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第六十二話 魔族の正体は?

長いです。

最後の休息を取り、一行はついに40層へ。


そこは魔族を見かけたと言われる場所だ。


グローリエルを先頭に、ボク達は慎重(しんちょう)に進む。


いつ襲われるのかわからないからだ。


相変わらず遭遇(そうぐう)する魔物は水棲(すいせい)生物が多い。


巨大なヘビやカニ、時にはワニも出てきた。


一口で人間を飲み込んでしまいそうな大きさの口。


師匠が魔法剣を使い、頭を切り落とす。


なんでも、ワニの皮はとても高級品で帝都に持って行けば高値で売れるという。


これは、どんどんお小遣いが増えていきますね。


やっぱりオーブン貰ったら、夢の3段ケーキでお祝いをするしかありませんね!


いや・・・・もう5段いっちゃいますか!


にゅふふ・・・


みんなが警戒する中、ボクはそんなことを考えていた。


その時、グローリエルが小声で話す。


「今、そこの角に人影が見えた。例の魔族かもしれない・・・慎重に行動しよう」


グローリエルに(うなが)され、極力(きょくりょく)音を立てないように進む。


師匠が曲がり角から顔を覗かせて確認する。


静かに戻り「どうやら、この先に誰かがいるようだ」と話した。


緊張のためか、生唾(なまつば)を飲み込む。


エリーの顔へ見やると、ボクと同じく緊張しているようだ。


「私とグローリエルが先行(せんこう)する。カオル達は後ろからついてきてくれ」


師匠がそう言うと、その場にいた全員がコクンと頷く。


いよいよ、魔族と対面だ。


師匠とグローリエルが連れ立ち、細心の注意を払いながら進んでいく。


ボクとエリーとエルミアは、2人の後方20mほどをコソコソと付いて行った。


心臓が「ドクンドクン」と大きく鼓動(こどう)する。


(てのひら)には薄っすらと汗を()いていた。


そこへ師匠が前方にいる人物へ声をかける。


「そこで何をしている!」


師匠の声に驚いた人物は、慌てて振り返りこちらを見据える。


薄紫(うすむらさき)の髪に青い瞳。


頭に付いているのは特徴的な大きな耳。


犬耳族だ。


手には白銀製だろうか?ミスリルを青白いと表現するならば、それは純白の槍『ハルバード』が握られていた。


服は臙脂(えんじ)色に白を基調とした燕尾(えんび)服のようなデザイン。


どことなく、師匠が着ている騎士服に似ている。


師匠に声をかけられた犬耳族の女性は、驚きの表情を浮かべた。


「ヴァル!?あんた、こんなところで何してるのよ!」


そう答えた犬耳の女性に、師匠も驚いたようで「フェイ!?」と声をあげていた。


そのやり取りに、取り残されるボク達4人。


えーっと・・・・・どういうこと?


魔族じゃないの?


呆然とするボク達を置いて、師匠にフェイと呼ばれた女性は(なお)も話し続ける。


「やっだ!ひさしぶりじゃない!あんたが剣聖辞めて以来よね!・・・・ん?ヴァル、ちょっと太ったんじゃないの?」


親しげに師匠とそう話すフェイ。


師匠は「太ってなどいるものか!そういうフェイの方こそ、太ったんじゃないか?」となにやら低レベルのやり取りをしていた。


いや・・・・いい加減、ボク達にも説明していただきたいんですけど・・・・・・


暴れますよ?


主にエルミアが。


ヒマなので、エルミアとエリーの手をニギニギして時間を潰す。


やがて、話しも一段落したのか師匠がボク達に紹介をしてくれた。


「こちらはカムーン国剣聖のフェイ。騎士学校時代の同期なんだ」


そう言い、フェイがボク達を見やる。


さきほどの幼く感じた表情ではなく、師匠が時折見せる芯の通った大人の女性の表情をした。


やばい・・・・ちょっとカッコイイ・・・・・・


いやいや!ボクには師匠がいるし、(まど)わされちゃいけない!


というか、剣聖かぁ・・・・この人も『残念美人』なんだろうか?


