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てのひらに星雲を  作者: Q7/喜友名トト
シーズン1~ 転入編~
17/70

なにせ、俺だからな

小型宇宙飛行機グラスパーのコックピット内の響は二つのことで驚いた。


 まず、予想よりも体にかかる負担が少ない。宇宙空間であるためわかりづらいが、セイフティリミットがかけられているギリギリの速度で前進しているにもかかわらず、体にかかるGは耐え切れないほどではない。


一流のパイロットはコックピット内にサイキックウェーブで特殊な力場フィールドを形成して自分の体を守るらしいが、当然響にはそんなことはできない。おそらくはデフォルトでGを軽減する装置がついているのだろう。

 



 そして次に、クラスメートたちの速度は響の想定よりもはるかに速い。


「……なるほど。さすがはオリオン・アカデミーの学生だな」


 このクラスを取っている男子生徒は20名。一斉に自機をスタートさせた一同だったが、すでに順位が出来上がっている。


 何機もグラスパーは流星のように暗闇の宇宙を切り裂いていく。その姿は、単純に美しい光景だと思えたが、じっくりそれを眺めて楽しんでいる場合ではなさそうだった。


 響は今のところ7位につけている。上位といえる順位だ。


 他のクラスメートが全員サイキックウェーブによってグラスパーを操っていることを考えれば、これでも健闘といえる範囲だが、響はそれで終わるつもりはない。

 

 現状の順位はあくまでも、地球にいたときにバイクやオートレースで養ったコース取りやアクセルワーク、あるいは持ってうまれた反射神経によるものだが、どうやらこれでは一位にはなれないらしいということがわかった。


「どうした!? ミヤシロ! そんなものか!」


 オプティモ君というらしい彼はさっきから色々話しかけてきているが、響は答えていない。と、いうか答える余裕がない。全神経を操縦に集中していなければ、あっという間に最下位に転落するか、宇宙塵デブリにでもぶつかって終わりだ。


「……っ!」


 間一髪でデブリを避けてコーナーを曲がる。今のはかなり危なかった。


 マニュアルでの操縦は負担が大きい。普通なら、レバーを通して直感で理解できるはずの周囲の状況もいちいちウインドウや観測機を目視して確認しなくてはならないし、ちょっと曲がるだけでも念じるだけで出来るわけではなく、複雑な操作が必要なのだから当然だ。


 コーナーの入射角に応じて減速、スラスターの向きをレバーで調整、エネルギー残量を見つつ、ブースト切れが起きないように加減しつつ、再加速。


 これは、思ったより難しい。一つ一つの挙動をまるで綱渡りのようにギリギリでこなしていくことしかできない。


当たり前だが、サイキックスキルの使用が前提となっている宇宙はマニュアル操縦に優しくはなかった。プロのレーサーなどもいるらしいが、誰一人マニュアル操縦の者などいないという話にも納得できる。


「……仕方ないな」


 普通にやっても勝てない。だから仕方ない。

 響がこう言う場合は、仕方がないから諦める、という意味ではない。

仕方がないから工夫する、という意味だ。


地球にいるときからずっと、そうやって生きてきた。


「あんまりやりたくないけど、仕方ないな……」

 

 響は少しだけ減速しつつ、グラスパーのコントロールパネルを操作しはじめた。


響たちの機体グラスパーはすべて、速度にリミットがかけられている。これは当たり前のことだ。いくら優れている者も多いとはいえ、所詮四年生の授業は初級なのだ。


宇宙では基本的には加速した物体が自然に停止することはない。加速というのは非常に危険な行為であるといえるだろう。ゆえに、グラスパーには速度のリミットが設定されているのだ。

誤って、または調子に乗って安全速度をオーバーした生徒がGによってトマトみたいに潰れないよう制限をかけるのは、学びの場であるアカデミーにとっては当然のことだと言えるだろう。


響の機体にも同様のリミットはかけられているようだった。期待の限界速度まで加速することができない。マニュアルで操縦を行っている関係上、コントロールパネルをいじる局面が多かった響は、ロックされていることを確認してもいる。


「……まあ、大丈夫だろ。多分。なにせ俺だからな」


 操縦を行いながら、コントロールパネルを操作してセイフティの解除を試みる。順位は落ちていくがあとで取り返すので問題ない。


 猛烈な勢いで指を動かしパネルを叩く。エラーが出るたびにアクセスをやりなおす。


機械工学の知識は持っているし、操能力マシンコントロールの教科書データはすべて暗記した。安全域を多少超えた加速でかかるGは試算してみたが、この程度なら耐えられる自信もある。そういう風に訓練してある。


出来る。俺になら出来る。


マニュアル操作でセイフティロックの解除を行う者がいるというのは想定外だったのか、認証設定すらされていない。さらに、操縦系統をマニュアルにしているため、コントロールパネルによる操作がサイキックウェーブによるロック設定より優先度が高くなっている。



楽勝だ。


最後の直線ストレートで一気に加速し、全機抜いて一位でゴールする。それでいい。


これを卑怯だとは思わない。鍛えていない人間ならGに耐えられずブラックアウトしてしまうだろうし、そもそも操縦を行いながらロックを解除するなんて離れ業を出来るのは自分くらいのものだ。すべて含めて、俺の勝ちだ。


