調子に乗ってんじゃねぇぞ地球人
響の視線の先には20名の男子生徒がおり、その全員が地球人の常識から外れた動きを見せていた。
投げられたボールはテレキネシスによって直角に曲がりパスが通る。パスを受けた生徒は青く光るサイキックウェーブを体に纏い、砂煙を上げてグラウンドを前進する。前進してくる生徒を止めるべく自動車並みのスピードでタックルを放つ別の生徒。タックルしてきた生徒を軽々と10メートルほど上空に弾き飛ばしなお進む生徒。
ほんの4ヶ月前、地球にいたころの響であれば驚いた光景だろう。だが、今ではそんなことはなかった。宇宙空間に浮かぶ大型居住区タートル、その中にあるオリオン・アカデミーにおいては、これはごく普通の授業風景である。タートルの外壁が作り出す人工的な空にももう慣れた。
「ひゅー。みんなすげぇ」
響は口笛を吹いて呟いた。みんな、というのは同じ授業、身体強化を受講しているクラスメートたちのことだ。最初教官であったグレン先生が『諸事情』で退職し後任教官がやってくるというアクシデントがあったにも係わらず、生徒たちの能力の向上には目を見張るものがある。
現在授業で行っているのはSフットボールの試合だ。ボールをテレキネシスで曲げることも身体能力をサイキックパワーで強化することも許されるこの球技は、星雲連合加盟星の人気スポーツであり、授業にも取り入れられている。ルールとしては地球におけるラグビーやアメフトに近く、ボールを敵陣の最深部まで運べば得点が入ることになっているらしい。
授業開始当初は単純なトレーニングのみであった身体強化だが、今ではこうしたサイキックスポーツも取り入れられている。要するに体育みたいなものだろうと響は認識していた。
「どけどけ!!!」
前方では、Sフットクラブに所属するラフ・ロイグが、響の味方チームを蹴散らし進んでいた。専門でやっているスポーツが授業で行われた場合、他の未経験者をサポートする人とここぞとばかりに自らの実力を示す人の二種類がいることは響も経験的に知っているが、ラフは前者らしい。
ちなみに、響のポジションはディフェンスの6番。自陣最後尾で敵の攻撃を止める役割であり、味方の最後の砦と呼べるポジションだ。
「ウゼーんだよどけ!!」
6年まであるアカデミーにおいて4年生がSフットボールクラブのレギュラーを任されているラフの走りはなかなか止められないようで、ディフェンスを弾き飛ばしながらどんどんゴールラインへと近づいてきていた。ディフェンス側で残っているのは、響一人だけである。
「ヒビキー!!」
不意にグラウンドの外から甘く黄色い声が聞こえてきたので、響はスタンドのほうに目をやった。
「応援してましてよ!! ヒビキ!」
スタンドにいたのは、転入したばかりのころに『とても』仲良くなった女の子、ラスティだった。華やかな金髪やおもわず見とれてしまいそうな艶めかしいボディラインが魅力的である。溌剌とした健康的な色気が眩しい。
「お?」
見れば彼女の他にもたくさんの女子生徒がいる。たしかラスティはこの時間、空間移動の講義中だったはずだが、休講にでもなったようで、みんなで見学にきた、というところらしい。
「おはよ。ラスティ。今日も美人だね」
響は試合展開から完全に目を離して、ラスティに手を振った。ちなみにゴールラインからもあえて離れておく。これで、ラフが直進してくるラインから距離を置けたはずだ。俺は試合には係わらないよ、点を取りたきゃどうぞ、という意思表示である。
「まぁ……! そんな……。いけませんわ! 今は授業中ですもの……!」
言葉とは裏腹にラスティは頬を桜色に染め、嬉しそうに身体を揺らした。彼女は例の事件以来、響に対する態度が180度変わっている。学園の女王あらため、恋に一途なお嬢様だ。
「やー。だって本当のことだからね」
「ふふ、嬉しいですわ! でも、ヒビキだっていつでも素敵ですわよ!」
響はそんなラスティの反応を見つつ、自分の足元近くで弱いテレキネシスを発動させた。ごく微弱なサイキックウェーブがグラウンドの一部に作用したが、それに気がついたものは誰もいないはずだ。
「ラスティ、今日って放課後ヒマ? 俺とデートしない?」
「喜んでご一緒いたしますわ! ……あっ!? ヒビキ!!前を!」
豪華な花束のようだったラスティの表情に驚きと不安の色が走った。彼女は響だけを見つめていたので、気がつくのが遅れた、というところだろう。ラスティは口元を押さえつつも、響の前方に視線をやっていた。
「!」
響はラスティの視線を追い、身体の向きを変えた。これまではラスティの、つまりは観覧席のほうを向いていたのを、試合が行われているグラウンドに、ということだ。
「調子に乗ってんじゃねぇぞ地球人!」
怒鳴りつけるような声の主は、敵チームのオフェンスであるラフだった。すでにタックルの構えになっている。ただ前進するだけで得点できるにもかかわらず、あえて進路を変えて響をぶっ飛ばしにきた、というところらしかった。
「おっと……やべ」
すでに響とラフの間は5メートルほどに迫っており、ラフは加速状態にある。つまり逃げようとしても追いつかれてタックルを受けるだろう。では、こちらも正面からタックルをかまして受け止めるか?
