文句ありまして!?
ラスティは目の前で起きていることが信じられなかった。
華星人主義者連盟がいまだに存在していて、グレン先生がその一員で、ヒビキはそれと戦うために宇宙にやってきた。二人のやりとりからはこんなことが推測できたが、それはあまりにも突拍子がなさすぎる。
「……ヒビキ………!!! 」
涙目になり、叫び声をあげても届かない。状況は、ラスティの常識からはずれていた。
しかし、とても冗談やお芝居とは思えない。グレン先生は本気だ。本気でヒビキを殺そうとしている。それだけは間違いなかった。
そして今、グレン先生に殴られたヒビキは仰向けに倒れていた。目を閉じ、頭から血を流し、ピクリとも動かない。
気絶しているように見えた。
「うん。よく頑張ったな。ミヤシロ。次に生まれてくるときは華星人に生まれるといい。お前は、生まれ変わっても私の生徒だぞ」
状況にそぐわない教師らしい声で語りかけたグレンは、少し後ろに下がり、転がっていた大木を改めて掴んだ。それを倒れているヒビキに突き立てるつもりだ。
「うそ、うそ……ダメ……! ダメ!!」
気がつけば、駆け出していた。事情はよくわからない。でもこのままでは間違いなくヒビキは死んでしまう。そう思うと止まらなかった。
いつもふざけていて、いやらしくて、子どもみたいに笑って、踊るように生きている男の子。
さっきグレン先生と話しているときは別人のように真剣で男らしい表情をみせていたヒビキ。
自分はそんな彼にまだ何も言っていない。このままお別れなんて出来ない。したくない。
「先生!! ダメ……ダメですわ!!」
ラスティは勇気を振り絞ってグレン先生の前に立ち、倒れたヒビキを守るように手を広げた。怖くて膝が震えているし、涙声になってしまっているが、それでもそのまま見ているよりはずっといい。
「ん? どうした? ネイル。なにも心配しなくていいんだぞ!? ミヤシロは殺すがお前にはなにもしない」
グレン先生は目の前に現れてラスティを優しく見つめ、展開していたサイキックフィールドを解除した。あれほどまでにヒビキを痛ぶっておきつつ、一方ではラスティを傷つけないように注意を払っているのだ。
「どうして……どうしてですの!?」
「ははは。いいじゃないか。ミヤシロは地球人だ。私たちとは違うんだぞ?」
グレンは笑顔のまま、ぞっとする台詞を言ってきた。
ラスティにはグレンがたまらなく怖かった。
華星の上流階級に生まれ、なに不自由なく過ごしてきた。PPの話は聞いたことはあるけど、身近なものではなかったし、そんな人たちが『いた』ということが信じられなかった。
強力なサイキッカーと武装を保有し、大量虐殺や惑星破壊と言った武力行使によって過激な思想で宇宙を満たそうとした彼ら。
それがこんなにも怖いということを、知らなかった。
「どうして止めるんだ? ネイル。劣等種族が一人死ぬだけだ。お前が気にすることは少しもないんだぞ」
「……せ、先生……ダメ……ダメ……」
ラスティはガタガタと震えて涙を流しながら、それでも首を横に振る。
腰が抜けしまい、ペタンと座りこんでもヒビキの前から動くことはなかった。
「んー。先生まいったなぁ。なにか事情があるのか? ……まさか、お前、ミヤシロに惚れてるのか?」
グレンが困ったように頭を掻いた。彼は、ヒビキの命などなんとも思っていないが、ラスティの身は案じていた。もしかしたら、その意志も尊重してくれるかもしれない。
「……それは……その……」
ラスティは一瞬だけ口ごもった。だが今は照れている場合ではない。それにこんなことになって自分の気持ちに気がついてもいた。
いや、本当はもっと前から気がついている。ただ、認めたくなかっただけだ。
この状況はヒビキが作り出したものなのかもしれない。それはわかっている。でも、恨む気持ちにはなれない。
昨夜はなかなか寝付けなかった。あの子どもみたいな笑顔が、軽やかな身のこなしが、そしてたまに見せる意志の強い瞳が、心に焼きついて胸を弾ませていたからだ。
どこか謎めいた彼のことをもっと知りたいと思う。破天荒な彼がやることを見守ってあげたいと思う。エッチで女好きな彼にとって特別な女の子になりたいと思う。
