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てのひらに星雲を  作者: Q7/喜友名トト
シーズン1~ 転入編~
30/70

なぁ、ヨイチ

「さて、と」


 最初の強敵だったグレンを制し、気絶した彼を見下ろす響は、実はかなり疲れていた。そして体中が痛い。楽勝だったかのように振る舞ったが実際ギリギリだったし、あれほど攻撃をうけたから当たり前なのだが、それは今は我慢しておくことにした。


 痩せ我慢は男の美学なのである。


「ラスティ、もう目をあけていいよ」


 まるで子どものようにきゅっと目を閉じていたラスティに歩み寄り、形のよいおでこに軽くキスをした。本当はガッツリとマウストゥマウスで舌も入れようかと思っていたのだが、口内も出血しているのでやめておく。さすがに最初のキスが血の味では可哀想だ。


「え、ええ……もう、おわったんですの?」


 おそるおそる、といった具合に眼をあけるラスティ。彼女からしてみれば予想外の出来事の連続だっただろうが、さきほどまでの響とグレンのやりとりは聞こえていたはずで、だいたいの状況は掴めているらしかった。


「うん。ラスティのおかげでね。いやー、ごめんね。怖い思いをさせて。実はさぁ……」

 

 言い訳をしようとかと思った響だったが、その言葉はラスティに遮られた。


「……そんなこと、どうでもよくってよ!」



 ぷるぷと震えながら話し始めたラスティはそこで一度口を閉じ、少し考えるようなそぶりを見せた。そして、なにかを決意したかのように一人頷くと、いきなり抱きついてきた。



「あなたって、なんてすごい人……!」


 一瞬戸惑った響だったが、とりあえずラスティのしなやかな腰に手を回して触り心地を楽しみ、女の子特有の甘い香りを堪能しつつ答えることにする。


 うむ。実によい心地だ。胸の膨らみもすばらしい。


「やー、そうかなぁ。そう? 照れるぜ」


 そういえばラスティからはさきほどは告白のようなこともされている。そしてそれは無かったことにはなっていないようだった。


 グレンに言い放った野望や目的、そのために戦うという意志。そのすべてを聞いたはずの彼女は、意外にもどん引きするどころか、なにやら感動しているようにみえる。たしかに自分でも離れ業だったと思うが、ラスティの反応は予想以上だった。


「ええ! あなたのような方がいらっしゃるとは想ってもいなかったですわ! さすが私の初めての人……。ヒビキの夢のためなら、わたし……」


「う、うん。ラスティ、なんかキャラ違くない?」


「ふふふ、そうかもしれませんわね。でも、心を捧げた殿方の前ですから」


「みんなびっくりするよ。それ」


「かまいませんわ! ちょっと恥ずかしいですけど……私はヒビキのものですもの!」



 ラスティはもじもじと顔を赤らめつつも、なにやら妙に目がキラキラしている。そういえば、話し方も変わったようだ。最初に出会ったときから少しずつ変化してきてはいたが、これはあきらかに違う。どうやら、告白の一件でいろいろ吹っ切れたらしい。恥ずかしそうにしてはいるが、彼女のなかでは宮城響との接し方及び関係性が決定したようだ。


 普段かぶっている学園の女王というゴージャスな仮面の下は、純粋で古風、だが積極的な乙女だったらしい。それは華星の名家で育てられたがゆえのことなのだろうか?



「……これから先、ヒビキがどれだけたくさんの女の子の心を奪ったとしても、はじめては私、そうですわよね?」


 おう。その辺も理解してくれるらしい。そしてその上で自分の枠はまた特別なようだ。


「うん」


 宇宙人ではね。


「ええ! でも、そのうち、わたししか見えなくなるかもしれなくてよ? ふふふ」


「あー、それはそれで楽しそうね」


 ないと思うけどね。よし、これは後々色々便利だ。しかもラスティは可愛いので単純にうれしくもある。つまりは今回、大成功だ。


 もちろん、自分のことを好きになってくれた女の子には優しくするし、必ず幸せにしてみせる。WIN-WINってやつだ。


 そんなことを考えつつ、とりあえず今夜は……とヒビキが夢想しはじめたところに、別の人間の声が聞こえた。


「やっと見つけただよ! 響どん! 救難信号出すのが遅すぎじゃねえだか?」


 エアスクーターでやってきたのはカク。グレンと闘い始める前に出していた救難信号をキャッチしてくれたらしい。


「おぉ!? ……流石だべ。響どん」


 倒れ伏したグレンと腕のなかにいるラスティをみて、カクは状況を把握したようだ。



「だろ? 敵も倒してラスティもゲットだ。ふははは。……あ、わりぃ、カク。俺、倒れていい?」


 安心したことで、急に体が重くなる。さすがに限界が近い。


「仕方ねぇだなぁ。先生を縛って、アカデミーに連絡して、響どんを治療して、実習を続ければいいだか?」


「ああ……。連絡は副学長のダルモア先生にしといて。あと実習は最低限でいい。俺たちがトップ成績になるように……しとくから……あと、で……」


「ヒビキ……? あら、眠ってしまいましたのね? ふふ、可愛い寝顔」


 響はラスティの胸のなかで、そのまま眠りについたのだった。


※※


 オリオン・アカデミー副学長のダルモアは突然入った激務をこなし、本日一杯目のコーヒーを入れることにした。わざわざ特注で作ったコーヒー専用デバイスに軽いサイキックウェーブを流し、ゆっくりと豆を挽く。


