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てのひらに星雲を  作者: Q7/喜友名トト
シーズン1~ 転入編~
22/70

アナタ正気かしら

 惑星探査実習までの数週間。

 響は実習のプランニングや機材の準備を済ませるのに多少苦労はしたのだが、意外にもラスティが協力的だったことでなんとかこれを完了させていた。


 彼女からしてみると『好きにすればいいわ。どうせ私があなたに従うのなんて、この短い期間だけよ』とのことである。


 もちろん、響の行動がラスティから見て大きく問題がなかったということもあるのだろうが、結局学園の女王は無礼者の地球人に対して異を唱えることはしなかった。


『へえ。少しは考えるのね? 見直してあげなくもないわよ』だそうだ。


 なので表向きとは違い、実質的なチームリーダーはラスティではなく響であったといえる。


 そして、実習当日がやってきた。


 実習予定惑星であるC21「カリラ」は、地球周辺のタートルより230光年ほど離れた辺境銀河に位置している。中型規模の航宙機を用いたワープ航法を利用しなければたどり着くことの出来ないほど遠い星。これは目的地までの移動も含めた実習だった。


なお、カリラは地球をはじめとした星雲連合加盟惑星の多くと環境が近く、移住可能惑星の一つとされているが、今回ここが実習先に選ばれた一番の理由はそこではない。


 大事なことはカリラから、Pクリスタルの反応が探知されている、ということだ。


サイキックウェーブ増幅材であるPクリスタルはサイキックスキルを使用することで宇宙での生活を可能にしている全銀河の人類にとっては必要不可欠なものだ。


しかし、あまりに早い需要の拡大に近年ではクリスタルの枯渇が心配されている。


ゆえに税金で成り立つオリオン・アカデミーとしては学生の実習にかこつけてキークリスタルの調査も行い、あわよくば新たな採掘源をみつけてアピールしたい、ということらしい。

わざわざ調査団を派遣するよりは安上がりだし、しかも学生に経験も与えられる。一石二鳥というわけだ。

 

「じゃ、行こうか。打ち合わせ通り、パイロットは俺。オペレーターはラスティで。OK?」


 操縦席に座る響は、隣の席のラスティに微笑みかけた。


「そうね。仕方がないからやってあげてもよくってよ?」


 副操縦席のラスティはいつものように偉そうな口調である。なお、関係ないが、よく実った果実のような彼女の胸部は制服越しでも確認することができ、響はさきほどそれを指摘したために叩かれそうになった。避けたけど。


「うんうん。さすが。ってか、他に誰も出来ないしね。メンバーで情報解析アナライズ接触感応サイコメトリー取ってるのはラスティだけだし」


 ラスティの学力や能力については調べてある。探知・解析系のスキルに長け、近距離テレポートもできる彼女は今回の計画にうってつけの人材といえた。


「それは、あなたが選んだメンバーのせいではなくて?」

 

 ラスティはそう毒づきつつ、後部座席に座るカクとリッシュにちらりと視線をやった。


 今回のメンバーは、響、ラスティ、リッシュ、カクの四名である。本当はまだメンバーを加えることは出来たのだが、さして親しくもない人間をいれるよりはこのほうがいい、というのが響の判断だった。なお、一応はアマレットにも声をかけただのが、それは三秒で断られた。


「ごめんなさい。ボク……」


 リッシュは学園の女王の鋭い視線とトゲのある言葉に対し、叱られた子犬のような表情をみせる。響からすればそれはそれで大変可愛らしくみえる。なお、カクはイビキをかいて寝ている。


「いいんだよ。だってリッちゃんは超剣術サイキックソードアーツも強いし、しかも俺らの学年で唯一、回復ヒールの初級も使えるし。しかも可愛いし、すごいじゃん? あとラスティ、つべこべうるさいよ。美人で優秀なんでしょ? 君一人で十分だろ」


 リッシュとラスティ、二人の頬に朱色が指した。一人は照れによるもの、一人は立腹によるものである。


「あ、ありがとう。ヒビキくん……」


 頬を押さえて嬉しそうにしているのは当然リッシュ。ややダブダブなノーマルスーツが彼女の幼さの残る可憐さを引き立てていた。


「ヒビキ! あなた、誰に向かってそん」

「はっしーん」


 顔を真っ赤にしてぎゃんぎゃん言ってこようとしたラスティの言葉は、航宙機の発進音によって遮られた。アカデミー専用のカタパルトから飛び立ち、宇宙空間まで数秒で達する。


