離れた宙域にあるスポーツ・レジャー用のタートルだ。


 航宙機は初めとした色々なサイキックデバイスをレンタルでき、アトラクションも設置されているアネックスは、別銀河からもワープ船で遊びにくる客もいる人気スポットという話だ。響自身はまだ行ったことがないが、なかなか楽しそうな施設だと思っていた。


航宙機グラスパーに乗ってみたらなんか参考になると思うよ。動かすのは俺がやるから。二人乗りで!」


 爽やかな口調で言い切る響。もちろん、一番の目的は単にリッシュとデートに行くことである。あわよくばあれもしてこれもするつもりである。

 

さて、返事はどうかな、とリッシュの顔をみた響だったが、言葉を聞くまでもなく返事はわかった。

「ほ、ほんとにいいの? うわぁ、ありがとうヒビキくん! すっごく助かるよ!」


表情を明るく輝かせ、とても喜んでいるリッシュ。純粋できらきらした笑顔が眩しい。

響はそれを見て、選択してもいない授業である空間把握パーセプションのデータテキストをみっちりと予習する決意を固めた。


「そっか。じゃあ決まりで。あ、ごめん勉強の邪魔して。もう行くよ俺」

「ううん。そんなことないよ! 明日、楽しみにしてるね。ボク、お弁当作っていくね」


「いぇーい!! それじゃ、明日迎えに行くよ」


「うん。よろしくね。ばいばーい」


 大きく手を振ってくれるリッシュと別れ、響は次の授業の教室に向かった。食事はそこでとればいい。ハンバーガーは少し冷めていたが、まったく気にはならなかった。



 


次回はデート回? ですがそろそろ不穏な空気が出たりでなかったりします

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