間話 師匠回想 その壱
2016.6.2に、加筆・修正いたしました。
その日は朝から"火の精霊"が騒いでいた。
昨夜の晩からいつものように鍛冶場で作業をしていると、なにやら異変を感じる。
手に持つ槌を作業台に立て掛け、額の汗を拭いながら外を見やった。
(う~む....)
どうにも心が落ち着かない。
小さな赤い精霊――"火の精霊"――達も、どこか慌てている様子。
(...まぁ、この辺りで考えられる場所なんて、あそこしかないんだがな)
【カムーン王国】よりも少々遠方にある、ここ【イーム村】。
さらにそこから離れた場所に居を構えるヴァルカンは、誉れ高き『剣聖』の座を辞して、逃げる様に王都からこの場所に移り住んだ。
始めこそ懐疑的だった【イーム村】の住民達も、『王都直轄地』――兵士訓練施設――があった為か、今では良好と言える友好を結んでいる。
だからこそ、農具の類や極稀に武具の製作依頼などが【カムーン王国】より貰えるのだが...
胸騒ぎを覚え急いで支度を整えたヴァルカンは、近くにある山へ向かった。
そこにあるのは【封印の地下迷宮】。
山の頂にあるにもかかわらず、今まで誰も潜った形跡がほとんど無いのは、入り口が巨石に囲まれわかりづらい為だろうか。
そもそも、こんな片田舎にある地下迷宮なんて、危険すぎてだれも捜索しない。
もっと言うなれば、この地下迷宮は階層数が少なく、ヴァルカン自身何度か調査を行っている。
そして、魔物や魔獣こそ居るものの、金銀財宝など皆無であった。
(やはり、何者かが入り込んだのだろうか?)
白く薄い、朝靄のように張ってある結界も特に変化はない。
ついでとばかりに付近を探索してみるが、足跡などは特に無かった。
ただ、この予感めいた胸騒ぎの原因があるとしたら、この場所以外にありえない。
(調べなくてはいけないな...)
そう1人ごちる。
面倒事を嫌う性分ではあるが、ヴァルカンは『元剣聖』である。
で、あるならば、即行動に移す他無いだろう。
背中の荷物――背嚢――からカンテラを取り出し火を入れる。
腰に下げた愛刀を抜き、警戒心を強めながらダンジョンへ潜り始めた。
「ハッ!!」
魔物としては下級に値する、醜い面のゴブリンや、同種のコボルトを一閃の下に斬り崩しながら階層を重ねる。
衣服こそだらしのない格好をしているものの、戦闘技術――太刀筋――や探索の用意周到さ。
さらに数回潜っただけの地下迷宮の地図を完全に記憶している事からも、ヴァルカンの腕前は理解できる。
間違いなく、"1つの壁を越えた一級品の強さを持っている"、と。
やがて、辿り着いたのは、地下迷宮の『最深部(大ホール)』。
付近には、地下迷宮特有の天井から薄暗い明かりが洩れているが、目を凝らさなければ足元ぐらいしか見る事は出来ない。
だからこそカンテラが必要であり、死角からの攻撃に備えて慎重に索敵をしなければならないだろう。
(....間違いないな)
『最深部(大ホール)』に一歩踏み入れてからすぐに気付いた。
周囲を漂う異様な雰囲気。
何色と表現したら良いのかわからないほどの濃いマナの量。
そして、小さいが研ぎ澄まされたヴァルカンの感覚にソレは聞こえる。
自分以外の確かな呼吸音が。
(....行くか)
右手に持った愛刀の柄を強く握り締め、左手で掲げたカンテラの明かりを周囲に向ける。
綻び、所々風化して崩れ落ちた石畳が照らし出される中、ついに呼吸音の正体を見つける事ができた。
ソレは、胸長け程の高さしかない石柱の影からこちらを覗いていた。
艶やかで長い黒髪に、黒水晶を連想させる瞳。
石柱の高さから察するに120~130cmほどの身長で、見たことも無いような可愛らしい人種の少女。
ボーっとしているのだろうか?
