なによ……あなた。
ヒロイン三人目登場です。
身体強化の教師であり、ヒビキ・ミヤシロのクラス担任でもあるグレンは自身の教官室でヒビキがくるのを待っていた。
「ふっふっ、ミヤシロのやつ喜ぶだろうなぁ……!」
グレンはジャージの袖をまくりつつ、一人呟く。人より筋肉質なためか、教育者としての燃える情熱のためかグレンは暑がりである。なので、少し興奮するとアカデミー内が適温ではなくなる。
本当はジャージとタンクトップを脱ぎ捨て上半身裸になりたいところだ。生徒たちに筋肉の素晴らしさを教える機会ともなるだろう。が、それは他の教師に止められているのでやめている。
「探査実習の参加者に選ばれて戸惑っていただろうしな!!」
ヒビキ・ミヤシロは惑星探査実習の参加者に選抜されていた。
四年生が実習に加わるようになったのは今年度からであり、しかもヒビキは宇宙に来て日が浅い。さぞかし不安に思っていることだろう。リーダーとして参加する以上は、メンバーも集めなくてはならないが彼にはまだそれほど友人はいないはずだ。
「だが、せっかくの機会だからな!!」
惑星探査実習はオリオン・アカデミーの学生にとっては必要不可欠なカリキュラムの一つだ。
拡大を続ける星雲連合は、居住可能な惑星や新たな文明、それから資源を求めて宇宙を開拓していく理念を持っている。特にサイキックウェーブを増幅する作用のあるPクリスタルの採集は宇宙の発展には欠かせないものだ。
だから、いずれは星雲連合の中核を担うであろうアカデミーの学生たちが未開宙域及び惑星の探索実習という形でそれを予習することは大事なことだ。
航宙機の操縦、事前調査、グループワーク、通信、現地での探索、分析、報告、危機回避の能力。あらゆる分野の能力が必要とされる探査実習は、学生たちにとってはまたとない学習の機会になる。
また、宇宙はなにしろ広大だし、あらゆるツールに必要なPクリスタルの需要は尽きることがない。だから開拓や探索の人手が十分ということは絶対にない。未成年といえども優秀な学生には成果も期待できる。
「今年は四年生が四人も選抜されているが、他の三名は華星人だからな! ミヤシロは私がみてやる必要があるだろう!!」
ちなみに、この実習にリーダーとして参加することは学生にとっては優秀である証明であり、当然ながら評価点も稼げる。Sフットクラブなどのクラブ活動とならび学生がスポットライトを浴びる機会だ。
今回ヒビキ・ミヤシロが選抜されたことは色々な事情があるが、担当教官であるグレンとしては、実習までの間、時間を割いてマンツーマンの補習をしてやるつもりだった。朝は5:30から始業までの間、放課後は講義終了時間から20:00までつきっきりだ。
さきほど実習のリーダー参加者には選抜された旨のメッセージがアカデミーから送られてきたはずだが、ミヤシロだけはさらにその下にグレンからマンツーマン補習を受けられるという内容も付け加えている。
やりすぎでは、との声もあったが、なにしろミヤシロは最近宇宙に上がってきたばかりなのだから、多少の特別扱いは必要だと押し通していた。
「アイツはまだサイキックスキルも満足に使えないからな!! たっぷり鍛えてやろう!!」
朝は軽くランニングでアカデミーの敷地を二周(50キロメートル以上)、それから身体強化の利用を促しながら筋トレ、さらに筋トレ。
夜は超能競技のクラブチームの練習に参加させ、そのあとは筋トレ。最後に筋トレ。
健全な精神は健全な肉体に宿る、というのがグレンの信条である。これだけやればミヤシロもサイキックスキルが使えるようにはなるだろう。
ミヤシロは多少鍛えてはいるようだが、グレンの目から見れば、あるいは星雲連合の標準的サイキッカーからすれば全然なっていない。
弱音を吐いても無駄だ。しっかり追い込んで、それから……
最終的には私の熱い指導に感動したミヤシロが……
そして探査実習の場では……
グレンの瞳には身体強化でベンチプレス250キロを上げたあと、ともに夕日に向かって走るヒビキ・ミヤシロの顔が映っていた。