それは無理だ。ラフは響よりも10センチ近く身長が高いし体重は20キロ近く重い。身体強化のエネルギーの大部分を筋力に回しているラフの破壊力の前では、響の体など突風の前の空き缶も同じだ。
「オラアアアっ!!」
見れば突進してくるラフはとても嬉しそうな顔をしていた。転入初日に揉めたときから、彼は響を嫌っていたようだ。自分に従順でもなく、楽しそうにしているところが気に入らないらしい。しかも今の場合は、試合中に女の子と(しかもアカデミー有数の美少女であるラスティと!)会話していたことが彼の逆鱗に触れたとみえて、そんな相手を女の子の見ている前でぶっ飛ばせるというのが、嬉しいらしい。
そしてそれは、響の予測通りだ。
「ぶっとばしてや……!?」
ぶっ飛ばしてやる! 多分ラフはそう言いたかったのだろう。だがそれは叶わなかった。何故かといえば、彼はさきほど響がテレキネシスで掘っていた小さな穴に一瞬だけ足を取られたからだ。
「……っ!」
しかしラフは予想通りさすがである。派手に転倒することもなく、怪我をするわけでもなく、そのまま体勢を立て直しながら響に向かってきた。ただわずかだけ減速し、持っていたボールを小さくファンブルした。いわゆる『お手玉』というヤツで、ラフであればコンマ数秒も経たないうちに再びボールをしっかりと握りこめるだろう。
だが、響の狙いはそのコンマ数秒の中にある。
「いただきだ!」
素早く手を伸ばし、握りこみ、すれ違いながら手を抜く。
「……なっ!?」
ボールはラフの右手からわずかに離れた次の瞬間、響の右手に納まっていた。
「っしゃあっ!!」
身体強化とは、要するにサイキックウェーブを自分の身体に流すことで肉体的な性能を向上させる技術である。響はこの能力を筋力や耐久力にではなく、神経系に用いられるよう訓練してきた。元々や運動神経に優れた響がこれを使えば、通常の神経伝達を超えた反応を生み出せるのである。たしかにパワーでは劣ることになるので不利になりやすいが、要は使い方だ。
「カク! 取れよ!!」
「わかっただよ!!」
続いて大声で叫び、オフェンスにいる幼馴染の親友に向けてボールを投げる。多少適当に投げても大男でサイキックスキルも強いカクのことだから敵を押しのけてキャッチしてくれるはずだと響は思っていた。
「さすがですわ! ヒビキ!!」
続いてラスティの嬌声や、女の子たちの歓声も聞こえてくる。
「……てめぇ……!」
ラフは憤怒に満ちた表情で響に視線をやってきた。彼からすれば、計算外だったことだろう。
見学にきていた女子生徒から見ればラフはあっさりと響に止められてしまった構図になるわけで、それは彼にとっては不名誉なことのはずで、彼にとってはそうやすやすと受け入れられることではないだろう。
「いぇーい! あのラフを止められたぜ! ラッキー!」
そこで響は、間髪いれずに見学に来ていた女の子たちにも聴こえるボリュームでそう口にした。
「……おまえ……?」
「? どうしたラフ」
「……んだよ。ラッキーってのは」
「君ってすげー強いじゃん。四年生でSフットのレギュラーってヤバイだろ。そんな君を止められたのがラッキーだって、そんだけさ」
「お、おお。……ま、まあな」
意外そうな表情のラフ。だが、響の言葉は本心である。彼は傲慢なところもあるし、非体育会系の生徒を小馬鹿にすることころもある。それは響からするとムカつくときもあるが、彼個人の能力はあくまでも彼が彼の才能と努力によって掴んだものだ。それは評価されるべきだし尊敬できるところだと響も思っている。
響とラフの会話にギャラリーの女子生徒たちのリアクションも少し変わった。チラチラと二人を眺めているようだ。
「ま、普通にやるとしんどいからな、ちょっとズルしちゃったぜ。君くらい実力があれば気づいてるだろ?」
「おまっ……! さっきの穴はお前が!?」
「まあまあ、細かいことは多めに見ろよ。スター選手」
「てめっ。汚ねーなおい!!」
ヘラヘラと笑う響の軽口に煽られたラフはギャラリーの目もあってか、それとも思ったより爽やかに実力を認められた戸惑いのためか響の頭を小突く留まり、
「痛っ、なんだよ心狭いぞ。うりゃっ」
響もまた、小突かれたあとにラフのケツを軽く蹴るだけに留めた。
実際の二人の人間関係は別として、ハタからみればハイレベルなプレイをこなした男子生徒二人がじゃれあっている光景に見えるだろう。
ギャラリーの女の子たちは微笑ましいものをみるようにのどかな雰囲気で、二人に声援を飛ばしてくれていた。
「あはは、二人とも頑張れー!」
「なんだかよくわからないけどカッコよかったよー!」
「ヒビキー!! える・おー・ぶい・いー(略)」
「ほいほーい。ありがとー」
響はふざけながら声援に答え、なにやら戸惑いの表情をみせているラフの肩を叩いた。いつでも自分一人が注目の的だった彼からすれば、不思議な感覚なのかもしれない。
そんなやりとりをしていると、アカデミー全体に鳴り響くチャイムがなった。二時間目の授業時間終了を告げる音だ。
「お。終わりか。あー疲れた。ほんじゃラフ、来週またな」
「お、おお……」
憮然とした表情のラフの肩を叩き、後ろ手をひらひらと振りながらその場を後にする響。
結果だけ見れば、上手いことやった。負けることはせずヘラヘラとかわした。
宇宙での学園生活にもだいぶ慣れてきた。さすがは俺だ。
宮城響はそんなことを思った。