視線が合ってからしばらくして、慌てて石柱に隠れる様は、まるで小動物。
(...10歳くらい...か?)
少女の周囲はマナが濃く、周りには緑色の塊"風の精霊"が飛び回っている。
それも忙しなく玩具を手に入れた子供の様にはしゃぎながら。
エルフであるヴァルカンは理解した。
"精霊に愛される"種族と比喩されるエルフは、精霊からの強い加護を得ている。
それは、ある一定の年齢まで成長すると、そこから成長が止まるのだ。
正確に言えば『不老』である。
人間と同じ年月――平均寿命60~70歳――しか生きる事はできないが、その恩恵は計り知れない。
なぜならば、生を終えるその一瞬まで常に第一線で戦えるのだから。
歳老え老人と成ろうとも、肉体年齢が変わらないという精霊の加護は、エルフにとって強い武器に間違いない。
さらに、エルフは貴重な『魔術師』としての才能も併せ持っている。
先天的ではあるが、"攻撃できる程の魔力"を有して産まれる確率が、他の種族よりも高い。
故に、他の種族に比べて優れていると言えよう。
「キミ一人か?」
意を決してヴァルカンは問い掛けた。
"風の精霊"達が無邪気に遊んでいる事から、この子供に害意は無いと判断したのだ。
「.....ボク1人だよ。おねぇさんはだれ?」
今にも泣き出してしまいそうな少女。
石柱の影からこちらを覗き込み、黒い瞳がやや不安気に揺れ、怯えたような表情でこちらを見据えている。
あまりの可愛さに一瞬見惚れてしまうが、慌てて優しく話し掛けた。
「そ、そうか。私はヴァルカン。ここへは探索に来た」
ヴァルカンの言葉、そのひとつひとつを理解するように聞き入る少女。
隠れていた石柱から全身を露にし、その姿を見せた。
膝丈のスラックスに半袖の上着。
描かれている小さな模様は動物だろうか?
少女――いや、美少女――に、とてもよく似合っている。
だが、いささか無防備ではないか?
ここは魔物や魔獣の蔓延る地下迷宮の、それも最奥なのだ。
こんな格好で入り口からここまで踏破できるとは、とても思えない。
なぜなら、武器の1つも所持していないのだから。
「...ここでは、いつ魔物が現れるとも限らない。ひとまず、我が家へ案内しよう」
普段なら、けして他人を招待する事などしないヴァルカンだが、この少女を見ているとなぜか警戒心が薄れてしまう。
まさに庇護欲を掻き立てる、と言える。
「えっと....ありがとうございます...お世話になります」
小さくそう呟き頭を垂れる少女。
カンテラの明かりを浴びた長い黒髪が、肩からサラリと零れ落ちる。
それは美しくもあり、また、少女の纏う雰囲気故かどこか儚くみえた。
(ヤバイ...超カワイイ....)
かつて、これほどの美少女を見た事があるだろうか?
答えは、『剣聖』として活躍していた時代でも、見た事などはなかった。
【カムーン王国】の王族、特に2人の王女殿下も可愛らしいとは思うものの、ここまでの可憐さは持っていない。
(同性だと頭では理解しているが、イイノカ?)
自分の心に戸惑いを覚えながら、ヴァルカンは愛刀を鞘へ戻し、少女に手を差し伸べる。
少し驚いた表情をしつつも、縋るように白く小さな手が伸ばされ、おずおずと手を繋いだ。
透き通る様に白い肌。
自分よりもひんやりとした冷たい体温に驚き、次に繋がれた小さな手が震えている事に気付く。
目を合わせれば少し潤み、空いた右手で恥ずかしそうに口元で握られる。
ヴァルカンの情欲を掻き立てるには、それで十分だった。
(...これからお持ち帰りをするわけだが、ケシテヤマシイキモチハナイゾ?)
