第五十八話 ダンジョン
人数分のカンテラを取り出す。
魔物の返り血を浴びていたエリーへ『浄化』を掛けて、いよいよ地下迷宮へ突入することに。
どうやら緊張しているのはボクだけのようで、みんな平然としていた。
うぅ・・・なんでみんな平気なんだろうか?
そういえば、師匠はともかくエリーですら時々場慣れしてる感じがあるんだよね・・・
さすが、冒険者を1年以上やっているだけのことはあるのかな?
とりあえず、ボクの留意点は『バッタ』と『みんなの安全』だ。
みんなにカンテラを渡していると、グローリエルが「そんなもんいらないよ!」と自信たっぷりに言いダンジョンへ入って行った。
ボク達は慌ててその後を追う。
ダンジョンに入ったグローリエルは『ライト』の魔法を唱える。
すると、ダンジョンの天井が光を反射し辺りを照らしだす
え?
なにこれ・・・・・
驚いたボクはグローリエルに聞いてみる。
「グローリエル、これって何?」
ボクがそう聞くと、嬉しそうに笑って「これはあたい独自の魔法さ。通常の『ライト』にちょっと細工をすると、ダンジョン内のマナが反応して明かりが灯るのさ」と説明してくれた。
ほえぇ・・・
本当に魔法については詳しいんですね。
さすが剣騎の名は伊達じゃない・・・・
あとでこっそり教えて貰おう。
これがあれば、ダンジョン内でカンテラの為に片手が塞がらないで済む。
みんなに渡したカンテラを回収して、ダンジョンを進む。
ダンジョン内は程よく暖かくて、外より過ごしやすい。
う~ん・・・・これで埃っぽくなければ最高なんだけどなぁ・・・
歩きながら周囲を見て周る。
壁からはシダ植物やツル科の植物が垂れ下がっている。
こんなところでも光合成できるのかな?
まぁ自生してるんだから問題無いのか。
それにしても、グローリエルの魔法すごいな・・・
これはなんとしてでも教えてもらわねば!
ボクの周りに魔術師っていなかったしね・・・
師匠も魔法より剣の方が得意だし。
前を見ていてふと大事なことに気付く。
隣を歩く師匠に「そういえば、冒険者さんが魔族を見かけたのってどの辺りなんですか?」と聞いてみる。
師匠も聞いていなかったようで、グローリエルを見やると「ああ、40層辺りだな」と答えてくれた。
えっと・・・・そこまで降りて行けということですか・・・・それを往復・・・・・
果てしなくめんどくさいですね。
はぁ・・・・・
それを聞いたボク達は疲れた表情をした。
のんびりと歩き、着々と階層を重ねて行くと「む・・・魔物だ」と師匠が言い立ち止まる。
全員で身構えて待っていると、通路の角からボクの倍以上の大きさのアリが現れた。
でっか!?
というか、ちょっとグロイ・・・・
やっぱり虫系は苦手だ・・・・
通路の角からは1匹、2匹と大量のアリが姿を現す。
エルミアが魔弓を放ち牽制しつつ、師匠と大剣を抱えたエリーが魔物へ走り出す。
グローリエルは、一番奥にいる個体へ火球を放ち援護をしていた。
ダンジョンの通路はそこまで広くないので、ボクが前衛に出る隙間がない。
ボクは、新たに通路の角から現れたアリに向けて雷をイメージし『イカヅチ』を発動させると、雷が降り注ぐ。
グローリエルとボクの魔法に焼かれた固体は、体表を焼かれ絶命する。
接近戦をしていた、師匠とエリーにエルミアが援護をしつつ確実に倒して行く。
師匠の攻撃の早さは凄いの一言だが、驚くべきはエリーの強さだ。
初めて出合った頃は、片手剣と盾を使い相手をじょじょに弱らせて倒していたが、大剣を持ったエリーはスピードこそ遅いものの、身体のバネを使い回転斬りなどの大技を繰り出し敵を屠っていた。
エリー・・・・ちゃんと訓練していたんだね。
すっごくカッコイイけど・・・・
防具をミニスカートにしたのは失敗かも・・・・
まぁ、スパッツみたいな下着を着ているんだけどね。
それでも・・・こう・・・・何かクルものがあるよ。
次に作ってあげる時は、そのへんも気をつけてあげよう。
安易に可愛さを追求した結果がこうなったのか・・・・
本当にボクは、あさはかな考えが多いな・・・
エリーを見ながらそんなことを考えていた。
戦闘が終わり合流したボクは、師匠とエリーに近づき『浄化』を掛けようとすると止められた。
「カオル、魔力の消費は極力抑えた方がいい」
師匠にそう言われる。
そうか、ボクは今まで1人で戦う事が多かったから気付かなかったけど、魔力は有限なんだ。
無駄に使わないようにしないと。
師匠に「はい、わかりました」と答え、アイテム箱から使わない端切れを取り出し2人の返り血を拭い取る。
「ありがとう」とお礼を言われ笑顔を見せてくれた。
これくらいは当然ですよ!
紳士ですから!