そのあとの探査実習でのことを考えると愉快でたまらない。
「ふふふ……! 楽しみだなぁ!! 早く来い! ミヤシロ!!」
三十分が過ぎた。
「……遅いな。ミヤシロのやつ」
一時間が過ぎた。
「……どうしたんだ。ミヤシロ」
二時間が過ぎた。
「まさか、事故か何かで……。ミヤシロ!!」
そこでようやく、グレンは自身の携帯端末を確認してみた。ヒビキ・ミヤシロからメッセージが着ている。だが、15分ほど前、22:00に送られたメッセージだった。
〈すいません。今メール気がつきました☆ 今日はもう遅いので……(略)〉
※※
「ヒビキくん? どうしたの?」
二階席壁際のソファで隣に腰掛けていたリッシュが響に話しかけてきた。距離は近いのだが声は大きい。そうじゃないと聞き取れないからだ。
「あ、ちょっとグレン先生にメール。大丈夫、終わったから」
響もまたリッシュの耳元に口を寄せてそう答える。
「そ、それにしても、音が大きいね」
リッシュはまだこの雰囲気に慣れていないようだった。また、今響が耳元に近づいたことで、少しだけアタフタしている。
視界は基本的には暗いが目まぐるしく色が変わるカクテルライトが降り注いでくる室内。そのなかで何人もの男女が踊っていたり、何か飲んでいたり、最後まではいかないまでも絡み合ったりしていた。吹き抜けになっているので、響たちのいる二階から一階の様子がよくわかる。
「そーね。でもこの手の施設は大体どこもこんな感じなんじゃないの? 全宇宙共通」
「そ、そうなんだ。ボク、こういうところよく知らないから。……えへへ」
ラスティの家でパーティ。これは厳密には違っていた。正確には『ラスティの親が所有するお店』での貸切パーティだった。
音響や映像が空間そのものから出力されているところは違うが、地球で言うクラブと雰囲気が似ている。こんなところを学生が丸々貸しきってバカ騒ぎをするというのはなかなに派手だ。
どうやらラスティという女子生徒は遠目で響が見たゴージャス美人の印象そのままにお金持ちの娘らしい。
好き放題に騒いでいる学生たちの数も多く、彼女はどうやら顔が広いようだ。と、いっても直接話したこともない響がこの場にいることから、付き合いは案外浅いのかもしれない。
ちなみに響が先日揉めたSフットクラブの連中も来ており、セクシーな女生徒と楽しそうにしている。多分あれがアカデミーにおけるヒエラルキー上位者なのだろう。
一方、しょっちゅう響に絡んでくるオプティモ君及びその取り巻きは来ていない。彼らは彼らで優秀なエリートなようだし人気もあるが、どうも明確にグループ分けがされているようだ。
優等生組と体育会系組と言った具合だろうか。どちらも金持ちの良家の子女であり、能力もそれぞれ高い。だが二派は生きる世界が違うらしい。どちらもアカデミー内の有力者なので内心では互いを馬鹿にしているようでもある。
なお、その下にはどちらのグループにも蔑まれている普通層もいる。出身、能力、家柄、容姿性格。学校という世界はそうしたものによるヒエラルキーが生まれやすいものだが、宇宙規模で人が集まるオリオンアカデミーではそれが一際顕著であるということらしい。
「……めんどくせぇなぁ」
「え? なにか言ったかな? ヒビキくん」
「ん。いやなんでも」
「そっか。……あ、それにしても。ヒビキくん、すごいね! だって、転入二週間で惑星探査実習で選抜されちゃうなんて、びっくりだよ!」
響はさきほど来たメッセージの内容をリッシュには伝えてある。別に隠すようなことではない。
「んー。そうだね。でもなぁー……」
もちろん響は自分に自信がある。優秀な学生を選抜する実習に選ばれたことは狙い通りだともいえる。が、手放しに喜ぶ気にはなれなかった。
これは何か裏がある。
そう考えるのが自然だ。小型航宙機のレースのときの不自然な加速もそうだが、そもそも今年から四年生を入れるということ自体も何か怪しい。不自然だ。
何者かが、自分をこの実習に参加させようとしているのではないか?