フェイを紹介されたグローリエルが剣騎らしく「あたいは、エルヴィント帝国の剣騎グローリエルだ」とビシッとした挨拶をしていた。


本当に、ダンジョンへ来てからというものグローリエルは頼もしい。


エリーとエルミアが簡単に挨拶したので、ボクも同じように「カオルです」と挨拶をした。


一通り挨拶が終わると師匠が「それで、私達はこの階層を調査してほしいとアーシェラ陛下に頼まれて来たんだが、フェイはなんでこんなところにいるんだ?」とフェイに聞く。


フェイはニコっと笑い「私はこの方の護衛でね」と言い、横にずれると1人の少女が現れた。


金色の髪に、薄く青い瞳のヒューマンの女性。


ボクと同じミスリルの鎧を纏い、金の細工を(ほどこ)した豪華な片手剣と盾を持っていた。


なんというか、気品に溢れているとでも言うのだろうか?


見る者に、赤いマントが威圧感を与える。


フェイに声をかけられ挨拶をする。


「久しいな、ヴァルカンよ。わらわは、カムーン国第一王女ティル・ア・カムーンである」


威厳たっぷりに名乗ると、偉そうに胸を張った。


・・・・・はい?


今、王女とか言いませんでしたか?


おかしくないですか?


というか、最近王女多くないですか?


流行ってるの?


フロリアも王女だし、エルミアも王女だよ?


そのうえ、ここにきてカムーン国の王女様の登場ですか?


なに?王女のバーゲンセールですか?


というか、また師匠の知り合いですか?


浮気ですね?


わかりました。


師匠はあとでオシオキ決定です。


ボクが呪詛を込めてブツブツ言っている間に、グローリエル達は挨拶をしていた。


「お初にお目に掛かります。あたいは、エルヴィント帝国の剣騎グローリエルです。お会いできて光栄です」


「エリーと申します」


「・・・・エルミアです」


「お久しぶりです。ティル様もお変わりなく・・・・」


王女のティルは1人1人と握手をし、挨拶を交わしていた。


余計な事を考えていたボクは、完全に乗り遅れてしまった。


ティルはボクの前に立ち、見詰めてくる。


師匠の弟子らしくしなきゃ!


優しく微笑み「カオルと申します。お会いできて光栄です、ティル王女様」と言い、会釈をする。


ティルは驚いたようで、目を丸く開き「う、うむ。よろしくの」と返した。


なんかへんな事したかな?


なるべく丁寧にしたんだけど・・・・


そこへ師匠が「カオルは私の最愛の弟子です。どうか、末永くお付き合いいただければ」と言い、ボクのように会釈をした。


フェイが驚いて間に入ってくる。


「ヴァル!あんた、こんな美少女を弟子にしたの!?」


フェイが叫びにも似た声をあげると、師匠が「ああ、カオルは私の嫁だ」と訳のわからない事を言い出した。


やばい・・・『残念美人』モードだ。


ボクがうな垂れていると「嫁ってあんた・・・」と、何か言いたそうに話すフェイ。


おお!もしかして、フェイは常識人なのでは!?


そうだそうだ言ってやって!


しかし、ボクの期待を余所にそこから先は言ってくれなかった。


はぁ・・・・ダメなのですね。


もう触れないでおこう。


というか、本題に入りませんか?


(なご)やかムードの中、ボクは話す。


「あの・・・ところで、ここへは何をしにいらしたんですか?」


誰も聞かないので聞いてみる。


その質問にフェイが答えてくれた。


「ここへは調査をしにね。ちゃんとアーシェラ女王には許可を取ってきたよ」と話してくれた。


えっと・・・・おかしくない?


ボク達は、アーシェラに頼まれてこんなところまで来ているわけなんですが・・・


これはもしかして・・・・


師匠を見上げる。


師匠も気付いたようで「はめられたな・・・あの女狐に」と言った。


デスヨネー。


要するに、ティル達がここにいることを知ってボク達を寄越(よこ)したってことでしょ。


なんという・・・・策士!