本当の紳士は、女性に戦闘なんてさせないと思うけど・・・
まぁまだ子供だし、しかたないよね。
実際、ボクより師匠の方が強いし。
崩れていない、程度の良さそうなアリをアイテム箱にしまいダンジョンを進む。
2層に上がると、グローリエルがまた『ライト』の魔法を使い周囲を明るくしてくれた。
ちなみに、ダンジョンは階層を重ねるごとに『下がる』と言うのではなく『上がる』と言うらしい。
『降りる』とか『登る』でも、通じると思うんだけどね。
2層を歩いていると、ついにヤツが出た。
折りたためる足を持ち、羽を羽ばたかせて空を飛ぶ事が出来るヤツ。
ボクと同じ大きさのモノから倍以上の大きさのモノまで。
そう、ボクの大嫌いな『バッタ』だ。
それを見た瞬間「ひっ!?」と、思わず声が出てしまった。
全身に蕁麻疹が出たかと思うほど、痒くなった。
慌てて師匠の影に隠れて目を瞑る。
うぅ・・・見ちゃったよ・・・・
相変わらず怖い顔をしていた。
目おっきいし・・・
ああ、思い出すだけで痒く・・・・
そんなボクに「クスリ」と笑って、みんなでヤツを殲滅してくれた。
グローリエルが丁寧にも、倒した個体にまで火球を放ち跡形もなく消し飛ばしてくれた。
うぅ・・・グローリエル、見直しました。
『残念美人』なんて言ってすみませんでした。
今日の貴女は頼もしすぎます。
お礼の意味も兼ねて、グローリエルに近づき抱き締める。
顔を見上げて「ありがとう」とお礼を言うと、満足そうに微笑んでくれた。
しばらくして離れると、師匠とエリーとエルミアがなぜか両手を広げて待ち構えていた。
えっと・・・
これは全員に抱きつけということでしょうか?
『バッタ』が出る度に抱きつけと?
どんだけですか・・・・
仕方ないので、3人にも同じように抱きつきお礼を言った。
エリーは耳まで赤くなり「ふ、ふん!当然の権利ね!」と偉そうにしていたり、師匠は「カオルきゅんの匂いだ・・・」となんだか危ない目をしていた。
さすがにエルミアはあっさりしているだろうと思っていたが、抱きついたボクの耳を舐め「カオル様・・・・食べていいですか?」と言われて、驚いてギョッとした。
エルミア・・・・食べないでね?
今後は、なんとか時間を作りエルミアと話をしようと思った。
たぶん、エルミアが怒ったら一番大変な事になると思う。
言動がかなり過激なのだ。
「八つ裂き」とか「火あぶり」とか前に言っていたしね。
いつも無表情でわからなかったけど、やぱり性根は王女様なんですね。
とりあえず、エルミアの頬にキスをして離れる。
喜んでくれたようで頬を染めて微笑んでくれた。
うん・・・
しばらくはこれで逃げよう。
それが一番安全だ。
グローリエルを先頭にダンジョンを進む。
途中で冒険者のパーティを見かけたが、無視をして先に進んだ。
だって、バッタと戦闘してたんだもの。
近づきたくもありません。
その後も何度か戦闘があった。
バッタ以外はボクも前に出てストレスを解消をした。
ストレスを溜め込むと、どうなるかわからないからね。
攻撃してきたオークなんか、持っていた槍を掴んで放り投げて素手で殴り殺してあげましたよ。
すかっとしました。
やっぱりアレだね。
イライラしたら殴るのが一番だよね。
師匠達がちょっと引いてたけど、ボクの精神の安定のためには仕方ないよね?
ボロボロになった魔物をアイテム箱にしまってどんどん進む。
10層へ上った時、周囲の環境が変わった。
壁を蔽いつくしていた植物が無くなり、向き出しになった石造りの壁。
そして襲ってくる魔物がより大型になった。
トロールは言うまでもなく、毛の生えていない頭皮に青白い皮膚、粗末な布を着て手には鎖の付いたトゲトゲの鉄球『モーニングスター』を持った魔物ギガースまでもが現れたのだ。
とは言っても、このメンツなら特に問題なく撃破できた。
なんというチート・・・
元剣聖に剣騎までいるのだ、怖い物などありはしない。
はぁ・・・ボクの出番がどんどん減っていく・・・・
楽だからいいんだけどね。
倒された魔物を次々としまっていく。
ボクの唯一の仕事だ。
回復魔法の出番は今の所ない。
誰も怪我しないしね。
良い事です。
10層を過ぎてから、師匠が楽をせず前衛で戦うことが多くなった。
じゃまにならないように後衛のエルミアと並んで歩く。
暇つぶしにエルミアに話しかけてみる。
「ねぇエルミア、寒くない?大丈夫?」
エルミアを見詰めそう聞いてみる。
無表情の顔から一転し、笑顔を作り「大丈夫です。ありがとうございます、カオル様」と朗らかに答えてくれた。
うん・・・なんか和む・・・・
嬉してエルミアと手を繋いで歩いた。
細くて華奢な手だ。
力強く握ったら、折れてしまうんじゃないだろうか?