「はい。ワープ体勢準備ね。ラスティ、到着位置の座標解析とデータの入力よろしく」


 そして響は間髪いれずに指示をだした。


「人の話を聞きなさい! いい? わたしは」

「え? もしかして出来ないの!? うそ!?」

「出来るに決まってましてよ!? 当然でしょ!?」


 ラスティは憤慨しつつもタッチパネルに手を当て、サイコメトリーによる座標解析を行い始めた。やはり優秀ではあるようで、実に頼りになるオペレーターといえそうだ。実際、宇宙で学び始めて日が浅くマニュアルしか使えない響は、彼女のサポートなしでは操縦は不可能だっただろう。


 ちなみに、響が彼女をここまで煽るのにはある理由がある。この地球人の少年は、基本的に目標のための計算ありきでしか動かないのだ。


あとでラスティにもわかることだが、今回のポイントは『落差を作る』ということにある。


「終わりましたわ! どう? すこしはわたしの」

「ワープ突入するから少し揺れるよ」

「え? あ、きゃあっ!」


「おー! すげぇ。宇宙が歪んだ! アニメみてぇ!」

「あら、地球人にはワープ空間なんかが珍しいのかし」

「リッちゃん、俺のドリンクとって」

「うん、はい。どうぞ! ヒビキくん」

「で? ラスティ、なんだって? ごめん聞いてなかった」

「地球人は!! ワープ空……」

「ぐがーっ……すぴーっ……!!」

「うるせぇぞカク。このヒステリックグラマーさんの言葉が聞こえないだろ。いい加減起きろ」

「ヒステリックグラマー!?」

「……お嬢さん、オラのここ、触ってみるだよ……すぴぃ……」

「この変態の寝言をなんとかしなさいよ!!」

 

※※


 響たちのチーム、こうしたやかましいやりとりをしつつも順調にワープ航法をこなし、他チームに先駆けて目標である惑星カリラに到着した。実は操能力マシンコントロールを学習し始めたばかりでマニュアル操縦しかできない響にとっては非常に難しい道中だったし、かなり神経をすり減らしてはいた。ここ数週間の猛特訓がなければ無理だっただろう。


一応、ここまでは響の計算通りである。


 もともと響がラスティのチームに入った理由の一つとしては『宇宙空間移動中、敵に航宙機を攻撃させないため』というのがある。言ってしまえば権力者の娘である彼女を人質にした格好だ。 


 華星人至上主義者連盟(PP)の人員データの一部を持つ響はPPからすれば絶対に始末したい相手のはずだが、響の狙い通り、何も知らないラスティのおかげでカリラまでは無事到着することが出来た。


 ここからがステップ2である。

 

中型航宙機では大気圏内を移動するのが難しいので、一同は適当な平地に機体を降ろした。

 提出した予定表では、テレパシーで動かせる小型衛星を飛ばして周囲を調査することになっている。

が、響は最初からそうするつもりはなかった。


「突然だけど、探査計画変更するよ。俺、積んできた小型のグラスパーでちょっとその辺飛んで見てくる」


「はぁ!? ちょ、ちょっとヒビキ! あなた、何言ってるのかしら!?」


 勝手なことを言いながら不意に操縦席から立ち上がった響に対し、ラスティが抗議の声をあげた。


「実習終わるまでは俺の言うとおりにする、って約束だろ? いやー、俺、実は地球以外の星って初めてだからさ。単に見てみたいんだよね」

 

