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てのひらに星雲を  作者: Q7/喜友名トト
シーズン1~ 転入編~
12/70

そりゃちょっと違う

 半裸の男が響を睨み付ける。目は血走っていて、かなり興奮しているのがわかる。


 いくら後がないと知ったうえでのヤケクソであったとしても、これから楽しいことをしようとしていたところを邪魔されたのだから無理はない。


「ぶちのめす? お前が? 俺を? ふざけるなよ、このガキ!!」


 そう叫ぶ男はあきらかに殺意を放っていた。そして膨れ上がった筋肉とそこから漏れる青い光を纏いながら、武道場トレーニングルームの中心を通りノシノシと響に近づいてくる。


響はその場から動かずヘラヘラと笑いながら応じた 


「まぁまぁ、落ち着いて。大人しく自首するんならぶちのめすのは止めとくよ。だってさー、君、PPの下っ端でしょ。喋り方からインテリジェンスを感じないもん。で、逮捕されるの前提だよね? ああそうか。出所したら幹部にでもなれるの? そういうのって、地球の日本ではテッポーダマって言うんだぜ?」


「なっ……? お前、なんで……!」


 半裸の男は意外そうな声をあげた。どうやら正解だったらしい。アカデミーを単独で襲うのは、やはり指示を受けてのことだったようだ。彼はまず間違いなく牢獄にでもぶち込まれるのだろうが、なにせPPは連合内にも巣食っているし、そもそも力を取り戻すつもりなのだから、その暁には彼に褒美もあるのだろう。

 

「あれ聞いてないの? 俺、君の仲間だよ。で、この作戦は中止になったから。ほら、右のモニタにメッセージ出てるだろ?」


「……?」

 響の言葉に、男は右に視線をやった。


響はその隙を逃がさない。


男との距離4メートルほどを響は一瞬で詰める。低い体勢から向かっていき、接近に気がついた男が視線を下げた瞬間に跳躍。


「ハッ!!」


響は跳躍した状態から跳び回し蹴りを放ち、男の頭部に右足を叩き付けた。

 

