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てのひらに星雲を  作者: Q7/喜友名トト
シーズン1~ 転入編~
24/70

手を伸ばして

 星雲連合が開発した航宙機グラスパーは地球の航空機とは性能が違う。

 ハッチをあけて、女の子を抱き上げて、『しばらくその体勢のままでいる』ことが可能なほどに減速できるというその性能は、響にとって非常に役にたつものだった。


 たっぷり10秒ほど待つ。不安そうに目を閉じているラスティは大変魅力的だったが、響が10秒の間に見ていたのはラスティではなく、後方に迫ってきているステルス戦闘機だった。両機とも可能な限り減速しており相対速度が0に近いため、それが可能となっているのだ。


 よく見ろよ。お前が攻撃してきたこのグラスパーに乗っていたのは、俺だけじゃないぜ?


 皮肉っぽくそう笑ってみせる。


 もちろん響にはステルス機のパイロットの顔など視認できないが向こうは違うはずだろう。突然開いたハッチ、立ち上がった響、抱えられている女の子。解像度や倍率を上げたモニタで確認できたはずだ。


 そして響はラスティを投げ捨てた。ミスは許されないが、このあたりの地形や座標は記憶済みだ。


「いやぁああああああっ!!」


 アカデミーの制服のスカートをはためかせ、ラスティは落ちていく。

 その様をちらりと眺めつつ、響は後方のステルス機に向けて笑ってみせる。

 

「さあ、どうする? このまま放って置けるはずないよな?」



 響はグラスパーに乗り込んだときに通信で告げていた『パイロット1名乗員で調査に入る』『通信は使えない』。ラスティが短距離テレポートでコックピットに入ってきたのはその後だ。そうなるように必要以上に彼女を煽っておいた。


 だからこの敵は攻撃をしてきた。宇宙を移動中でも、この惑星に到着した直後でもなく、響が単独行動を取ったと思い込んだ瞬間に。

 

それは、PPの連中としても華星人の中でも有力者である父をもつラスティを『事故』に巻き込むわけにはいかないからだ。


ラスティが不審な死を遂げれば絶対に調査は入るし、責任問題になる。そうなれば各地に潜伏しているPPだってただではすまない。いまだに彼らが組織的に存在しているとう事実が公にされてしまうかもしれない。


あるいは、ラスティの父親であるネイル氏が自身がPPの一員であるという可能性もあるが、それならそれでいい。高い地位を持つネイル氏のことだからPPでも幹部級のはずで、そんな彼が娘を失うことになどなれば実行犯は罰せられるだろう。


ならばどうする? どうすればいい? よく考えろ。そして最善を尽くせ。


落下速度を計算し、安全な着地位置を割りだしてみろ。


「ったく、トロくせぇやつだな。さっさとしろよ」


 響が視線を向け続けているステルス機のハッチが開いた。予想通りだ。


 黒いパイロットスーツとヘルメットで人相は分からない『敵』、その人影はステルス機から飛び降りた。当然、先に落ちたラスティのほうに向けて、である。


 パイロットスーツの背中部分からウイングが展開され、バーニアを吹かして滑空していく。

どうやらサイキックウェーブによる空中移動装備のようだ。0.8Gというやや低い重力を持つこの星でならば、落下中のラスティを助けてそのまま安全に着地できる、そういう考えなのだろう。

 

 もう、この敵は響のことなど見てもいない。それはそうだ。サイキックスキルのない地球人の子どもなどいつでも殺せる。それよりもラスティを助けるほうが先だと判断するのは当たり前のことだ。


「落ちていく美少女を空中で助けるのはロマンだから……な!!」


 敵の動きを確認した後、響もまたグラスパーの側面を蹴りつけて飛び降りる。残念ながら空中を移動するウイングは持っていないしそもそも使えないので、持っているのは高性能といえども星雲連合では骨董品のようなパラシュートのみ、もちろんまだ開くつもりはない。


「イヤッハーーーーー!!!」


 後方宙返りをしながら高度30,000メートルを真っ逆さま。


大声で叫びながら猛スピードで落ちていく響。髪とジャケットがはためき、凄まじい風圧が全身を襲う。


 そんななか、体勢を変え、回転し、少しずつ落下方向を修正していく。

 空を泳ぐようにして、先に落ちていった者たちを追う。


 コースを定めたあとは頭を下にして空気抵抗を減らし、落下速度を上げる。


響は知っている。スカイダイビングでは正しいフォームを維持することが出来れば時速300キロメートルほどまで加速することが出来るということを。


「行くぜーーーーーっ!」

 

 イカれてる。他人から見れば自分の行動はそう映るのかもしれない。それも響は知っている。

 でも、こうするしかない。

子どものころから、生き残るためにはなんでもやるしかなかった。色んな技術を身につけた。

そしてこれから先だってなんでもやる。今度は生き残るためじゃない。夢をかなえるためにだ。


 視線の先には自由落下していくラスティと、救うために彼女を追いかける『敵』。さらにそれを追う響。


 落下速度の違いから、響と彼らの距離はどんどん縮まっていく。だが、『敵』はそれに気がつかない。ラスティしか見ていないからだ。突然やるはめになったスカイダイビング中に背後まで気を配れるはずがない。


「……ヘイヘイ。決めちゃうぜ」


 響は腰に下げていたサイブレードの柄を手に取る。サイキックウェーブを事前にチャージしているため、能力がなくても光の刃が出せる特注品だ。


 このまま油断しきった『敵』の後頭部にすれ違い様にブレードを思い切り叩きつけて一瞬のうちに空中で倒す。

 それが響の狙いだった。幸いこっちには証人ラスティもいる。倒したあとは捕獲して官憲に突き出せばいい。そうすれば、アカデミー内に潜伏しているはずのPPを特定して一網打尽にできる。


