俺ほど健全な精神の持ち主は他にいませんよ
響は胸部を押さえながら後ずさりをしていくグレンから眼をそらさない。瞳を閉じているラスティを胸元に抱いたまま、あくまでも冷静に。
途切れさせることなく、銃を撃ち続けた。
「あと5~6発くらいは撃てるかな?」
初撃の引き金を引いたのはついさきほど、座り込んでいる自分にラスティが抱きついてきたとき。左手でラスティの頭を撫でつつ優しい言葉を口にしながら、右手で発砲した。
ラスティがやってきたため、グレンはサイキックウェーブによるバリアを解いていた。木の葉や枝を粉砕し響の突進を跳ね返すそれが、彼女に怪我をさせないためだ。その瞬間をねらわれていたとも知らずに。
なにが起きたのかわからない。撃たれたグレンはそんな表情を浮かべていた。そこに間髪入れずに前蹴りを打ち込み、尻餅をつかせたところにさらに銃口を向ける。
「……ミヤ……シロ……!!」
「なに? 撃ちながらでよければ聞くけど」
撃つ。すこし休み、撃つ。すこし休み、撃つ。
連射はしない。そうすると長くは持たないからだ。グレンが体勢を立て直すギリギリのタイミングで、もっとも消耗を少なくできる間隔で、響は淡々とブラスターを撃ち続けた。
バリアが消えていても、強化された肉体はそう簡単には撃ち崩せないようだ。だが、反撃の隙など、与えない。
「おまえ! どうして……、銃が使え……グハッ!!!」
サイキックスキルを使えない人間に、銃は使えないはず、グレンはそう言いたかったようだ。
「簡単でしょ? 俺はサイキックスキルが使える。それだけさ」
答えて、発砲。
最初から知っていた。サイキックスキルは、特別な能力なんかじゃない。少なくとも星雲連合に生きるものにとっては。誰もが学校で学ぶことができ、そして生活や文明の基盤となっているものだ。
『練習すれば使えるんでしょ。誰でも』
『それはそうだけど』
宇宙にあがってきた初日のアマレットとの会話を思い出す。
ならば、地球人にだけそれが出来ない道理はない。
「……バカな……!!??」
5発目のブラスターを受けたグレンが呻き、響はそれに得意げに答えた。
「俺は地球にいたころより喧嘩が弱くなった。何故だと思う?」
ビーチで組み手をしたときにカクもそう言っていた。そして響はそれに当たり前だ、と答えた。
宇宙にあがってきてから響は『日課』、つまりは自己鍛錬の内容を変えている。
10年近く続けてきた。格闘技やスポーツの鍛錬、機械工学、医術、ゲーム理論、詐術などあらゆる知識の習得、運転技術、射撃、珍しいところではスカイダイビングやマジックに至るまで。地球で、地球人として学べることなら、鍛えられることならなんでもやってきた。
最初はただ、身を守るために。当時宇宙的規模の問題人物だった余市の家族として響は何度も危険な目にあったし、学校でうける扱いもイジメで片づけられるほどぬるいものではなかった。だが、それに屈するのはゴメンだった。だから強くなろうと思ったのだ。
そしていつしか鍛錬は身を守るためのものから、望む自分であるためのものに変わった。強く、賢く、抜け目なく、女の子にもモテるカッコいい男でいるために。どんなときでも自分らしくいるために。
死後功績が認められた父親や援助者たちのおかげでトレーニングに必要な環境は手に入ったし、モチベーションだってあがった
そして今では、この宇宙を舞台に叶えたい目標のためになった鍛錬。響はそれを10年間一日も欠かしていない。カク以外の人間にはけして見せはしない、恥ずかしいからだ。でもそれでも歯を食いしばって、人前ではヘラヘラ笑いながら。
「宇宙に上がってきて、サイキックスキルを学べるようになった。これから先俺が戦っていくのなら、絶対に必要な能力だ。他のことの優先順位が下がって当然じゃん?」
超剣術の授業ではあえて無能力者用のブレードを使っていたが、当然影では猛特訓を積んでいる。今では、同級生の標準程度の実力はついたつもりだ。
アマレットが家にやってきたときに表示されていたホログラフが映していたサイキックスキルについての知識も完璧に取得している。
「……貴様、私を……!! アカデミーを騙していたのか!!!」
怒りをあらわにするグレンに対し、響はヘラヘラと笑って見せた。
「そうねー。いくら俺が天才でイケメンでも、さすがに勉強しはじめてすぐに無敵にはなれない。まして、アカデミー内部に潜伏してるPPの人には勝てる確証なんて無い。だから、待った。いや、『作った』よ」
もちろん、これは切り札の一つだ。できればスカイダイビングのときか、そのあとグレンがやってきた直後の不意打ちで決めたかった。が、それはあえて言わない。すべて計算通り、そう言っといたほうがカッコいい。ラスティも聞いていることだし。