だが、手ごたえがおかしい。


「……痛ぇなコラ!!」


男は、蹴られた場所に手をやり、ほんの少しだけ痛そうにしていた。

全体重を乗せて、遠心力までプラスして、スニーカーの爪先を側頭部に思い切り叩きつけたにもかかわらず、だ。


この防御力はサイキックウェーブによる身体強化バイタルブースト、またはエネルギーそのものによるバリアのようなものによるものなのだろう。


「わーお、タフだなぁ」


 着地し、しゃがみこんだままの響は正直少し驚いた。一撃で決まるとは思わなかったが、もう少し効果はあるかと思っていたのだ。

サイキックパワーの有無が作り出す戦闘能力の開きは、響の想定以上だった。


「てめぇぶっ殺すぞ!!……。オラァっ!!」

 回し蹴りのあとそのまましゃがみこんでいた響の顔面目掛けて、とても堅くて大きい拳が迫る。


「っ!」


 響はその場から横に転がりこむようにしてなんとかその一撃をかわした。避けたその拳は、そのままフロアの一部を砕いている。あれは容易に人間の頭蓋骨を破壊するだろう。


「おお……危ない。もう少しで宇宙にとって大事な命がなくなるところだ」


「なかなか素早いガキだな。……けど、今のでわかっただろ? 俺に勝てるかどうかってことくらいよぉ!!」


 男は威圧的に吼えて自らの力を主張した。たしかに、まともにやっても勝てないだろう。


「でしょ? 反射神経もいいんだよ俺。それに色んなことがわかったぜ」


 だが、響は一時期超弩級の宇宙的政治犯とされた父親のおかげで『慣れている』。


自分より強い相手と戦うことにも、不可能に思われることをやりとげることも、どちらにもだ。


 色んなことがわかった。響がそう話したのは嘘ではない。


 まず、不意打ちを食らったと言うことは、相手はこちらの動きを予測したり心を読んだりするような感知系の能力はないということ。


 次に、致命傷にはならなかったもののダメージはあったことから、単純に物理的な攻撃で倒せる相手であり、問題は威力だけだということ。


 そして、攻撃の威力やスピードはあっても、それを操る相手の反応速度や運動神経は常人程度であること。


「ミヤシロくん!! 逃げて!!」


 思考を走らせていた響に、せっぱつまったような声がかけられた。震えながらも気丈に人を気遣うその声は、やっぱり優しい。


視線をやってみると、男の背後の壁側にアマレットがいた。


彼女は腰が抜けているのかペタンと膝をついているにもかかわらず響のことを思いやってくれているようだ。

 

アマレットは少しお高くとまっていて冷たい、というようなことをいう者もいるようだが、それは間違いだと響はあらためて思う。


「大丈夫だって。多分もうそろそろなんか思いつくから」

 

 響がヘラヘラと笑ってそう答えたそのとき、男は何かを高速で飛ばしてきた。


「っ!?」


 これもまた体を斜にして間一髪で避ける。


「……あー、そっか。ここ武道場トレーニングルームだからな」


 響の背後に突き刺さっていたのはサイ・ブレードであった。タイプは違うが、リッシュが授業で用いていた超剣術サイキックソードアーツの武器である。


 柄の部分が黒い金属、刃にあたる部分が収束した光となっているそれを投擲してきたらしい。あのスピードと正確性からみるに、おそらくテレキネシスも使っているのだろう。


「んじゃ、これを」


響は壁に突き刺さっているサイブレードを使ってみようと抜いてみた。


しかし、すぐに刀身の光が消えてしまい、柄だけが手元に残る。


「ははははっ!! お前まさか、アカデミーの学生のくせにブレードも出せないのか!? 落ちこぼれかよ!!」


 不思議そうに手元を見ていた響を男は嘲笑する。どうやら、刀身の維持にはサイキックウェーブが必要らしく、持ち手からの供給がなければ数秒で消滅するという仕組みらしい。


そういえばすでに全部暗記していた教本にもそう書いてあった。


「失礼な。ちゃんとサイキックスキルくらい使えるぜ。ほら見ろ! ペンならもう自由自在だ!!」


 響は得意気にそのあたりに転がっていたペンを浮遊させ、操ってみせた。それ以上重いものはまだ動かせないし、速度も出ないが唯一使えるサイキックスキルである。


 しかし男は心底バカにしたかのように響を笑い、アマレットとほかの女子生徒たちは絶望したかのように顔を伏せた


「ははははっ!! ほんとに笑わせてくれるぜ。……ところでお前、ミヤシロとか言ったか?」

 

男の表情が少しだけ鋭くなった。さすがに、宮城の名は下っ端でも知っているようだ。


「そうだよ。っていうかさっきも一回言ってたでしょ。あの可憐な鈴の音のような声を聞き逃すとは残念な人だなぁ」


「……ヨイチ・ミヤシロの息子か?」


「そーだよ。でもそのうち親父より有名になると思うぜ。サイン貰っとく?」


「ははは。いらねぇよ。ヨイチ・ミヤシロの息子がこんな弱っちい馬鹿でよかったぜ!! パスティス様はお前を警戒してらっしゃったそうだが必要なかったみてーだな! 今殺しても問題なさそうだぜ!!」


 響は大笑いする男の一言一句を逃さず聞き取り、こう思った。


 馬鹿はお前だ。俺に与えるべきでない情報を二つも話している。だから捨て駒にされるんだ。


 捕まっても死刑にならない。監獄からも数年で出てこれる。そう思っているに間違いない。それは自身が所属する組織の巨大さを信じているからだ。

 

