第六話 師匠大好き
ラブラブ開始!
2016.6.2に、加筆・修正いたしました。
ヴァルカンの教えは、実に合理的だ。
2日を修練に費やし、丸1日休養に当てる。
これの繰り返しなのだ。
しかも修練中は睡眠なし。
幼いカオルが、よく死なないものだと感心するほど。
このサイクルは鍛冶の鍛錬中に考えついたらしい。
武具作成を2日でこなし、1日休む。
「これが究極の効率なのだ!」と、ヴァルカンはなぜか力説していた。
実際、あれだけ洗練された美しい武器が出来上がると、妙な納得をしてしまう。
さて修練だ。
一年半以上も本格的に身体を動かしていない上に、子供なので体力はもちろん無い。
実際、初日にカオルが100m走ったら倒れたくらいだ。
だが『残念美人』のヴァルカンに、そんな事は関係ない。
最初の修練から手加減などしなかった。
丸1日、山の中を走り回り....いや、転げ回り、逃げ回ると表現した方が適切だろう。
巨大なイノシシに追われ続けたのだから。
もちろん修練の後は、ヴァルカンがイノシシを倒して、豪快に調理し――血抜きして焼いただけ――美味しくいただいた。
それが終わると、ナイフを渡されて魔物との近接格闘戦。
もちろん、現代日本で暮らしていたカオルは、包丁やカッター。せいぜい彫刻刀以外の刃物なんて初体験なのだが、ヴァルカンにそんなことを言っても理解されるはずもなく....
2日間で総勢20体ほどの魔物や魔獣と格闘していたようだ。
(コウモリやらヘビやらなんやら、必死すぎて覚えてないよ...)
その結果が、心身ともにボロボロのカオル。
服はあちこち裂けていて、白い肌には痣や創傷の数々。
泥に塗れ、返り血は乾き生臭いなんてヤワな言葉を絶する異臭を放っている。
「よし! 風呂だな!」
家へ帰り付くなり、嬉々とした表情を浮かべるヴァルカン。
カオルが異性と判明してからというもの、ある意味開き直り、師匠特権と称して過度のスキンシップを強行した。
例えば、調理中のカオルに忍び寄り、こっそりお尻を撫で回したり。
例えば、食事中にカオルを膝の上へ乗せてみたり。
例えば、睡眠中のカオルのベットへ忍びこんで添い寝したり。
あえて言おう。
"おっさん"である、と。
(....いたい)
全身傷だらけの身体。
そんな身体でお風呂に入れば染みるのは当然である。
そして、そんなお風呂を沸かしたのは、もちろんヴァルカン。
井戸から水を汲み上げて、岩を削り内側に鉄をあしらった五右衛門風呂的な簡素なお風呂に、まさかの《火炎球》を撃ち込んだ。
普段は――というか、普通の神経であればこんな突拍子もない――大雑把な――事はしない。
室外にある火口に薪を焼べ、湯を沸かすのが一般的。
しかし、である。
『残念美人』のヴァルカンに、一般論など通用する訳も無い。
なぜなら――今まさにカオルを毒牙にかけようとしているのだから。
「かおるきゅ~ん!!」
湯船に浸かるカオルへ、ヴァルカンは突貫を試みた。
もちろん全裸で。
(うひょっ♪ かおるきゅんの裸♪)
所々痛々しく腫れ上がった部分もあるけれど、カオルの柔肌は絹の様に滑らかでいて、白磁の様に真っ白だ。
普段は下ろして纏めている長い黒髪も、湯船に浸かる為に頭後ろで結われている。
ぶっちゃけ、いつカオルに手を出してもおかしくない状況――プラス――、普段は絶対にお目に掛かる事の無いカオルのうなじ姿に、ヴァルカンの興奮は最高潮に達した。
「スーハースーハー....か、かおるきゅん....」ジュルリ
目が猛禽類のソレである。
哀れカオル....ついにヴァルカンの餌食に....