響はそう考えていた。
アカデミー内にPPの息がかかったヤツがいるのは間違いない。そいつが意図を持って俺を動かそうとしている。
殺すため? 俺が持っているキークリスタルを奪うため? 大体そんなところだろう。
それがわかっているので、響は少しイラついていた。狙われているという恐れのためではない。
余計なことしやがって、という思いのためである。
俺は実力で、自分の才覚と努力でのし上がっていく。
それで評価も正当にされて女の子にもモテる。そのほうが楽しいに決まってる。どこの誰とも知らないやつが、勝手に俺の力を大きくするな。
あと、選抜されるのは想定内だが、あのマッチョ熱血先生に毎日個人指導を受けるのは想定外だった。大変申し訳ないが心のそこから勘弁してほしい。俺には俺のやり方があるのだ。
「? もしかして、嫌なの?」
「いや、そういうわけじゃないけど。あー、辞退するわけにもいかないしな」
最初は辞退しようかとも思ったしそれも出来るようだったが、それは得策ではない。
敵は確実に響を狙っている。ならばそれを受けて立ち打ち破ったほうがいい。そうすれば誰が敵なのかはっきりするし、こちらも情報が増える。それに第一、こういうことがあるたびに逃げていては、響の目標達成は出来そうもない。でも思惑通りに動くのもシャクだ。
「あとで考えるよ。今せっかくだから楽しんで帰ろう。俺なにか飲み物取ってくるけど、りっちゃんはなにがいい?」
「ありがとう! うーんと。ソーダがいいな。アルコールはその……」
いい子なリッシュに了解、と手を振り、響はソファを離れた。もう今日は考えるのは止めておこう。せっかく美少女と遊びに来たのだから、遊んでしまえばいい。
響がそう思いながら階段を降りると、急に会場のスポットライトがフロアの中央に寄せられた。うるさいほどに流れていたテクノのような音楽も止まっている。
スポットライトが当たるその部分、一段高くなっているそこには輝くような美貌を持ち、自信満々にポーズを決めた少女が立っていた。
その場の全員の瞳が彼女に吸い寄せら、しかし遠巻きに彼女を見ていた。
「……? ラスティ、だっけ?」
ラスティ・ネイル。
それにしても派手な容姿だ。響はラスティと面識はないが、たしかに目を奪われる。ゆるくウェーブのかかった鮮やかなプラチナブロンド、ドレスのような私服、魅力的な凹凸を備えた艶かしいボディライン、自分の美しさを理解しそのうえで堂々としている。その瞳は多くの者を魅了するだろう。
さすがは全校生徒にその名が知られている女王様なだけのことはあるな、と響も少し感心させられてしまった。
もちろんそれと同時に、どうやって落とそうかな、とも思っている。
「みんな、今日はちょっとニュースがあるの。聞いてくれるかしら?」
そう言って話し出すラスティ、言葉自体は高圧的だが、声は思ったより舌ったらずで甘い。その辺のギャップも人気の秘密なのかしれない。
「今年から四年生も惑星探査実習に参加できるようになったことは知ってまして?」
誰もが彼女に注目し、その先を待った。まるでアイドルコンサートのMCタイムだ。
「実習のリーダー選抜に選ばれたのは誰だと思うかしら?」
ラスティはウキウキの表情のまま、間を取った。
ちなみに、それを聞く皆さんは盛り上がっている。それなりに興味のある事柄であるようだった。いくら派手に遊んでいるように見えても、そこはやはりエリート校の学生である。
なるほど。響は自分以外の選抜メンバー四人をメールで読んで知っている。だから彼女が言おうとしていることを理解した。と、同時に少し驚いた。
「そう! わたしが四人のうちの一人に選ばれましてよ!!」
ばーん、と発表したその言葉にさらに盛り上がる会場内、大騒ぎである。みなが羨望と祝福の声をあげていた。拍手や歓声がかなり大きい。ラスティはそんな様子を見てご満悦な様子である。
「……すげーなあの女」
響が驚いたのはここである。
え? なに? ここってあの女の親の店なわけで、このパーティの主催者はあの女だろ?
