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てのひらに星雲を  作者: Q7/喜友名トト
シーズン1~ 転入編~
2/70

バカじゃないの!?

※※

 

来れなくなった父の代理でヒビキ・ミヤシロを空港まで迎えに来た帰り、ホバークラフトの運転席に座るアマレット・アードベックはやや困惑していた。


いったいこの男の子はなんなのだろう。


パパの恩人であるヨイチ・ミヤシロの息子がオリオン・アカデミーに通うためにこちらへやってくることは数週間前に聞かされてはいたし、どんな人なのだろうかと色々想像はしていたが、実際会った彼には色々な意味で驚かされた。


まずは『彼は地球人のはずなのに、何故あんな風なのだろう』ということ。


星雲連合が誕生して『主観時間』で100年ほどがたった現在、別に異星人など珍しいものではないが、地球人は少し事情が違う。

 

地球は最近になって星雲連合に加盟した辺境の惑星であり、地球人は他星系の文明と交流を持ったのもそれが始めてのことだという話だ。さらに言えば、地球に住んでいる多くの一般の人は宇宙に上がってきたこともなく、いまだに旧時代的な生活をしているらしい。


だから、ごく最近まで地球に住んでいた少年から見れば、宇宙に浮かぶ人工の生活空間であるタートルは異世界のようなものだろう。


にもかかわらず、ヒビキはあまり動じている様子はない。

連合が地球とファーストコンタクトを取ったときに地球側の外交官を務めていたヨイチ・ミヤシロの息子だから、というわけではないのだろう。なにぜ、ヒビキは地球を出たのは今回が初めてだというのだから。


人工の海岸線をホバークラフトで走行しながら、アマレットは助手席に座るヒビキに気づかれないように視線をやった。

 

 地球人は宇宙ではもっとも多い『人型』の種族であり、それは華星人とも共通している。だからヒビキとアマレットには種族的な身体差はなく、ヒビキは年相応の少年に見える。


 ハイライトの入った濃い茶色の髪とすらりと長い手足。そしてなにより印象的なのが、ヒビキの顔つきだった。


 なにやら悪賢いいたずらっ子のようなその表情は、とても楽しそうに見える。


 そういえば、最初はやたら爽やかな笑顔だった。まあそれを魅力的だと思う女の子もいるだろう。ただ、なんとなくそれは嘘くさかった。


「ん? どーしたの? アマちゃん」


 アマレットの視線にヒビキが気づいたようだった。


「べ、別に……?」

「抱いて欲しいのかい? ここじゃマズイよ」


 おどけた様子でとんでもないことを言ってくるヒビキ、アマレットは自分の顔が熱くなるのを感じた。


「ば、バカじゃないの!?」

「はっは」


 ヒビキはけらけらと笑う。どうして彼は、こんなにも泰然自若としているのだろう。

 知らない世界にいきなり来たにしては、あまりにも自由な態度だ。


「いやぁ、それにしても素晴らしい景色ですなぁ。とても『タートル』のなかとは思えないぞ。キャリフォーニアみたい。いやカリフォルニアになんて行ったことはないけども」


 ホバークラフトのウインドウ越しに人工のビーチやヤシの木を見ていたヒビキがそんなことを言ってきた。


 ここは地球圏に建造されたタートルなので、生活環境は地球のそれに準じている。ここで生まれ育ったアマレットにとっては馴染みのある環境設定だが、ヒビキの住んでいたエリアとは少し違うようだった。


「お、ビーチに水着のねーちゃんがいた。いやぁ、ビキニって本当にいいものですね」

 

 興味深そうにあたりを見ているヒビキは、さっきからずっとこんな調子だ。


「……はぁ……」


 アマレットは少し頭が痛くなった。

 父がヒビキの後見人を務めることはもう決定したことで、ヒビキがオリオン・アカデミーに転校してくるのも決定事項だ。

 アカデミーにはアマレットも通っているし、なにかとヒビキと係わらなければならなくなるのかもしれない。


この少年がどんな風に振舞うのか、アカデミーのみんなにどう思われるのか、ということを考えると気が重い。


星雲連合幹部や騎士団を育成することを目的としたアカデミーに何も知らない地球の子がやってくる。それがどういう事態につながるのか、アマレットには想像もつかなかった。


そういえば、そもそもヒビキはなんでこっちにやってきたのだろう。異星人や星雲連合のテクノロジーが身近ではない地球人の彼にとっては、それはきっととても勇気のいる選択のはずだ。