「....師匠? 今すぐ出て行けば許してあげます。もしこの場に留まると言うなら....ご飯抜きにしますからね?」
だが、そう上手く行く訳がない。
カオルもこうなる事を予想していた。
最近のヴァルカンはすぐに暴走するのだから、当然の対応。
そして、握って見せた小さな拳は怖くないのだが、ニッコリ笑顔なのに目が笑ってない。
例えるならば、怒ったコアラ的な感じだ。
(グヘ...ぐへへ...怒ったかおるきゅんも可愛い...)
いくら家族だと公言していても、さすがにカオルにも羞恥心はある。
最後の一線として、なんとか下半身を晒す事態に直面したくはない。
だからこそ、ヴァルカンが浴室へ突入してきた時に、せめてもの抵抗として後ろを向いた。
なのだが――逆効果だった。
染み1つ無い無垢な白い裸体は、カオル依存症のヴァルカンの欲望を掻き立てる。
(辛抱堪らん!)と、ついにヴァルカンは湯船にルパンダイブを決行した。
「かおるきゅ~ん♪」
全裸の成人女性が取る行動ではない。
"変態"だ。
「ザッパーン」と、盛大に音を立ててお湯が飛び散る。
ヴァルカンは愛しい愛しいカオルの裸体を手探りで探りついに――
(...なん...だ..とっ?)
そこにカオルは居なかった。
ヴァルカンが湯船に突貫した瞬間に、風の魔法――《飛翔術》――を展開し、即座にその場を離脱していた。
カオルが逃亡できたのは、ひとえにヴァルカンのおかげ。
日々の辛い修練は確実にカオルを強くし、師であるヴァルカンから逃亡できるまでに昇華していたのだから。
「...師匠? 先に上がってますからね?」
脱衣所の方からカオルの声が聞こえる。
おそらく、既に着替えも済ませて髪を乾かしている頃だろう。
哀れヴァルカンの変態行為は、こうして幕を閉じたのだった。
ガックリと肩を落とし、哀愁漂う姿でヴァルカンがお風呂を辞しておよそ半日。
こってりとカオルのお説教を喰らったヴァルカンは、なんとかしてカオルの機嫌を取ろうと必死だった。
「そうだ! カオル! ちょっと工房へ来てくれないか?」
何かを閃いたヴァルカンの様子に、不信感全開のカオルは訝しげに首を傾げる。
(また何かくだらない事でも考えてるんじゃ...)
ジトーとした突き刺さる視線に、ヴァルカンも(いつまでもこのままは辛いんだゾ...)と、まさに針の筵状態。
一刻も早く関係修繕を図り――本音はカオルとイチャつきたい――元の鞘に納まりたいのだ。
「と、とにかく、着いて来い!」
逃げる様にそう告げて、居間からキッチンへ。
さらにそこから併設された工房へ、と移動する。
その後を、渋々ながら着いて行くカオルも、実は早くヴァルカンと仲直りしたかった。
(...まったく、なんで師匠は怪我の手当ての時は平気なくせに、一緒にお風呂なんて言って襲って来るかなぁ...)
そうなのだ。
ヴァルカンはあの後、カオルの怪我の手当て――薬草を使った軟膏を塗り、上から布を巻く治療法――をしてくれた。
もちろん、"全身余すところなく"。
それは、ヴァルカンにとって『医療行為は神聖なものであり、けして汚してはならないもの』だから。
元剣聖としての矜持故の行為なのだろう...たぶん。
さて、鍛冶である。
ヴァルカンの鍛冶姿は、まさに絶世の美女!
いつものダボダボのチュニックの上に、革でできた厚手のエプロンを着けた姿なんて、健全な男の子なら襲ってしまいそうになるだろう。
なにせ身体のサイズに合っていないが故に、見えてはいけない健康的な柔肌が、服の隙間からちらちら見えてしまっている。
もしもカオルが女性の身体に興味を持つ年頃ならば、いつ間違いが起きても不思議ではない。
(ボクはまだ反応しないけど...まだ子供だし)
そんなカオルの想いを知ってか知らずか鍛冶作業を始めたヴァルカン。
時折ヴァルカンの周りに、赤い炎のような塊が飛んでいる事にカオルが気付いた。
「ああ、それは精霊というヤツだよ。エルフの周りには、特に集まりやすい」
「そんなものまでいるんですね....」
カオルがやってきたこの世界には精霊が存在する。
淡く輝くその姿は、小さな妖精と呼んだ方が適切かもしれない。
精霊は気まぐれな性格からか普段は見えないのだが、時折現れてはイタズラをしたり、今回の様に鍛冶をしているヴァルカンの横で嬉しそうに遊んでいたりする。
彼等、彼女等には本来役目というものがあるらしいのだが、それはまた別の話し。
「ちなみに、エルフやドワーフ以外には見えないはずなんだがな....」
ヴァルカンはそう告げると、カオルをジーっと見詰めた。
(ボク、実は人間じゃなかったり....?)