「くらい……やがれ!」


 一撃。これを正確に決めれば終わり、そのはずだった。


「! ミヤシロ!? 貴様……っ!」

 『敵』は響のほうを振り返った。


  

 風圧で音などよく聴こえないはずの空中。猛速で落下中の極限状態にあって、『敵』は響の攻撃を察知したのだ。顔はヘルメットで見えない、だがその声には隠し切れない憎しみと焦りが込められていた。


 だが、響としてはもう攻撃は止められない。振りぬくしかない。

 

「せあっ!!」

「この小僧!! 舐めるなよ!!」

 

 一瞬の衝突。ゴッ、という鈍く低い音。

 空中で交差した『敵』の大男は、響の予想を遥かに超えていた。


振りぬいたサイブレードは大男の生身の腕に受け止められたのだ。


「……げ」


 見れば、大男の腕の筋肉はパイロットスーツ越しでもそれとわかるほどに筋肉が膨れ上がっており、しかも青い光を纏っている。かなり高いレベルのサイキッカーであることは間違いないようだった。


「……よくもやってくれたな……ぬんっ!」


 直後、大男の手から青い光がレーザーのように放たれた。攻撃的テレキネシス、実物を見たのは、響もこれが初めてだった。


「うおぉぉ!?」

 放たれたレーザーにブレードを当てることで軌道をそらした響だったが、そのせいで特注品のブレードはどこかに吹き飛ばされてしまった。もう回収することは出来ないだろう。


「高いんだぞアレは!!!どーしてくれんだよ!!」


 そう叫んだ響だったが、すでに大男と響は激突した衝撃から距離が離れてしまっている。


「……ダメだ。これ以上は……!」

 このまま落ちれば、もうラスティを助けてパラシュートを開くことは出来ない。限界高度を過ぎてしまう。失敗だ。


ここで仕留めるつもりだった。響の計算が狂ったのは、どれくらいぶりだろうか。


率直に言えば、驚いた。そして悔しい


「……」

 一方、大男のほうは今の攻防のせいでラスティを見失っている。


 判断に許された時間は1秒もなかった。


「ラスティ!!」

 あえて大声で叫び、やや下を行くラスティのほうへ落ちる響。今攻撃されたら終わりだが、それではラスティまで死ぬ。やってこないはずだ。

 

 予想通り、敵はどこかに飛び去っていく。ある意味では響がラスティを助けるだろうと信頼してのことと言えそうだった。もっとも響を殺すのを諦めたわけではないだろうが。



「ヒビキーーーっ!」


 ありがたいことに、ラスティも響の名を呼んでくれた。気絶していなかったのが驚きである。さすがは気丈な彼女、アカデミーの女王、と言ったところだろうか。


「手を……!!」


 そう叫んで手を伸ばす響に答え、ラスティも手を伸ばす。可憐な顔立ちが青ざめていて、瞳からはあふれる涙は水滴となって上方向に落ちている。


もう少し、もう少しで届く。


「安心してラスティ。心配ない。君は俺が必ず助ける。さぁ、手を伸ばして」

 

 あえて穏やか笑顔を浮かべ、聴こえないかもしれないが優しく語り掛ける。本当は全部響が仕組んだことだと知るものが見れば白々しいほど紳士的にだ。


「……ん……」

 限界高度を超えるわずか手前で、響はラスティの手を掴むことが出来た。力強くその手を引き、つい十数秒前と同じように意外と細い彼女の体を抱き、間髪いれずにパラシュートを開く。 


「……ヒビキ……」


 よほど怖かったとみえ、ラスティは響の胸にきゅっと掴まり、弱々しく震えていた。


「もう大丈夫だよ、ラスティ。安全に着地できる。さっきのヤツはもういないから」


「……うん……うん……ひっく……あり、がとう……」

 

 泣きじゃくる彼女を安心させるように告げ、優しく肩を抱く響。さすがに今回は触って怒られたりはしないようだった。


 このまま行けば森の真ん中あたりに落ちる。そうなれば二人きりで夜を明かすことになるだろう。しかもさっきの敵だって死んだわけではないからまた狙ってくるかもしれない。

 思ったより、状況は厳しいと言えそうだった。


「なあラスティ」

「……」


「ラスティ?」

「……すー……すー……」


 返事がないので顔を覗き込んでみると、ラスティは安心したせいかそれども極度の精神的疲労のためか、眠りについていた。

 

「ま……それならそれでいいか」


 ラスティは響にありがとうと言った。命を救われたと思っているからだし、それは『計算通り』だ。


そもそも本当はこの一件は響のせいで起きたことであり、しかも意図的に彼女を巻き込んでいるのだが、それはあえて言う必要はない。


 しかし、落ち着いて考えれば彼女もなにか変だと気がつくだろう。

 なので、響としては彼女が眠っている間に考えておく必要がある。


「んー。なんかこう、いい感じの言い訳ないかなー……」


 若い男女が森で一泊するわけなので、せっかくだから楽しいことが出来ればよい。例の賭けの件もある。最終的には事実を話すが、その前には色々と段階を踏む必要があるのだ。


「んー……」


 そういうわけなので、響は着地のためにパラシュートを操作しつつラスティにどう話したらいいか考えることにした。



 


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