健全な精神は健全な肉体に宿る
宇宙には意外に多くの地球型惑星が存在する。もちろんまったく同じ環境というわけではないが、日照時間や重力などは地球人が生存可能なレベルの星々だ。
星雲連合加盟惑星である華星や翠星、杢星もその一つ。というか、生物が誕生し、文明を持つほど進化するためにはある程度共通した環境が必要ということなのだろう。
だが、すべての地球型惑星に文明が存在するわけではなく発展途上の星も数多い。星雲連合は居住区やキークリスタルの採掘場としてこうした星を調査・開拓し続けていた。
現在、響とラスティが遭難中の惑星カリラもそんな星のなかの一つである。
「……まさかこの私が未開惑星の森のなかで一夜を過ごすことになるとは思いもしなかったですわ」
朝日が上り、目を覚ましたラスティはすっかり乾いている制服を着ながら響に話しかけてきた。
「そう? でもそのわりにはよく寝てたよ。寝息が可愛かったなぁ。くーくー言っちゃって。俺の肩はそんなに寝心地がよかった?」
「……それは……その……。そ、そんなことより!誰が寝顔みていいって言ったかしら!?」
「だって熟睡してたからさぁ。一回、胸触ったけど起きなかったじゃん」
「!? な、な、なんですって!?」
「うっそー」
「いい加減に……!」
「毛布にくるまって一夜を過ごした仲だろ?」
「誤解を招くようないいかたはやめてくださる!?」
ぷりぷりと怒っているラスティをからかう響の方はとっくに着替え終わっている。適当な木の枝を石で削っているところだった。
「ははは。ムキになるなよラスティ。……それより、まだかな。遅いね」
枝を棒に加工し終わった響は腕時計を確認して呟いた。この惑星の1日は24時間ではないが、不時着してからの時間は記憶している。そろそろ10時間近くたっている。響の計算ではそろそろのはずだった。
「遅い? なにか待っていて?」
着替え終わったラスティは不思議そうな顔をみせる。小首を傾げる姿がどこか愛らしかった。なにやら最初に出会ったときに比べると、だんだん少女らしい仕草が多くなった気がする。女王様キャラもいいが、これはこれで素直で可愛らしい。
「なにって、そりゃ救助に決まってんじゃん。救難信号だして結構たつし、早く帰りたいでしょ?」
「あっ……そ、そうね。そうよ!? あなたと二人きりでこんなところにいるなんて嫌でたまらないもの。一刻も早く来てほしいものだわ!……ほ、ほんとよ?」
今度は金色の髪の先を指でくるくるいじりながら目をそらしている。
なので、響は落ち込んだようにため息をついて見せた
「そっか……そんなに嫌われてたのか、俺……」
響の沈んだ声を聞いたラスティはアタフタしはじめた。
「え、あ、そんな、今のはその……だから!!」
なにやら早口でまくし立てるラスティだったが、響はあることに気がついてそれを制止した。
「誰か来たみたいだ」
そう言って森の奥に視線をやる。視線の先からは機械的なモーター音が近づいてくる。
「ホントだわ! 救助かしら」
「……『救助』だと思うよ。この辺はグラスパーの着陸には向かないから、小型のエアスクーターとかじゃないかな」
ラスティは響の言葉に安堵の表情を見せた。さっきは忘れていたようだが、今自分たちは遭難中なのだと思い出したのだろう。
待つこと数分。『救助』は来た。
「大丈夫か!? ミヤシロ! ネイル!! いったいなにがあったんだ!?」
訪れたのは浮遊する三人乗りスクーターに乗る熱血筋肉教師、グレンだ。彼は今回の探査実習の監督役の教官として響たちより早くこの惑星に到着しベースキャンプを張っている。
「グレン先生! よかった……わたしたち、おかしなステルス機に攻撃されましたの……!」
「ステルス機? とにかく無事でよかった!! 先生、心配したぞ!!」
グレンはエアスクーターから降り、ラスティに駆け寄っていく。響はその光景を眺めつつ、再度時計を確認した。そして口を開く。
「救難信号をキャッチしてくれたんですね。グレン先生」
「ああそうだ! 詳しい話はあとで聞かせてもらうから、まずはベースキャンプに戻ろう」
グレンの言葉をうけ、響は微笑んだ。
「そうですね。あ、そうだ先生、ラスティは着地のときに足を挫いたんです。歩くのはホントは辛いみたいなので抱えてあげてくれませんか?」
「む……それは大変だ。わかった! 戻ったら治療スタッフを呼ぼうな」
グレンは大柄な体でノシノシとラスティに近づいていく。その表情は善良な熱血先生そのもので、とても好感が持てた。
「……ヒビキ?」
不思議そうな顔を浮かべたラスティを抱えるためにグレンがしゃがみ込む。
その瞬間だった。
「っ!!」
