第七話 修練修練また修練
2016.6.26に、加筆・修正いたしました。
深々と雪が降り、雪化粧が山を隠す季節。
ヴァルカンと一緒に暮らしはじめたカオルは、この世界に来てから1年の歳月が経過していた。
「寒いなぁ...」
相変わらずヴァルカンとの修練は続く。
今日のメニューは狩猟。
修練とは名ばかりの実践のわけだが――
「ん~....この付近の獲物はあらかた倒しちゃったかなぁ」
森の中をのんびり歩いて探索を続けているが、まったく獲物が見つかる気配はしない。
手持ち無沙汰にヴァルカンが作ってくれた片手剣をブンブン振り回すカオルは、まだまだあどけなさの残る子供そのもの。
その子供に対して、なんと過酷な修練をさせているのか。
現代日本で暮らしている大人達から見れば、倫理的にも道徳的にも大問題。
なのだが――ここは異世界である。
見た事も無い魑魅魍魎が跋扈するこの世界では、己が身を守る為に、生活していく為に、強さを求めなければならない。
故にカオルは武器を手に取り、自分を必要としてくれるヴァルカンの為、修練を欠かさない。
そして――ヴァルカンはやはりすごい人のようだ。
いくら斬り結んでも片手剣は欠ける事無く、曇る事すら許さない。
ただ、武器の性質上。なぎ倒したり、叩き潰したりはできない。
元々、カオルの身体が小さいので、体重のバランス的にできないと思うが...
基本的には急所を突き刺したり、首を切り落とすことを狙う。
防具も簡素な革製の軽装鎧がメインだ。
胸当てに、腕当てに、腰当。脛から足首までが革製で出来ている。
特にお気に入りなのが、ヴァルカンが昔使っていたというこげ茶色の外套。
これは、フード付きで頭まですっぽり隠せる優れ物。
さらに布地の中に"白銀の糸"が織り込んである。
白銀には、邪を祓うという力があるらしく、とても高価。
両親が亡くなり『濁った目』の大人に囲まれた時は、本当に頭がおかしくなりそうだったカオルも、この世界へ来て、ヴァルカンと出会えた事は、まさに神の思し召しであった。
ただひとつ残念なのが、ヴァルカンの性格....
面倒臭がりで、ずぼらでさえなければ完璧なのだけれど――
魔法を習い始めたカオル。
どうやら適正があるようで「人の何倍も上達が早い」とヴァルカンに褒められた。
特に、風と雷の属性は飛び抜けていた。
おそらく「契約した風竜の恩恵だろう」とはヴァルカンの弁。
現状、雷の魔法は攻撃くらいにしか使わない。
だが、風魔法はいくらでも応用できる。
身体に風を纏い――《飛翔術》――空を飛んだり、遠く離れた物を《風の矢》で射抜く事が出来る。
ヴァルカンは、風を纏い続けたまま高速移動すれば、物音ひとつ立てずに標的へ近づけることが出来るため「暗殺に向いているな」などと言っていた。
(暗殺って...まぁ身体も小さいし見つかりにくいだろうけどね)
"小さい"という事にコンプレックスを持っているカオルには、なかなかキツイ言葉だろう。
この世界へやって来て、多少なりとも成長はした。
それでも身長150cmに届くかどうか...
年齢を鑑みれば、じゅうぶん成果をあげていると思われる。
カオルがそんな事を考えながらトボトボと歩いていると、左前方からガサガサと音が聞こえた。
大急ぎで近くの木に飛び移り観察を始める。
木々に積もった雪が落ち、のそっと獲物は姿を晒す。
なんらかの原因で冬眠から目覚めたのだろう。
身の丈2mを越える黒毛の熊が、鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。
普通に考えれば、熊との遭遇など絶対に避けたい。
だが、今のカオルは――
(やった、今日は熊料理だ♪)
喜び勇んで木から飛び降り、即座に《飛翔術》を使い身体に風を纏うと、腰に下げた片手剣を抜き放ち首筋を狙う。
横一文字に伸びる銀線。
それは、反応の遅れた熊の首へ目掛けて斬り結ばれる。
一閃!!
骨と骨の間を狙い、白い世界に真っ赤な花が咲き乱れた。
見事に首が転げ落ち、あっという間に命を刈り獲られた獲物。
カオルは、周囲をさらに警戒し、気配を探る。
『狩人は、獲物を狩った瞬間に慢心する。だから油断するな』
ヴァルカンは、そうカオルに教えた。
(ふぅ...)
周囲を索敵し、特に問題無いと判断したカオルは、仕留めた熊の処理を始めた。
熊の両手を切り落とし、背中の背嚢からロープを取り出して、熊の足を結びつけて近くの木に逆さ吊りにする。
こうする事で、切断した首や両腕から大量の血が流れ落ち、"血抜き"する事が出来る。
大量の血が滴り落ちる中、今度は短剣を取り出して、次の工程の準備を始めた。
丁寧に熊の皮を削ぎ落とし、肉と分離させて肉をブツ切りにする。
獣の処理で一番厄介なのが脂分。
短剣の切れ味を削ぎ、手に纏わり付き処理のスピードを落とさせる。
しかし、カオルは魔法が使えた。
《浄化》の魔法を使い、邪魔な脂分を消し去る。
もちろん、必要量の熊脂――手荒れや、火傷や、ヒビ割れ等に効く薬――は瓶に確保済み。
(本当に、便利だよねぇ)
しばらくして、毛皮と肉、骨の解体を終えたカオルは、分類ごとに麻袋へ仕舞い始める。
熊胆は乾燥させ、胃薬や消化器系の漢方薬として。
他の内臓系は、後で十分洗浄してモツ煮にでも。
熊は捨てる部位が無いと言われる程、優良な獲物。
全身を血塗れにし、真冬の大地を赤黒く染めた解体場所。
現代日本――所謂一般人――には、あまりにも衝撃的な光景だろう。
だが、この世界では普通の事。
カオルの場合は、幼い頃より医術の映像を見ていて慣れている。
さらにボーイスカウトの本や画像を見ていて、動物の解体自体に嫌悪感は一切無い。
実際、猟師という職種もある。
屠殺場もあるのだから、こうした作業を行っている。
魔物や魔獣が血の臭いで集まる事を恐れ、さっさと魔法で身ぎれいにし、その場を離れるカオル。
足取りも軽く、ヴァルカンが待つ我が家へ向かって歩く姿は、実に晴れやかである。
(ん~、やっぱり熊肉は醤油と砂糖で煮込んで、あとは長ネギでも加えて熊鍋かなぁ...)
熊が獲れた事がよほど嬉しかったのだろう。
既に、脳内では夕食の調理方法を考え始めている。
(きっと師匠も喜んでくれるかな♪)
ヴァルカンの喜んだ顔を思い浮かべると、胸がジンと熱くなる。
帰路に就くカオルは、頬を赤らめ、恋する乙女の様であった。
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