響は銃の発砲を止めた。これ以上撃てば、こちらのサイキックパワーが切れるし、座り込んでいるグレンにはもう十分にダメージを与えている。
くるくると銃を回し、ポケットにねじ込む。代わりにグレンから奪っておいたサイブレードを構え、光の剣先を形成させる。
当然、ブレードも使えた。そうでなければ、ラスティのブレードを拝借してパラシュートを切り裂いて毛布代わりにすることはできない。グレンはそれに気が付かなかったのだ。
響は、青く光る刀身の矛先をグレンにむけて突き出し、高らかに告げた。
「油断した馬鹿面が近づいてくるたった一度のチャンスを、作ったよ。宇宙に上がってきて初めて出す本気が、アンタへの一撃さ。言ったでしょ? 自分のために宇宙を守るって。そんな男が、鍛えてないと、弱いと、本気でそう思ったのかな? マヌケだなぁ」
教官という立場を考えても、グレンがアカデミー内にいるPPのなかで最も立場が上だということがわかる。ならば、ここを抑えればあとは芋蔓式に潰せる。ここが、最初の難関だったのだ。
「……よせ……! やめるんだミヤシロ……!!」
へたり込んだまま後ずさりをするグレンにゆっくりと近づく響。
「あ、そうだ。勝負が終わったら俺の目的を教える、って言ったね。よし教えてあげよう♪ そもそも、あんたらPPは華星人以外の人類の権利を認めないんだよな。そんなあんたらが力を持って、宇宙を手に入れたらどうなると思う? それがどんな結果を生むかわかるか? いろんな星の文化は消えるし、人種の多様性だって減っちまう。そうだろ? なにせアンタらにとっては、そんなもの宇宙に存在する価値がないんだから。他の星の人たちは隠れてこそこそ生きるか、あんたらに飼われるか、滅びるかしかなくなる」
「……それこそが、正しい宇宙だと……!!」
「宇宙のどこに行っても華星人ばかり、メシも華星料理だけ。環境も、常識も、文化も全部同じ。それがあんたらのいう正しい宇宙なら、俺はそんなのゴメンだね」
グレンの眼前まで迫り、ブレードを高く掲げ言い切った。迷いなど少しもない。そんな響の言葉に観念したのか、グレンは力なく笑った。
「……そうか。なんだかんだ言っても、やはりお前はヨイチの息子だな。宇宙の、人類のために……か……」
だが、響ははぁ? と首をかしげて見せた。
「違うよ。そうじゃなくてね。俺は……全宇宙の美少女を手に入れたいんだ!!!」
「は?」
「あと、いろんな星の食い物が食べたいし、いろんな星を楽しみたい!! 杢星の酒も、琴星のアイスも、翠星の音楽も、まだ知らない多くの星の景色も、その星の人たちの生み出す文化も、なにより美少女も!なにもかも全部! 俺のものだ!!!!」
「えっ」
文化や娯楽というものは、多様性があってこそ栄えるのだ。そして、美少女だって星ごとにいろんなタイプがいてそれぞれ可愛い。宇宙は広い。響が知りもしない、みたこともない楽しいものもあるはずだし、美少女もいるはずで、そしてそれは今後も広がり、増え続けるはずだ。
「そのために、宇宙をつまらなくするあんたらには渡さない。多様性のある自由な世界じゃなきゃ、女の子も美食も娯楽も、質が落ちる!! ……俺が戦うのは俺のため、俺が楽しく生きるためだ!! そのついでに全宇宙を守る。あと親父のカタキも一応とっとく。ついでにな!!」
宇宙に上がり、アカデミーに入学し、刺客と戦いながらも主席で卒業し、星雲連合幹部になり、PPを壊滅させ、スーパーエリートの宇宙的勇者として女の子にモテまくり銀河のすべてを手にいれる。宇宙で一番宇宙を楽しむ男になってみせる。
父が宮城余市だったから、響は少年時代から宇宙を身近に感じることが出来た。だからいつしか、その理想は、夢は、ちっぽけな地球を飛び出し星雲に届いていた。
響が目指すその道は、文字通りすべてなにもかも、響自身のためのものだ。それを自覚しているし、それ以上に楽しい生き方なんてないと思っている。やらなくちゃならない、なんてネガティブな信念ではない。やりたい、というポジティブな理想だ。だから、努力は怠らないし、折れることは、ない。
「アンダスタン?」
「……ミヤシロ!! お前ってやつは!! そんな、不健全な……!!」
「ははははっ。なに言ってるんですか先生。俺ほど健全な精神の持ち主は……!!」
言葉を切り、サイブレードを思い切り振り下ろす響。ブラスターで撃たれ続けたグレンにはもはやそれを防ぐ手段はなかった。
鋭い打撃音が鳴り響き、筋肉質の熱血教師は気絶し……
「ほかに、いませんよ?」
涼やかな声とともに、地球人の少年は微笑んだ。
あと二話で第一部・転入編ということで完結です。