短く、小さな声で、だが満身の力を込めて。
響はさきほど制作した棒で、グレンの後頭部を思い切り殴りつけた。
バキッ、という重く乾いた音が森のなかに響く。殴りつけた棒が折れるほどの衝撃だった。
「がはっ……! ミヤシロ……!! なに……を……」
さすがの体育会系熱血教師も不意の強打に膝を付く。信じられない、という顔を浮かべている。
だが響はなにも答えなかった。代わりに、手早くグレンの服の袖を捲り、確認する。そこには、傷跡があった。
「よかった。まあ確信はあったけど、もし勘違いならシャレにならない」
独り言のようにそう呟き、膝立ちになっていたグレンの顎先に向けて回し蹴りを放つ。うつ伏せに倒れたグレンの腰に下げられていた銃を淡々と奪うことも忘れない。
「ヒビキ……!? あなた、なにをしているの!? ど、どうして先生を……!?」
ラスティは状況が把握できずパニックになっているようだった。
「……何故だ、ミヤシロ……」
顎を正確に攻撃されれば脳が揺れる。しばらくは立ち上がれない。グレンは倒れたまま疑問を投げかけてきた。
「残念ですよグレン先生。俺は先生のこと結構好きでしたから。……ラスティ、昨日襲ってきたのはグレン先生だよ。華星人市場主義者連盟過激派、PPの一員としてね」
「!?……ど、どういうことでして!?」
「……ミヤシロ、私には何を言っているかわからんが、それは、誤解だ……」
呻くように喋るグレンに向けて、響は銃を向けた。
「教えてやるよ、先生。俺は救難信号なんて出してない」
「なっ!?」
「加えて、俺はグラスパーで発進するとき、『通信が使えなくなる』と言っておいた。だから、墜落や遭難はすぐには伝わらないはずだ。カクには俺が戻らないことは限界まで誰にも知らせないように念を押してある。何故こんなに早く救助に来れた?」
「……お前……」
立ち上がろうとうごめくグレンに向けたブラスターの引きがねに指を当てる。
「アンタは俺が一人になったと勘違いして、ステルス機で飛び出し、予測飛行空域に近づいてこっちを探知し、攻撃してきた。でもラスティがいたのは誤算だった。俺ごと殺すわけにはいかないからな」
あくまで冷静にたんたんと語る響。ラスティはそんな響をみて戸惑いの声を上げる。
「ど、どういうことかしら? ヒビキ……?」
「ごめんなラスティ。終わったら全部説明するよ。……さてグレン先生。空中でやりとりをしたあと、アンタはさぞかし焦っただろうね。未開惑星の森に着地したラスティは無事でいられるか?ってね。もし助かったとしてもそれはそれで問題になる。ラスティは華星の有力者の娘だ。地球人のガキとはワケが違う。ラスティが事件のことを話せば、真相は追求されるし、アンタはタダじゃすまない。だろ?」
「……お前……!!」
「だからアンタとしては誰よりも早くラスティを保護しなければならない。お仲間の強力なテレパシストにでも頼んで彼女の記憶を改竄するつもりだったのかな?」
「私は、ただ……お前らを助けようと!!」」
「ありえないんだよ。たった十数時間で、救難信号も出していない遭難者を一つの惑星のなかからノーヒントで探し出せるわけがない。それが出来るのは、落ちていく俺たちをみていたヤツだけさ」
一斉にまくし立てる。言い逃れはさせない。本当なら昨日のスカイダイビングでしとめる予定だった。だが失敗した場合でもこうして対応できるよう手は打ってあった。ベストでなければベター、それが響のやり方だ。
ラスティのチームに入ったのも、彼女を煽ってグラスパーに乗り込んでくるように仕向けたのも、サイキックウェーブによる通信をカットしてあったのも、全部このためだ。
響は自分のなかにある感情を押し殺し、ただ冷静に告げた。
「焦りすぎだよ先生。冷静になれば俺のトラップに気がつけたのに」
まずは完全に戦闘不能にした上で情報を聞き出す。監獄にぶち込むのはそのあとだ。
「……ははははっ、たいしたもんだなミヤシロ……!!」
不意に、グレンが笑い出し、そして空気が変わった。
「でしょ? 俺ってハイスペックなナイスガイだから」
「ああ驚いた。……とても『不健全な肉体』の劣等種族とは思えない。でもな!! あまり、大人を見くびらないことだ!!」
空気が震えるような怒声とともに、倒れていたグレンの体が浮き上がった。
「なっ!?」
「甘いぞ!!!ミヤシロ!!!」
空中を浮遊、そしてそのまま高速で突進してくるグレン。テレキネシスを用いなければ不可能な動きである。
そしてそのまま繰り出されたラリアットは、かわすことができなかった。
その衝撃は響の体を弾き飛ばし、6メートルは離れた樹木に叩きつけた。常識では考えられない威力だ。
