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てのひらに星雲を  作者: Q7/喜友名トト
シーズン1~ 転入編~
21/70

賭けに負けたことは

 オリオン・アカデミーでは単位の取得にそれほど授業への出席が重要視されることはなく、おもにテストによって成績が決まる。


 とはいえ、実際の授業の出席率が極端に低いということはない。


 何故かと言うと、アカデミーのカリキュラムは独学で修得できるほど簡単なものではなく、また授業の質が非常によいため、受講したほうがはるかに得策だからだ。


 一見すると、遊んでばかりいるように見えるパーティ好きの学生たちにしても、基本的にはエリートの子弟であり、本人もその予備軍であるため、意外とまじめに授業を受けている。



 が、宮城みやしろひびきはこれはあてはまらない。今日も堂々と授業をサボり、友人であるカクとともにアカデミーの近くにあるビーチにいた。


 数学の授業など、いくらサボってもどうせテストは高得点をとれる。それよりも、大事なのは、こっちだ。というのが響の思いだった。



「うりゃぁっ!」


「甘いだよ!」


 響が放ったのはフェイントをかけた上での右ストレートだったが、カクはそれを見切り、響の右腕をとらえた。


「げっ」


「よいしょー!」


 あっという間に大男に背負われ、そして投げ飛ばされる響。下が人工の砂浜なのでダメージはそれほどでもないが、精神的にはショックが大きい。


「……あー、くそ。やっぱ勝てねぇな。お前には」


 大の字に寝転がり、悔しさを伝える響にカクが手のさしのべた。


「ははは。サイキックスキルなしでも、オラは強いだよ。けんど、響どん、ちょっと弱くなったんでねぇべか?」


「そりゃまあ、正直宇宙にあがってきた直後よりはな」


 大柄な手をとって上体を起こしながら、響は冷静に答えた。


「? それは、まずいんでねぇべか?」


「今はナマらない程度にしか鍛えてないからな、体は。地球にいたときよりやること増えたから、格闘技の練習に割ける時間は減ってるさ。それでも遊ぶ時間は削らない俺なのだよ」


 そうなのだ。日課をこなすことは変わらないが、メニューは大幅に違う。毎日毎日、反吐が出るほど自分を追い込んでいるのに、格闘は弱くなるというは、響にしてもあまり気持ちのいいものではなかった。

 

「なるほどなぁ。じゃあ、次は『アリ』でやってみるだか?」


「バカ言え。殺す気かよ」


 響はカクの提案を却下した。星雲騎士団を多数輩出してきたサトンリー家の嫡男であるカクは翠星人すいせいじんのなかではメジャーなテレキネシスを用いた格闘技の名手なのだ。


 投げ技や締め技を主体とするその技を響は『異次元柔道』と勝手に呼んでいる。

 未開拓惑星にたまにいる大型の宇宙生物ですら投げ飛ばしてしまうというそんな技を使うカク相手に、サイキックスキルを使わない響が勝てるはずがない。


「そうでもねぇだよ。だって響どんは……そういえば、いつまで隠してるつもりだか?」


 カクは素朴な疑問をぶつけてきた。ずっと隠し通すの不可能だということはわかっているので、彼の気持ちもよくわかる。


「そうだな。俺もちょっとめんどくさくなってきた。多分、惑星探査実習のときくらいには……」


 響の言葉は、別の人間の大声によってかき消された。


「ちょっとあなた!! こんなところでなにやってるのかしら!?」


 声の方向を見ると、それがビーチの上にある駐車場で女の子が出したものだとわかる。


「ほれみろ。来ると思ったよ。カク、1万クレジットよこせ」


「恐ろしい男だべ……」


 その女の子がこの場所にくるかどうかということを二人は賭けており勝ったのは響だった。


「聞こえないのかしら!? あなたよあなた! ヒビキ!!」


 女の子は、自分を無視している響にぷんすかと怒り、駐車場から階段を降りてビーチへずかずかとやってきた。ちなみにカクの存在は目にはいっていないらしい。



 今日はホットパンツ姿で、生足が官能的かつ健康的だ。波打つようなゴージャスな金髪も大変美しい。


「? やあラスティ。君もサボり?」

「なんなのよアナタは!? 私のメッセージ、確認はしているはずでしてよ!?」


「うん。君のチームに加えてくれるんでしょ?」


「そうよ! ありがたく思いなさい! それから、実習に向けて、素人のアナタに色々教えてあげるから、午前中のうちに私に会いに来るように伝えていてよ!?」


「うん。だから無理、って返したじゃん。俺はサボってビーチで遊ぶから、って」


「!? 誰に向かってそんな……!」


「君だよ。君。俺はね、やりたいようにしかやらないの」


「!! アナタ……。よろしくて!? よく聞きなさい! そもそも……」


 自分の思い通りにならない未知の男にペースを乱された学園の女王は、真っ赤になっている。


 指を立て、猛烈な勢いでまくし立ててくるラスティに、響は苦笑いをした。

 響は本来、女性のお願いはできるだけ叶えるようにしているし、、基本的には優しく接する。ラスティにそうしないのは計算があってのことだ。


 ラスティは落とすと決めている。アマレットもリッシュの攻略も着々と進んでいるが、ラスティは一番優先度が高い。彼女の場合は短期決戦に向いているからだ。その上、有効に利用できる。