 嘘は言っていない。ただ全部は話していないだけだ。


「だからってアナタ正気かしら? 未開惑星の大気圏内でいきなり飛ぶなんて、リスキーにもほどがあると思わなくて?」


「あー、大丈夫。俺は別に怖くないから。なにかあっても余裕で対応できるし、それなら直接見てきたほうがいいだろ?」


 響はあえて、『俺は』という部分を強調してそう答えた。


「え? え? ヒビキくん、どうして……?」


「リッシュちゃん、響どんの考えてることを理解しようとしても大半が無駄だからやめといたほうがいいだよ」


後部席の声を聞きつつも、響はさっさと操縦室を出ることにした。歩きながらカクと軽くハイタッチを済ませ、グラスパーの格納庫へと向かう。


「じゃあカク。あとよろしくな」


 響はカクを全宇宙の誰よりも信頼している。故に、このあとここに残るであろう人物については心配していない。


「ま、待ちなさい!」


 真っ赤な顔をしつつ慌ててシートベルトを外そうとするラスティだったが、響はまたも彼女を無視した。


※※


「……システム・オールグリーン」

 グラスパーのコックピット内での調整を済ませ、最後に連絡もしておく。


「A班、予定を変更してパイロット一名乗員のグラスパーで周辺空域の調査に入ります」


 発信先は本惑星、カリスないに設置されているアカデミーの仮設基地だ。この星にはすでに監督役の教員も到着しているので逐一状況を報告することが義務付けられている。

響の通信に対してリアルタイムでの返答はなかったが、音声情報は記録されているはずなのでかまわない。


「母船から出ると通信が出来ません。パイロットがテレパシーまったく使えないもんで」


 この時代、通信のほとんどは機具によって増幅したテレパシーによって行われる。テレパシーを文字や音声情報に変換するための装置も標準装備されている。

しかし、もちろん響にはこれを使えない。


従来通り電波を用いた通称『マニュアル通信』もあるにはあり、今響は母船の回線につないで通信を行っているが、グラスパーはテレパシーを利用する以外の通信機器は備わっていない。


「とっても都合のいいことにね」


 響は小声でそう呟き回線を切断した。


ハッチを開き、加速を始めた瞬間だった。


「ハァイ、ヒビキ。五分ぶりくらいかしら?」


 突然、得意気な声が後部席から聞こえた。振り向かなくてもわかる。このやたら自信満々で色っぽい声の主が誰かと言うことくらい


「……ラスティ、どうやって乗ったの?」

「はぁ……はぁ……アナタと違って、私は色んなサイキックスキルが使えるの。テレポートも出来ましてよ?……んっ…はぁ…」


 ここでようやく振り返ってみる。グラスパー用のノーマルスーツに着替えた響とは異なり、ラスティは制服姿のままだった。どうやら、響より遅れて母船の操縦室から出たあと慌ててドッグにやってきて、発進間際のグラスパーのコックピットにテレポートしてきたらしい。


 ドッグまでは走ってやってきたのか、息使いが荒くなるのを頑張って押さえている。それが少しエロかった。


「へぇ。知らなかったよ」


「驚いたかしら?」

「まあね。すごいね。ラスティは。美人でセクシーなだけじゃないね」


「ふふん。あら、今頃気付いたのかしら?」


 響の受け答えに、ラスティは満足げだった。ふんわりと輝くブロンドをかきあげ、満面の笑みを見せている。その表情はいつもの高飛車女のそれとは少し違い、少女のようだった。


散々舐めた口を聞いてきた無礼者の地球人を驚かせてやった! というところだろう。


 ちなみに、ラスティは走ってきたせいで上がりそうな息を殺し、ほんのりと顔を赤くし、しかも脚を組んでいるので白く艶めかしい太ももが強調されている。


 響は遠慮なくそれをしげしげと眺めてから答えた。


「うん。すごい。とっても」


 遅れて響の視線に気がついたのか、ラスティ今度は恥ずかしそうに脚を閉じて手で隠すような仕草を見せてくる。


それはそれで、内側に寄せられた腕によって強調される胸が目立つ効果があるのだが、ラスティはそれには気がついていないようだった。


「んっ……、わ、わかればよくてよ」


 ちなみに、さっきからのやりとりはドッグ内のカタパルトで加速中のグラスパー内部で行われていることだ。


「ところで、もう発進体勢に入ってるから止められないけど、いい?」

「かまわなくてよ? 『私も』怖くはないから」


「そっか。んじゃ、このまま調査行こうぜ」

「ええ。よくってよ」


 このようにして、学園の女王と無礼な地球人少年が乗る小型グラスパーは未開惑星の空へ飛び立った。

  

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