「……がはっ……」
ラリアットをガードした腕と樹木に叩きつけられた背中に重い痛みが走る。響の生涯にあっても、これほどの打撃を受けたことはこれまでなかった。
これほどのダメージは、計算外だ。
「いやーー!!……ヒビキ、ヒビキ!!」
あまりのダメージに、ラスティの叫びもうっすらとしか聞こえない。
「調子に乗りすぎだぞぉ? ミヤシロ。身体強化の教官であるサイキッカーの私が、あの程度で参るわけがないだろう!! 努力と根性で鍛え上げた華星人の健全な肉体の素晴らしさがわかっただろう!? ははは!!」
「……う……」
響は薄れそうになる意識をなんとか支え、ふらふらと立ち上がった。
そして再度ブラスターを構える。体中が痛いがそれでも倒れているわけにはいかない。ハッタリを効かせてここは乗り切らなければならない。
「……撃たれたいのかい……? おとなしく投降したほうがいいと思うぜ?」
「バカを言うな!! 銃など卑怯者の武器だぞ恥を知れ!! ……だが、わかっているんだろう? お前にはそのブラスターは撃てない」
マッチョな肉体で構えをとりつつ、爽やかな笑顔を浮かべるグレン。
「それはサイブレードと同じで、サイキックウェーブの弱いものには扱えない。お前の『特注品』とは違ってな。……アカデミーでは初歩で誰にでも扱えるが……地球人で、しかも私の指導をサボって遊んでばかりだったお前には無理だ。これまでは上手く誤魔化してやってきたようだがそうはいかん」
「……どうかな」
「だから私はお前を鍛えてやろうと思ったんだ。死ぬ気で努力すれば、お前でもほんの少しは『健全な肉体』に近づけるかと思ってな。華星人のように!!」
グレンの筋肉が上半身の服を破るほどに膨れ上がった。ぴくぴくと震える大胸筋やそこから放たれる青色のサイキックウェーブが彼の絶対的な自信と実力を証明している。
「そうすれば、お前もこの実習で死ぬ前に少しくらいは健全な精神を持てるかと思っていたのだが……所詮は地球人だった!! 私の教師としての好意を裏切ったことが裏目に出たな!! 私はたしかにPPの一員だ。それを誇りに思っている。だから、残念だよミヤシロ。お前がそんな劣等人種でなければ、正しくたくましく育ててやれた」
グレンの手が青い光を放ち、それに呼応するように響の背後の大木が折れた。
そしてその大木が空中を浮遊し、グレンの手の中に納まる。常識的に考えれば人間が持つことのできる重量ではない。グレンは、それを武器として使うつもりのようだった。
響が前に倒した半裸男とは違う。アカデミーの教官を務めるほどのサイキッカーであるグレンの能力は、桁外れだ。
響は苦痛を押し殺して言い返す。そうでもしなければ、立っている気力を保てそうになかった。
「……先生、人種差別はどうかと思いますよ。ほら、人間は心だとか言うじゃないですか」
「その通りだ! よくわかってるなミヤシロ! 先生は嬉しいぞ。……だがいいか!ミヤシロ!! 健全な精神は健全な肉体にしか宿らない。つまり、華星人ではないお前には無理だ」
絶句する。
そして響は理解した。
これは、何を言っても無駄だ。
恐ろしいことに、グレンは本気で言っている。それがわかる。
これが教師として間違った考えだとは少しも思っていない。なるほど、彼はたしかに熱血指導で生徒をたくましく育てるよい教師なのかもしれない。だがその対象はは華星人のみに限られる。
彼のなかでは、華星人以外の人類は最初から同じステージにいないのだ。
「行くぞ! ミヤシロ!! 最後の指導だ。根性をみせてみろ」
叫び、笑うグレン。大木を武器として抱えながら浮かべるその表情はあまりにも優しげで、頼れる熱血先生そのもの。
それ故に狂気。
膨れ上がった筋肉と、サイキックウェーブが明確に放つ殺意。それに反応するようにざわめく異星の森。
グレンはここで響をなぶり殺すつもりだ。そしてそうなれば、ラスティもなにをされるかわからない。どうせ記憶を改竄するのなら、やりたい放題だ。
「……ヤバいな……」
間違いなく、響がこれまで戦ってきた誰よりも強い。身体強化のみならず、あらゆるサイキックスキルを使いこなし、完全にこちらを人間と思っていない相手。
響は、宇宙にあがってきて初めて冷や汗をかいた。
あと3~4話くらいで第一部(1冊分)、転入編、完結です。
実は、本作は「最初から1冊分程度でストーリーをひとまず区切れることを前提とし、続編は一応出せる作り」というライトノベルの1巻を意識して書いた習作となっております。
全体で五部の構成ですが、2部以降は色々確認したうえで続きをどうするか検討しようかと思います。多分、5月上旬には終わるかと……