響の考え方は、変わらない。


〈セイフティロック、解除されました〉


 コックピット内に音声が響いた。


「ミヤシロ!! お前何をやって……!?」

「しゃ!! 行くぜ!!」


 フィディック先生の叱責の声を聞きつつも響はそれに応じず、グラスパーのブーストレベルを最大値まで上げた。


フットペダルを限界まで踏み、歯を食い縛る。


急激に襲いくる圧力、それを突き破り前進する。


 高出力な光がグラスパー後方から放たれ、ウインドウから見える景色が猛スピードで飛び去っていく。


「!? なっ!?」


 次々とクラスメートたちの機体を抜き去り、トップにつけているオプティモ機へと接近する。

 

「……ぐっ…………!」


 体が潰されるような圧力が響を襲う。なお、試算では8Gと出ている。

地球人の戦闘機パイロットが耐えられる限界値が9G前後であるとことを考慮すれば、響でも限界に近い。


肉体が悲鳴をあげるが、歯を食いしばりこれに耐える。


臓器が破裂しそうだが、スピードは緩めない。


「……っ」


 もはや前を行くのはオプティモ機だけだ。あと少し無理をすれば、抜ける。一瞬程度ならさらに負荷が増えても大丈夫だ。


あのお坊ちゃまくんの驚く顔が楽しみだ。華麗に抜きさって勝つ。そしてケラケラと笑ってやる。


かなりしんどいけど、そこは平気な顔をしておこう。


 響がラストスパートをかけようとしたそのときだった。


「……なっ?」


 予想外の現象が起きた。体が楽になったのだ。

 減速はしていない。響がなんらかのサイキックスキルを使っているわけでもない。にもかかわらず体にかかるGが軽減されている。見れば、コックピット内に青い光が満ちている。


 こんなことはありえない。


 だが、自然に起きる現象ではない。誰かが、なにかの意図を持って行っている。

 なんのために?


「……?」


 響には事態が把握出来なかったが、かといって停止するわけにもいかない。だがラストスパートで今以上に加速しようとは思わなかった。これだとわけもわからないまま、ラクに勝ててしまう。


「ゴール!!」


 あっという間にゴールラインに達した。オープンチャンネルからはクラスメートたちや放送を観たらしい学生たちの歓声が聞こえてくる。響はヘルメットを外し、汗を拭いながらそれをぼんやり聞いていた。これほど面白くない賞賛の声は、初めてだ。


このレースは僅差でオプティモと同着一位という結果に終わった。


響の行ったロック解除については、フィディック先生の性格もあり『勝ちは勝ちだ!』でも今度やったら停学だ! と認められ、例の惑星探査実習とやらにも参加できることになった。


そこも予想通りではある。

 

「すごいなミヤシロ、よくあんなこと出来るぜ」

「っていうか、マニュアルであそこまで操縦できるものなのか?」

「地球人やばいな」

「くそ、これ放送されるんだよな!? またお前モテるんじゃないの?」


グラスパーをドックに戻して降機した響はクラスメートから男子学生らしい賞賛を向けられたが、これにはああ、と力なく答えた。Gで消耗していたから、というわけではない。


「ふん。ミヤシロ、お前セイフティを解除したそうだな? そこまでして勝ちたいのか?」


 オプティモの見下すような態度は変わらなかった。同着一位とはいえ、彼のほうは普通に実力なのだから、その態度も当たり前といえば当たり前だ。しかも、彼は前半明らかに響を舐めていたため、全力を出していなかった。


 勝ちは勝ちだ、お前に俺と同じことが出来るんの? そう言おうかと思った響だったが、そんな気分にはなれなかった。


「うん。勝ちたかったよ。残念だ。君すごいね。正直驚いたぜ」


 だから、素直にそう答えておく。


「そ、そうか。……わかればいいんだ!」


オプティモは一瞬戸惑いの表情をみせたのち、思い出したように傲慢な台詞をはいてきた。


「また相手してくれよ」

「……今度は手加減なしだ。お前が負けたいというのなら僕はかまわないが?」


なにやら少しだけ、彼の内面が見えた気がする。


 なにやら後味の悪い結果となったが、オプティモとは意外と仲良くなれるかもしれない。

そう思えたことが今回唯一良かったことだな、と響は思った。


※※


 ヒビキ・ミヤシロについての報告書。


 ヨイチ・ミヤシロから引きついだPP構成員の一部データ及び、キークリスタルの一つ『ミンタカ』を所持している模様。前者は電子化し、後者はそのまま身につけているものと予想される。


 高い運動能力と知能を持っており、地球の文明レベルにおける様々な技術を標準以上のレベルで習得している(別項の『オリオンの星』調査時におけるPP構成員との戦闘データを参照)


 また社交性が高く、特に女子生徒には好印象を持たれている。


同年代の平均的地球人男子と比較すると異常に高い能力であることからヨイチ・ミヤシロの教育または、本人の意思により幼少期から相当の訓練を積んでいたと推測される。


サイキックスキルは低くほぼ一般人と変わらないため総合的な戦闘能力は低く、警戒するには及ばないが、言動から察するに明確にPPに敵意を持っており、危険な情報を持っているため、将来的には脅威となる可能性もある。


早期にデータと『ミンタカ』を奪い、その後に殺害すべきと考えられる。


惑星探査実習にリーダーとして参加予定。


 ※※


 『オリオンの星』についての報告書。


 アカデミー敷地内に安置されていることは間違いないが、強固なフィールドのため奪取することは極めて難しく現状起動も不可。キークリスタルの早期入手が必要不可欠。

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