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てのひらに星雲を  作者: Q7/喜友名トト
シーズン1~ 転入編~
27/70

宇宙は俺を中心に回っている

「そらっ!!」


 グレンが突き出した右の掌には手甲ガントレットのようなデバイスが装着されている。そのデバイスが発光すると同時に、響の体は後方に吹き飛ばされた。


 テレキネシスを増幅するためのサイキック・デバイスによる一撃。それは響の戦闘経験にはなかった脅威だ。


「……くっ……!」

 なんとか空中で回転し、受身を取る。だが、地面に叩きつけられたその衝撃はけして軽くはなかった。


「どんどん行くぞ!! ミヤシロ!!」

 まるで、野球部の監督が千本ノックを宣言するような熱い口調、だが繰り出されるのは打球ではなく、接近したうえでの攻撃だ。丸太のような上腕二頭筋が抱える大木が倒れたままの響に振ってくる。


「わぁぁぁっ!!」

 地面を転がり、なんとかそれを避ける。響が避けたことでグレンの抱えていた大木はそのまま地面に突き刺さり、続いて地雷が爆発したかのように土煙が舞う。まともに食らえば即死するだろうことは誰の目にも明らかだ。


「……今度は、こっちの番だ……!」


 攻撃が終わったばかりのグレンに飛び掛ろうとした響だったが、それは不可能だった。


 グレンの周囲に展開された青い光に触れただけで、再び空中に弾き飛ばされてしまったのだ。


「!? なにっ……!?」


 響は50メートルを5秒台で走れる瞬発力を持っているし、バスケやアメフトをやれば生半可なディフェンスなら軽く抜きされるほどの踏込カットインの技術も持っている。だが、通じない。そんな次元の話では、ない。


「何がしたかったんだぁ? ミヤシロ?」


 口元を歪めてにやりと笑うグレン。どうやらサイキックウェーブによるバリアのようなものを張っているらしかった。


「……力場形成フィールドってやつか……。さすがは先生、専門科目バイタルブースト以外もバッチリですね」


「そうだろう? 何事も努力が大事だぞ!」


 笑顔のまま、ノシノシと響へ歩み寄ってくるグレン。恐ろしいことに、展開されたままのサイキックフィールドもまた舞い落ちる木の葉や地面に落ちていた小枝を粉砕しながら近づいてくる。

 あのフィールドがある限り、響の攻撃がグレンに届くことはないだろう。

 

少し離れた位置で腰を抜かしたままのラスティも、こちらを見て震えていた。可哀相に、状況が理解できていないのだろう。それは当たり前だ。というか、全面的に響のせいだ。


「……ちょっとムキになりすぎじゃないですか? 地球人の小僧相手に」

「いつも全力が私のモットーだからな!」


 しかも、この熱血教師はまったく油断する気配もない。普通に考えれば、グレンは響の敵う相手ではなかった。


「しかしなんだな、ミヤシロ。お前もバカだなぁ。父親ヨイチと同じだ」


 十分に間合いを詰め、再び攻撃の構えを取ったグレンが口を開いた。どうやら、余市の死の真相は知っているらしい。


「……オヤジと、同じ?」

 響はグレンと自分の間に樹木が来るように移動しつつ答えた。


「そうさ。たった一人で、我々PPに挑み、そして死ぬ。まったく同じじゃないかハハハ!!」


 グレンは心底バカにしたかのように笑った。


笑ったのだ。


「……なるほど……そう思う?」


 宮城ミヤシロ余市ヨイチは、PPの存在に気がつき、警鐘をならした最初の人物だ。


 当初、余市は誰にも信用されず狂人扱いされた。混乱を招いたばかりが星雲連合と地球の関係を悪化させかねない人物として社会的に攻撃された。星雲連合幹部にもPPのメンバーは紛れていたわけだし、そうなるのは当たり前のことだ。


当時の地球からすれば遥かに進んだ文明を持つ星雲連合様の機嫌を損ねるわけには行かない状況だったのだから。


星雲連合、地球。マスコミも政治家も一般人も、誰も彼もが余市と『その家族』を痛めつけた。

 

 それでも余市は暗殺されるその日まで主張をやめず戦い続けた。銀河のすべての人類の自由と平等のために、華星人至上主義者による宇宙の支配をとめるために。


PPの存在が認知され、余市の正当性と功績が証明されたのはその死後のことだ。


「そして今!! お前もまた同じことをしようとしている。劣等人種どものために。どうだ? 二人のミヤシロが同じ理由で死ぬんだ。全宇宙人類のため、とかいう滑稽な理想のためにな」