 漂ってくるかぐわしい香りが、ほんの少しだけ疲労をいやしてくれるようだった。



 カク・サトンリーから通信された情報は衝撃的であり、かつ早急に対応しなければならないことだったが、なんとか無事にクローズ出来そうだ。


 まさか、グレンがPPの一員だとは思ってもいなかった。熱意のある教師だと思っていただけにそれはショックが大きい。


 PPがいまだ活動していて、しかもその一員がオリオンアカデミーの教員だったなど、さすがに公表できる事実ではないので、なんとかうまく処理する必要があった。


 まずグレンは外宇宙にあるプリズンコロニーに護送。その間にアカデミーに潜伏する残りのPPの情報を強制的に吸い出し、全員拘束。そして表向きにはもっともらしい理由をつけて退職ということにする。


 これだけのことをわずか1日でやってのけたのは、ひとえにダルモアが優秀であることの証明だが、さすがに骨が折れた。


「……ふう。今夜は少し甘さがほしいところだな……」


 地球の特産物であるコーヒー、それに人工甘味料をいれようとしたそのときだった。


「こんばんは! ダルモア先生!」


 不意に室内の3Dモニタが起動し、少年の姿が空中に映し出される。オープンにしたままだったらしい。


「ヒビキくん! 君、もう体はいいのかね?」


 どうやらヒビキは帰りの航宙機の中のようだった。居住性ある船のため、個室のベッドから通信をしてきている。


「え? ああ。リッちゃんが回復ヒールデバイスが使えるので、もうすっかり。いろんな意味で元気一杯ですよ!……でもみんな帰りのワープで疲れたから、アカデミーに戻るのは明日にして今はみんな眠ってます。……おっと」


 ヒビキは入っているベッドの左側にシーツを被せた。なにやらその部分が不自然に盛り上がっていた。


「そ、そうか。ところで、今回は大変だったね。すまない。君に危険を押しつける形となってしまって」


「いえいえ。自分で切り抜ける、っていったのは俺ですから。えっと、後はお任せしていいですよね?」


「もちろんだ。責任をもって対処させてもらうよ。君のほうは今回のことを公言しないでくれると助かる」


 正直に言えば、ダルモアはヒビキに驚かされていた。感心したと言い換えてもいい。彼は転入してきた日の言葉通り、優秀な生徒しか参加できない実習に選抜され、そして自らの力で敵対者を突き止め倒したのだ。


 ラスティ・ネイルと同じグループだから安全だろう、と考えていたダルモアの想像を越えた方法でグレンを誘い出すことなど、とても少年の身で出きることではない。いざというとき、つまりヒビキがPPの手に落ちた場合の備えはあったが、それは必要がなくなった。


 もしかしたら、彼は、本当にヨイチ・ミヤシロを超え、銀河を守る救世主になれる器なのかもしれない。


「しかし、すこし危ないことをしすぎだね。上手くいったからよかったものの……。次からは私に相談してほしい」


 ダルモアは教育者らしくそうも告げた。ヒビキが死ぬようなことがあれば、悔やんでも悔やみきれない。彼には未来の可能性があるのだ。


「ありがとうございます。じゃあ早速相談があります。ダルモア先生」


「なにかな? なんでも言ってみたまえ。私に出来ることなら協力しよう」


 ダルモアのなかでのヒビキの信頼度は最初とは比べものにならないほどにあがっていた。

 アカデミーの成績や今回の件、彼はあの大きな野心に本気で挑むつもりであり、それに見合う力がある。その特別な事情に多少配慮しても仕方がないだろう。



「ダルモア先生にしか出来ないことですよ! えっとですね。今回、結局実習自体はいまいち上手くいかなったんですよね。一応、惑星カリラの簡単な調査報告は出来るんですが、キークリスタルの採掘場所はみつけられなかったですし。主席卒業を狙う俺としては悔しいですね」



「そうだね。残念かもしれないが、あんなことがあったからには……それに、今回の実習ははじめから四年生の君たちには難易度が高かったからね。ほかのグループも似たような結果だよ。気を落とすことはない」


 ヒビキのベッドの左側の固まりが動いた。なにやら甘い寝息のようなものも聞こえるような気がしたが、ヒビキは咳払いをしてそれをかき消し、にっこりと笑った。


「これって不公平だと思うんですよね。だって、グレン先生のことは公にはしないつもりですよね。そしたら俺たちが調査を妨害されたこともアカデミーの皆は知らない。だから、俺たちはなんの理由もないのに調査に失敗したことになって、成績にもそうつけられちゃう。おかしくないです? 事実を公表しないのは学校おとなの都合なのに、学生が犠牲になるなんて……実習の成績については配慮するべきだと思いませんか?」