ということは、ボク達にティルのお手伝いをしろってことだよね・・・・


うわぁ・・・何をするのかわからないけど、めんどくさい・・・・


「ふぅ・・・」とため息をひとつついて、傍にいるエルミアと手を繋ぐ。


なんだか、一気にやる気が無くなった。


エルミアの手をニギニギしていると、師匠が話し出す。


「それで、ティル様はここで何をしていらしたのですか?」


それを聞くと「うむ、実は王立図書館の秘蔵書に、このダンジョンの事が書かれておったのじゃ。それによると、40層のどこかに隠された秘宝があるという・・・」と答えた。


師匠とフェイは顔を見合わせて、苦笑いを浮かべていた。


そりゃそうだろう・・・・お宝探しに来ていただけなんだもの。


なんで一国(いっこく)の王女が、剣聖とはいえお供1人だけ連れてこんな危険なところに来ているんだか・・・


転婆(てんば)さんなんでしょうね・・・


フェイさんに同情します。


貴女は常識人っぽいので、(いた)わりますよ!


そんなことを考えていると、グローリエルが「それで、そのお宝の場所ってのは見当ついたのかい?」とノリノリで話した。


ああ、そうでしたね・・・冒険者だったんですもんね。


秘宝とか好きそうだ。


というか、アーシュラに腹が立たないのですか?


(だま)されたんですよ?


あれですか、アーシュラに騙されすぎて慣れちゃったとかそういうことですか?


はぁ・・・・この国って・・・・


またも落ち込んでしまい、仕方が無いのでエルミアの手ではなく腕に絡まる。


エルミアは無表情でそれを受け入れてくれた。


ありがとう、エルミア。


今はボクの唯一の心の()り所ですよ。


ボクはエルミアの腕にすりすりと頬を擦りつけていた。


合流した調査団一行は総勢7人になった。


今はティル達が見つけた場所へ向かっている。


途中で魔物が襲ってくるが、師匠とフェイによってあっさりと撃退された。


すごいね、剣聖2人は人外(じんがい)の強さですよ。


グローリエルが詠唱している間に、さっさと倒してしまうんですもの。


あれだけ強ければ、王女の護衛がフェイだけなのもうなづけてしまう。


倒された魔物をアイテム箱にしまいつつ、どんどん進む。


やがて、大きな扉の前へ。


そこには見覚えのある台座が。


これって・・・・あの台座だよね・・・・・


風竜を呼び出した台座。


ドラゴンゴーレムがいた洞窟の扉にあった台座。


まったく同じ形状の台座が扉の前に佇んでいた。


そこへ着くとティルが「ここなんじゃが、どうやっても開かんのじゃ」と話す。


フェイが「この台座がカギなんでしょうが、書いてある文字が読めなくて」と付け加えた。


ほほー・・・文字ですか。


いままでのは、(かす)れていたりして読めなかったんだけど。


みんなで台座の前へ。


文字が書かれているらしき台座の上部は、ボクの身長では覗き見ることができない。


師匠にお願いして、抱き上げて貰う。


そこにはやはり中央に手形が、その周りには文字が掘られていた。


なんというか、筆記体(ひっきたい)のように達筆(たっぴつ)な字でボクには読めない。


みんなも一様に覗きこんでは読めなかったようで、首を横に振っていた。


そんな中、エルミアが話し始める。


黒瑪瑙(めのう)の瞳を宿せし尊者(そんしゃ)に、我らが力を与えん」


エルミアが台座の文字を突然読み上げたので、全員が驚愕の声をあげた。


「「「「えっ!?」」」」


ボク達が驚愕としている中、エルミアは話し続ける。


「私はエルフの王女です。この程度の精霊文字でしたら、読み解くことが出来ます」と平然と言う。


ああ、ついにみんなにばらしてしまった・・・


まぁいいか。


言ってしまったものは仕方がない。


エルミアの言葉を聞いて、一番驚いたのはグローリエルだった。


「え、エルミアって王女様だったのかい!?あ、あたい、いっぱい失礼な事・・・」


オロオロとするグローリエル。


めずらしい・・・・ダンジョンに入ってから真面目さんモードだったのに・・・


そんなグローリエルに「グローリエル、あなたは偉大な剣騎です。これからも変わらず接してください」と話す。


オロオロとしていたグローリエルだが、それを聞いて「あ、ああ。こちらこそ、これからもよろしく」と言い、握手をしていた。


うんうん、エルミアは言動がキツイ時もあるけど基本的に常識人だからね。


よかったよかった。


そこへティルが割って入る。


「なんと!?そなたはエルフの王女であったか。これは失礼した。わらわと友人になってくれぬか?」


と言い、手を差し出す。


すると、エルミアは(こころよ)く握手を交わした。


なんか、歴史的瞬間を見ているような気がする。


まぁボクは関係ないけど。


師匠とフェイがなにやらボソボソと相談していたが、ボクには聞き取れなかった。


そこへ、エリーがエルミアに「さっき言ってた事って、どういう意味なの?」と聞いていた。


エルミアはボクを見詰め「カオル様ならば、扉を開くことができるでしょう」と言った。


ちょっ!