偽りを述べた自分の心に喝を入れ、可愛らしい少女と2人歩き出した。
行き――最下層へ来るま――で各階層をくまなく探索した事もあり、地下迷宮内はとても静かだった。
事切れた魔物や魔獣の数々。
討伐証とし、各部位を剥ぎ取って持ち帰れば、冒険者ギルドで換金もできただろう。
だが、今回ここへ来た理由は胸騒ぎの原因を突き止める為。
さらに、【イーム村】には冒険者ギルドの支部など存在し無い。
どうせ下級の魔物や魔獣しか沸かないのだから、ヴァルカンの腕前ならばいつでも討伐に来れるだろう。
素材としてもいまいちなので、倒した魔物達を討ち捨ててあるのだが――
「ひっ!?」
歩調を合わせていた少女が、死骸を見て小さく悲鳴をあげた。
繋いでいた手をギュッと握り、青ざめた顔で身体を震わす。
まるで、生まれて初めて魔物を見たかの様に。
(....どういうことだ?)
ヴァルカンの頭に疑念が浮かぶ。
可愛らしい容姿に騙され――見惚れて――いたが、少女の反応はおかしすぎる。
間違いなく、魔物を初めて見た反応。
それに、装備もありえない。
薄手の服は、ヴァルカンが少し力を加えただけで容易く裂けてしまうだろう。
手だってこんなにも小さく、マメの一つも無いのだから。
まるで貴族のお嬢様。
それも、大事に大事に育てられた深窓の令嬢。
いや、見た目が見た目だからそんな気はしていた。
だが....これほどの美少女がこんなところに...居るものなのか?
ヴァルカンは「う~む...」と呻りながら、少女の全身に目を向ける。
頭の天辺から足先まで。
そこで、完全に失念していた。
少女が素足である事に。
「ああ、すまない。完全に忘れていた」
言うや否や、背負っていた背嚢を前掛けに、少女を抱き上げおんぶする。
壊れてしまいそうなほどに華奢な身体と、軽過ぎる体重に驚きつつも、(美少女だしな)と思考を追いやった。
またも少女の魅力に囚われしまった事に、ヴァルカンは気付いていない。
そんな事よりも――
背中越しから聞こえた「ありがとうございます」と、小さく呟いた感謝の言葉がヴァルカンの心に火を灯した。
それから、移動を開始してすぐに少女は様々な物に興味を示した。
草木や葉など、所構わずキョロキョロと見回し、その姿は無邪気な子供そのもの。
ヴァルカンも少女の質問に答えられるだけ答えた。
そして、地下迷宮を抜けヴァルカンの家に着く頃には、はしゃぎ疲れた少女は静かな寝息をたてていた。
(まぁ、子供だしな)
2階の寝室へ運び込み、少女を起こさない様にベットへ横たえる。
寝顔まで可愛いとか、正直ずるい。
つい触れてしまった頬は、想像通りの柔らかさ。
自分が少女と同じ年代の頃と比べ、げんなりした。
容姿はまぁ....エルフなのだから平均以上だろう。
だが――問題はヴァルカンの生い立ち。
ヴァルカンが覚えているのは、6歳以前の記憶がまったく無い事。
気が付いたらどこかの森の中で目を覚ました。
周りにあった物に見覚えなどなかった。
ただ、透明な繭――今思えば棺だったのかもしれない――を鮮明に覚えている。
ソレがなんだったのか、ヴァルカンにはわからない。
そして紆余曲折を経て【カムーン王国】へ辿り着き、冒険者の真似事をして日銭を稼いだ。
『王立騎士学校』にも入学が叶い――入学金がバカ高かった――果ては『剣聖』を任命されたのだが、今はこんな有様。
自らが望んだ結果だけれど、後悔はない。
自分には、あの環境は過酷過ぎたのだから。
少女の頭を優しく撫でながら、ヴァルカンは物思いに耽る。
遠い過去は二度と戻らない。
波乱万丈な人生を歩んできた自分の手は、お世辞にも綺麗とは言えない。
何十、何百と人の命を手にかけた。
『剣聖』としての仕事だったが、理由はどうあれ事実には変わりない。
そんな自分の手で、穢れを知らない少女に触れている。
背徳的な感情に押し潰され、寂しそうに手を離した時だった。
「...おとう...さま...おかあ...さ...ま」
少女がそう言葉を溢し、涙が頬を伝う。
(ああ、そうか....)