自分の耳を触り確認するが、ヴァルカンの様に尖っていたりはしない。
かと言って、書物で読んだドワーフの様に中肉中背でフッサフサの毛が生えている訳でもない。
どこからどう見ても人間――人種――の幼い子供である。
見た目は美少女だが....
カオルは空笑いを浮かべることで、ヴァルカンからの冷ややかな視線に答えた。
「...ん。まぁいいか....カオルだしな....」
既に、カオルの"模倣する"という、異次元的な能力を見せ付けられていたヴァルカンは、それ以上は(よくわからん!)と思考を投げ出した。
家事全般は言うに及ばず、自らの<剣技>も鍛冶スキルも、教えれば何でもカオルは器用にこなしてみせた。
それも常人では考えられない吸収速度で。
ならばこそ、(カオルは普通ではない)という考えに至ったのだろう。
ヴァルカンはそんなことを考えていながらも、着々と槌を打ち続けた。
やがて、熱せられ赤く染まった鋼鉄のインゴットは、見事な造形の1本の剣へと姿を変える。
普通の両刃の剣よりはやや短く、だが、相変わらず剣先から柄まで美しい光沢を放っていた。
「その剣はカオルにあげよう。カオルの身体に合わせた長さにしてあるから、それで修練を続けるといい」
突然、ヴァルカンからカオルへプレゼントが贈られた。
鍛冶姿に見惚れていて反応が遅れたカオルは、一瞬思考が停止し、あまりの嬉しさに目に涙を溜める。
「た、大切にします! 師匠大好きっ!!」
カオルは叫びながらヴァルカンに抱き付き、その胸に顔を埋めた。
思えば、何年ぶりだろうか?
両親の死後、カオルは誰かから贈り物を受け取る様な機会など無かった。
むしろ、自分から他人を遠ざけ接する機会を逃がしていた。
それは....我欲に塗れたあの瞳。
『濁った目』から自身を守る為に他ならない。
小さな子供が考え得る、稚拙な行動だったかもしれない。
(..エヘヘ♪ ....師匠....良い匂い....バラかな?)
泣き顔を見せまいとヴァルカンの胸で顔を隠し、カオルは胸の鼓動を静かに速める。
今は唯一無二の無くしてはならない大切な存在。
それが、「家族」と言ってくれたヴァルカン。
先走ってしまう事も多々あるものの、ヴァルカンはカオルを大事にしてくれた。
だからこそ、(自分の気持ちも伝えよう)。
カオルはそう想い、身の内を曝け出した。
一方のヴァルカンは、カオルに抱き付かれてそれどころではなかった。
(ちょ、ちょっと待てカオル!! なんだ...この感情は....私は...やっぱりカオルが好きなのか...?)
カオルの事を『家族として』見ていたヴァルカン。
天涯孤独の身である自分の姿を、カオルと重ねていたのは秘めたる事実。
よく出来た弟子であり、言われるまでもなく身の回りの世話を焼いてくれるのだ。
出会ったばかり――1ヶ月少々――とは言え、親愛の情を寄せないはずがない。
だがしかし、カオルは男。
可愛らしい外見ばかりに目が向いてしまいがちだが、それもまた覆す事のできない事実。
(私は....)
ギュッと抱き付くカオルの背中へ、自分の腕をそっとまわす。
(自身の体温が高いのは、鍛冶をしていたからだろうか? それとも....)と、答えの出ない自問自答を繰り返す。
(...これが、恋...なのだろうか....)
それはまるで、気付かなかった感情を咀嚼する様にゆっくりと胸の奥へと飲み込んでいった。
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