確かにこの台座は何度か触れた事があるけど、何もエルミアがカミングアウトした時に言わなくても・・・・


その場にいた全員がボクを見詰める。


うぅ・・・ちょっと怖い。


しぶしぶと台座に近づき、手探りで手形へ手を当てる。


胸のルーンがほのかに熱を持つのを感じた。


「ゴ・・ゴゴン」と音が鳴り、大きな扉が開く。


はぁ・・・やっぱり開いたね。


扉を開けたボクを見詰めて、師匠が「さすが私の嫁だな」と『残念美人』モードでそう言う。


なんでこうもダメ人間なんだろうか?


言われて、嫌な気がしない自分もアレだけど。


エルミアがボクの手を取り「ああ、やはりカオル様は特別なお方・・・」と言い、耳まで赤くしてボクを見詰める。


いや、そんな可愛い姿を見せてもだめですよ?


いっせいに見詰められて恐かったんですからね?


エルミアもオシオキ決定ですからね?


覚えておいてください。


苦笑いを浮かべてエルミアを見詰める。


そこへ「なんだかよくわからんが、扉が開いたようじゃの!さっそく行くとしよう!」と、ティルが開いた通路へ入ろうとする。


あれですね。


ティルは自己中心的な人ですね。


偉い人は変なの多いなぁ・・・


歩き出すティルをボーっと見ていたら「ぷげっ!?」と言い見えない壁に顔をぶつけていた。


「ぷげっ」だって・・・


なんか可愛い・・・


鼻をおもいっきりぶつけたティルを、慌てて介抱(かいほう)するフェイ。


大変ですね。


がんばってください。


師匠も開いた扉へ近づき手をかざすと、またしても見えない壁に(さえぎ)られる。


あれま・・・なんだろう?


師匠が叩いたり、刀の柄で小突いたりしていたが見えない壁はびくともしない。


「なんだこれは・・・・」と師匠が言うと、傍にいたエリーも同じように手を伸ばした。


だが、結果は変わらず見えない壁に(はば)まれる。


そこへエルミアが「おそらく、カオル様にしか入ることができないのかと思います」と、冷静に話した。


なんだってー!?


ボクしか入れないとか、またドラゴンゴーレムとか出たらどうするのさ!


いやだよ・・・死にかけたんだもの。


1人なんていやだー!


そんなボクの気もしらないで、エリーが「じゃぁ、カオル行って来なさいよ。待っててあげるから」と、サラッと言う。


ひどくない?


心配するとかないの?


あれだよ?


エリーにもオシオキしちゃうよ?


ぶつぶつ呪詛を振りまいても、エリーは楽しそうにニヤニヤしていた。


むっかー!!


行けばいいんでしょ!


行けば!


師匠を見上げて「行ってきます!」と怒りながら言う。


まったくエリーめ・・・・


あとで覚えてろよー!


開いた通路へ入ると、見えない壁は現れなかった。


むぅ・・・ボクだけとかひどくない?


もういいけど!


あとでエリーにたっぷりオシオキだにゃー!


1人きりでドスドス音を立てて通路を進む。


100mほど進むと通路は大きさを増し巨大なホールへと姿を変えた。


ドラゴンゴーレムがいたホールに似ている。


違うことと言えば、ホールを取り囲む支柱に細かい造形が施されていないことだろう。


ホールに入ると、天井が光り出す。


また人形でも降ってくるのだろうか?


慌ててファルシオンを鞘から抜き、身構える。


しかし、光っただけで何も降ってはこなかった。


う~ん・・・・なんだろう?


