This is a pen!
宇宙での学園生活、一週目。
響はそれなりに充実した日々を過ごすことが出来ていたが授業については、各教科まちまちというところだった。
物理や数学の授業はほとんど地球で学べるものと変わりはない。まあ高校で学習する内容としてはかなり高度ではあるものの、その辺はもう予習済みなので問題ない。
授業中に当てられて、さっそうと席を立ってチョークをビシバシと走らせて歓声をうけるという機会がなかったということが残念という程度だ。ちなみに、そもそも黒板は使われてはいなかった。空中に映る映像に直接手を触れて書くのが基本らしい。
お待ちかねのサイキック系科目。残念ながら今週あったのは身体強化の授業だけだった。
結論から言うと、響はさっぱりついていけなかった。が、成績は今のところトップだと思われる。
というのは、まず行われたのがスポーツテストのようなものだったからだ。
当然、サイキックウェーブによって身体能力を強化してもいいことになっているが、あまり効果的にそれを行える学生はいなかった。四年次から実技が入るということ、また今が新学期であるということから、他の学生もさほど高い技術を持ってはいなかったようだ。
そんな中でも、ベンチプレス300キロをあげる細身の男子や、100メートルを8秒台で走る肥満体の男子がいたのはさすがに感心させられたが、トータルで言えば響より上はいなかった。10年も鍛えてきたのは無駄じゃなかったようだ。
全体的には、一目置かれた、という雰囲気になったと感じられる。
だがサイキックウェーブを使うことなく高記録を連発する響を、ある男子生徒はあざ笑った。
「原始人か? 君は」
どうやら、彼は初日に目立ったうえに、やたら女子生徒に騒がれている響が気に食わなかったらしい。
たしかに、彼の言うことはもっともである。多少運動能力が高いとはいえ、サイキックウェーブによって肉体を強化できる世界においては、あまり意味がない。好成績を残せるのも最初だけだろう。
ちなみに、現時点でもその彼はきわめて優秀な成績を残していた。
なので響はにっこりと答えておいた。
「まあ、サイキックスキルなんて必要ないからね俺。今だって半分も全力出してないよ」
もちろん嘘である。肉体的な意味では全力を出し切っている。
「ははは! 地球人は冗談も言うのか!?」
「……冗談、か……ふふふ。そうか。どうやら運動能力に特化するタイプの異星人の恐ろしさを知らないらしい。宇宙は、平和だね」
「は、ははは……。強がるなよ。まあ……そのうちわかることさ」
「うん。そうだね。ふふふ」
かなり嫌味ったらしくバカにされたが、これに対し響はとりあえず含み笑いだけしておいた。
どうせ本当に無能力なのだし、とりあえず意味深にしておけばいいのだ。
負ければどの道バカにされるのは変わらないのだ。わざわざ早々に自分から弱みを晒すこともない、という判断だった。
ちなみにあとから聞いた話では、一番に響をバカにしてきた彼は名家の生まれであり、彼自身もエリート教育を受けたお坊ちゃまらしい。楽しみが一つ増えたというものである。
サイキックA及びⅠの授業では、最初に妙な機具をつけられて人のサイキックウェーブを全身に長時間流された。響だけの処置である。なんと、サイキックスキルがまったく使えない四年生は響一人だけだったのだ。
自分の体を通るエネルギーの波。それを感じることによって『ああ、サイキックウェーブというのは、こういうものなのか』と、なんとなく把握できたような気がする。
感覚としては、自転車に乗れるようになったときと近い。自分の内部にもあった微弱な力を『認識』することが出来た、というだけだ。
もっとも、ただ感覚を覚えただけで、全然大きな力は使えないがそれは当たり前のことだ。
今週、響が出来るようになったことはペンを浮かせる、というごく弱いテレキネシスだけだった。
しかし、響はかなり興奮した。