身体も細いし、以前抱きかかえた時なんてあまりの軽さに驚いたものだ。
う~ん・・・夕飯は大目に渡そう。
こんなところだし、体調には気をつけてもらわないと。
エルミアの手をにぎにぎしながら進む。
魔物が出ると、エルミアはすばやく弓を構えて矢を放つ。
繋いでいた手が離れ、ちょっと寂しく感じた。
というか、戦闘にボクは必要なんだろうか?
本当に出番がないんだけども・・・
あれかな?
ロールプレイングゲームで言う所の、回復役と荷物持ち的な感じ?
むぅ・・・最近訓練してないから、ボクも身体動かしたいんだけどな。
みんな生き生きしてるからいいか・・・・・
バッタが出たらイヤだし。
それにしても、グローリエルの魔法はすごいな・・・
魔力量も突出しているし、相手に合わせて込める魔力が毎回違うのは、やっぱり経験の差なんだろうね。
ボクは師匠に似て大雑把だし。
あとで教えて貰おう。
って・・・グローリエルを師匠とは呼びたくないなぁ・・・
う~ん・・・・先生とか?
キャラじゃないよね・・・
師範とか?
おお、これならしっくりくるかも・・・・
魔法教えて貰うのに、師範ってどうなのさ・・・
まぁいいか。
敵を殲滅し終わったエルミアの手を繋いでテクテク歩く。
エリーが寂しそうにしていたので、空いた片方の手でエリーとも手を繋いだ。
喜んでくれたようで、尻尾が左右に揺れている。
感情読まれやすいと思うんですけど・・・
犬耳族と猫耳族の方は大変ですね。
レジーナとか、超わかりやすいし。
階層を重ね進んでいると16層で冒険者達と出会う。
4人組みのパーティは全員ヒュームだった。
どうやら1人怪我をしているようで、左足に巻かれた包帯から血が滲み出ていた。
師匠の顔を見詰めると「コクン」とうなづき、治療を許可してくれた。
5人組みに近づく。
「こんにちは、怪我をされているようですが大丈夫ですか?」
リーダー格の身長の高い男性に声をかける。
子供なボクを見下ろし「おう!いや・・・油断していて魔物の奇襲を受けちまってな。ごらんの通りだ」と怪我をした女性を見やる。
かなり深手のようで、苦しそうに顔を歪めていた。
ゆっくりと女性に近づく。
ボクが近づいた事で警戒していたようだが、微笑むと警戒を解いてくれた。
「今治します」と告げ、包帯を外し傷口を確認する。
何かに噛まれたのだろう。
左足のふくらはぎには噛み付かれた歯型がしっかりと残っていた。
出血がすごい。
前脛骨静脈までは傷ついていないようだが、伴走する動脈を傷つけられたのだろう。
太股にある動脈を圧迫してもらい止血する。
その間に両手を掲げ傷口に集中し、魔法をイメージ。
噛まれた傷痕を・・・・断絶された血管を・・・・
繋ぐ・・・縫合するイメージ・・・
周りを緑色の淡い光が包み込み、傷口がみるみるうちに修復される。
痛みに顔を歪めていた女性が、じょじょに安らいでいくと傷口はすっかり無くなっていた。
掲げていた両手を下ろし「ふぅ・・・」と一息。
よかった・・・・ちゃんと治った。
ヒュームの人達にお礼を言われ「よかったです。ただ、傷は治りましたが失った血は戻りません。しばらく安静にさせてください」とだけ言いエルミアのもとへ戻る。
リーダー格の人がお金を渡してきたが「治癒術師は有償で治療する場合、教会へ届出が必要ですのでいただけません。そのお金でなにか美味しい物でも食べてください」とニッコリ笑って断った。
お別れを言い、5人で奥へと進む。
エリーが「カオルってばホントに優等生ね。あんなの言わなきゃばれないのに」と悪そうな顔をして言ってきた。
いや、ばれるばれないじゃなくて気持ちの問題では?
それに、オーブンが貰えるからオーブン基金はそのままボクのヘソクリになるし、現状お金にそれほど困ってない。
ボクはエリーに目を向け「じゃぁ、そんなことを言うエリーが怪我をしたら有償にするね?」と意地悪そうに答えた。
エリーは慌てて「う、うそだから!お願い!許して!」とボクに擦り寄ってきた。
本当に可愛い子だね。
エリーの両耳をさわさわして「大丈夫だよ。大切なエリーに、ボクがそんなことするはずないでしょ?」と返した。
嬉しかったようで「た、大切とか・・・そんな嬉しい事、突然言うなんて・・・・モニョモニョ」と、聞き取れないくらい小さな声でごにょごにょ言っていた。
うん、ツンデレはひとつの個性だと思いますよ?
エリーはずっとそのキャラがいいと思います。
一時期S入ってたから驚いたんだけどね。
エルミアとエリーの手を取り、3人で並んで進む。
師匠は満足そうな顔をして、グローリエルとなにやら話しをしていた。
もうすぐ20層。
そこには21層への扉を守るガーディアンがいるそうだ。
ご意見・ご想などいただけると嬉しいです。