ヴァルカンは理解し、臆病になっていた理由に辿り着いた。
それは無垢な少女に触れたから、自分が郷愁になっていたのだ、と。
なんと滑稽な事だろうか。
面倒臭いと適当な理由をつけて、『剣聖』の座から、王都から逃げ出した自分の矮小さに。
女王陛下は気付いていたに違いない。
だからこそ、『元剣聖』と名乗る事を許してくださったのだし、下賜された愛刀もそのままなのだろう。
考えれば考える程、自分が悲しくなる。
いつしか、少女へ触れる事すら出来なくなっていた。
(私は、なんて愚かな...)
愚鈍な、穢れた自分が、この少女を辱める事などしてはいけない。
(すぐに立ち去ろう)
そして、腰掛けていたベットから立ち上がろうとした時、ヴァルカンの裾を少女が掴んでいた。
「....いか...ないで」
少女に目覚めた気配はない。
おそらく、無意識にそうしたのだろう。
そして、次に呟かれた言葉が、ヴァルカンの心に響いた。
「.....置いてかないで」
その言葉は一種の救い。
"こんな自分"を、この子は必要としてくれている。
自分と似た境遇の少女は、ヴァルカンを頼り「側に居てほしい」と、そう告げた。
ならば、卑屈になるのは止めよう。
少女の手を握り、いつしかヴァルカンも涙を流した。
「とっても美味しいです!」
一晩眠り、目覚めた少女に手料理を振舞った。
と言っても、適当にザク切りにした野菜に塩味のスープ。
あとは安価な黒パンと保存食の干し肉程度なのだが。
「そうか」
接し方がわからなかったヴァルカンは、ぶっきら坊にそう返す。
正直、感謝の言葉はとても嬉しい。
だが、昨夜の出来事が頭から離れない。
穢れた自分を、少女は必要だと思ってくれている。
こんな経験の無いヴァルカンにとって、嬉しい反面、どう接したものかと困惑してしまっていた。
(...というか、いいのか?)
一晩悩んだ。
おそらく、この少女に行く当てなど無いだろう。
ならばここは――
「行くところが無いのならば、しばらく家で暮らしてもいいぞ?」
悩んで出した結果。
普段、他人に対して興味など沸かなかったヴァルカンだが、この少女は別だ。
庇護欲を掻きたて、自分の心を救ってくれた。
それに、とても可愛らしい。
もし自分がこの子へ手を差し伸べなければ、間違い無く誰かに捕まり犯される。
果ては奴隷として過酷な運命を辿る事など、容易に想像できることだ。
それだけは、絶対に許せない。
「...あの....いいんですか?」
食事の手を止めて、少女は聞き返す。
ヴァルカンは「もちろんだ」と胸を張って答える。
それが自分にとっても最善なのだから。
「あ、ありがとうございます! ヴァルカンお姉さん!!」
パッと花を咲かせた様に嬉しそうな笑顔を見せる少女。
その笑顔に当てられて、ヴァルカンの頬は上気する。
昨夜の決意など一瞬で吹き飛んだ。
(わ、私に"そっちの趣味"は無いはずなんだが....)
男勝りな部分はあるが、ヴァルカンはれっきとした女性。
それも、美形なエルフなのだから、王立騎士学校時代にも異性からの告白をされた事も多々ある。
だが、生来の面倒臭がりな性格のせいで、誰かと付き合うつもりも無く断り続けた。
騎士として、剣士としても誉れ高い『剣聖』の座に就いてからは尚更だ。
色恋にはまったく興味も沸かず、以来今日までずっと独り身であったのだが...