警戒をしたまま、中央まで歩く。


天井からは尚も光が降り注いでいる。


するとホールを振るわせるほどの大きな声が鳴り響く。


「・・・・待ちわびておりました」


透き通るような女性の声。


周囲を警戒するが姿は無い。


「やっと・・・・やっと、いらしてくださったのですね」


女性は話し続ける。


「私は待ち続けておりました。この何百年も・・・・やっと・・・やっとお会いできました」


静かに、ゆっくりと話す。


何年も離れて暮らしていた母親がやっと会えた子供に語りかけるように。


優しく・・・(いつく)しむように・・・・・


「それなのに・・・・私は、あなたを試さなければなりません」


その言葉を最後に、優しく語りかけていた声に力が篭る。


「さぁ!私に、あなたの力を見せてください!」


そう言うと、天井から巨大な光の玉が落ちてきた。


光の玉はみるみるうちに姿を変え、黒い双頭の犬が現れる。


双頭の犬は(たてがみ)一本一本が蛇の形をしており、不規則に動き回っていた。


これは・・・神話に出てくる『オルトロス』!?


これと戦えって事!?


驚愕としているボクに向かい、オルトロスはものすごいスピードでボクに近づき巨大な前足で攻撃をしてくる。


慌ててバックステップでそれを回避するが、風圧で壁に叩きつけられる。


ぐぅ・・・・油断していた・・・・・痛い・・・・・


背中に激痛を感じるが、なんとか堪えてファルシオンを力強く握る。


オルトロスは、こちらに向かい突進してきた。


急いで全身に風を纏いそれを回避すると、雷をイメージ。


対象を指差す。


雷の・・・・線を・・・・・


「『トニトルス!』」


双頭の首の付け根に向け、雷線を放つ。


鬣の蛇を焼き殺すが、本体にダメージはなさそうだ。


続けて雷をイメージ。


落雷を・・・・・


「『イカヅチ!!』」


オルトロスの頭上から雷を落とす。


続けざまに同じ箇所を狙うが、またしてもたいしたダメージは無さそうだ。


くぅ・・・・背中が痛い!


ファルシオンを構えて、オルトロスの動きを見る。


オルトロスは、まさしく獲物を前にした犬のように、ボクをぐるりと一周回り距離を取っていた。


というか、なんでこんな巨体なのに動きが速いのか・・・・


ファルシオンに風を纏い、突撃する。


狙うは左の前足だ。


足を潰せば、あの驚異的なスピードを何とか出来るはず!


左前足に突進し、ファルシオンを右薙ぎに一閃!


オルトロスはそれをジャンプして回避すると、猫のように空中で一回転し着地と同時にボクに向かって走り出す。


驚異的な速さで間合いを詰めると、大きな顎で噛み付いてきた。


慌てて風の障壁を張る。


ガリガリと音を立ててオルトロスは障壁に噛み付き、ついには障壁を噛み砕くとボクに体当たりを繰り出す。


ファルシオンで防ぎ、直撃こそしなかったもののまたしても壁に吹き飛ばされ身体を強く打つ。


痛い痛いいたい!


こんなの、どうやって倒せっていうんだよ!


ぐぅ・・・何か手はないか・・・・・


そこであの時の事を思い出す。


アレやってみるか・・・ドラゴンの時にやったアレを・・・・


間合いをとっているオルトロスに向かい、風をイメージ。


吹き上がる風を・・・・


オルトロスの真下から・・・・・・竜巻を!


「『シュトゥルム!』」


竜巻が巻き起こり、巨大なオルトロスの体躯を持ち上げる。


動くことも出来ず、もがくオルトロスに一気に駆け寄り、風を纏わせたファルシオンで右前足を切り落とす。


きりもみ状態で地面へ叩きつけられたオルトロスがもがきながらも、こちらを威嚇する。


そこへ雷をイメージ。


対象を指差し・・・・


細く・・・・


鋭い・・・・線を・・・・


「『トニトルス!!』」


雷の線は収束され、糸の様に細い雷の線が右頭の脳天を貫く。


貫かれた頭は針の穴ほどの傷をつけ、頭を垂れる。


残るは左頭のみ・・・・


距離を取り地面へ着地すると、頭がクラクラした。


魔力を使いすぎたのだ。


くぅ・・・本当に魔力量が少ない・・・・


グローリエルの魔力量が羨ましい・・・・


そんなことを考えている状況ではないのだが、打ちつけられた背中がズキズキと痛む。


なんでもいいから、違うことに気を向けていないと倒れそうなのだ。


オルトロスは左前足と右頭を失っても尚、こちらを威嚇し続ける。


口からは涎をたらし、大きな瞳は血走っている。


・・・・このまま逃げ回っていれば死ぬのだろうか?