「俺を殺すの? それはちょっと困るな。色々やりたいことがあるからさ」 


「はぁ? まさかお前も『すべての星の人のために自由と権利をー!』とか思ってんのか? 劣等人種は大変だな」


 男は星雲連合の基本理念であり、響の父である余市が死ぬまで持っていた信念をあざ笑った。


なるほど、たしかに多くの異星人のために戦い、そのために罪をきせられ最後は死んでしまった男は笑えるのかもしれない。

 

「ん? ああ、そりゃちょっと違う。俺は親父みたいな『良い人』じゃないからな」


 響はけろりとした表情で男に答えた。これは嘘ではない。響の目的とその動機は父とは違う。だが目指す強さは負けないと思っている。今戦っているのもそのためだ。



「じゃあもういいか? 俺忙しいからもうお前倒す」


 言うが早いか、響は男との間合いを詰めた。最初の跳び回し蹴りとまったく同じパターンで低い体勢から接近し、男の眼前で跳躍する。


「馬鹿が!!」


 男は空中にいる響を見て笑った。防御体勢は取っていない。響にむけて腕を伸ばしつかみかかってくる。


 不意打ちだった初撃ですらダメージはほとんどなかったことを踏まえ、あえて防御はせず、変わりに跳躍している響を掴んで終わらせるつもりらしい。たしかに、あのパワーで投げられたりあるいは締め上げられたりすれば即死だろう。


 にやけた表情から、男の狙いは響にも明確にわかった。

 だがその上で、響は余裕を崩さない。


「俺の勝ちだ」


 響は蹴りのモーションをストップし、右手を伸ばした。

 男の後方から、光の刀身をもつサイブレードがふわりと飛んでくるのが見える。男は、自分の頭上を通過するそれにまだ気が付いていない。


「っしゃ!!」


 サイブレードは響の右手に収まった。刀身の光が消えるまではあと一秒程度はあるだろう。


 一秒もあれば、十分だ。


「なっ!?」

 男は気がついたようだった。自分の頭部へ向けて攻撃をくりだそうとする相手の手に突如サイブレードが出現したことを。


 だが、もう遅い。


「ハァァァッ!!!」


 響は大上段に構えたサイブレードを、なんの防御体勢も取っていない相手の脳天に、渾身の力を込めて振り下ろした。


 空間そのものを引き裂くような衝撃音が鳴り響き、直後には半裸の大男が大の字に倒れた。


「ナイスパス」


 柄だけになったサイブレードを指でクルクルと回転させつつ、響はアマレットに視線をやってみせる。


 アマレットは口元を押さえ、驚いているようだった。


「……ウソ……?」


「さすがはアマレットちゃん。すげぇ威力。もし俺と恋人同士になったらケンカのときにこれ使う禁止ね」


 続けて軽口を叩くのも忘れない響。


「……な、なんで……お前……?」


 大の字に倒れた半裸の男は、うめき声を上げた。サイブレードは授業で使うもののためか、ばっさり真っ二つとはなってはいないが動くことは出来ないようだった。


鉄パイプで殴ったときと似てるな、と思いつつ響は彼に答えることにした。


「なんで? あー、なんで君が負けたのかって?」


 簡単な話だ。無防備なところをサイブレードでぶん殴ったからだ。このサイブレードはアマレットに起動してもらい、テレキネシスで飛ばしてもらったものだ。


ゆえに威力は十分である。なにせ初日に教えてくれたようにアマレットのサイキックスキルは抜群だからだ。


 彼女自身がブレードを持って男と立ち回りをするのは無理だっただろう。なにせ体格も違うし、男はそれなりの戦闘技術を持っていた。身体強化バイタルブーストも圧倒的だった。

 だからアマレットの代わりに、そのブレードを用いて響が殴った、ただそれだけのことだ。


 通常であれば、男もこの攻撃をまともに受けることはなかっただろう。だが彼は『響には自分に有効な攻撃を加える手段がない』と思い込んでいた。しかも一度見たパターンの攻撃を仕掛けられたことでまったく防御体勢を取っていなかった。油断が招くその状況下で加えられた一瞬の攻撃は、避けられるものではない。


「……な……?」

「うんうん。君のいいたいことはわかるよ」


 おそらく男はこう思っている。

どうやってその作戦をアマレットに伝達し、タイミングを合わせた?