「い、いや! いいんだ! わからない事があれば、なんでも聞くといい!」
内心、どうしたらよいのかまったくわからない。
この感情がなんなのか、ただ照れているだけなのか、それとも....
葛藤を続けるヴァルカンを余所に、少女はそそくさと朝食を終え、周囲をキョロキョロと見回し始めた。
使いっぱなしの調理器具。
床に転がる空き瓶の数々。
掃除なんていつしたかわからない居間に、煤けた暖炉。
家中のあちこちが汚れており、大雑把でいい加減なヴァルカンを体現した姿と言えよう。
「...ん? どうした?」
思考の輪廻からようやく逃れたヴァルカンは、どこかソワソワとしている少女に気付く。
寝起きに着替えさせた予備の自分の服――だぼだぼのチュニック――の裾をギュッと掴み、遠慮がちにこちらへ視線を送る。
その仕草が可愛らしく、またヴァルカンを悩ます。
「あの...ヴァルカンお姉さん....お部屋の掃除をしてもいいですか?」
(ん? この子は突然何を言ってるんだ? 掃除? 確かに私は掃除が嫌いで、この家は物置同然だが...)
ぐるりと見回し、雑多な部屋を見やる。
自分でも正直汚いとは思う。
だが、これはこれで落ち着くものだ。
「掃除か...」
「はい....ダメでしょうか?」
俯き、上目遣いでヴァルカンを見る。
(いつの間に)と、思わせる速さでヴァルカンの側まで近づいて来た少女。
手を伸ばせば容易に届く距離に、根負けしたヴァルカンは掃除する事を許可した。
「ありがとうございます♪」
椅子に座るヴァルカンに抱き付き、少女は声を弾ませる。
見た目だけでもヤバイのに、嬉しそうな声色までもが可愛らしく、ヴァルカンの防波堤はついに決壊した。
(ちょっ!? 何この生物!! 可愛いすぎるんじゃないか!? というか、もう食べていい!? 我慢できないんだが!!)
野獣と化したヴァルカンを置き去りに、少女は鼻唄を歌いながら扉に立てかけてあった箒を手に取り掃除をし始める。
仕草云々はどうでもいい。
ヴァルカンはすっかり魅入られてしまった。
楽しそうに掃除を始めた少女と話してわかったことは、名前はカオル。
年齢は10歳。
一般常識的な事柄に少し疎いが、料理や家事がマスタークラスということ。
(....なぜだ? 何だこれ。最強のお嫁さんじゃないか? あれか? このまま私好みに育てれば、最強の嫁の誕生か?)ジュルリ
光源氏計画。
さしずめ、カオルは"紫の上"と言ったところか。
独り暮らしの長いヴァルカンは、料理について素人同然であった。
とにかく、焼く。
「なんでも火を通せば食べられるもんさ」とは、本人の弁である。
しかし、カオルが作る料理はすごいの一言。
王宮で出される宮廷料理も確かに美味いが、カオルの料理はそれを遥かに凌ぐ。
見た事も無いような調理法で、食べた事もないような美味しい料理が出てくるのだから。
(もうやばいな。がさつな私には、もったいない嫁だな!!)
同性である事も憚らず、ヴァルカンはカオルをロックオンしている。
半ば壊れたヴァルカンは、調子に乗って、色々教えてみた。
まずは鍛冶。
今のヴァルカンにとって、唯一の収入源なのだが、作る物は農具が多い。
本当は武具を作りたいと本人は思っている。
だが、あまり依頼が来ない。
高いからだろう。
ものは試しに、とカオルに短剣を作らせてみたら、見よう見真似であっという間に覚えた。
(なんだそりゃ? もの覚えが良すぎやしないか?)
一通り、武具の扱い方、鍛錬方法、修繕方法。
そして戦い方など教えて見たところ、一度で全て覚えたという...