 誰にでも憧れられ、チヤホヤされていて、なんでも思い通りになってきた女王様。そんな彼女にとって特別になる手っ取り早い方法は二つある。


 一つは、彼女の思い通りにならない存在でいる、ということ。

 二つ目は、彼女のほうから憧れられる存在になること。


 響はその両方をこなすつもりでいた。一つ目は今の所うまいこと行っている。彼女は、響を従わすために接近してきているのだから。


「ちょっと! 聞いてるかしら!?」


「あー。はいはい。要約すると、この超絶美人の人気者の自分が選んであげたのだから感動して、全部従うべき、ってことでしょ? すごいね」



 ラスティの言葉を意地悪く解釈して伝えてみせると、彼女はなんとこう答えた。


 胸を張って、その際に豊かなその胸を弾ませながら。


「そうよ!」


 断言である。


「……今のはちょっとびっくりした。すげぇ」


「ここまで言い切られるとオラ、その通りだべ、とか思ってしまっただよ」



 びっくりはした、カクも同じようだった。だが、展開としては理想的である。ぜひとも落としてやりたいところだ。


「よし、じゃあこうしようぜ。俺は君に惚れさせてみせる、って言っただろ? その期限は探査実習終了までとするよ。だからそれまでは俺の言う通りにしてくんない? 実習の準備とか他のメンバーの選択とか諸々」


 説明によれば、今回の実習は辺境銀河の未開惑星の環境調査及び、キークリスタルの探索と採集とのことだ。このクリスタルはサイキックウェーブを増幅するものであり、星雲連合の文明にかかせないものだ。だが資源には限りがあり、特定の環境下でしか結晶化しない


 そこで星雲連合は常に未知の惑星を開拓し続けており、このような実習が行われるとのことだ。


 当然、響としては実習を大成功で終わらせたい。オプティモのチームにも成果で勝っておきたい。さらにおそらく自分を狙って来るであろう敵も始末しておきたい。そのためには、実質的に実習を仕切る必要がある。


 航宙機の選択、現場での行動、危険に際したときの備え、効率的に調査を進めるプラン、それに向けたトレーニング、やることは山ほどある。


「なにそれ? 嫌よ。そんなことして私に何の得があって?」


 ラスティの不満はもっともである。そこで響は続けた。


「もし、実習終了までに君が俺のことを好きにならなかったら、俺はその後、君の下僕になるよ。なんでも言うことを聞くし、君のために人生を捧げる。っていう賭けはどう?」



「えっ」


 響の言葉にラスティは一瞬絶句し、それからうーん、と少し考えるそぶりを見せた。なにやら悩んでいるようだ。意外と素直である。


「……ほんとに?」


「地球人、嘘付かない」


「ほんとにほんと?」


「うん。俺ってほら、結構優秀だし、有名人の息子だし、しかもカッコいいでしょ。下僕にしたら役に立つよ、かなり」


「一生よ?」


「ああ。っていうか、ラスティは美人だし、輝いてるからな。もし好きになってもらえなかったとしても、側にいたいしね。問題ないぜ」


「そ、そう……それなら」


 これはかなりラスティの心に効いているようだった。生意気で尊大な地球人を屈服させることができる、というSの部分はもちろんのこととして、挑んでくるのならばうけなければならない、という彼女のプライドの高さも利用している。


 また、根っこのほうでは、多分少しだけ期待している。好きになるわけがない。なのに、この男の自信はなに? どうするつもり? この私が、男の子を好きになるなんてことがあるの? そういう期待だ。


「それなら?」


「……よろしくてよ。でも、実習までの間よ! ああ、今からアナタが下僕になるのが楽しみだわ!」


「いやいや、俺はまた一人ハーレム要因が増えるのが楽しみだよ。ヒビキ様と呼ぶようになるさ」


 響の見立てでは、こういうタイプは一度好きにさせればあとあと非常においしいのである。



「は?」


「いや別に何も。よし、じゃあ早速だけどさ。メンバーは俺が決める。まずはここにいるカクな。それから実習までのスケジュール管理とかトレーニングとかミーティングとかも全部俺が主導する。いい?」


「そうね。かまわないわよ。どうせ短い間のことだし。光栄に思いなさい。私がそんなことをするなんて、普通ならありえないことなのよ?」


 きらきらと輝く髪をかきあげ、眩しいうなじを見せつけてくるラスティはもうすっかり賭けに勝つつもりのようだった。


 ちなみに、カクはため息をつきつつ、首を振っている。


「はいはい。あ、あとそれから……」


 なによ? と言った表情のラスティを横目に、響は砂浜に置いてあった

バッグから、真新しい包装紙に包まれたある物体を取り出した。


「それはなにかしら?」


「あげるよ」


 きょとんとしているラスティに紙袋を渡す。


「さっき買った水着だよ。一万クレジットもする高級品だぜ? ほら、ビーチだからな。着替えてくるよろし。ビキニは素晴らしいものだよ」


 ちなみに、このビキニは鮮やかな青で、ラスティの魅惑的な白い肢体と金髪には似合うことだろう。


「どうせ今からアカデミーに戻っても授業終わってるし、もう遊んじまおうぜ。ジェットスキーみたいなものも借りられるみたいだし、操縦してみたい。操縦するからには、美少女を後ろに乗せたい。すると濡れる。だから水着に着替える。OK?」 


「え? え? なに、なんで?」


 ラスティは理解が追いついていないようだった。この男はいつも新品の水着を持ち歩いているのか? と素で思っているのかもしれない。やっぱりどこか素直なところがあり抜けている少女だった。意外と子どもなのかもしれない。


 混乱している表情は年相応の少女のそれで、可愛らしい。

 いつもの強気の女王様の顔とはまた違った魅力だ。



「ラスティ、俺はね」


 響はそんな彼女に自信たっぷりにニヤリと笑いかけ、それから宣言した。


「賭けに負けたことは、一度もないぜ」

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[一言] 痺れる!!!!
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