じゃあスポットライトとか発表とか自分で進んでやってるわけ?
わたし、美人でアイドルで女王で優秀です!! って自ら大々的に宣伝してるわけ? で、それが受け入れられているわけ?
謙虚を美徳とする国に生まれ育った響としては、なかなかの驚きであった。しかし
「いいねー」
響はそういうのはけして嫌いではない。自信があるというのはいいことだし、自分でそれを作っていくのは健全なことだ。それに、彼女はどうみても美人であり、アマレットやリッシュとは別の魅力がある。
「みんな、ありがとう」
ラスティは歓声であふれたフロアを手と声で制し、再び自分に注目を集めて静けさを作った。
「それで、私は当然グループリーダーとして参加する。私のメンバーに入りたい人がいたら、あとでペルノに声をかけて。テストを受けさせてあげるから 他のグループには劣るつもりはないから、自信がある人だけ来るのよ?」
惑星探査実習は選抜されたリーダーが何人かのメンバーを率いて行うものだ。学生の自主性を重んじるアカデミーらしく人脈作りや適切な人選なども実習のうち、ということらしい。ちなみに、ペルノというのはラスティの友人のことである。
「うおーーーー!!」
「俺行くぞ!!」
「わたしが!!」
ラスティの勧誘はかなりの威力があるようだった。男女問わず、彼女のグループメンバーに加わりたいらしい。評価もあがるし、なにより彼女に選ばれるというのは名誉なのだろう。それに彼女は金持ちなので、色々旨みもありそうだ。
惑星探査実習は成果を競い合う側面もあるそうだし、そういう意味ではリーダーに選抜された響としては、もし参加すれば彼女は強敵になるだろう。同じくリーダー選抜のオプティモなんかは警戒するだろう。
「ふーん……」
響は彼女のスピーチを聞きつつもバーカウンターでドリンクを受け取り、二階に戻った。リッシュのところに戻ってそれを渡した。
「はいどうぞ。で、戻ってきたばかりで悪いけど、もう少し待っててくれる?
「うん。ボクなら全然かまわないよ!」
「ありがとう。あ、そうだ。さっきの話だけど、俺、探査実習のリーダーは辞退するよ。でも、参加はする」
「え? それって?」
「ちょっと良いこと思いついたからさ」
響はリッシュに答えつつ、二階席からラスティの立っているフロアの中心、高くなっているスペースに視線をやった。二階はドーナツ状になっているため、下が良く見える。ラスティはいまだお立ち台で華やかな姿を晒している。
「じゃ、行ってくる」
響はドーナツ状になっている二階席を走り、手すりを飛び越え、そして。
バン!!
激しい音を立ててフロアの中央、ラスティの眼前に着地した。彼女は女王様なので、その周辺にはスペースがあったのだ。
文字通り突然振ってきた事態にフロアは沈黙する。さすがのラスティもいつもは高圧的で色っぽい瞳を丸くして、きょとんとしている。
「な、なによ……? あなた……」
響はゆっくりと立ち上がり、ラスティに微笑みかけた。
優しく、だが少しも萎縮することはなく、女王様に話しかける。
「はじめましてラスティ。俺、宮城響。唐突だけど、俺をメンバーに加えない?」