子供故に体力は無かったが。
(やっぱり普通じゃないな....見た目も美少女だしな....)
別に考える事を止めて、匙を投げた訳ではない。
ヴァルカンにとって、カオルは特別な存在へと昇華していた。
なにせ「家族として扱う」などと、公言したくらいなのだから。
そして、いつの間にかカオルも、ヴァルカンの事を慕い『師匠』と呼ぶ様になっていた。
魔法について教えてみるが、カオルには中々理解できなかった。
教えた事をなんでも覚えてしまうカオルに、少し不安を覚えていたヴァルカンも、内心ホッとしたのは言うまでもない。
実際にヴァルカンが火属性魔法、《火炎球》を見せてやると、カオルは飛び上がって喜んでいた。
魔法なんてイメージできれば、あとは大気中のマナに魔力を流して発動出来る。
あくまでも"イメージできれば"だが。
「師匠! 美人なだけじゃなく、やっぱりカッコ良かったんですね!」
大喜びで笑みを溢したカオルがヴァルカンに抱き付く。
ヴァルカンが放った魔法を、あたかも神の奇跡かの様に捉えながら。
カオルの目には強い信仰の意思が浮かんでいた。
(不意打ちは困る!! 急に抱き付いてくるなんて....押し倒したくなるじゃないか!!)ハァハァ
一方のヴァルカンは、もうどうしようもなかった。
カオルの事を"嫁"だと思い込んでいる。
見た目が見た目な上に、性格も従順。
少々大胆なところもあるが、気品と奥ゆかしさまで感じさせる。
そして、なによりもその笑顔。
カオルと暮らし始めて1ヶ月が経つが、何度見てもこの笑顔にはドキリとさせられる。
本人は、無邪気に子供らしく笑っているだけなのだろう。
だがヴァルカンにとっては魅力的な、"魔性"と呼ぶに相応しい代物。
家事ができて気配り上手。
さらに魅力的と、まさしくどこに出しても恥ずかしくない嫁であろう。
「ところで、カオルも魔法を使えるんじゃないか?」
ヴァルカンは、後ろ髪引かれる思いで、なんとか話題を変える。
聞き辛かった出会った頃の話になり、どうやらカオルは風竜と名乗るドラゴンに会い、さらには契約を結んでしまったらしいということがわかった。
(は? というかだな....ドラゴンと契約とか、ありえない話だぞ? かの王都に居る宮廷魔術師ですら、契約なんておとぎ話だと思われているんだから...)
「身体のどこかに契約の証、『音素文字』があるはずだ」と告げると、ごそごそと自分の身体を調べ始め、カオルが胸に何か見付けたらしい。
ヴァルカンがあげたお古のチュニックをたくし上げ、この1ヶ月の間、触れる事を躊躇い続けていた無垢な柔肌を露出させている。
(まだ子供だしな)と自分に言い聞かせ、鼻血が出ないよう気を付けながら、カオルの胸を見やると....
(....ん? 胸が、無い...?)
きっかり10秒、思考が停止した。
(えーっと、これはアレだな。女の子じゃない感じだよな...)
ようやく頭が回り出し、慌てて飛びずさり顔が熱くなるのがわかる。
「お、男の子だったのか!?」
慌てふためくヴァルカンを尻目に、カオルはジトーっとした目をしていた。
「師匠? もしかして、ボクを女だと思っていたんですか? 1ヶ月も...?」」
(それはもう、思っていましたとも。天使もあらわ、美少女だと!! 実際は美少年だったのか...よかった。私は、アッチの趣味じゃなかったか)
「い、いや、チガウヨ? お、男の子だと思っていたゾ?」
思わずうわずった声で答えてしまい、墓穴を掘ってしまった。
親の敵を見るような目で見られたヴァルカンは、肩身の狭い思いをしたのは言うまでもなく...
結局わかった事は、ヴァルカンは美少女趣味ではなく健全な美少年趣味だったということであった。
ご意見・ご感想などいただけると嬉しいです。