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てのひらに星雲を  作者: Q7/喜友名トト
シーズン1~ 転入編~
18/70

男の子なのね。

 小型航宙機グラスパーレースの結果には釈然としないものがあるが、まあいつまでも終わったことを気にしていても仕方がない。放課後に考えよう。


 切り替えは大事なのだ。

 授業後の休み時間15分でそう思いなおした響はその後の授業もそれなりに上手くこなした。


 サイキックA及びⅠ、物理、数学、文学の授業は睡眠にあてつつ歴史、機械工学の授業は一応聞く。


超剣術サイキックソードアーツの授業では、購入済みの特殊なブレードを使うことで乗り切った。


持ち手がサイキックウェーブを流さなくてもあらかじめ『充電』しておくことで光の刀身を出せるという特殊なブレードは出力が低いくせに高額で、しかも定期的にエネルギーステーションに行かなくてはならない。要するにコストパフォーマンスが悪く誰も使わないようなものだが、今の響が間に合わせで使うには適している。


今はまだ、サイキックウェーブを十分に『使うことが出来ない』からだ。


響はとりあえずブレードが使えれば、本格的に実技をやりはじめたばかりの四年生相手には十分に戦える。というかはっきり言って現段階ではトップレベルだ。


相手の攻撃を読むテレパス系の能力も、自重を持ち上げて高く跳躍するテレキネシスも使えないが、クラスメートが使う未熟なそれに対しては運動能力と思考力、それから経験で対応できる。


「うりゃぁ!!」


 クラスメートが振り下ろすサイブレードは『早くない』。速度自体はサイキックスキルで加速しているらしくまあまあ速いが、思い切り振りかぶって力をためて、それから振り下ろすのだから全体的には遅い。


反射速度を上げる訓練を積んでおり、かつ鉄パイプで殴りかかられるのに慣れた響にとってはたいした脅威ではなかった。


素人を相手にする場合、振り下ろされる攻撃は相手の膝より低い位置に対して威力を発揮しづらいということも知っている。


「ほっ」


 響はフロアを転がるようにして攻撃を避けつつ相手の死角側に移動し、すばやく膝立ちになると即座に自分のブレードを相手の眼前に突きつけた。


 ちなみにこれは意外と難しい。うまいこと転がるのには瞬発力がいるし、それから素早く立ち上がるのには鍛えられた三半規管がなくてはできない。


「ふっ……。これが我が宮城家みやしろけに代々伝わる一〇八の剣技が一つ、転蓬てんぽうだ。参ったかね?」


「おー、参った。すげぇ!」

「うむ。君もなかなか筋がよいぞ。ふぉっふぉ」


 そんな試合を重ねること数回。今のところ負けなしである。

 ちなみに優秀らしいオプティモはこの授業は取っていない。また、カクはこの授業を取っているが、響は彼の実力をよく知っているので、挑もうとは思わない。


「あらぁ? ミヤシロさん? あなたは……」


 そんな響の授業態度に対し、困ったわねぇ、といった口調で指導教官が声をかけてきた。


 超剣術サイキックソードアーツの教官は意外にも女性だ。しかも栗色の髪と豊かな胸部が大変美しいフワフワした穏やかお姉さんで、リベット先生と言う。


 ちなみに実は凄腕でキレたら怖いと噂のこのリベット先生は、操能力マシンコントロールのフィディック先生とは苗字が同じで双子の姉妹だそうだ。


「このやり方がどこまで通じるか試してみたいんです! 宮城星斬流みやしろせいざんりゅう剣術の継承者として、地球の技の壁を知りたいんです! サイキックスキルはそのあと使います!」


 元気いっぱいに答えるが、当然ながら嘘である。そんな流派は存在しない。

 響は一応普通の剣道は学んでいるが、ルールが違いすぎて直では役に立たなさそうだった


「まぁ! そうだったの! ふふ、男の子なのね。仕方ないわね。頑張ってミヤシロさん」

 

 響は再度認識した。

大人のお姉さんに、優しく『男の子なのね』と言ってもらうのは実によいものだ。いずれはリベット先生の攻略も視野に入れるべきであるまいか。


「はい!」

などと、思っていることはおくびにも出さず再び素直に答えておく。


「ミヤシロさんは元気ですね! うふふ」


 今のところ、響のアカデミー生活は『表面的には』順風満帆だと言えそうだった。


※※


「ヒビキ、今日のレース最高にクールだったわ!」

「照れるぜ。えっと……たしか歴史のクラスで一緒の」


「ビッチーナよ!」

「……素敵な名前だね。地球でも似たような発音の言葉があるよ」


「そうなの? ありがとう! それでね、今夜ラスティの家でパーティをするんだけど、あなたも来ない? 今日は両親がいないそうよ」


 放課後のやりとりとしては、なかなか良いものだった。どうやら、ここ数日の色々で響に興味を持つ人はだいぶ増えたようだった。


「パーティ? あー……」


 ふむやはりそういう土壌なのだなこの世界は、という考えが再び響の脳内をめぐる。


 パーティというのは多分、ちょっと派手目の連中がハイになれるドリンクを飲みつつバカ騒ぎをして、二階のベッドルームでは一部の男女が不純異性交遊に励んでいる、という類のそれだろう。会場はビーチ近くの豪邸と相場が決まっている。