いや・・・「手負いが一番危ない」って師匠が言ってた。


右の太股から投げナイフを2本同時に抜く。


左手でそれを持ち、隙を(うかが)う。


オルトロスは前足を失って歩き回れないようだが、ボクの動きに合わせて身体の正面をボクに向けてくる。


「ふぅ」と一息吐いて、左手の投げナイフをオルトロスの目に向けて放つ。


それと同時に走り出し、残っている魔力をファルシオンに込めてオルトロスの頭下に飛び込み一閃する。


ファルシオンはオルトロスの首に食い込み見事に首を切り落とすと、オルトロスが崩れ落ちてくる。


・・・浅慮(せんりょ)だった。


頭の下に回りこんで切り落としたら、頭がボクに降ってくるよね・・・・


慌てて地面を蹴って、ゴロゴロ転がりながら這い出す。


間一髪で押しつぶされずに済んだ。


「すぅ~はぁ・・・」とゆっくりと呼吸をすると、忘れていた痛みが背中から襲う。


何と言ったらいいのかわからないけど・・・・とにかく痛い・・・・


最初の一撃は完全に油断してたからなぁ・・・


アレがなければもうちょっと・・・


・・・どっちにしても変わらないか。


勝ててよかった。


地面に転がっていると、あの女性の声が聞こえる。


「ああ・・・・よかった・・・・・あなたの力、たしかに見させていただきました」


そう言うと、天井からまたしても光の玉がゆっくりと降りてくる。


慌てて飛び起きると、背中に激痛が走る。


うぅ・・・・連戦は無理です・・・魔力もないし・・・・痛いし!


ゆっくりと降りてくる光の玉は、地面に着くと姿を変える。


その姿は、大人の女性だった。


紺青(こんじょう)色の長い髪と瞳をしており、透き通るほど白い肌。


手には錫杖(しゃくじょう)を持ち、白いドレスを纏っていた。


そして、カルアを越える巨乳である。


一目見て、目が釘付けになった。


あまりにも美しい・・・・


普段、美人さんの師匠やエルミアを見ているが比べられない程の美人。


でも、なぜか心引かれはしない。


う~ん・・・美人だから見詰めていたいっていう気持ちはあるんだけど、なんだろう・・・・物足りない?


なんという贅沢な事を言っているんだろうか・・・


ボクがそんなことを考えていると「やっと・・・やっと会えました!」と言い、美人さんはボクに抱き付いてきた。


ええええええ!?


というか、背中痛いの忘れてた・・・・・


ちょっとま・・・って!


胸に圧迫されて息が・・・・


背中に回した手で、そんなにキツク抱き締めちゃ・・・だ・・・・め・・・・・


一頻りボクを抱き締めると、満足したのかそっと離れてくれた。


ボクは()ける(しかばね)状態だが。


肩で息をして、なんとか正常を保つ。


背中の痛みが意識をはっきりとさせてくれる。


というか、この人何者なんですか?


立っているのが辛いので、その場にしゃがむと美人さんもボクに合わせて座ってくれた。


一息付いて聞いてみる。


「それで、貴女はいったい誰なんですか?」


美人さんを見詰めてそう聞くと「私はウェヌス。ずっとあなたを待っておりました」と言い、ボクに微笑む。


う~ん・・・本当に美人さんだ。


・・・・・そんなことは置いておいて。


「えっとウェヌス、ボクはカオル。待っていたってどういう事?」


ウェヌスと名乗る美人さんは、クスッと笑い「カオルはまだ、自分の使命に気付いていないようですね」と話し出す。


使命ってなんのことだろう?


ボクがこの世界に来た意味とかそういうこと?


わからないので説明してもらおう。


「使命ってなんの事ですか?」


そう聞くと「今知らないのならば、無理に聞くことはございません。時が来ればわかることです」と言い、教えてくれなかった。


内緒なの!?


