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てのひらに星雲を  作者: Q7/喜友名トト
シーズン1~ 転入編~
20/70

だって君は近いうちに

眼前のゴージャスな美少女は、その自信たっぷりの強気な表情を少しだけくずし、年相応の少女らしい戸惑いを見せていた。また、周囲の人間は向かい合う響と彼女から少し距離をとってこちらを見つめている。


 計算通りだった。わざわざアクロバティックな登場をしたかいがあるというものだ。


 女王様に進言するには彼女の意識を向けなければならないし、人垣の間から大声を出しても誰にも注目してもらえない。まずは派手な登場で人目をひきつけ、そこから自分のペースに持っていく必要がある。アカデミーの女王に突然接近する異邦人、この場はそれでいい。


 その証拠に、誰もが突如始まったドラマがどう転ぶのか、興味深そうな目で見ている。


「……ふーん。あなたが噂の地球人かしら? まるでお猿さんみたいだわ」


 少しだけたじろいだラスティだったが、すぐに余裕の態度に戻っていた。おなかのあたりで組まれた腕が豊かな胸を押し上げている。一段高いところでみんなの注目を集め、スポットライトを浴びる彼女。ふふん、というその態度は響の数多い女の子の好みのタイプの一つだ。


「んー。俺ってやりたいことは即実行するタイプなんだよ。ラスティの視界に一刻も早く入りたくてね」


 対する響はあくまでも堂々と自分の考えを述べる。彼女が華星人で、家柄もよく、複数の企業を経営する財閥の御令嬢であることは聞いてはいるが、関係ない。ただの同級生だ。


「ずいぶん積極的なのね? でも聞き間違いかしら、探査実習で私のチームに入りたいと聞こえたけど」


 ラスティはリーダー選抜者なので、響同様アカデミーからのメッセージが着信している。なので、当然響がリーダー選抜者であることを知っている。普通に考えれば、わざわざリーダーを辞退してまで別のチームに入る道理はない。彼女が言いたいのはそういうことのようだった。


「いや? 本気だよ」

「どうして?」


「そりゃもちろんラスティとお近づきになりたいからさ」


これは響にとっては嘘ではないが、本心をすべて語ってもいない。


実習については色々情報を集めた。要するに航宙機で未開惑星に赴き調査する、という内容のものだが、これはPPに命を狙われる響にとってはかなり危険だと言える。


未開惑星の調査中というのは、どさくさに紛れてクリスタルを奪いデータのあり方を聞きだし、そして殺すにはもってこいの状況だ。先のアカデミー侵入者事件でも実力を少しだけ見せておいたが、アカデミー内の『敵』にはせいぜい『多少頭が切れて戦いなれているだけで、サイキックスキルも使えない小僧』程度にしか思われていないはずだ。


隙があれば必ず狙ってくるだろう。


極端な話、事故に見せかけられて移動中の航宙機を落されでもしたらさすがにどうしようもない。


だが、だからと言って参加自体を見送ることはしたくない。この手のものから逃げ続けていてはアカデミーを首席で卒業するのは無理だ。


響には目指すものがある。PPを潰し、銀河を守るというのはそのための手段であり過程だ。妥協するつもりはない。


それに、アカデミー内にいるであろうPPが誰なのかを早めに確認し、脅威を排除しておきたい。そのためにはあえて危険に身をさらし、反撃するほうがいい。


身近な誰かにいつ殴られるかわからないままずっと生活するよりは、さっさと殴らせておいて殴り返して倒しておいたほうがマシということだ。



だから、ここは万が一死んだりすれば大問題になる人間と一緒に行動する必要がある。

リーダー選抜者の中ではオプティモとラスティがそれにあたる。どちらも有力者の両親を持っており、PPが簡単に殺すことはないだろう。


ラスティと一緒に行動できれば、大掛かりな攻撃は仕掛けてこない。おそらくはどこかで響一人を狙うなんらかの行動に出るはずだが、それなら対応することも不可能ではない。


以上が、今響がとった行動理由の1割である。残りの9割は単に本気でラスティを落したいだけだ。


「俺はリーダー選抜者なんだぜ? つまり優秀だってことだ。君はさっきテストをする、って言ってたけど俺なら必要ないんじゃない? アカデミー側が問題にするようなら説得して押し通すから心配いらないよ」


公平性だとかの観点でごちゃごちゃ言われたとしてもどうにでもなる。『宇宙に上がって日が浅いから、リーダーは務まらない。でも参加はしたい』これでOKだ。いざとなれば副学長のダルモアに口利きしてもらえばいい。


「あら? 私は能力で選ぶなんて言ったかしら?」


 アカデミーの女王様は一筋縄ではいかないようだった。ラスティは大げさな身振りとため息をみせ、響に背を向けた。後ろから見ると彼女の見事なボディラインや白く美しいうなじが際立つ。


同時に、フロア中がざわめいた。


「調子に乗ってんじゃねぇぞ! 地球人アースマン!!」

「ダセー。拒否られてやがる」

「身の程を知れよ」


 会場のあちこちから嘲笑まじりの野太い声が聞こえてきた。ライトがラスティに集められているため、周囲は薄暗く、誰の言葉かはわからない。というか、そういう状況だからこそ声を発するのだろう。誰も壇上に上がってこないのがその証拠だ。