 グレンが笑いながら放った衝撃波が大木をへし折り、そこに隠れていた響の肩を掠めた。たったそれだけで、骨が折れている。


「……ぐっ……!」


 肩を押さえうずくまる響。激痛を抱えながら、グレンの言葉を反芻する。


 なるほど、たしかに状況は少しだけ似ている。


今、世間的にはPPは壊滅したことになっていて、そうじゃないことを知っているのは響も含めた少数だけ。そして響はPPを『今度こそ本当に』潰そうと考え、宇宙にやってきた。たった一人で。


でも。


「……違うね」

 立ち上がり、呟く。


「なにが違う!?」


 グレンは目を血走らせながら、響に蹴りを放った。

 腕でガードし、自ら後方に跳んでなおそのダメージは大きい。今度は、左腕の骨にヒビが入ったようだったし、口の中を切って血が止まらない。意識が遠くなりそうだ。


 長くは持たない。そう判断した響は予定を前倒しにすることにした。

 

血反吐を吐き、片膝をついたまま、口を開く。

 

「……オヤジは立派な人だったよ。でもバカだよ、バカ。何故、自己犠牲的にならなくちゃならない? 状況を読むでもなく周囲を利用することもなく一人でバカ正直にやってりゃそりゃ死ぬさ。当たり前だ。でも、そりゃ別に文句を言うことじゃない。それでもいいと戦ったのは親父の判断だからな。別にあんたらを恨んじゃいない」


 響が淡々と述べている間、グレンの攻撃が止まった。にやにやとこちらをバカにしたようなその顔は、圧倒的に優位であるが故の余裕か。


地球人の世迷い言を、最後まで聞いてくれるつもりのようだ。これで少しだけ時間が稼げる。ありがたい話だ。


「国のために、地球のために、宇宙のために。自分を犠牲にして働き戦う者は一見尊い。でも、俺は違う」


 父とは違う、そう断言してみせる。

予想外の言葉と主張は、グレンの動きを少しだけとめることが出来るはずだという打算的な推測があった。そしてもちろん、これは本心だ。そして他ならぬこいつらPPに言ってやりたいことでもあった。


「知ってたか? 宇宙は俺を中心に回っている」 

「……狂ったか? ミヤシロ」


 乾いた笑いを漏らすグレン。どうやら、響の言葉の真意がわかっていないらしい。

 響は本気で自分が全宇宙の中心だと思っている。そしてそれと同じくらいに、すべての人間はその人自身を中心に宇宙を回すべきだと思っている。


 そのほうが、楽しいに決まってる。


グレンとは対照的に、こちらを見守っているラスティは真剣そのものの表情だった。不思議そうに、でも理解しようと考えているようだった。


「俺から言わせてもらえば、自分以外の何かが宇宙の中心だと思うほうが狂ってるね。俺は何にも敗れない。何にも屈しない。誰かに隷属する気はないし、搾取もされない。気に入らない世界なら変えてやる。俺は、俺の幸福のために戦う……!!」


 響がやってきたことは、これから目指すものは、あくまで自分のためだ。

宇宙人類の自由と平等の権利なんて、二の次だ。それはただ、目的のための前提条件に過ぎない。



響は、少年の日からずっと持ち続けている想いを胸に立ち上がった。

あの星空に誓った願いは、決して誰にも折らせはしない。


「わからんなぁ。ミヤシロ。お前は地球人れっとうしゅにしては優秀だ。お前ほどの実力があれば、地球でなら楽しく暮らせただろう。なのに何故、宇宙に上がってきた? 危険を犯して我々と敵対する? お前の目的はなんだ?」


 グレンが浮遊させていた大木の先端が響のほうを向いた。もう間もなく攻撃が再開される。


「この勝負が終わったら教えてあげるよ」


「ははっ、お前、まさかまだ私に勝てるつもりなのか?」


「うん、100パー」


 ヘラヘラと笑う響。だが、次の瞬間にはその笑顔は消えた。


 凄まじい轟音、遅れてやってきた衝撃と激痛。


 テレキネシスのスピードはさきほどまでの攻防で覚えていた。なんとかギリギリで避けられるつもりだった。だが、グレンが繰り出したのはそれではなかったのだ。


「舐めるな、ミヤシロ」


 見上げるグレンが拳を握っている。仰向けに倒れた響はそれを見て理解した。


 俺は、殴られたのだ。それも身体強化バイタルブーストのかかった拳で脳天を思い切り。浮遊させた大木はフェイントだったというわけだ。


熱血教師による鉄拳制裁、その破壊力は予想を遥かに超えていた。


「……く……そ……」


響は大の字に倒れたまま、動かなくなった。


本日中にもう1話行きます

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