そこまで思わせぶりにしておいて、内緒なの!?


むぅ・・・・


ウェヌスは膨れているボクに笑顔を向けて「大丈夫ですよ。カオルは、しっかりと力を付けているではありませんか。このまま、すくすくと育ってください」と話した。


なんか、お母様みたいに話しますね。


肝心な事は教えてくれないのに・・・


「それじゃぁ、もう1つ質問。なぜこんなところにいたの?」


「カオルに会うためです」


終始笑顔のウェヌスはそう答える。


・・・・なんというか、(ぜん)問答(もんどう)ですか?


いや、答えになってるけど結果しか教えてくれないよ!?


どう聞けばいいのさ!


・・・・・・・・そうか!


「ウェヌスはいったい何者なの?」


核心的な事を聞いてみる。


これでどうだ!


笑顔を見せていたウェヌスが「私が何者であるか、今はお話しすることはできません」と、真剣な顔をして答える。


はぐらかされた・・・・


むー!


「じゃぁ、なんで今ここにいるの?ボクに何かしてほしいの?」


わけがわからないし、イライラしてきたのでぶつけてみる。


背中も痛いし!


真剣な顔をしていたウェヌスがニッコリ微笑んで「カオルが来てくれたから、私はここにいます。カオルにしてほしいことは、すくすくと成長してください」と、本当の母親のように言った。


だめだ・・・話しならない。


うな垂れているとウェヌスがボクに近づき、口付けてきた。


ボクは慌てて振り解こうとするが、力強く抱き締められ口の中に舌を差し込まれる。


「ん!?んんん!?んっ!」


なんとか抵抗しようとするが、ものすごい力で逃れることが出来ない。


しばらくそのまま口内を蹂躙(じゅうりん)されていると、そこへ声をかけられる。


「か、か、かおる!?」


慌ててそちらへ目を向けると、師匠が鬼の形相(ぎょうそう)でこちらを見ていた。


ウェヌスはそれでもキスを止めない。


ボクは目で師匠に助けを求める。


それに気付いたのか、師匠がウェヌスを引き剥がしてくれた。


「っぷ、はぁはぁはぁ・・・・」


おもいっきり肩で息をする。


背中の痛みが現実だと認識させてくれた。


とんでもないところを師匠に見られてしまった・・・・


顔を見上げると、師匠が怒っていた。


その隣ではウェヌスが、なぜか満足そうに微笑んでいる。


本当に、なんなのこの人・・・・


師匠が座っているボクを抱き締めて、ウェヌスが近づかないようにしてくれた。


さすが師匠。


でも、さりげなく太股触らないでください。


セクハラです。


「師匠、背中が痛いのであまりキツく抱き締めないでください」と言い、太股から手を引き剥がした。


はぁ・・・・『残念美人』め。


そんな様子をウェヌスが暖かく見守っている。


いや、貴女のせいでこっちは・・・はぁ・・・・・


すると、ウェヌスがそっと近づき「カオル、これを託します」と赤い宝石を渡してきた。


掌で受け取ると、ルビー・・・・じゃないもっと暗い・・・・ガーネットかな?


でも、なんで突然こんなものを?


いぶかしげに見上げるとウェヌスが目を(つむ)り、なにやら呪文のようなものを唱える。


すると、掌の赤い宝石が輝きボクの左腕にある腕輪へ納まった。


光が止むと、腕輪には青い魔宝石と赤い魔宝石が並んで輝いていた。


なにこれ・・・・


この腕輪、風竜がくれたんだけど・・・・・


ウェヌスを見上げて聞いてみる。


「これ・・・どういうこと?」


ボクがそう聞くと「プレゼントです。きっとカオルの力となります」と言い、ウェヌスの姿が薄くなっていた。


これは・・・風竜や精霊さんと同じ!?


「待って!」


慌てて手を伸ばす。


ウェヌスは微笑みながら「またお会いできます。カオル、どうか(すこ)やかに・・・・」と言い残し、消えていった。


ホールに師匠と2人取り残される。


本当にウェヌスって何者だったのだろう?


はぁ・・・今はとにかく、背中痛い。


ご意見・ご想などいただけると嬉しいです。

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