それはそうだ。なにせサイキッカーである持ち手から離れれば数秒で攻撃力を失うブレードなのだから。


「じゃあ教えてあげようか」


 響は笑ってそう言いながら、アマレットに近づいていき、ぺたんと『女の子座り』をしていた彼女の白く細い手を取った。


そして壁を指差し、そこに書いておいた文字を読み上げる。


「ブレードを起動させた上で、15時45分21秒ジャストに、この男の頭上に飛ばして」


 それは響には簡単なことだった。適当に指定した近い時間まで喋って時間を稼ぎ、タイミングを合わせて飛び掛る、それだけだ。

パスが多少ずれても何とか出来る自信もあった。


宮城響は、人の身で出来るあらゆることを高いレベルでこなすことが出来る。


 「……ぐっ………」


 次に男は、どうやってそんな字を書いた。と思うだろう。だから響は答える。


「だから言っただろ? サイキックスキルなら俺にも使える」


 床に落ちていたそれに視線をやり、空中に浮かす。そして響はそれを手元に引き寄せキャッチした。


「This is a pen」


 おどけてそう口にしつつ、男を見下ろす響。男は最後に小さくうめき声を上げて、そのまま気を失ったようだ。

 その様を見届けた響は手を取っていたアマレットを起こしつつ笑いかけた。


「ほらね。ぶちのめした」


自信満々の余裕綽々でいうのがポイントである。


ちなみに、もしさっきの一撃で決められなかった場合は次の手段も考えていた。さらに言えば、ブレードによる攻撃の前にもう一つこっそり仕掛けた戦法があったがそっちは失敗していた。だが、そんなことは言う必要がない。それが響のいつものやり方だ。


「怪我はない?」


「……はい」


 こくん、と頷くアマレットはいきなり大変なことに遭遇したせいかポーッとなっているようだった。胸元に手をあてて少し瞳を潤ませている。響に手を取られているためか声の感じもしおらしくて、いつもよりずっと女の子らしい。


「他のみんなも平気そうだね。もうすぐ先生も来るから大丈夫だよ。じゃ、俺もう行くね」

 

 このままここに残ると教師に捕まって色々めんどくさそうだし、一応確認しなければならないこともある。


響はそう考えてさっさとこの場を立ち去ることにした。


「あ、ねぇ……!」


 不意に背中を呼び止められて振り替える。声をかけてきたのはアマレットだった。


「ん? どーしたのアマちゃん」

 

 足を止めて言葉を待つが、アマレットはもじもじと顔を赤らめ、なかなか喋らない。


「? 寒いのかい? よし、お兄さんが抱きしめてあげよう!」


 アマレットに抱きつこうとした響だったが、彼女が無反応なのでそれはやめることにした。


「ど、どしたの?」


「……バカ……なんでもないわよ」


 今度は拗ねたような小さな声だった。正直、響自身も今のはさすがに馬鹿だったな、と反省する。


 彼女たちからしてみればわけのわからない危険に襲われ、わけのわからない自分に助けられたという状況なのだ。今はちょっとまずいが、アマレットには今度なにか適当な説明をしたほうがよさそうだ。


「そっか。ごめん。じゃあまた」


 くるりときびすを返した響に、背後から消え入りそうな声がかけられた。


「……ありがとう……」


 戸惑いながらも伝えてくれた健気さが、やはり嬉しい。


 響は後ろ手をひらひらと振って、彼女の言葉に応えた。


デートの件は、今誘ってOKもらってもあんまり楽しくないので、誘うのはやめておくことにした。




響の過去と強さの理由は後の話で明らかになります。

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