「……うるさいなぁ」


 響は短く言葉を放った。


中身の入ったボトルが三つほど投げつけられたが、予想通りだ。別に避けなくても当たらないが、フタの空いていなかった一つをキャッチしてみせる。


「話は後で一人一人聞いてやるからさ。文句があるならそのときに言って」


 誰にともなくそう告げると、キャッチしたボトルネックを叩き割って一息に飲み干した。

 

フロアのざわめきが一瞬だけ止まる。 


ちなみにこれは響がペン操作についで覚えたサイキックスキルである身体強化バイタルブーストの初歩だ。持続時間一秒以下、ほんの少しだけ指先の強度があがる。


「そうね。今、彼は私と話しているのだけど? 静かにしてくれるかしら」


 ラスティが良く通る声で不満を伝えると、再びフロアは静かになった。

 ありがたいことに、受けて立ってくれるつもりのようだ。


なら、響としてもより強気に迫るだけだ。


「ありがとう。えっと……じゃあメンバーは好き嫌いで選ぶのかな? 女王様は」


 響はコツコツと軽快な靴音を響かせながら、ラスティに歩み寄った。瞳は逸らさず、まっすぐに彼女を見つめる。


「……そうかもね」


 じっと見つめたラスティの瞳が、今までと違った色を見せたのを響は見逃さなかった。


「なら……」


 近づいていくごとにはっきりとわかる。濡れたように輝いている彼女の瞳に映っているのは、期待の色だ。表情は戸惑いにあふれているが、頬は紅潮している。おそらく鼓動も早くなっているだろう。


 このどこの馬の骨とも知らない同級生の狼藉を彼女は期待している。そんな風に見えた。


 なるほど。今まで彼女は、他の誰にもこんな無礼を働かれたことはないのだろう。いつもかしずかれて美しい彼女はいきなり出てきて、自分の意を汲むこともなく不躾に希望を告げてくる男が、珍しいのだ。


 さらにいえば『もしかしたら』と響は思った。


ラスティは、学園の女王様は、意外にもそういう趣味なのでは? Mなのでは? というものだ。


 仮定にすぎないが、もしそうであるなら攻め方は一つ。


「俺にしといたほうがいいぜ。ラスティ」


 響はやや言葉遣いを荒くさせ、手で触れられる距離で足を止める。


「どうしてかしら?」


 ラスティはプラチナブロンドの髪を耳にかけるように触りながら、響から目を逸らした。近くで見なければわからないが、そっぽを向いた彼女の耳が少し赤い。


 響は横を向いてしまった彼女の頬に手をやり、自分のほうを向かせた。


「だって、君は近いうちに俺に惚れるから」


 一方的に断言すると、響はくるりと彼女に背を向ける。

 数秒して、背後から大きな声が聞こえてきた。いつも自信満々の彼女らしくない声だ。少しだけ震えていて、しかしどこか明るい声。


 

「な、何言ってるのよあなた!! そんなことありえなくてよ!」


ふむ。響はさきほどの自分の仮定が信憑性を増したことを感じつつ、あえて普段女の子には使わない言葉遣いで答えた。



「間違いないね。確かめたければもう少し俺と接してみたらいい。だからメンバーに登録しろ」


「私が……、この私が本気であなたのことを……、す……! ああもう!! そんな風になるとでも!?」


「なるさ」


 ラスティはおそらく顔を赤くしてムキになり、白い肩を震わせながら叫んでいるのだということは想像できるが、響はあえて振り向かなかった。


「俺の言った通りになるのが怖いって言うんなら、まあ仕方ないけど。意外と臆病なんだな。『女王様』」


「待ちなさい!!」


「やだね」


 響は、最後にそれだけ言うとさっさとフロアの中心から離れた。


※※


ラスティとのやりとりを終えた響は何事もなかったかのように二階に戻り、不在にしたことをリッシュに詫びる。そしてその埋め合わせということでさっさとパーティ会場をあとにする。


 十分に夜のデートを楽しんだあとは、リッシュを家まで送り届け、一度プールハウスに戻し、日課を済ませた。


 一日が終わり、最後に3Dモニタを起動し着信メッセージを確認する。


「おっ。早いな」


 表示されているメッセージはアカデミー事務局からだった。内容は見なくてもわかる。


 長々と文章がつづられていたが、要するに、こういうことだ。


 宮城響は、四年生としては初となる惑星探査実習に参加する。

 なおリーダーは辞退したため、要請があった別チームに加わることとする。


「おっけー。やったぜ」


 響は一人、快哉を上げた。

 この実習は、アカデミーでの最初の試練となる。だが一方でこれを無事に切り抜けることが出来れば、いろいろなことが前進する。


しかも、ラスティともお近づきになれる。完璧だ。

実を言えば、あの接し方は響にとっても賭けだった。あれで外していたらもう彼女は100%無理だった。


が、結果こうなったということは、彼女は強く接されることをどこかで望んでいるという推測がある程度正しかったということで、今後攻略する筋道が出来たということだ。


それは、響にとっては二つの意味でいいことだった。

単純にたくさんの美少女と楽しくお付き合いしたい、ということ。


そしてもう一つは、大きな目標を叶えるためのルート作りとして。




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