だから。
「そうですのよ!! 私はヒビキが好き!! も、文句ありまして!?」
涙目になり、顔を真っ赤にしながらラスティは叫んだ。とても、自分を女王様扱いするアカデミーのみんなには見せられない姿だ。でもちっともイヤな気持ちはしない。初めてこんな風に本心をぶちまけた気がする。
「……ネイル……お前」
グレンがプルプルと震えだした。拳を堅く握り、肩を上下させている。
「なんてことだ……ミヤシロのやつ。お前を……たぶらかしたんだな……!! 今、コイツを殺してお前の目を醒まして……!!」
怒りに燃えるグレンの言葉、それを遮り、ラスティの後方からとぼけた声が聞こえた。
「さんきゅー、ラスティ。俺もだよ」
あまりにもいつも通りの軽い口調。状況にそぐわない危機感ゼロの楽しげな台詞。
聴こえるはずのない声。それを発したのは、勿論。
「ヒビキ!!」
ラスティが振り返ると、そこには膝を立てて座り込んだ体勢になっているヒビキがいた。口角を上げて、得意げに笑っている。いつのまに気絶から回復して起き上がっていたのだろうか。
「よし、ではラスティは記念すべき一人目として俺の星雲ハーレ……」
「ヒビキ!! わたし……わたし……!! あなたのことが……!!」
ヒビキは何かを言おうとしたが、ラスティはそれを遮ってヒビキに抱きついていた。何か思うより前に勝手に体が動いていた。
無事でよかった。意識が戻ってよかった。あなたのその笑顔がまた見れて嬉しい。ただそれだけで、ラスティの胸はいっぱいだった。
まるで少女のようにわんわん泣きながらしがみついてしまっていることにはラスティ自身気がついていたし、恥ずかしいとも思ったが、離れるつもりはなかった。
「お、おお。よしよし」
ヒビキはちょっとだけ驚いたようにしながらも左手でラスティの頭を撫で、それからまたしても予想外のことを口にした。
「じゃあ、あとはトドメをさせば今回の件は終了だね。もちろん、俺の勝ちで」
ヒビキが何を言っているのかわからない。そういえば、ヒビキが意識を取り戻したとはいえ事態は解決していないはずだ。今にもグレン先生が殴りかかってきても不思議ではない。
「……?」
ラスティはヒビキの胸に寄り添ったまま恐る恐る振り返る。そこには怒りに燃える熱血教師がいるはずだ。
「……ミヤ……シロ……お前……」
だが、そこにいたグレンはさきほどまでの様子とは違っていた。
何故か胸を押さえ、口から血を流し、よろめくように後ずさりをしている。
「ラスティ、ちょっと暴力的なシーンになるから少し目を閉じてて。あとで俺がキスをするまでね」
ジョークか本気かわからない台詞を口にしつつ立ち上がるヒビキ。
その顔つきは、いつもの得意気な少年のようなものと、真剣に前を見つめる男らしいそれが同居した、はじめてみる表情だった。
「……はい……!」
ラスティは、言われるがままに彼に寄り添い目を閉じた。もう、彼の言うことならなんでも素直に聞いてしまいそうだ。
「終わりだよ。先生」
ヒビキの言葉だけが聞こえてくる。
ここでようやくラスティは理解した。さきほどの一瞬、つまりラスティがヒビキに抱きつく前後の一瞬に、ヒビキはグレンに対して何かをしたのだ。
「……バカ……な……!?」
「ああ。バカだなアンタは。スカイダイビング中に戦った時のことはもう覚えてないのか? 投げ捨てられていたパラシュートの毛布を見て妙だと思わなかったのか?」
驚愕したかのようなグレンの声と、余裕綽々なヒビキの声、続いて聴こえてくる連続した機械音。
目を閉じ、ヒビキの胸のぬくもりを感じているラスティには聞こえてくる言葉や音の意味がさっぱりわからない。おそらくはグレンもそうだろう。だが、この戦いがもう間もなく終わることは予想が出来た。
そしてその勝者、つまりヒビキは最初からすべてこの瞬間を計算していたのだということも。
バレバレなのか、描写が分かりにくくて唐突に感じられるのかどっちかわかりませんが、次回で種明かしです。
2話、13話、18話、21話、24話、27話、それから今回の響の話してることなどがポイントかと。