アマレットには、それもさっぱりわからなかった。




※※


 タートル内の幹線道路を走るホバークラフトの助手席は、響にとって非常に面白かった。

 まずはこのホバークラフトそのもの。


いったいどういうメカニズムで動いているのかは知らないが、振動や音が少ないまま道路から数センチ浮いて走行するこのマシンは、まさにイメージする『未来の乗り物』である。


 そして車窓。


 青い海は人口の海水で満たされており、晴れ渡った空はタートル天井部分のモニタが写す映像だということはわかっているが、それにしてもこれはすごい。とても宇宙空間に浮かぶ人工建造物の内部だとは思えないほどだ。


 ときおり見える建造物はやはり地球のものとは少し違う。ヒビキにはよくわからない素材と構造様式で建築されているそれらはデロリアンで時速88マイル以上に加速して、あるいは青い猫型ロボットの道具で行くことができる『未来の世界』のもののようだった。


 そしてもう一つ、興味深いことがある。

 響は隣の運転席に座るアマレットの手元に目をやった。


 細くしなやかな白い指先も魅力的ではあるが、その指先で触れているタッチパネルのようなものが響にとっては初めて見るものだった。


 タッチパネルに接しているアマレットの指先が微弱な青い光を放っている。この光を通じてアマレットはホバークラフトを操作している。若干違うが脳波コントロールのようなものなのだろう。


 地球にはないこの技術は、華星人が発見し、そしてその後宇宙に飛び出し星雲連合を作るきっかけとなった能力であるということは響も知っていた。


「ねーねー。これってサイキックウェーブで動かしてるんだよな? アマレットはアカデミーの学生なのに、もうこんなことできんの?」


 知りたいことは聞く。それが手っ取り早い。


「ええ。そうだけど?」


 アマレットは少しだけ得意げに見えた。ふふーん、という感じだ。

 うむ、可愛い。響はそう思いつつ質問を続けた。


「サイキックの実技はアカデミーの4年次から習うって聞いてるけど、アマレットって今学期から4年生だよな?」


 響は自身が通うことになっているアカデミーについての予習は一通り済ませてある。カリキュラムや選科など、情報としてはほぼ完璧に把握しているつもりだ。


タートル内の学園『オリオン・アカデミー』は多星籍の出身者が集うエリート校だそうで、レベルの高いサイキックコントロールを学ぶことが出来るそうだ。だが、響の調べた事前情報では実技のカリキュラムは4年からスタートすることになっているはずだ。


 12歳で入学し、16歳から本格的な実技教育。地球からやってきた響が実年齢にあわせて4年生として編入することが出来たのは、本格的なカリキュラムスタート時期にマッチしていたからだと思っていたが、少し事情が違うらしい。


「……そうね。たしかにサイキックの実技は4年次からだけど、大抵の生徒はそれより前から家庭や外部での教育で実技を学んでいるわ」



「ああ、なるほろ。そういうことか。だったら別にいいや」


 大事なのは、実際アカデミーで行われる授業が初歩からのスタートであるということだ。


 要するにあれだろ。平仮名や足し算は小学校一年で習うことになってるけど、教育に多少でも力を入れてる親御さんが幼稚園から教えてる、みたいなもんだろ。


アマレットのちょっと得意そうな受け答えを見るに、彼女は優秀なほうなのだろう。そりゃ、学校の連中全員がこのレベルだと色々と不都合もあるが、そうでもないようだ。


と、いうことは大型宇宙船を操縦できたり、銃弾並の攻撃的テレキネシスを使えるやつはそうそういないだろう。


だったらまあ、余裕余裕。それにそのくらいのほう『例の連中』も俺を舐めてかかってくれるだろう。むしろ絶妙なバランスだといえる。


 そんなことを思っていた響に対し、アマレットは驚いた顔をみせた。


「? もしかしてあなた、サイキックウェーブを使えないの?」


美少女は、心配そうな声だった。なるほど、右も左もわからない地球人でしかも皆が使える能力も持っていない男のことを案じてくれているらしい。


「使えないよ。当たり前じゃん。でもまあ、誰でも使えるんでしょ。練習すれば」

「そ、そうだけど……。大変じゃないかしら。その、オリオン・アカデミーは……」


 口元に手をやりなにやら言いよどむアマレット。響はそんな彼女を見て少し嬉しくなった。

 