 

 実に素晴らしい。

 

ラスティという名前にも覚えがある。まだ話した記憶はないが、たしかかなりのゴージャス美人だった。Sフットクラブの連中と仲が良いらしい。洋画に良く出てくるチアリーダーみたいなアレだ。主人公のおとなしめの少年が密かに恋焦がれているアッパーヤードの住人である。


 一説には、あんなマッチョバカと付き合っているようなビッチビチのどこが良いのか、という考え方もあるが、それはそれ。何事も試してみなければわからない。


「ありがとう。友達も一緒でいいかな」


 日本人である響にとってはさほど馴染みのある学生文化ではないが、せっかくのお誘いだし尻込みするタチではないので即答しておいた。


あんまり楽しくなければすぐ飲み食いだけして帰ってくればいいだけの話だし、そもそもこっちが仕掛けていけばそれなりに楽しめそうだとの公算もある。要は周りを気にしすぎないで好きなようにすればいいのである。


「もちろんよ! 場所のデータは送っておくわ。じゃあ、今夜ね」

 

 ビッチーナがとっても名前通りの言動を残して去っていったので、響も校内を移動することにした。


 友達を誘うためである。

 カクではない。彼は今夜、以前から欲しがっていたとある映像データを入手したのでそれを一人で楽しむ予定だそうだ。


「オラ、今日は忙しいから響どんの相手はしてられねぇだ」

「お、おう」


 そう言っていた彼垂涎の映像データかどんなものかは大体想像がつくが、怖いので深くは聞かないでおいた。銀河連合の法律的に合法かどうかもあえて調べていない。


 誘うのは、カクの200倍ほどは可愛らしいあの子である。

探すというほどのことでもない。響は彼女が今の時間どこにいるかということは把握していた。


「やっほー、りっちゃん」


 やっぱりいた。奨学生の彼女は勉強熱心であり、放課後1時間程度はクラブハウス棟の自習室で勉学に励んでいることが多いのだ。


「あれ? ヒビキくん! こんにちは!」


 響を見て嬉しそうに元気良く答えてくれるリッシュ。今日もサイドポニーが可愛らしく、その下にみえる白いうなじも可憐である。


「ごめん勉強中に」

「ううん! いいよ。ちょうどもう終わるところだったし。ボクに用事?」


 響はリッシュをみるたびに、なんとなく人懐っこい子犬のようだなと思っていた。


 血統書つきのツンとした猫のようなアマレットとは対極的だが、どちらも大変結構である。


「えっとね……」


 響がパーティに誘われたむねと、リッシュと一緒に行きたいということを素早く伝えると、少女の顔がぱっと明るく輝いた。


「ボクも行っていいの?」


 なにやら彼女は嬉しそうだった。彼女の性格から言ってあのような性質のパーティに自分から行くことはないだろう。


 また杢星人というややマイナーな種族であることや奨学金でアカデミーに通っていることから、少し他の生徒とは文化が違うようにも見える。もしかしたら彼女は誘われたことがなかったのかもしれない。


 愛らしい容姿をしていて性格も朗らかなリッシュなので、友達は多いし男子生徒にも人気があるようだが、どこか線を引かれているということも考えられる。


なんというか彼女は悪い遊びに引き込むのを躊躇わせる雰囲気があるのだ。アイドル的、またはマスコット的な存在、そんなところだろうか。


 だから、彼女が今嬉しそうなの理由は二つ考えられる。一つはこれまで参加していなかったことに誘われたこと。そしてもう一つは。


「俺がりっちゃんと一緒に行きたいんだよ」


「そ、そっか……えへへ。いいよ。ボクでよかったら!」


頬を桜色に染めつつ、花がこぼれるような笑顔をみせるリッシュ、ちなみに花の種類としては向日葵という印象だった。


「……くーっ」

 

 うむ。どうやら二つ目の理由も強いようだ。こんな純情で素直な美少女が絶滅していなかった宇宙は本当に素晴らしい。


そんなことを思った響は不意に彼女を抱きしめて持ち上げて、クルクルと回って踊りたくなったが、それはなんとか自制する。


「おっけー。じゃあ、あとで迎えに……」


 今夜の予定を打ち合わせしようとした響だったが、無粋なメッセージ着信音によってそれは遮られた。


この音は、アカデミーの学生全員が携帯している情報端末だ。しかも、アカデミーからの重要なお知らせ着信時のパターン音である。


「? ヒビキくんのじゃないかな?」

「あー、そうみたいね。でもいいや無視で」


「ダメだよ。ボク、待ってるから」


「……はぁ」


 響はアカデミーの学生全員が携帯している端末を取り出し、メッセージを確認した。響の視点の角度からしか見えないよう空中に投影されるその内容は、半分は予想内のことだったが、もう半分はあまり嬉しくない予想外の内容だった。

 


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