「そ、そうは言ってもだね……」


 これはまずい流れだ。とダルモアは直感した。この少年はやたらと軽やかなくせに、どこまでもしたたかだ。


「地球の話で例えるとですよ。単位がかかった校内マラソン大会がありました。上位50位に入らないと単位がもらえないとかそんなやつ。で、マラソン中に痴漢を見かけて、捕まえてみたら学校の先生でした。そんなことしてたらマラソン大会の着順は遅れました。学校は教師が痴漢だと体裁が悪いのでそれを言いふらさないように生徒に言って、生徒はそれを了承しました。なのに、その生徒を落第にするのと同じですよね?」



 よくもまあ、こんなにペラペラと口が動くものだ。そして、どこかおかしいのに妙な説得力がある。ダルモアは額に汗をかきはじめた。詭弁のようだが、筋が通っているように思ってしまう。



「それはだね、ヒビキくん。学校がどうとかいうより、星雲連合全体に混乱がだね……」


 絞るように告げたダルモアの言葉に、ヒビキはふっと笑った。


「俺は喋りませんけど、誰かが喋ったりしたらまずいですよねー。とくにアカデミーで人気と影響力があって父兄も偉いブロンドのセクシー美少女とか」


 ヒビキは飄々とした顔でつぶやき、ベッドの左側の膨らみを撫でた。その指先には艶やかな金色の髪がかかっていた。


「ま……」


 ダルモアの口が急速に乾いていく。

 まさかそんなことがありえるのか? なぜこんな短時間で? 

 実習前の二人の関係は話では聞いて知っている。二人とも学内の有名人だからだ。それがどうしてこうなった? どうしてこうなった?


 自身のハイスクール時代を思い返してもみたが、さすがにいくら若者でも急すぎる展開だ。今時の宇宙ではそれくらい普通なのか、と思うと教育者として頭が痛い。


 まして、相手は学生たちのあこがれの的のあの女子生徒だ。


「でも恋する女の子は、好きな男の頼みは聞いてくれるもんですよね」


 絶句する。この少年は、本当に底がしれない。あえて直球で要求を述べてこないくせに、こちらをコントロールしようとしている。それもあえてのことだ。ハッキリと不純異性交遊や教師への取り引きを持ち出されてしまえば、こちらも正しい対応をしなければならなくなるとわかっているのだろう。


「成績って課程や努力を評価してくれることもあるし、それは教師の主観ですよね!」


「そ、そうかもしれないね」


「ですよねー」


 ここでヒビキは一度会話を区切り、ベッドサイドにおいてあったコスモソーダを口にする。間を取ったあと、彼はくしゃっとした笑顔を見せた。それは年相応の、少年らしい爽やかな微笑みだった。



「先生、コーヒー。冷める前にどうぞ。じゃあ、これで」



「ちょっ……!」


 引き留めようとしたダルモアだったが、すでにヒビキの回線はクローズされていた。


「……はは」


 急に静かになった副学長室。ダルモアはあまりのことにしばしポカンとしていたが、気がつくとおかしさがこみあげてきた。



「ははははは!! なんてヤツだ!!」


 若者の言葉でいうところのゲスい、というやつだろうか。あそこまでされるといっそ清々しくもある。不謹慎ながら『やるな!』とも思ってしまう。重い立場の副学長としてではなく、一人の男に戻ったダルモアは、ヒビキに快哉をあげてやりたい気分ですらあった。


 PPに一泡吹かせ、アカデミーの女王を手に入れ、さらに求めてくる。

 それはすべて、軽やかで、鮮やかで、しかし笑えるほどにひどいやり方だ。

 

 もちろん、毎回こうはさせない。教育者として、今後は厳しくあたるつもりだ。あまり調子に乗らせないようにせねばならない。現場で指導にあたっていた時代やPPと戦っていた時代の自分に戻ってガツンとやってやる。物わかりのいい副学長は今日で終わりだ。その上で今のようなことをやってくるなら受けて立つ。


 だが今回は見事というほかなかった。話の顛末は聞いているが、どこからどこまで計算していたのかすらわからない。


 清廉潔白で一本気な男だったヨイチに今のあの子をみせてやりたいものだ。色々な意味で。


「ははは!! アイツが卒業する日が、楽しみだな」


 ヒビキ・ミヤシロはこれから先もアカデミーに、いや、いずれは銀河に旋風を巻き起こすに違いない、そう感じる。


「……お前の息子はなかなか面白い男になったぞ。なぁ、ヨイチ」


 ダルモア・マッケンジーは友人だった男の命日から続けていた禁酒を解き、コーヒーに琴星果実酒ゴールドブランデーを注ぎ、虚空へ向けて乾杯する。


 一口飲んだその液体は、対応に追われた一日の疲れと、10年前に凍り付いたダルモア心の一部を、溶かしていくようだった。

あと一話! 当初の予定よりすでに2000字くらいオーバーしてしまった。

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