それはそうだ。自分の体のなかにある熱のような電気のようなものを自覚し、それに志向性をあたえて放出する、なんて普通に地球で生きていたら一生できることではない。
「見て見て! アマレット!! This is a pen!! ディス・イズ・ア・ペン!!」
最初に習うことの多い英文であるにもかかわらずまず実際に使うことはない文章。それを使うなら今だとばかりに、響はアマレットに初歩的なテレキネシスを披露したりもした。
ちなみに、反応としては。
「……はいはい。よかったわね。ところで、どうして私にみせにくるのかしら……」
というものだった。
そんなこんなをしつつ、夜は夜で遊んだり、一方でメニューの増えた『日課』をこなしつつ、オリオン・アカデミーの最初の一週間はあっという間に過ぎていった。
地球の文化にあわせて環境設定が組まれているタートルは、曜日も同じなので金曜で授業は終わるり、明日は楽しい週末である。
響の週末の予定は、買い物だ。
まずは超剣術の授業で使う自分用のブレード。それから『あたかもサイキックウェーブを放っているように偽装するためのアイテム』だ。そういうものがあるということは調査済みである。
響としては、出来れば買い物はデートと言う形でアマレットを誘いたかったが、いまだいい返事はもらえていなかった。
「リッシュとかいう子を誘えばいいでねぇか? ブレード詳しそうだし、あの子なら喜んで一緒してくれるべ?」
三時間目、数学の授業が休講による自習となったため、響とカクはアカデミーの屋上でカクと早目の昼食を取っていた。
ちなみに、響とカクはクラスが一緒で、選択科目以外の授業は同じだ。なお、リッシュは違うクラスだ
「バカ言え。アマレットを誘うと決めたのだ。そっちがダメだからと声かけたらりっちゃんに失礼だろうが」
新商品という触れ込みのブロック型宇宙食を口にしつつ、響はカクに答えた。
「? よくわかんねぇだよ」
「いいかねカクくん。誰も、誰かの代わりなんかじゃないんだよ」
「なんでちょっといいこと言ってる風なのか、オラにはさっぱりだよ」
「わかれよ。りっちゃんはりっちゃんでちゃんと誘う。土曜は買い物、日曜はりっちゃんとデートだ。海に行こう海に」
「そんなことより、いつになったら幼女と合法的に結婚できる社会が……」
男子学生二人がくだらない話は、突然鳴り響いた音に遮られた。
「!? これは……?」
屋上に、いやアカデミー中に届いているようなこの音は、警報のように思える。けたたましく鳴り響き聞くものの注意を集める種類のそれだ。
「避難訓練……じゃ、なさそうだべ」
カクは屋上から見える中空に視線をやった。そこには例の3Dモニタでメッセージが表示されている。おそらく、アカデミー中のあちこちに同じ画像が表示されているはずだ。
また、全学生に付与されているタブレットにも同様の画像が着信している。
その画像には赤い文字で書かれた公用語でこう記されていた。
〈アカデミー内に不審者が侵入。学生は、受講中の講義指導教員の指示に従いすみやかに避難してください〉
「響どん!」
カクの視線が響に向けられる。アカデミーはそれなりにちゃんとした警備体制をとっており、そうそう部外者が侵入できるものではない。また、教師も含め一流のサイキッカーがいながら、何さっさと取り押さえないのも妙だ。
ならば、この不審者というのは何者なのか? もっとも可能性の高い答えを二人は知っている。
「……まだわからないが。でも、もしそうなら、早すぎるな。それに、意味不明だ」
響はすばやく残りのブロック宇宙食を口に放り込むと、それをコスモソーダで流し込んだ。
狙いがわからない。こんな真昼間に、正面から侵入者なんて明らかにおかしい。とても成功するとは思えない試みだ。
「どうするだか?」
響は少し考えたが、とりあえずやることは一つしかなさそうだった。
「んー。とりあえず、ちょっと見学してくる。不審者さん」