「お、心配してくれてんの? いい子だねー。アマちゃんは。ありがとう。でも、大丈夫だって。俺わりとなんでも出来るほうだし」


 響がおちゃらけた調子でそういうと、アマレットはまたしてもぷい、と顔を逸らしてしまった。


「べ、別に。心配なんてしてないわよ」


「またまたー。照れなくても、ええんやで」

「バカじゃないの!?」


 そんなやりとりをしながらドライブをすること数十分、二人は目指す場所に着いた。

 

 そこはこれから響が暮らす場所となる。

 アードベック氏は我が家で一緒に暮らそうじゃないか、と言ってくれたのだがそれは辞退させていただいた。


 彼らに危険が及ぶ可能性もないではないし。それに一人暮らしじゃないと女の子を連れ込んだり出来ないし、夜遊びも出来ない。あとあまり見られたくないものもある。


 そんなわけなので、響の住む部屋はアードベック氏の所有するプールハウスに落ち着くことになった。


「わーお。いい部屋だな」


 広さは十畳ほどだが、木目調に統一されたインテリアのセンスもよくベッドも寝心地がよさそうだ。事前に送っておいたゲーム機やサンドバッグもすでにそろっているようだし、水道などのインフラも万全。


さらにサイキックウェーブによって稼動しているのであろう未知の家電製品(という言い方が適切かどうかわからないが、生活を豊かにするためのものであろう機具)も置かれている。おそらくそれらの動力はコンセントのようにみえる壁の穴から得られるのだろう。


 窓兼ドアを開けるとすぐにプールに飛び込めるし、遠くには海も見える。

庭にはビーチチェアも置かれていて日焼けするのには多分困らないだろう。いや別にわざわざ自分から肌を焼く趣味はないけど。


 世話になるアードベック家にはすでにお金を入れている響だったが、これは少し金額を増やしたほうがいいかもしれない。


「そう。気に入ったのなら良かったわね」


 ホバークラフトを降りて案内してくれたアマレットはあまり興味なさげだった。元々金持ちのお嬢様なので、響のはしゃぎっぷりがよくわからないのかもしれない。


「おー。アマレットちゃんも遊びに来てもよいよ。そうだね。夜のほうがいいんじゃない?」

「来ません!……学校は明日からよ。わかってる?」

「おっけー」

「じゃあ、これで」


 短いやり取りを終えて去りかけたアマレットだったが、一度立ち止まり、響のほうに振り返った。


「ねえ、……あなたはどうして、こっちへ来たの? こ、答えたくなければ別にかまわないけど」


 もじもじとした口調から察するに、アマレットはさっきからそれが気になっていたのだろう。


 答えたくなければ、と言ってくれたのは多分彼女の優しさによるものだ。


「うーんと、ね」


 響は少し考えた。どうして『こっち』に来たのか。『こっち』というのはつまり、タートルのことでありオリオン・アカデミーのことであり、もっと言えば宇宙のことだというのはわかる。


サイキックパワーも使えない地球人の俺が、宮城みやしろ余市よいちの息子である俺がここに来たのは、何故か。


 探すため、止めるため、登るため、倒すため、変えるため。


 色々あることはあるのだが、どうもそれだけ言うとピンと来ない。大体○○するため、なんていうのはどこか義務的というか、後ろ向きな表現に感じて、しょうにあわない。



 そうだな、全部ひっくるめて、まとめて言うとこうなる。


「面白そうだから」


 きらーん! と笑ってみせる響。


「……」

 ぽかん、とした表情のアマレット。


「……そう。楽しい学生生活になるといいわね。さようなら」


少しして、ツンとすました表情に変わった彼女はちょっと怒っているようにも見えた。



 あるぇー? 響はそう思いつつも立ち去るアマレットを見送ると、ベッドにダイブして二回ほど後転したりしてその柔らかさを楽しんだ。


 時計を見ると、午後6時。地球圏に建造されたタートルだけあって、時間についても地球基準で設定されており、住民も適応処置を受けてそれに対応しているそうだ。

 と、いうことは、響にしても普通に午後6時だと思って過ごしていいことになる。


「……さて、んじゃ、ちょこっとやりますかね」

 響はおもむろに立ち上がって服を脱ぎ散らかし、タンクトップとパンツ一丁だけの姿になると、もう10年も続けている日課を始めることにした。


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